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彼は一度寝た女性の家族に一々挨拶して回るのかと一瞬驚いたが、理事長の縁の者だからかと思い直す。
しかし、それならば挨拶などしない方が心象はいいのではないかと心配になった。
それ以前に、そんな面倒な相手に手を出すなど本当に好き者なのだなとローズは感心した。
たまには毛色の違うタイプを抱いてみたかったのだろうかと一瞬で様々なことを考えて、やめた。
ルーファスは我が家のように実に堂々とした足取りで悠々とルーセル家の敷地内を歩き出した。
館の中に入ると、父ラッセルの執事に応接間に案内された。
ローズは落ち着かないまま、そわそわとしていると、ラッセルと母マリアンヌが揃って入室してきた。
ルーファスは立ち上がると、二人に挨拶をした。
そして開口一番、爆弾を投下してくれた。
「お嬢様との結婚をお許しください」
ローズがギョッとしてルーファスを見る。
驚き過ぎて言葉にならない。
頭が真っ白な状態になった。
ラッセルは溜め息を吐き、マリアンヌは歓喜している。
「フレミング君、それは何度もお断りしているじゃないか。君ほど優秀な人がローズに固執する意味が分からない。僕が断り続けているからって当て付けのように朝帰りだなんて、酷いじゃないか。ローズもローズだ。軽薄過ぎるよ」
ラッセルの怒りも尤もだが、ローズは最早話に付いていけない。
「でも、僕はローズお嬢様の純潔を散らしてしまいました。昨夜、二人は愛し合ってしまったのです」
またもルーファスは爆弾を投下。
———愛し合った?
ローズは目を白黒させる。
確かに、そういった行為があったのかもしれないが、ローズは酩酊状態であった。
決して完全に同意した行為では無かった筈だ。
例え、身体の芯から溶けてしまいそうな甘い時間だったとしても。
そんなローズを物ともせず、父ラッセルは冷静に話を進める。
「君の望みは次の理事の席なんだろう?ローズと結婚などしなくても君ほど優秀な者は他に居ないのだし、息子は研究に全振りしたような男だから研究所からは出ないだろう。順調に行けば君に決まる。そんな事君が一番分かっているだろう?」
ラッセルがきっぱりと事実を突きつけると、今度はルーファスが溜め息を吐いた。
「どうしてそんなに頑ななんですか?僕は何度も言っていますが、理事の席などに興味はありません。十年前からお嬢様を妻に迎えたいと申し出ていたにも関わらず、無視してガルニエ侯爵の息子との婚約を勝手に決めたのは貴方じゃないですか」
ルーファスが冷めた眼差しでラッセルを射抜く。
ローズは必死に聞いていた二人の会話にギョッとする。
「あのね、君!十八歳の成人男性が十歳の娘を見初めたから妻に迎えたいと言われて正気を疑わない親がいると思うかい?!そんな変た……。趣味の人間に大事な娘をやる親がいる訳ないだろう。本気にしろという方が無茶だろう!それをこんな、実力行使のような真似をして!!ああ、ローズ。守ってあげられない不甲斐ない父ですまない」
ラッセルは、とうとう泣き崩れてしまった。
ローズは目の前で繰り広げられる話について行けずにオロオロとするばかりだ。
「筋は通さねばと思い来ましたが、これは認める認めないの話では無いのです。処女ではなくなってしまったお嬢様が大事ならば、僕にください。生涯をかけて慈しみます」
「なんだと!」
ラッセルは卓上にあったクリスタルの灰皿を掴み、ルーファス目掛けて投げた。
危なげなくルーファスは灰皿を避ける。
ドアにぶつかった灰皿は呆気なく砕け散った。
「言葉が悪かったのは謝罪します。しかし、僕も外面を気にするほど余裕が無いのです。また横から攫われては困りますから」
ルーファスは、暗にガルニエ侯爵の息子との婚約の件を牽制しているようだった。
また、三日後に参ります。と、嵐のようにルーファスは去って行った。
「くそったれ!」
ラッセルは完全に閉まったドアに悪態をぶつけた。
それを見てローズは萎縮した。
「あなた。いい加減諦めましょうよ。あんなに言ってくれるんだからいいじゃない。ローズだって一夜を共にしたくらいなんだから憎くは思ってないんでしょう?」
母マリアンヌは今まで口出しをしなかったが、ルーファスとのことは賛成らしかった。
「あんな男と結婚してみろ!ローズが苦労するのは目に見えているじゃないか」
ラッセルは吐き捨てるように言った。
だが、その言葉は真実のようにも思えた。
ルーファスは、あらゆるものを持っている。
美貌も、地位も。
そこに群がる女性達は少なく無い。
見目のいい娘や、地位の高い娘もいるだろう。
そんな状況で、どうしてローズなのだろう。
幼女趣味なのだろうか?
それならば、とうに二十歳になったローズに何故?
普段ルーファスが教鞭を執っている学生の方が既にローズよりも若い。
ローズには分からないことだらけだ。
「フレミング君を手に入れたい者が多過ぎる。例え噂で真実では無いとしてもローズは心を痛めるだろう。僕の大事な娘にわざわざ要らぬ苦労はさせたくない」
「本当にあなたはローズに甘いわねえ。他の二人があなたと同族だから余計に可愛いのかしらね」
ラッセルは自分に似た優秀な兄と妹よりローズを殊更可愛がった。
二人の兄妹も同じようなもので、ローズを可愛がってくれていた。