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せやさかい  作者: 大橋むつお
本編
134/438

134:『ごりょうさん奇談・2』


せやさかい


134『ごりょうさん奇談・2』  



※ 堺では仁徳天皇陵のことを「ごりょうさん」とよびます。





 え………………………………………………………?



 丸保山古墳の傍まで来ると、にわかに霧が立ち込めてきて数メートル先も見えへんようになってきた。


 朝と言うても、もう九時は回ってる。こんな時間に霧がかかったりするんやろか……?


 不思議に思いながらも、危ないので自転車を下りて押して歩く。


 自転車を押す手にパシパシと地面からの手応え……あれ、アスファルトと違う。


 いつの間にか土の道になって、タイヤが砂を噛む音がしてる。意識すると靴の底の感触も違う。


 土の地面て、学校のグラウンドか公園の中くらいしかあれへん。


 ボサーっとしてて、どこか人さんの敷地にでも迷い込んでしもたんやろか?



 立ち止まって、周囲を見渡すと、ちょっとずつ霧が晴れてくる。


 え?



 丸保山古墳のシルエットが見えてきて、その次にごりょうさんの山みたいな姿もおぼろに浮かんでくる。


 で、二つの古墳以外のものが何も見えへん。


 というか、なんにも無い。


 足元は、自分が居てるとこが教室くらいの範囲で見えるだけで、地面に残ってる霧に隠れて、その先は窺い知れへん。


 さくら……さくら……


 霧の中から『さくら』と呼ぶ声がする。


 この霧の中、花見に来て、お目当ての桜が見えへんのでボヤいてる……のんか。ひょっとして、あたしの名前?


 ちょっと怖い。


『さくら……お前のことだよ、さくら』


 はっきり聞こえたかと思うと、お堀に面したとこの霧がサーーっと晴れて、馬を曳いた男の人が現れた。


「あ、え、わたしのことですか?」


「そう、さくらのことだよ」


 その人は『まんが日本の歴史』の第二巻くらいに出てきそうな風体をしてる。髪を角髪みずらに結って、生成りのツーピースみたいなんを着てる。


 上着はダボッとしてて、腰のとこで帯みたいなんで締めてる。ズボンはダボッとしてて、膝のとこでくくって、毛皮のブーツみたいなんを履いてる。


 髭を生やして、真っ直ぐな刀を下げてて、ほんまに『まんが日本の歴史』のコスプレや。


「すまん、ここまで来て馬が動かなくなってしまった。道を急いでいるのだが、これでは間に合わない。少しの間でいい、さくらの馬を貸してくれないか」


「馬?」


「さくらが曳いている、それだよ」


 え、自転車のこと?


「そうだ、すまんな」


 そう言うと、その人は、あたしの自転車に跨って霧の向こうに走り去ってしもた。



「ええと……」



 呆然としてると、馬が顔を寄せてくる。


「あたし、馬になんか乗られへんよ……」


 そう言うと、馬は器用に姿勢を低くして『早く乗りな』という顔をする。


「だ、だいじょうぶ?」


 おっかなびっくりで跨ると、馬はゆっくり歩きだした。


「え、あの人のこと待たんでもええのん?」


 馬は応えずに、ポックリポックリと霧の中を歩いて行く。



 しばらく行くと、ようやく霧は晴れ渡って、うちの山門の前に着いた。



 よっこらしょ……。


 おばちゃんに、どない言お……霧の中で、古代のコスプレおじさんに自転車貸してやったら、こないなってしもた。


 ぜったい信じてもらわれへん。


 え?


 なんと、馬が腰の高さほどの馬の埴輪に変わってしもた!


 怖くなって山門の中に駆けこんで、ちょうど本堂から出てきたテイ兄ちゃんと出くわす。


「どないしたんや、目が泳いでるで」


「え、いや、せやさかいに、せやさかいにね」


 アタフタと説明すると、テイ兄ちゃんは山門の外を指さした。


「自転車やったら、山門の前に停めたあるやんか」


「え、ええ!?」


 今の今まで馬の埴輪があったとこに自転車が停まってる。



 キツネにつままれたような気持ちで自転車を片付けると、スマホがメールの着信音。



「え、うそ!?」


 なんと、頼子さんから。



―― いま、関空に到着。これから二週間の隔離生活に入ります ――


 




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