3話
この拠点の中心部に1つだけあるハッチから外に出ることができる。僕はまだ拠点の東側には入る許可を貰えてないので、もしかしたらそっちにもあるのかもしれない。
かなり久しぶりに外の景色を見ることができて、僕が感動と緊張で固まっていると、殿の隊長が出てきてハッチを閉めた。
閉めると、よく目を凝らしても見つからないような見事な擬装がされている。
この拠点は富士の樹海の地下にあって、このハッチの場所がわかるように、立川さんに2ヶ月くらいの間樹海の構造を叩き込まれた。おかげで、朝に勉強することが定着してしまった。悪いことじゃないからいいんだけど、もうちょっとゆっくり丁寧に教えてほしかった。
「よし、行くぞ。北西方向に件の砦がある」
「隊長、考え直す気はないのか?こいつがもし…」
「しつこいぞ、新木。隊長が決めたことだ。信じて従うのが隊員の役目だろ?」
新木さんはまだ心配なようだ。意外と心配性らしい。
「白石、そうは言うが、もし隊長が死んじまうなんてことになったらどうすんだよ」
「隊長は、生きて帰ってくると約束してくれた。君は、隊長を信じることは出来ないって言うのかい?」
「俺と、そして信次を、信用してやってくれ、浩介。なんとかなるさ」
「…わかったよ。そこまで言われちゃあなぁ。…信次、お前を信じる。お前は裏切ったりしないでくれよ」
隊長は、本当に心から慕われているんだということが、本当によくわかる。
皆は、僕を信用してくれている。ならば僕は、それに応えなければならない。
「僕には裏切るなんてできません。絶対に。隊長が拾ってくれなかったら、僕はきっと死んでいたでしょうし、この命、隊長のために使っても心残りはありません」
「やめてくれ」
「え?」
「俺のために命を使うなんてことは、冗談でも言わないでくれ。死ぬなら俺で十分だ」
隊長は何を言っているのだろう。部隊の隊長が死ぬより、新入りが身代わりになった方がいいに決まってる。
でも、隊長の目からは揺るがない信念が感じられた。これは何を言っても考えを変えることはなさそうだ。
隊長を危険にさらさないよう頑張ろう。
「なら、どっちも死なないように頑張るしかないね。私は戦いが不得手だから、サポートは難しいかもだけど、応援してるからね」
白石さんのフォロー力は世界レベルだな。これも年季というやつだろうか。
「なあ、隊長。俺もついてっちゃダメか?潜入なんてしないで暴れたいんだが」
「バカ、空気読め!お前はそもそも適性が違うだろうが!なんで性格と適性がこんなに違うんだよ!」
「暴れたがる猪口をいつも諌める佐々木…。これは、想像が膨らむなぁ」
「あっはは!そうだな!俺たちは相性抜群だ!な、佐々木!」
「お前、絶対意味分かってないだろ…」
佐々木さん大変そうだなぁ…。申し訳ないとは思うけど猪口さんと同期じゃなくて本当に良かった。
「ほら、もう行くぞ。時間がないんだからな、本当に」
そうは言いつつ今まで一連の会話を止めなかった隊長の優しさが見える。
そして僕らは目標地点まで走りだした。樹海の地下にある拠点に車なんていう上等な物はない。
走り込みは毎日やっているおかげか、体力は問題ない。ただ、まだ身長が低く歩幅の問題で、どうしても遅れがちになってしまう。
森の中を走るなんて村の学者先生の家に通ってたとき以来だが、記憶を無くしていることもあるのか、特に問題は無かった。
「大丈夫か?俺はまだまだいけるから、厳しいなら俺がおぶってやる」
新木さんがそう声を掛けてくれた。さっきは冷静じゃなかったけど、基本的には優しくて気配りのできる人だ。
「すいません、お願いできますか。正直ついていけてません」
ありがたく、背負ってもらうことにした。
「問題ない。よっ……と」
「ごめんなさい」
「謝んなくていい。見てれば辛そうなのはわかる。12歳に行かせる行程じゃないからな。隊長も早く確かめたいのはわかるが、もうちょっと待っても良かったんじゃねぇかな」
「確かめる?何をです?」
「あー、気にすんな。独り言だ」
それにしても、僕をおぶっても速度が落ちないってことは、さっきまでの走りは全然本気じゃなかったってことだ。
しかも汗ひとつ掻いていない。
いったい本気で走ったらどれだけ速いんだろうか。
しばらくすると、大きな建造物が見えてきた。あれが西の拠点なんだろう。
「見えてきたな。そろそろ下ろすぞ」
「すいません。ありがとうございました」
下ろしてもらったが、新木さんは相変わらず汗も掻いていなければ息切れした様子もない。周りを見回すと、彼と同じような状態なのは隊長と白石さんの古参メンバーだけだ。
やっぱり古参3人とその他の隊員とは何か差があるのか気になる。
「少し休憩を取るか、あくまでもバレないようにな」
「私それ大賛成です」
西巻さんもちょっと辛そうだ。でも、もっと疲れてそうな人がいる。
「ハァ…ハァ…フゥ。隊長…ハァ…俺…全然……疲れて…ハァ…ないからさ…行こう……今すぐ…」
猪口さん、さすがにそれは無理がありますよ…。
「お前、そんな状態で行ってどうすんだよ。俺と、立川の命は、お前が握ってんだぞ」
「それに、東もまだ来てない。突入は混戦になってからでいい」
「わかりました…隊長…フゥ…。それに…すまん……佐々木…ハァ」
それからは皆それぞれ思い思いの行動をしている。
猪口さんと佐々木さんはいつも通り騒いでいるし、西巻さんはそれを眺めている。立川さんは無線機をいじっているようだ。
隊長たち古参はどこかに行ってしまった。たぶん、偵察だろう。
僕の読みは当たったようで、15分程すると、緊張した面持ちで3人は戻ってきた