43:詩ちゃんの高校に行く
せやさかい・043
『詩ちゃんの高校に行く』
コトハの? ことちゃんの? 酒井さんの? コトの? 酒井の? コトコトのぉ? 酒井詩の? 酒井先輩の?
校門をくぐって音楽室に入って、隅っこのパイプ椅子に落ち着くまで何べん聞かれたことか。
程度の差はあるけども、詩ちゃんはけっこうな好感度や。
うちは、まだ十三歳の女子中学生やけど、ひとが特定の人物の名前を言うたり呼んだりしたら、どう受け止められてるかは、しっかり分かる。
詩ちゃんは、二年生の平部員やけど、聖真理愛女学院高校吹奏楽部のホープや!
今日は、詩ちゃんの部活にお邪魔してる。
ちょっと説明。
こう見えても、夏休みの宿題はさっさと片付ける。どうかすると七月中にやり終わってしもたりする。
べつに優等生を気取ってるわけやない。
七年前にお父さんが疾走してからの習慣。
子供心にも(いまでも中坊の子供やねんけど)お父さんが見つかったら、すごい騒ぎになることは分かってた。ひょっとしたら、テレビなんかに取り上げられて、お母さんもうちも、しばらくは日常生活なんか吹っ飛んでしまうんちゃうやろかという気持ちにあふれてた。
それが、もし夏休み中やったりしたら、宿題なんか手に付かへん。
せやさかい、宿題はさっさと片付けた。近所や目上の親類からは「さくらちゃんはえらいなあ!」「そんなけ勉強してたら、お父さん帰ってきたら目ぇまわさはるでえ」と褒められた。
七年たって、失踪宣告されて、法的にお父さんは死んだことになった。うちも、お母さんの苗字になって堺の街に引っ越してきた。もう、宿題を早く仕上げる意味はない。ないんやけども、習慣で早くやってしまう。
その宿題に『身近な人を観察して作文を書く』というのがあるんや。
家がお寺やから、坊主の話を書いたらええねんけど、お寺のことは、ちょっと食傷ぎみ。そんな、うちのことに気ぃついて、さり気に「じゃ、うちの学校に来る?」という詩ちゃんのお誘い。
大和川を超えて聖真理愛女学院にお邪魔してるわけです。
しびれたあ!
足とちゃいます、心がね。
一学期の定期演奏会もしびれたけど、音楽室に五十人余りの部員が生演奏!
うちでも知ってる曲がバンバン繰り広げられる。詩ちゃんはサックスのパートリーダー、スタンドプレーのときなんかは、もう涙が止まらんくらい感激してしもた!
「さすが、コトコトの従妹だ、いい感性してるねえ!」
十八番の『LOVE』の指揮を終えたとき、部長で指揮者の涼宮さんが褒めてくれる。それは嬉しいねんけども、五十人の部員さんが、いっせいに視線を向けて拍手してくれはるのには困った。人生で、こんなに照れたんは初めてや。
「さあ、それでは、新部長の選出と引継ぎをやりたいと思います」
新部長の選出!? なんや、えらい日に来てしもた。
「恒例により、現部長のわたし涼宮はるか(なんや、有名なキャラに似た名前)が指名し、意義が無ければ引継ぎを行います」
パチパチパチパチパチパチパチパチ
異議なしを表明する拍手が起こる。
「新部長には、酒井詩を指名します」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
いっそうの拍手が音楽室に響き渡る。
「酒井新部長、あいさつ」
指名された詩ちゃんは、深呼吸して答えた。
「涼宮部長のご指名を受けて、吹奏楽部第五十三代目の部長を拝命いたします」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!
さらに大きな拍手!
詩ちゃんのほっぺたがま赤っかになる。こんな詩ちゃんを見たのは初めてや。めっちゃ緊張してる!
そうか、詩ちゃんは、これを見せたかったんや。
覚悟を決めるためか、おちゃらけた従妹で空気を和ませて、ちょっとでも気楽にしよと思たんか、はたまた、それでも緊張して泣きそうになる自分をありのまま見せようとしてか……そのどれかは分からへんけども、うちもいっしょになってメッチャ拍手をした!
そのあと、マネージャーと副部長の指名もあって、引継ぎのパーティーになった。
部長の引継ぎが、聖真理愛女学院吹奏楽部には夏一番のイベントになってるのかも。
詩ちゃんの一大イベントに立ち会えてラッキーやった。
☆・・主な登場人物・・☆
•酒井 さくら この物語の主人公 安泰中学一年
•酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
•酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
•酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主
•酒井 詩 さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
•酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
•榊原留美 さくらの同級生
•夕陽丘・スミス・頼子 文芸部部長
•瀬田と田中(男) クラスメート
•田中さん(女) クラスメート フルネームは田中真子
•菅井先生 担任
•春日先生 学年主任
•米屋のお婆ちゃん
•佐伯さんのお祖母ちゃん 釋良袋(法名) 法子(俗名)




