6話
少し探索して、広めの部屋に出た。
ちょっと前に停電があったが、隊長が言うに西巻さんがやったらしい。敵に見つかり難くするために暗くしたのだろうが、電気が消えてからは誰とも会っていない。
「食堂のようだな。近くに食料庫がないか探すぞ」
「了解です。……ってうわっ!」
明かりは支給されてないので、テーブルやイスにぶつからないよう気をつけないと。そう思いつつ周囲に目を光らせていると、足元がおろそかになったようで、躓いてしまった。甲高い音が周囲に響く。
「気をつけろ。大丈夫か?」
「すいません!今ので敵が…」
「もう音とかは気にしなくてもいいと思うぞ。ほら」
隊長が下を指差すのでよく見てみると、僕が今躓いたものの正体がわかった。
気絶した東軍の兵士だったのだ。
「え…なんで……?」
「西巻はうまくやっているようだな」
西巻さんがこれをやったってことなのか…?
これも魔法の力だと言うのならどんなものなのだろうか。さっきまではまだ敵は普通に動いていた筈だ。隊長が首を絞めているのを僕は見ている。
さっきと今の間であった大きなイベントは、停電があったことくらいか。きっと何か関係があるのだろう。
いよいよもって、魔法というものの存在を認めないわけにはいかなくなった。
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「で、何か言い訳はある?」
立っているのは3人、正座しているのが1人。西軍と東軍の兵たちは、まさに死屍累々といった有り様だった。首を絞められ気絶した者が折り重なる光景は、毒ガスでも撒かれたのかと思う程だ。
その光景を作り上げた張本人を前にして、相棒がいなくなった突撃野郎は萎縮するしかない。
「漢なら、やらないわけにはいかなかったっ!」
………いや、あんまり萎縮していないかもしれない。
「…あんた反省してるの?」
「反省はしています」
「お前は反省という言葉の意味を辞書で調べてこい」
「嫌だなあ、佐々木。辞書なんてウチの拠点には無いじゃん」
わりと的を射た反論に、佐々木と立川、西巻までもが一瞬言葉に詰まった。バカは変なところで頭がまわる。
「…お前よくこの状況でそんなこと言えるよな」
「反省はちゃんとしているさ!…ただ……」
「ただ、なあに?」
西巻、結構怒ってたりする。
「―――後悔はしていない!」
「西巻さん、コイツ縛って川に捨てていきましょう」
「ダメよ!」
「まあ、猪口に死なれるのは困りますしね」
「そう、立川君の言う通り。死んじゃ駄目なの。だって、死んだら一瞬で終わりじゃない!」
「ん?あれ?」
立川も佐々木も“認識阻害”を使えるのが猪口だけだから、という理由を想定していたのだが、何か違うような?
勿論佐々木の川に捨てる云々は冗談だ。
「死なないように細心の注意を払いつつ、肉体、精神両方に生きるのが苦痛になるほどのダメージを与えてやればいいのよ」
「西巻さん、それって拷問だと思うんですけど」
「しっ!静かに。…西巻さんがああなるってことはかなりご立腹だから、とばっちり食らわないように黙ってた方がいい」
愚行にでた後輩をたしなめるとは、いい先輩である。
……ただし、たしなめるのが面倒そうな誰かさんにはノータッチだったのだが。
「猪口くん?君、帰ったら…」
その時だった。無線機からけたたましい警告音が鳴り響いたのは。
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食堂の片隅で、僕は気配を殺していた。
隊長は、無線機から何やら大きな音がなったら、僕に「この辺で隠れててくれ」と言ってどこかに行ってしまった。今はもうかなり離れている気がする。何となく、わかる。
そもそも隊長は、どうして今日僕を連れて来たんだろう。古株の新木さんが知らなかった様だし、突然決まったと見て間違いないと思う。魔法について教えるなら、拠点で実演した方が早い。
隊長の目的がわからない。あの人は僕に何を求めているのだろうか。
「柏崎くん、大丈夫?」
「うわあ!?」
「ちょっと、声が大きい!」
び、びっくりしたぁ。心臓が飛び出るかと思った。
「西巻さん、いつの間に?」
「私の魔法で来たの。闇さえあれば同化することができて、瞬間移動は無理だけどかなり速く移動できる」
なるほど、それで停電を。魔法というものは本当に万能だと思う。
「緊急事態みたいだから、君を逃がすために来たってわけ」
「そう…ですか。色々とすいません」
「いいよ、別に礼なんて。同じ部隊の仲間でしょ」
西巻さんが来てくれて本当に良かった。独りの時は心細かったが、2人になった途端に安心感が湧いてきた。
でも、いつまでもこの場所で隠れてるわけにもいかない。
今はここから早く脱出しないと。
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新木は焦っていた。
フォーティーンがここにいるということは、エイトは白石の所に向かった可能性が高い。“索音”は、正面戦闘において全くと言っていいほど役に立たないので、援護に向かいたい。さっき警告音が鳴ったために猪口たちはそちらに向かっているとは思うが、エイトの“成形魔法”は対処が難しいから下手すれば足を引っ張りかねない。
先程から“切断”を試みているが、フォーティーンは“歪曲魔法”の使い手であり、魔法の軌道を逸らされて一向に中らない。
だが、それも仕方がないのかもしれない。何故ならば、彼は本来、剣に“切断”の魔方陣を描いて戦う魔術師なのだから。
