表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

11



翌日、ランドールとクラリスは早くに屋敷を後にした。


二人を見送ると、屋敷がやけに広く感じるのが、ローズはいつも嫌だった。


学園に行く準備が整った頃、宣言通りにルーファスが迎えに来てくれた。


「よろしくお願いします」


素直に笑顔を浮かべたローズに、ルーファスにしては珍しく驚いた表情を浮かべた。


無言のルーファスの馬車に乗り込む際、振り返ると、マリアンヌが見送りに出てきてくれていた。


「行ってまいります!」


「行ってらっしゃい」


マリアンヌは小さく手を振って見送ってくれた。


いつも貴族女性らしく凛としたマリアンヌが、今日は少し頼りなげに見えた。

ふと、ラッセルの執務室の辺りを見上げると、窓際にラッセルの姿があった。

今日は学園には足を運ぶと言っていたが、昼から行くのだろう。

窓に向かって小さく手を振ってから馬車の中へ入った。


ルーファスは気配だけで小さく笑っている。


———子供っぽかったかしら。


ローズは微かに熱く熱を持ち出した頰を両手で抑えた。


ぼんやりと車窓を、眺める。

去り行くルーセル家が見えた。


いずれ、兄が継ぐとはいえ、父母が二人きりになってしまう事を考えると、ローズの胸は傷んだ。

ローズが生まれ育った家。


旅立ちの時が確かに近寄ってきている事を自覚した。


十六歳で大人の女性と認められはした。


しかし、ルーセル家の屋敷に居るうちはローズは確かに子供でいられたのだ。

ラッセルとマリアンヌによって守られていたからだ。


ルーファスを見る。


彼はゴールドリングの浮かぶ静かな水面の様な瞳でじっとローズを見据えている。


まるで旅立ちを迷う雛を見守る様な瞳だ、とローズは思った。


正面に座っていたルーファスは、そっと揺れる車内でローズの隣に座りなおし、肩を抱いてくれた。


ルーファスは多くは語らない。


しかしその仕草は、『大丈夫、分かっている』とローズに伝えてきている様な、そんな温かさを感じた。


遠ざかるルーセル家を少しでも瞳に焼き付けておきたくて、ローズは肩を抱かれながら、じっと窓の外を見詰めていた。











その日もローズは事務室で軽食を摂っていた。

ルーファスや家族の事に自分なりに折り合いを付けたとはいえ、矢張り注目されるのは性分に合わないのだ。

それに、もしかしたらルーファスの笑顔をもう一度見られるかもしれないという打算も少しあったのだ。


何気ない風を装って窓の外を覗く。


そこには、裏庭が広がっている。

小さな庭に沢山の草花。

小さな池。

その辺りに白いベンチが一つ。


ルーファスはベンチで優雅に足を組み、何かの本を読んでいる様だった。

しかし、いつまで見ていてもページをめくらないルーファス。

もしかして、と急いで廊下に出る。

すぐ近くにあるエントランスから外に出る。

校舎に沿う様に歩くと、すぐ裏庭だ。


裏庭に着くと、矢張りルーファスは本を広げたままうたた寝をしている様だ。

呼吸を整え、ルーファスに近寄る。


さして広くない中庭。

すぐにルーファスの前に着く。

ローズが屈んで覗き込むと、ルーファスは矢張り目を閉じて眠っていた。

いつも開いている瞳を閉じていると、髪と同じ長いシルバーブロンドの睫毛が長い影を落としている。

いつもはきっちりと留められているシャツのボタンが珍しく開いている。

項垂れた下に覗く首筋。

男らしく出っ張った喉仏。

隆起した鎖骨。

明るい陽の下にいても、妖艶だ。


暫くうっとりと覗いていると、


「見ているだけで満足か?」


ルーファスが片目だけ開けてローズに声を掛けてきた。


「お、起きてらっしゃったんですねっ」


焦って飛び跳ねるように体勢を整え様とすると、足がもつれて転びそうになる。

ルーファスが長くて逞しい腕で、華奢なローズの腰を支える。

バサリと音を立て、ルーファスが持っていた本が芝生に落ちる。


「驚かせたならすまない」


いつもとは逆転した立ち位置。

ローズがルーファスを見下ろす体勢に息を呑む。


「眠っていらっしゃったのが事務室から見えたので、来てしまいました。ご迷惑でしたか?」


ルーファスは、首を振る。

ローズの腹部に顔を埋め、くぐもった声で話す。


「君を一目見られるかと君が学園で働き出してから、このベンチに来るのが日課になってしまった。時間の無い時は通り過ぎるだけだが、君が同じ空間にいると思うと不思議と温かい気持ちになった。その君が来てくれて迷惑な筈が無い」


言い終わると、ルーファスは力を更に込めてローズの腰をきつく抱いた。


「私を見る為に?」


「そうだ。年甲斐も無く、可笑しいだろう?」


そんな事は微塵も思わなかった。

ただ、嬉しさが込み上げてきた。

自分の気持ちが一方通行では無い。

それは、なんと素敵な気分にさせるのか。


ローズは思わず表情を弛めてしまう。

ルーファスは顔を上げ、ローズの顔を見ると苦笑した。


「なんだ、その顔は。勘違いしてしまいそうだ。君も俺と同じ気持ちでいてくれているんじゃないかと」


ローズは、同じ気持ちです、と言葉に出す代わりに少し屈んでルーファスの頰にキスをした。


それは、口下手なローズの精一杯だった。


ルーファスは驚いた様に片手で頰を抑える。


「君は俺を驚かす事ばかりするな」


そうして歳上の顔で苦笑した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