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4話

 こんこん、というノックと共に、旅人は目を覚ます。

 エレナが目覚めるまで一睡もしなかった彼は、暖炉の温かさに負けて居眠りをしてしまったのだ。あのような状況で眠ってしまうのはあり得ないのはわかっているが、どうしても眠かったので寝てしまった。

 誰だろう、と扉を開ける。その先にいたのは、先ほどの少女――エレナを抱きかかえたナターシャだった。


「……」

「……」


 二人の間に、静寂が流れる。

 旅人はナターシャと、彼女が抱くエレナを観察し、ナターシャは旅人――の服装を興味深く見つめている。


「変わった服を着ていますね」

「趣味なんだ」

「趣味ですか。どこの店でご購入なされたのか、お聞きしても?」

「知り合いが変わった奴でな。そいつに特注で作ってもらった」

「特注、ですか。その方、どうかご紹介できないでしょうか」

「済まないな、そいつとはもう連絡がつかない」

「連絡がつかない?」

「あぁ。今頃はどこをほっつき歩いているんだろうか、俺にはさっぱりわからない」

「……」

「……」


 エレナはそのままに、二人は見つめ合う――もとい、睨み合う。

 旅人としては『異世界の服だから買えるわけないだろ』と一蹴したいところではあるが、今までの経験から通じないことはわかっている。

 ナターシャはどうにも躱されているな、と思いつつ、次の手を考えている。


「取り敢えず、その少女を受け取ろうか」

「エレナちゃん、相当疑ってましたよ」

「エレナ……。その子の名前か」

「えぇ、そうです。油断していると噛みつかれますので、注意してくださいね」

「わかった」


 ナターシャから旅人の手に渡ったエレナは、元のベッドに戻されることになる。

 すやすやと寝息を立てる彼女を尻目に、ナターシャが部屋へ入り込んできた。


「旅人と名乗るほどですから、色々な冒険をされてきたのでしょう。

――少しばかり、お話をお聞かせ願えませんか」

「……わかった。立ち話は忍びないから、その椅子に座ってくれ」

「ありがとうございます」


 彼女の目を見る限り、好奇心から来るお願いであると旅人は推察した。

 無害であると判断し、彼はナターシャを部屋へ招き入れる。


「あまり面白い話は無いのだがな」


 ――そう言って、旅人は自らの経験を語り始めた。


*************************************


 それは、遠い過去の話。

 民の上に立とうとした王と、民と共に歩もうとした王の対決。

 民を愛したがゆえに認められなかった者。

 民を信じたがゆえに認められた者。

 

 国を追われ、家族を殺されてもなお、王として立とうとした哀れな少女。

 先祖の力を借り、彼女は神託により選ばれた、新たなる王と対決した。


 その歩みを。

 報われなかった努力、執念を。

 誰もが忘れ去った名を、彼だけが覚えていた。


「アレを見て、人間というものが嫌いになったな」

「家族を民に殺されても、民の上に立とうとしたのですか」

「実際に彼女の家族を殺したのは、王家に仕えていた貴族の一人だ」

「何が目的だったのでしょうか」

「その話だが。気になって調べ回ったのだがな、どうしようもない事実が出てきた」


 旅人はそう言って、話を続ける。


 それは、一人の男が下した、狂気の決断。

 魔性の怪物に蝕まれつつある自国を救うために、怪物である妃を討とうとした国王の話。

 彼にとって耐え難かったのは、妃との間に生まれた、二人の息子をも殺さねばならなかったと言う事。更にそれは、自分自身にはできない。彼は、自らの腹心に妃を、息子ごと殺すように命令した。

 腹心はどの様な思いで、彼らに剣を向けたのだろうか。

 愛していた家族の亡骸を見て、男は何を思ったのだろうか。

 それ以後、男は乱心し、民に対する圧政を開始する。怪物たる妻の怨念か、家族を失ったが故の発狂か。彼は結局、腹心の起こした革命によって処刑された。そして妾の子であった、一人の少女だけが残される。腹心はその少女まで殺すことはなく、国外へ逃がすのみとした。


「怪物……。」

「あぁ、そうだ。

ついでに言うとな、その国に()()()()()()()()()()。最初から、な」

「……なっ」

「憑りつかれていたのさ。国王は。

――『迷信』という名の、怪物にな」

「では、本当にいなかったのですか」

「あぁ、居なかった。痕跡の一つもありはしなかった。

迷信によって家族を皆殺しにした愚王。唯一残った娘は、神様が決めたとか言う新王に敗北した。

誰よりも民を愛し、国を想って生きた少女は、ぽっと出の英雄によって、踏み台にされたのさ」


 人間ってどうしようもないだろ、と旅人は嘯く。

 ナターシャは完全に、返す言葉を失っていた。


「あぁ、すまない。初対面の人にする話じゃなかったな」

「……いえ、興味深いお話でした」

「そうか。何分、こんな経験しかしてこなかったものでな。人類というのが大分嫌いなんだよ、俺は」

「それと名を捨てたのは、どんな関係があるのですか」

「俺は旅人だ。人間じゃない。

――少なくとも自分は、そう思っていたい。だから、人間としての名は持たない」

「人間じゃ、ない」

「わかってるさ。どこまで行っても、俺は人間だ。だからこそ、俺だけは絶対に認めないことにした」

「……そこまで、人間が憎いのですか」


 その言葉を受け、旅人はこう言って笑った。


「憎む?……馬鹿を言うなご婦人。

人間にはな、()()()()()()()()()()()()


