8話
目を開けた俺が最初に見たのは隊長と新木さんの姿だった。
ここはどこだ?俺はさっきまで西巻さんの隣にいたはず。まあ大方転移魔法だろうが、どこに飛ばされたんだろうか。
ガサガサと草をかき分ける音がする。何かが近づいてきてるみたいだ。
「隊長、すいません!信次くんがチェシャに…!私が…私がしっかりしていれば!!………あれ?…信次くん?」
西巻さんはたしか影の中とかを動けたはず。聞いたことない魔法だが、それを使った方が明らかに速いだろうに使わなかったのか。それだけ焦ってたって事か?
「え!?信次、何してるんだよこんなとこで。…っていうかいつの間に?」
あーあ、なんか面倒なことになってきたな。
「無線を使え、無線を。焦ると忘れる癖は治らないな」
「あ、すいません。ってそうじゃなくて、隊長は何とも思わないんですか!?今回はチェシャも天使達も行動がおかしすぎます。信次くんの目付きもなんだか悪くなってるし、何があったのか気になるでしょう!?」
意外と観察力はあるみたいだ。目付きの悪さは育った環境の問題だと思って見逃してくれないかな。
「気になるからこそ、今は冷静になれ。しっかりと腰を据えて話し合うべきだ」
1つの隊を纏めるだけあって、こんなときでも冷静だ。流石だと思う。俺だって現状には混乱を押さえきれてない。
しかし、彼こそが俺の最も不思議に感じる人物だ。表に出てきてわかったが、彼からは莫大な量の魔力が絶えず放出されている。
基本的に魔力は取り込むものだ。魔力を取り込めない人間もいるにはいるが、そいつらは呼吸で取り込んだ分を吐き出すだけだったはず。隊長もそうだとしたらどれだけの空気を吸い込んでいるというのか。現実的に考えてそれはないだろう。
間違いないとはとても言えないし、間違っていてほしいところだが、彼は、自分で魔力を創り出しているのかもしれない。
こんな化け物と一緒に暮らしていたとは。信次としては存在感とかオーラみたいな感じで捉えていたみたいだが、きっとあいつ…いや、この場合は俺と言うべきか?体を借りてるみたいなもんだし。とにかく、柏崎信次という存在も何かしら感じるものはあったらしい。
「そうだな。皆で一回集まった方がいいと思う。隊長、召集頼めるか?」
「おいおい、お前そんな口調だったか?」
「そうだよ!大丈夫なの!?怪我してない?チェシャに何されたのか言ってみて?」
いちいち説明すんのも面倒だ。
「隊長、隊員皆に召集かけてくれ。そこで色々と話すことにしよう。俺も色々と訊きたいことがある」
重ねて頼めば大丈夫だろう。
この状況は謎だらけだ。この人たちが何か知ってりゃいいんだが。
「…わかった、いいだろう」
「ちょっと待ってよ!なんで今話してくれないの?」
「皆に一気に話したほうが効率が良いだろ?皆の話も聞きたいし」
「効率とかじゃなくて、私は今知りたいの!」
「俺が面倒なんだよ」
悪いけど西巻さんとは相容れそうにないな。エリーの奴もこんな感じだった。
「無線で連絡したが、猪口だけ応答が無い。無線機を持ってないみたいだ。それと、白石が重傷らしい」
あの野郎、どれだけ迷惑かければ気がすむんだ。…仕方ないから捜しに行くしかないか。
「じゃあここに皆集合ってことで。俺は猪口を捜しに行ってくる」
「ちょ、ちょっと!今の状態の君1人で猪口くんと会うつもり!?」
「なんか問題でも?」
「問題、大あり!はぁ……、じゃあ私も一緒に行く。拒否権は無しだからね」
西巻さんってこんなにうるさい人だったか…?もっと凛とした感じの人だった気がする。まあ突然仲間の性格が変わればそんなもんか。
「じゃあさっさと行こう」
「ああ待て。私はこの場所にいるから、ここを集合場所ということで覚えておいてくれ。白石の所にはもう新木が向かったから、その点は大丈夫だ。佐々木と立川と合流して戻ってくると思う」
もう新木さんは向かったのか。付き合いが長いからか、声にしなくても伝わるものがあるみたいだ。
「了解。すまねーな、あんたには手間をかけさせる」
謝罪なんて昔だったら考えもしなかった。やっぱり僕の影響が出てるみたいだな。
その僕は今、心の奥底に沈んだままだ。どうにかしてまた目覚めさせることはできないだろうか。この身体は所詮借り物。本来の身体はもうとっくに死んでいるだろう。
「その代わり、後でたっぷり話してもらうぞ。覚悟しておけ」
「ああ、わかったよ…」
この人には戦闘でも舌戦でも勝てる気がしないけど、それも悪くない。そう思えた。
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とある場所。
そこでは参加者3名の侘しいお茶会が開催されていた。
「良い香りだ、やはり君の淹れる紅茶は素晴らしい。で、首尾はどうだった」
