【番外編】息子クリスの受難
クリス・フレミング。
十八歳の侯爵家嫡男。
父親譲りの端正な顔立ちに、母親譲りの垂れ目が甘さを感じる見目麗しい男。
学園での成績は概ね優秀。
性格は移り気ではあるものの女性に対して紳士的である様から学園の女生徒を皆、虜にしていた。
一人以外は———。
その一人とは、アリア・ダイタス。
公爵家令嬢で、クリスの一歳上の女性だ。
いつもクリスと学業面の上位争いをしており、何かにつけて張り合ってくる。
彼女は、クリスの軟派な性格も鼻に付くらしく、頼んでもいない苦言を呈してくる。
鼻持ちならない女だ。
クリスはいつもそう思っていた。
そんなアリアが、今クリスのいる寝台の上で隣に眠っている。
———誰か!間違いだと言ってくれ!
クリス・フレミングは寝台の上で頭を抱えていた。
♢
その日は丁度、クリスの一学年上の生徒の卒業パーティーの日だった。
クリスは、散々女生徒達からの視線を感じながらパーティーを満喫していた。
余り酒が得意で無い質のクリスは、酔い覚ましに会場のバルコニーへ一人赴いた。
「何をしているの?」
声がかかり、振り向くとアリアが居た。
「酔い覚ましをしていました。貴女こそ、主役がこんな所に居ていいのですか?」
「構わないわ。もう、皆それぞれ楽しんでいるでしょう?」
アリアは、今年一番優秀な学生に贈られる賞を受賞していた。
今日は、その授賞式でもあったのだ。
「酔い覚ましにどうぞ?」
アリアにピンク色の液体が入ったグラスを渡される。
訝しむクリスに、アリアが一口飲む様を見せる。
「大丈夫よ、失礼ね」
クリスは受け取り飲む。
甘く、爽やかな味が、クリス好みだった。
が、それがいけなかった。
クリスは途端に動悸が激しくなり、身体が熱くなる。
「何を飲ませたんです?」
冷や汗をかきながら尋ねた。
「えっ?さっきそこの給仕に貰ったノンアルコールだけど?」
「まさか、ノンアルコールでこんな状態になる訳……あれ?アリア嬢、貴女がこんなに魅力的な女性だったなんて」
口から突いて出た口説き文句に思わず両手で覆った。
「……貴方、どうしたの?何か変よ?」
怪しむアリアの差し出された手を取ったら、もう駄目だった。
身体中が熱くなる。
頭の芯が爛れた様に言う事を聞かない。
「願わくば、今夜一晩の相手に僕を選んでくださいませんか?もし、この願いが叶うのならば、僕は総てを貴女に捧げると誓います」
アリアはニヤリと笑った。
「思ったより、良く効いたわね。いいわよ、その代わり、その言葉忘れないで頂戴」
クリスは、アリアと共に馬車に乗った。
車内でも懇願し、まるでアリアの奴隷の様に地べたに座り、アリアの足を愛でた。
余す事なく。
「まるで犬ね」
アリアは呆れた様に言った。
「きちんと手綱を取ってください。でないと今すぐ貴女を食らってしまいそうだ」
クリスはアリアに覆い被さる。
「失礼」
短く断り、アリアの蠱惑的な唇にかぶりついた。
まるで理性が働かない。
クリスは、フレミング侯爵邸に連れ込むと、驚く母にこう言った。
「母上、僕のとても大事な方です。有り難くも一夜をお許し頂きました。時間がありません。説教なら後で幾らでも」
咎める母を振り切って自室にアリアと雪崩れ込んだ。
クリスは、こんなに官能的な夜は初めてだ、と思った。
アリアを夜が明けるまで貪った。
そうして一眠りして、昼。
頭を抱える羽目になった。
隣に眠っていたアリアが身動ぎした。
寝惚け眼で起き上がったアリアの身体には昨夜の残滓が色濃く残っていた。
クリスは、己の獣ぶりに恥ずかしくなり赤面した。
「普通、赤面するのは私でしょう。ま、いいわ。所で昨夜言った事は覚えているわね?」
「無効だ!あり得ない!矢張り何か盛っただろう?」
「ええ、余りにもあっさり飲んだからつまらなかったわ」
「何を盛った?!」
「素直になるお薬よ」
「馬鹿な!」
「本当よ。心の底の本心が出てしまう薬。貴方、私が嫌いだって言いながら、いつも貴方は私を見てたでしょう?だから少し助けるつもりで盛ったのよ」
「そんな筈ない!催淫剤だろう?!」
やれやれとアリアは首を振る。
起き上がり、手早くドレスを纏って身支度をしている。
すると、控え目にドアがノックされた。
クリスがガウンを羽織り、扉を開けると母が気まずそうに立っていた。
「あのね、クリス。言い難いのだけど、流石にやり過ぎだと思うのよ。お父様がお怒りなの。お嬢さん?本当に申し訳ないんだけど、二人で来てくれる?」
クリスとアリアは目を見合わせた。