魔導では、飛ばすことはできても持続性が足りない上、効果を1つしか持たせられない。フォーティーンらには“物理切断”の効き目が薄いため、有効な攻撃がしたいのなら“精神切断”を主にして戦うことになるのだが、それを“歪曲”されて自分の元に返ってきたらまずいので、隙を見せるまでは“物理切断”と“魔法切断”で切り崩すしかなかった。
それでも、フォーティーンは熟練した使い手であり、特に魔法の速射に関してはトップクラスに速い。不意打ち、騙し打ちもほぼすべてが“歪曲”されて、木々が薙ぎ倒されるばかりだった。
受けるだけではなく、しっかりと攻撃もしてくるので、新木も集中を切らすわけにはいかない。
気がつけば、“歪曲”と“切断”で周りの木々はねじれ曲がり、切り倒されて飛ばされ、広い空き地が出来ていた。
結局、新木が与えたダメージは腕を切り落としたことだけだった。
とは言っても、ついさっきに新木も右手に“歪曲”を食らってしまい、右手が使い物にならなくなってしまったのだ。
「ちくしょう、油断も隙も可愛げも無い奴だ。こっちは隊長の様子も気掛かりだってのによ」
チェシャは気紛れな上に神出鬼没。何を考えているのかもわからないし、味方の時もあれば敵の時もある。今回は敵方に回ったようなので隊長も心配だ。特に今回は魔法もよく知らない若手がいる。
「一言余計じゃなくて?可愛さだったら天使の中でもトップだと自負しているのだけど」
「西巻の方が俺は好みだな」
「ああ、あの失敗作のことかしら。彼女、寝てる間しか魔力が回復しないんでしたっけ。身体はただの人間ですし、常人にも劣るのではなくて?うふふ、面白い魔法を持っているけれど、扱いが難しそうですわね」
失敗作という言葉は看過できない。西巻だってある意味ではエイトやフォーティーンと同じ被害者なのだ。
「なに言ってんだよ、欠陥なら俺もお前もエイトも持ってるだろ。西巻は失敗作じゃねえ!」
「明らかに失敗作ですわ。あなたやジョン、私たちに比べると」
「」
もう、新木も白石も元の名は捨てたのだ。与えられた名は。
「さて、話し合いはもう御仕舞い。――続きをしましょう。私の油断を誘ってるのは、わかってるんですのよ?」
「くそ…どうすりゃいいってんだよ」
万事休す状態に、思わず悪態を吐く。やはり、信次を連れてきたのがいけなかったのか。
最早希望を失いかけたその時、
「…大丈夫か?微力ながら私も助力しよう」
――彼の隊長がやっ来た。さながら、ヒーローのように。
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「助太刀しますよ!白石さん!って…なんじゃこりゃ」
やって来たばかりの猪口が驚くのも無理はない。先程集まっていた空き地は大きく変容していたからだ。辺りには土の尖塔が立ち並び、木々からも鋭い刺がそこかしこから生えている。
「これは…エイトの仕業だね。もしかしたら、僕らはいない方がいいかも」
「立川さん、エイトって…?」
「かなり戦闘が得意な奴だ。自身の魔法を巧く使いこなしているし、勘も鋭い。下手に手出しすれば命は無いよ」
立川は身をもって驚異を体験したことがある。“成形”は手強い。彼は昔、エイトに瀕死の重傷を負わされた。なんとか一命は取り止めたものの、それが大きな転機となったのだ。彼にとっても、部隊にとっても。
「あの、大変言いにくいのですが…」
既に猪口の姿はなかった。今までの行動を鑑みればどこへいったのか容易に想像できる。
「猪口なら大丈夫だと思う。猪口の魔法と奴の魔法との相性は悪くない」
エイトの魔法は視えないものに対して脆弱だ。勘が鋭いのが不安だが、猪口の魔法はそんなに弱くないと立川は信じている。
「それじゃ、俺たちはどうすれば?」
「僕らにもできることはある。できることがあるなら、それを成すだけだ」
ほぼ何も考えずに飛び込んだ猪口だが、尖塔が多い地域に近づくと、所々に地面がおかしいような場所が散見された。あの場所に踏み込んではいけないと、彼の経験と直感が言っている。
足元に気をつけながら進んでいくと、やがて空き地を抜けて森に出た。白石は後退しつつ戦っているようだ。
しばらく尖塔や刺の生えた木を目印に歩いていると、白石と知らない声(恐らくエイトのものだろう)が聞こえてきた。手近な木に背をつけ、様子を窺う。
「いぃ加減諦めなよ、兄ちゃん?あんたにゃあ戦闘は無理だ」
「無理だからと諦めていては得られるものも得られない。それに、無理に君を倒す必要はない。時間さえ稼げばそれでいいんだ」
「腹が立つねぇ、その冷静さ。すこしは慌てた姿でも見たみたいなぁ?」
「残念ながら、それは無理だ。わかっているんだろ?それが僕の欠陥なんだ」
猪口には白石の言った「欠陥」という言葉の意味がわからなかった。白石は冷静さを欠陥だとでも思っているのだろうか。
「んなこたぁどうでもいい。随分と隊長さんを信頼してるみたいだが、奴は来ねぇぞ。今はチェシャが相手してるはずだ」
「君らはチェシャを信用しすぎだ。あの女は何が目的なのかまるでわからない」
「まぁ、あれだ。藁にもすがるってやつだよ」
神経を逆撫でする喋り方だ。だが、所々わざとらしく感じられるのは気のせいなのだろうか。
それはともかく、聞くのに夢中になっていたがこれは白石を助けるべきではないだろうか。猪口はつい昔の癖で隠れて聞いていたが、そんなことでは彼の憧れる男のようにはなれはしないだろう。
猪口が足を踏み出そうとしたその時、予想だにしていない出来事が起こった。
「ぬわあああ!?」という声と共に轟音が聞こえてきたのである。なぜか、その声はつい先程聞いたような気がした。