きっちりと七三分けされた茶髪で、しっかりとした正装の男。
「いや~今回はうまくいきましたよ。これ以上無いほどに。精神分離作戦は成功、天使2人は生存。どっちも、これからどうなるかはわからないですけどね」
身長がかなり低く、幼女と表現するのが相応しい少女。
「これから先の予測はできてんのか?ドジソンさん」
艶のある黒髪の、まるで部屋着のような、緊張感のない格好をした男の3人が参加者だ。
「さあね。未来を完璧に見通す者などいない。今回の件は、そもそもかなりの博打だったんだ。恐らく、2つの精神は再び混ざり合うことは無いとは思うが、どうだろうね」
「頼むぞ、ここの頭脳はあんたなんだからな。僕は兄さんたちと違って頭が悪いんだ」
ラフな格好の男は自虐的な思考が目立つ。優秀な兄たちと違い、自分には絵しかないと思っている。この場所に来てから、その思考は加速しているようだ。兄たちが、元いた世界とは何もかもが異なる世界で奮闘していることを知ったからだろうか。
兄たちが頑張っているとき、自分はただ安寧を求め、停滞を善しとしていただけだった。自分を貶めることで、同時に戒めているのだろう。
「あなたは兄さんのことばっかり。あなたはあなた、ぼくはぼく、兄は兄で良いじゃないですか」
「そう言うな、チェシャ猫君。彼には彼の、君には君の考え方がある」
「悪いな、話の腰を折って。…現状では、僕らにできることは無いのか?」
「無いですね、残念ながら」
彼らはまだ、世界の狭間でひっそりと蠢く小さな存在に過ぎない。
今は、機を待つのみ。
「じゃあぼくは戻りますね。またあの人が厄介事を起こしてるみたいなんで。何かあったらいつも通りに呼んでください」
「わかった。武運を祈る」
「ん。いってら」
そうして、茶会唯一の女子は「あの人はもうちょっと不真面目になってくれたって良いのになぁ」とぼやきながら去っていった。
チェシャ猫がいなくなると、途端に沈黙に包まれる。いくら旧知の仲と言えど、無味乾燥な世界に長く一緒にいれば話すことも無くなる。
「そういえば、君はどう思う。2つの世界の今後について」
「あんたは僕に学がないことはわかってるだろ。そんなこと言われても困る」
「そうじゃない、言い方を変えようか。君は世界をどうしたい?あの裏切り者どもをどうにかした後だ」
「僕は………よくわからない。こういったことを考えるのは兄さんたちの役目だ」
ドジソンはどうしても彼に自立してもらいたい。
裏切り者たちはいつ戻ってきてもおかしくない。このままいけば、彼ら3人の相手はドジソンたち2人だけになるだろう。<創り手>相手ではドジソンはいる意味が無いと言っていいほど役立たずなので実質1対3だ。
今は兄に依存しているような状態だ。兄たちの決断に全てを任せ、自分を殺している。
ましてや今はその兄がいない。これでは糸の切れた操り人形だ。
やはり、これは話をするだけでは直らなさそうだ。今まで散々矯正しようとしたが無駄だった。とはいえ絵については全くわからないのでどうすることもできない。写真なら嗜んでいたのだが。
何か決定的な変革が必要だ。
「…そうか。悪いね、君の兄たちに会わせることが出来なくて」
「仕方無いことだから、別に謝る必要は無い。まあ、悪いと思ってるんなら、話を聞かせてくれないか。あんたの物語でも、兄さんたちの物話でも、あるいは別の人のものでもいい」
「久しぶりにそう言われた気がするね。最後に請われたのは、ここに来る前だったかな…」
ドジソンは物語を書くよりも語る方が好きだ。だからその申し出は単純に嬉しかった。やはり、彼は語り手であり、物語を文字に起こす必要は無かったのかもしれない。
「そうだな。ここに来てからは、物語を聞くと寂しくなると思って聞こうとしなかったから」
「それで、今日はどんな心変わりなんだい?」
「絵を作りたいんだ。最後に話を聴いたのもずいぶん前で、覚えが悪くなってきてね」
「よし、わかった。じゃあ…"マッチ売りの少女"なんてどうだ?」
「そりゃ悲劇的結末のやつだろ、たしか。縁起でもないからやめてくれよ」
「はは、それもそうだな。私はなかなか好きなんだが、別のものにしようか」
今でこそ彼は時々笑みを浮かべるが、彼の微笑を引き出すのにも随分かかった。ドジソンの努力が実る日は来るのだろうか。
「うん、じゃあ始めようか……」
こうして、時は過ぎて行く。
話題は変わるが、語り手のフルネームはチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。
しかし、彼にはもうひとつの名前がある。そちらの方が有名であろう。彼の、もうひとつの名は――
――――ルイス・キャロル。