6話
「眠れないんですけど」
「そうだろうな」
「どうしてくれるんですか」
「飲んだお前が悪い」
重い瞼をこすりながら、文句に対応する旅人と、閉じようとしても閉じてくれない様な目をしたナターシャの表情は、見事に対称的だった。
「というかあなた、眠そうですね」
「そうだな」
「さっきの飲み物、飲んだんですよね」
「飲んだな」
「なのに眠いんですか」
「眠い」
「……なぜですか」
「知らん。飲んでるうちに効かなくなった」
いまではむしろ導眠剤だ、とのたまう始末。末期患者を見つめるような眼で、ナターシャは旅人を見つめている。
「旅人さん」
「何だ、えーと、名前を知らなかった」
「ナターシャです」
「……ナターシャ。何か言いたいことでもあるのか」
「もう一本飲めば、眠たくなりますか」
哀れな中毒者を見つめるような眼で、旅人がナターシャを見る。
「なんだかんだ言って、飲みたいんだな」
「違います。眠りたいので仕方なくです」
「……面白い。しかし、あと一本だけだぞ」
そう言って、虚空から缶をもう一本。ストックは段ボール単位で数十箱、全て時間停止させており賞味期限など気にする必要はない。――ちなみに、これだけの数だが全て正式に購入している。
手渡された缶を一気飲みするエナドリ信者見習い。挙動が完全にファンのそれだ。
「ぷはーっ」
「……」
「……なに、声出してるんですか」
「いや、お前だからな?」
早くもハマった人間が一人。
「有り得ません。まさか私が、こんな飲み物に現を抜かすなんて――」
「そうか。では、酒でも飲むか」
肝臓が死ぬだろうがな、とだけ付け加えておく。
「お、あるんですかお酒」
「俺はあまり飲まないから、結構ストックはある」
「蒸留酒お願いしまーす」
エナジードリンク二杯飲んだ後にお酒飲むのか……。
簡素な客室。そこではとても小さな、酒場が開かれていた。
「おー、これ美味い!」
「美味いのか、これ……」
「でも、結構きついですね」
「そりゃぁな」
ナターシャが愉しんでいる酒は、いわゆるスピリタス、蒸留酒だ。アルコール度数は驚異の96度。殆どアルコールと変わらないそれを、彼女はうまいうまいと言ってぐびぐび飲んでいた。
「やっぱりお酒ですよ。エナジーなんちゃら等おこちゃまなものです」
「そうか。ところで、果汁多めのやつとかもあるんだが」
「飲みますぅ―」
流石に度数が強すぎるのか、エナドリのせいで肝臓が参ったのか。彼女は少し早めに、酔いが回ってきたようだ。
「あー、このお酒もうまい!」
「残念、それはエナドリです」
「えなどりぃ?」
「エナジードリンクです」
「いいえ、これはお酒ですぅ」
「いや、違うんだけど」
「お酒ですぅ!」
「……はい、お酒です」
もうどうにでもなれと思いながら、朝までナターシャに付き合った旅人。
自分もお酒に手を出し、少し酔ったところで手を引き、水を飲んで落ち着き、また酒に手を出すの繰り返し。ナターシャと言えばスピリタスから始まり焼酎やら日本酒やら、ビールやらワインやらを飲み比べしていき、こんなに飲んでよく吐かないな、と感心させるほどの量を消費した。
というわけで、飲み明かして朝になる。
「……頭いてぇ」
「ベッド使いますかぁ?私の部屋の奴、大きいですよぉ」
「それも山々だが、こいつが起きたらな」
「つれないですねぇ」
「じゃぁな。……歩けはするか」
ろれつが回っていないだけで、きちんと歩けているところがすごい。どれだけお酒に強いのだろうか、ナターシャは。
部屋に戻っていたのを確認して、イスに深く座り込む。肝臓の薬を飲んでおかなければ、やばかったかもしれない。……一応、それとなく彼女にも飲ませておいたから大丈夫だろう。
「彼女は……起きないか」
相変わらず衰弱しているようだが、大丈夫だろうか。何か食べ物を食べさせた方が良いかもしれない。
「ちょっとお仕置きしたというが。ナターシャ、只者ではなさそうだな」
初対面の人間に人間の価値を証明するとか宣言したり、エナジードリンクとお酒を同時にがぶ飲みするし、なんだかいい香りがするし、息をのむほど美人だし。
エレナが妙に冷たかったことを考えると、冷気系の能力者か。……いや、ただ外に突っ立っていただけ、とも考えられる。雪が付着してないのはナターシャがほろってくれたから、という推察だ。
いや、何にしてもエレナを衰弱させ、気絶させる程度の能力は持ち合わせていると言う事だ。あんな飲んだくれを警戒しろというのもおかしな話だが、ああいう女に限ってとんでもなく強いというのは事実である。何かというと、ついつい油断してしまうところが強いのだ。
いよいよ頭痛がしてきたので、耐え切れず眠ることにする。
時刻は第四期の54日、朝。
迫りくる脅威を、誰も知らない。