 ナターシャはその言葉に、言い表せぬほどの侮蔑を感じる。

 まるで、自らが馬鹿にされているようだ。お前に価値はない、憎む価値すら、殺す価値すらありはしないと、旅人に嘲笑された気分になる。


「その人間というのは、私も含まれるのですか」

「貴女がそう思うのであれば」

「……そうですか」


 琴線が、切れる音がした。


「わかりました。それでは今の発言、私に対しての挑戦と受け取らせて頂きます」

「……挑戦?」


 何を言っているのかわからない、という表情をした旅人を無視して、ナターシャは話を続ける。


「私、人間と、人間の作る世界が大好きなんです。

今の話は大変悲しいモノでしたが、それでも私は、人間に価値がないなんて思えません」

「そうか。それが、貴女の意見なのだな」

「えぇ。ですからあなたには、是非ともその考えを改めてほしいのです」

「……何故?」


 前後の会話が繋がっていない。旅人は困惑するが、ナターシャはさらに畳みかけた。


「その価値観を持っていては、世界がつまらなくなりますよね」

「現につまらないからな」

「そんなことはありません」

「いろいろな世界を見てきたが、全てどうしようもないような結末を迎えたぞ」

「どうしようもない、ですか。

ではあなたは、先ほどの少女の人生が、どうしようもないモノだというのですか」

「当たり前だ。

持っていたものを奪われ、取り返そうと努力し、しかし何も取り戻せずに死んだ。

価値なんて、意味なんてある筈がない」

「いえ、意味はありますよ。

……だって、あなたが覚えています」

「……?」


そう言ったナターシャの表情は、まさしく慈母のようであった。


「たとえ、その人が何も成せなくても。

その人の頑張りを誰かが見ていたのなら。

その生き様が、誰かの記憶に残るのなら。

その人生には、立派な価値がある。

……そう思いませんか?」


『求めすぎなのよ、あなたは。

あなたは価値を感じないんじゃない。あなたが価値を感じた人間が、何も成せなかったことが悲しいの』


ふと、誰かの言葉を思い出した。

最初に出会った少女。誰よりも気高く、誰よりも強く、誰よりも美しくて、誰よりも報われなかったバカ女の、花のような笑顔が蘇る。


懐かしい。あの頃は確か、英雄になりたかったんだっけ。


「それ、さ。人間に価値があるか否かとは、関係無いんじゃないかな?」

「そんな事はありません。

あなたが人間を嫌うのは、あなたが好きになった人が活躍できないからですよね」

「……!」

「だって、あなたは女の子の例しか出さなかった。男の子の例を、一つとして挙げませんでした」

「いや、そういう訳では」

「じゃぁ、あなたが今まで助けた男の子の名前、挙げてみてください」

「……」


ほら、ね?とわかったような口を効くナターシャに、旅人は若干のイラつきを覚える。


何もわかっていないようで、核心を捉えている。屁理屈で固めた心の殻を破り、ほんの小さな、対したことのない本当の自分を浮き彫りにされるような、そんな感覚。


「それでも、人間に価値があるとは思えない」

「それでは、私が証明して見せましょう」


そして、妙の自信で満ち溢れている。

嫌だというのに、なぜか心地よい感覚がする。

求めていなかったけど、何より求めていたもの。

もうおぼろげにしか思い出せない、彼女の仕草だ。


「……証明、か」

「人間はきっと、あなたが好きになるに相応しい存在です。あなたが価値あると判断できるほどに、眩ゆいものをもっています。

あなたは、それを見失っただけ。それを私が、貴女に示します」

「何故、そんなことをするんだ。お互い名前もわからない、初対面だぞ」

「何故って……」


 前にも、こんなことを聞いた気がする。

 そいつはこの質問を聞くと、当たり前じゃない、と言った風に胸を張って、こう答えるのだ。


「『だって、可哀想だもの』」


 これにはもう、驚きを通り越して笑うしかない。

 完全に一致した。どれほど世界を見渡しても二人はいないだろうというバカと、同じことを言う人間が居るとは。


「可哀想、か。

俺のことをそう評したのは、お前で二人目だ」


 大抵はひねくれものだったり無責任だったり、そう言った批判が飛んでくる。そう言ったものに耐え切れなくなって、何度も世界を移動しているわけなのだが。


「……面白い。その話、乗らせてもらおうか」


 人間に価値はない。

 ――しかしどうやら、この女には価値がありそうだ。


 彼女は一体、どんな世界を見せてくれるのだろうか。


 そう言った旅人の目には、混じりけの無い好奇心が映っていた。







 

 

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