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ローズは帰宅してすぐに父ラッセルの執務室に呼び出され、きついお説教を受けた。
ラッセルの怒りももっともだとローズは思い、素直に謝罪した。
そうして、夕刻に久しぶりに家族全員での食事をした。
「お姉様、ルーファス様と昨夜はゆっくり話せたの?」
いきなりクラリスが核心を突く様な発言をしたので、ローズは思わずナイフを取り落とした。
「ローズ」
母マリアンヌが静かに咎める。
マリアンヌは普段は呑気な性格であるが、マナーについては人一倍厳しい性格だった。
「話し……大した話はしていないわ」
「ではナニをしていたの?」
クラリスはローズを揶揄う様な台詞を平然と吐く。
「クラリス!」
その発言にはラッセルが怒りを向ける。
最近ラッセルは怒ってばかりだ。
ローズは申し訳ない気持ちになる。
「ローズ、ルーファスとは仲良くしているんだろう?だったらいいじゃないか。家族に遠慮する事は無いさ。勿論、ルーファスにも」
ランドールは気楽に発言をする。
ルーファスと知古の関係である為、ある程度信頼しているのだろう。
「ルーファス様は良くしてくれます。冷たく感じることもありますが、大事にしてくださっていると思います」
ローズは本心から思っている事を述べた。
そうなのだ。
ルーファスは一見冷たい様な物言いや態度をするが、その実、ローズに対しては誠実な人だと思う。
嘘は吐かない代わりに、隠し事は多い気がするが……。
結婚してもルーファスを丸ごと理解出来る気はしないが、寄り添って行けるのでは無いか、と思い始めていた。
「そう思うなら素敵な人じゃない。愛してくれる人と一緒になるのが一番よ。ガルニエ侯爵の息子よりはよっぽど良いご縁だと私は思うわ」
マリアンヌは苛立ちを隠せないラッセルを横目にしれっとしている。
ラッセルにとっては第一印象がかなり悪いルーファスを認める事が苦痛らしい。
そんなラッセルを見ていると、このままでいいのだろうか、と不安になってくるのだ。
幼い頃、病気がちなローズを一番に可愛がり甘やかしてくれたのは他でもない父ラッセルである。
風邪を引いた時は誰よりも心配してくれたのもラッセルだった。
ローズが五歳で文字を習得した際は、天才かもしれないと大騒ぎしたラッセル。
ちなみに、ランドールとクラリスは三歳くらいで複雑な多言語で書かれた大人でも難解な本を読んでいた。
兄妹で習得の差があっても不出来な者を見下さないラッセルのおかげでローズは兄妹に対する劣等感を余り抱かずに幼少期を過ごせたのだ。
ランドールやクラリスが手柄を立てれば自分の事の様に嬉しく誇らしい気持ちになる。
反対に、二人が落ち込んでいるとローズも悲しいし、励ましてあげたくなる。
五歳の文字を覚えたてのローズに対して過剰とも取れる喜びを表現したラッセルは、その思い遣りの気持ちを自ら体現してくれていたのではないか?
ローズは今更ながらに、そう思うのだ。
元の婚約者、ユージーン・ガルニエと婚約を結んでから破談、それからルーファスとの現在に至るまでのローズは果たしてどうだっただろうか。
元々の性格が気弱であるし、何かに秀でていると胸を張って言えるものが無いのもある。
しかし、余りに卑屈になり過ぎていたのではないか?
婚約していた半年間でローズの元から少ない自尊心は、ズタズタに引き裂かれてしまっていた。
その出来事に一番胸を痛めていたのは誰だっただろうか。
きっと縁談を纏めた父、ラッセルだったに違いない。
ローズが傷ついた分だけラッセルもきっと傷ついていたのだ。
だからきっと過剰にルーファスに反応するのかもしれない。
元から悪印象の人物だったらしいのも良くはなかったのだろう。
しかし、きっとラッセルはこうも考えている筈だ。
本当にローズを今度こそ幸せにしてくれる人物なのか?
———君はもう少し自分の価値を知った方がいい。
不意にあの日、メイン通りの小さなビストロで晩餐を共にした日にルーファスに言われた台詞が蘇った。
自分の価値———。
まだ本当の意味では分からないけれど、育ててくれた父母に顔向け出来ない人生は歩んでいないと、それだけは胸を張って言える。
人を貶めたり、罵ったり、自分だけが得をしたり、そんな事はしていないと誓って言える。
それだけでいいのでは無いか。
ルーファスが、そんな不器用な生き方しか出来ないローズを欲してくれたのだ。
今はそれで良いのでは無いか。
「そうなんです。ルーファス様は、とても素晴らしい人なんです。お父様、お母様、そんな素晴らしい人に見初めて戴ける大人に育ててくれて本当にありがとうございます」
この日、ローズは晴れやかに微笑んだ。
ラッセルは、マリアンヌに、あんなに綺麗に笑ったローズは初めて見た、と夫婦の寝室で涙混じりに零したそうだ。




