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1話

 怒号が聞こえる。


 疾走する背中が熱い。脇目も降らずに逃げている少女の、背後には大きな火が上がっていた。



 振り向かない。


 燃えているのが何であるのか。そんなものを考えている暇はない。



 考えない。


 背後で何が起こっているのか。気になっても想像したりしない。



 無心、一目散。


 暗い森、舗装もされずに草木が生い茂った道なき道を、涙と共に駆ける。



 爆発が起こっているのだろうか。後方からは断続的に高温の風圧が押し寄せ、少女の体を加速させる。全身が汗に濡れ、そしてすぐに蒸発してゆく。体から急速に失われてゆく水分。体が訴える危険信号を、少女は無視して走り続ける。



 肺が悲鳴を上げる。


 筋肉に乳酸が溜まる。


 速度はだんだんと落ちてきて、爆風による加速も緩やかになっていき――



 どさっ。と音がして、少女は地面に倒れこんだ。



「……立た、ないと。立って、走らな、いと」



 走る?一体、どこへ?



 わからない。


 何をすればいいのか。何がどうなっているのか、全て。



 どうやら、段差からの着地に失敗したらしい。


 散乱した所持品を回収し、大事な剣を拾い上げる。


 そしてまた、走ろうとする。しかし、体力が持ったのは数歩だけだった。



 どさっ。


 またもや倒れ伏した少女は、意識を朦朧とさせ始める。


 白磁色の肌に、美しい金髪。しかしそれは土と汗、そして赤い何かで汚れきっていた。



「……ねえ、さん」



 手を伸ばす。


 そこに姉はいないとわかっていても、助けを呼ばずにはいられなかった。



(いない、よね)



 不意に、そんなことを理解した。


 姉はいない。親もいない。侍女も執事も、守ってくれる騎士すらも。



 なんだかどうでも良くなって、少女は意識を手放した。


 雪が降り始める。先ほどの爆発が、上昇気流を齎したのだろうか。



 降り積もった雪がのしかかっても、少女が起きる気配はない。


 体温の急激な低下。誰も気づかず訪れる、死の気配。



 ふいに、中空に青白い光が現れた。


 幾何学文様を描く、摩訶不思議な粒子群。


 それは扉の様な形状を成し、空間……否、世界に亀裂を生みだす。


 『扉』が開く。それと共に、強烈な閃光が生じ――



「――よっと、着地成功」



 死神のように現れたのは、その世界ではありえない様な服装をした、青年だった。



*************************************



「倒れ伏す少女、背後には大きな火の手、と。


――おいおい、何なんだこの状況は」



 誰に聞かせるでもなくそう呟いた青年は、少女の肌に触れる。



「生きてはいる。しかし、大分冷えてるな」



 取り敢えず生存確認。跳んできた直後で少し疲れてはいるが、眠るのは宿にしよう。



「スタートは森か。あっちに行けば宿はありそうだが、どうにもなぁ」



 少女にのしかかる雪を払う。もう少し遅かったら、人間だとわからなかったかもしれない。

 乱れた髪と、汚れきった服装。手には剣を握っていて、足の裏は痛々しい有様であった。



「どう考えても、あっちから逃げて来たんだろう」



 状況確認。


 跳んできた直後、空を見るに夜で、天候は雪。


 ここは森で、少女が倒れている。


 彼女の背後から、大きな火が上がっている。


 少女は火が上がった方向から逃げて来たのではないかと推察される。



 さて、どうしようか。


 地図の無い状態では、何処に行けばいいのかわからない。


 ……指針になるのは、少女が倒れた方角だろうか。そちらへ向かって走っていたと言う事は、方角の先に街がある可能性が高い。



「跳ぶか……」」



 そう呟いた青年は、何もない所からいきなり、缶を取り出した。


 プルタブを使って缶を開ける。プシュッという音がして、独特の匂いが辺りに漂った。


 見た所、液体が泡立っている。しかしながら、水が沸騰するほど高温というわけではない。


 匂いからしてヤバイそれを、青年は一気に飲み始めた。



 俗に言う、がぶ飲み。


 缶に入った液体はみるみるうちに飲み込まれてゆき、およそ十秒で空になった。



「よし、準備完了」



 水分補給、だろうか。


 薬品の様なモノを一気に飲み干した青年は、缶を上空に放り投げる。


 缶は地面に落ちることなく、虚空へと消えていった。



「んじゃ、失礼してっと」



 弱った少女を、青年が抱きかかえる。


 彼は取り敢えず決めた方角に向けて、勢い良く踏み出した。



*************************************



 自分を呼ぶ、声がする。


 自分を呼ぶ、声が聞こえる。



 深海に沈んでいるような、そんな感覚がする。


 手を伸ばしても、水面には届かない。


 そもそも、ここには明かりがない。どのくらいの深さなのか、それすらもわからない。



 手を動かす、気力がない。


 だんだんと沈んでゆく感覚。もう戻れなくなる、そんな境界。



 不意に、光が差し込んだ。


 それは、太陽の様に暖かく。


 光は、彼女の心に灯をともした。


 手を伸ばして、光の方へ泳いでいく。


 長い時間がかかって、漸く水面が見えてきて、そして――



「目覚めたか」



 聞こえてきたのは、見知らぬ青年の声だった。

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