1話
今のご時世、争っていない国は無いと言い切っても良いほどで、ほとんどの国が戦争に明け暮れている。
僕は柏崎信次、12歳。10歳で生まれ育った村を破壊され、身寄りが無くなった。村で生き残ったのは僕だけだ。
僕には8歳から10歳までの記憶が無く、おそらく心的外傷が原因だと思われる。記憶を失ってから最初の記憶は、破壊され、燃えている村だった。
そんな僕を拾ってくれたのは、小栗部隊。正確には、その2代目隊長の小栗睦月さんだ。初代隊長である小栗夢玄さんの兄弟らしい。破壊された村を見て立ち尽くす俺を偶然見つけてくれ、10歳ながら部隊に入れてくれた恩人だ。この恩は返そうにも返しきれない。
「やあ、おはよう。今日も早くから頑張ってるね」
部屋に入ってくるなりそう言って微笑みかけてくれたのは新木浩介さん。この部隊ではかなりの古参メンバーで、かなり親しみやすく、僕が一番最初に打ち解けたのが彼だ。
浩介さんは随分背が高い。隊長もかなり高いと思うが、それよりも一回り高く、僕からすれば見上げないと顔が見られないのが困りどころだ。
僕は、どうしても朝の5時には目が覚める。どれだけ遅く寝ても、5時より遅くに起きたことがない。この点はもう諦めている。別に早起きは悪いことじゃないし、日中眠くなるなんてこともないので、むしろありがたいくらいだ。
「おはようございます。僕にできるのはこれくらいなので、しっかり学ばないと」
僕は、朝起きてから朝食までの時間を学習の時間に充てている。今は怪我の応急処置に関する本を読んでいるところだ。何度も読んだものだが、部隊の特殊性や拠点の立地からして贅沢は言えない。
それにしても蔵書が少ないのは困る。この拠点には今読んでいる本か偉人伝しかないので、今ではほとんどの内容を覚えてしまっていて、やることがなくなってしまったのだ。
しかも、偉人伝はかなり偏った内容であり、役に立つ時が来る気がしない。ドイツの偉人だけを学んだところで何の意味があるのか。なんでこれが置いてあるのかわからない。まあ、戦時中だし、あるだけましか。
10歳で入隊した僕は、銃を打つ訓練をしたところ、結果が絶望的だったので、いわゆる衛生兵の役割が与えられた。だから、医療に関する書物がもっと欲しい。
この部隊は特殊で、正式名称が無い。小栗部隊というのも通称だ。
「真面目だねぇ。まったく、その堅実さは、隊長にも見習って欲しいもんだ」
隊長は放浪癖があり、いつの間にかどこかにいっている、ということがよくある。隊長としては良い行動だとは言えないが、そのおかげで僕は今ここにいるので、僕からは強く言えない。
「おっと、噂をすればだ。来たぞ」
すると、ドアを開けて、隊長が現れた。
隊長は髪が銀色なこと以外に、特に目立った特徴は無い。強いて言えば、存在感とでも言うべきか、独特のオーラみたいなのを持っている……気がする。
やって来た隊長は、どことなく焦っているようにも見える。
「まずいことになった。急で悪いが砦を攻めるぞ。今すぐ寝ている奴らを叩き起こして準備にかかってくれ」
「早く教えて下さいよ!?」
この発言には僕も新木さんも吃驚だ。
「申し訳ないが、急いでくれ。本当に時間がない」
「どうやら何かあったみたいだな。先行くぞ、信次」
そう言うが早いか駆け出して行った。新木さんの行動力には目を見張るものがある。
隊長はやけに切迫した様子だったので、なるべく早く起こしてこようと思いながら、僕も走り出した。
「右側の部屋は俺行くぞ。左側は頼んだ!」
「わかりました!」
まずは最も近い佐々木さんの部屋だ。
「佐々木さん、起きてください!」
「んぁ、おはよう。会議室行っときゃいいか?」
「はい、詳しい話は隊長から」
察しが良くて助かる。起こしに来ただけで何かあるとわかる人がこの部隊では大半を占めている。これも隊長の教育の賜物なのだろうか。
問題は、大半を占めているだけで全員というわけではないこと、そしてその人物が通路の左側に部屋を割り振られていることだ。
…まさか新木さんはこれがわかっていたから先んじて右側を取ったのだろうか、いや、そうに違いない。
猪口さんを起こした僕は最後の部屋へ足を踏み入れた。
「西巻さん、起きてますか?」
返事はない。わかってはいたが。
奥へ進むと、そこにはベッドで穏やかな寝息を発する西巻さん。寝相が悪く、部屋には布団が散乱……なんてことはなく、一見すると、起こすのは簡単に思える。だが、違う。
彼女は一度寝ると起こすのはとてつもなく難しい。一度、西巻さんに用事があったが、彼女が寝ているときがあった。起きるまで待とうと思っていたら2日後にようやく目覚めたことがある。どんな体の構造をしているのだろうか。
15分の苦労の後、ようやく起きた西巻さんと部屋を出ると、新木さんは通路で待っていてくれた。待っているくらいだったら来てくれればもっと早く起こせていたのに。
でも、待っていてくれたのはありがたい。他の隊員より15分遅れていくのに、2人きりで、しかも男女で行くのは気まずい。
この部隊の人たちはおかしなところもあるが、みんな優しい。
僕は、幸運なのだと思う。
だって、こんなにも生きていることが楽しいのだから。
銃や医学の知識は殆どありません。その方面で深く書く事は出来ませんので、御了承をお願いします。