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せやさかい  作者: 大橋むつお
本編
12/438

012:あんたさん

せやさかい・012


『あんたさん』 




 テイ兄ちゃんが放っておくわけがない。


 金髪の美少女が門前に来て妹と談笑してる。


 むろん、うちと留美ちゃんも居てんねんけど、テイ兄ちゃんには金髪の美少女しか見えてへん。


「やあ、ちょうどお饅頭頂いたところだから、いっしょにどうぞ」


 歯磨きの宣伝みたいに白い歯を光らせ、作務衣の手にホウキなんか持って、インテリ坊主風に現れよった。


「うわー、お坊様だ! え? え? 桜ちゃんのお兄さん(正しくは従兄なんやけど)? こちらがお姉さん(正しくは従姉)なんですか!?」


「こっちが、おんなじクラスで文芸部の榊原さん!」


「は、初めまして、酒井さんにはお世話になってます、榊原留美です」


 留美ちゃんが挨拶すると、身についた坊主の慇懃さで挨拶を返すテイ兄ちゃん。


 挨拶は坊主の職業的慇懃さで出てきたもんで、見かけの割に気持ちは籠ってへん。せやけど、留美ちゃんが感動してるんで、なんにも言いません。



「お饅頭なんて、いつでもあるんですよ」



 お茶とお饅頭をテーブルに置きながらコトハちゃんが笑みをこぼす。お寺の娘やから、こういう動作と言葉遣いは、そのへんの旅館の仲居さんよりサマになる。


「「ありがとうございます」」


 頼子さんと留美ちゃんが初々しく頭を下げる。テイ兄ちゃんもにこやかに受け答えして、頼子さんとお近づきになりたそう。でも、本堂の方から「諦一ぃ~」と伯父さんの声がして、仕方なく尻をあげる。


「桜もすごかったですけど、境内にはいろんな木や花があるんですね!」


「ポピーにアセビにハナミズキ、ガーベラにツツジ……ハハ、わたしも知らないのがある」


 ケラケラ笑ってもコトハちゃんはベッピンさんや。


「そうだ、お祖父ちゃんが写真に撮ってたのがある」


 立ち上がってボードから写真帳を出してきた。


 写真帳には季節ごとにお寺で咲く花の写真と解説が載ってる。お祖父ちゃんはマメな人やけど、こんなん作ってたなんて知らんかった。


「檀家さんや、お寺を尋ねてきた人に説明と言うか、喜んでもらうために作ったらしいわ」


「へー、そうなんだ!」


 お母さんの「そうなんだ」と違う感動の「そうなんだ!」を発する頼子さん。ちょっとだけ「そうなんだ」を見直した。


「お寺って、本当は来てもらってなんぼってところがあって、夕陽丘さんみたいに興味を持ってもらうのが狙い……なんて、言ってるけど、ようは見せびらかしたいだけ。よかったら、いつでも見に来てちょうだい。お饅頭ならいつでもあるから」


「はい、お言葉に甘えて、また来させてもらいます! あ、お経……」



 本堂の方からナマンダブナマンダブが聞こえてくる。



「陰気臭くてごめんなさいね、うちの商売だから、朝と夕方は、阿弥陀さんにお経唱えるの」


「ナマンダブって……南無阿弥陀仏のことですか?」


「ええ、そうよ。ずっと昔に南無阿弥陀仏が訛ってナマンダブになったらしいわ」


「そうなんだ……安泰山と書いてアンタサンと読むのもそうなんですか?」


「あ……そうかな、たぶん。普段から気にしたことないから」


 わたしは――気にしたことないどころか、安泰山という山号じたい知らんかったし。


「でも、うちの学校は同じ字で安泰中学って書いて、アンタイって普通に読むんですよね」


「え、あ……そうね。あら、今まで不思議だなんて思ったことも無かった」


「あ、ごめんなさい。こういうことが気になると放っておけない性質で」


「あ、ううん。こういうことに疑問を持つなんて、大事だし素敵なことだと思うわ。こんどお祖父ちゃんにでも聞いてみてお知らせするわ」


「すみません、変なことが気になって(^_^;)」



 その後、お祖父ちゃんに聞いて分かったんだけど、頼子さんが推測した通り、安泰山が訛ってアンタサンの読みになったらしい。


 せやさかい、家の前の道路を如来通りというのんも、うちの如来寺という名前から来たらしい。


 安泰中学というのは、なんのことはない、このあたりの地名が安泰というところからきているんだそうや。むろん読み方はアンタイで、うちのお寺との関係は……また調べとくということやった。



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