プロローグ
そこは真っ白で、人は1人だけ、家具の類いは一切無い不気味な部屋だった。
「皆さん、初めまして!」
突然、そう声をかけられた。
俺は…確か、死にかけていたはずだ。いや、それとも、もう俺は死んでいて、ここは死後の世界…つまり地獄なのか?
俺の中で数多くの疑問が生まれる。
「ここは、皆さんの精神世界みたいなものかな。つまり、今のあなたたちには実体がない。喋れないのはそういうわけだね」
どうやら声に出すことは不可能らしい。先程から「皆さん」と言っている事から、ここには俺以外にも何人か集められているようだ。
「唐突で悪いけど、君たちには別の世界に行ってもらう。まあ、良いよね?どうせ君たちは死ぬところなんだし。それで、君たちが行くのには勿論理由がある。勇者はわかるだろう?君たちはその候補生ってとこだ。異世界で修行を積んで、勇者に相応しい人物になってもらおうってわけ」
勇者なら当然知っている。勇者は10年に一度現れる、魔王を討伐する役目を負った人間だ。それは大衆の憧れであり、候補に選ばれたのは喜ぶべきことだと言える。
だが、そんなことよりも俺は有無を言わさぬ口調が俺の雇い主に似ていて気に入らなかった。
「10年後に、君たちの中で最も魔力の強い人間をこちらに喚び戻す。それ以外の人たちは戻れないので、頑張って鍛えてね。おっと、もう時間だ。それじゃ、健闘を祈ってるよ」
彼がそう言うと、俺は今まで味わったことのない奇妙な浮遊感に襲われた。
彼は情報を殆ど教えてはくれなかった。
選ばれた基準、何故喋ることも見渡すこともできないのか。
そして、これからどこに行くのか。
何も教えないのには、悪意を感じた…ような気がした。
そして、視界が暗闇に覆われ、俺は意識を手放した。
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12人の精神を異世界に送った彼が円卓に座って紅茶を飲んでいると、隣の部屋からやって来た男が、彼の2つ右の席に座った。
「ねえ、今回の奴らは誰が生き残ると思う?」
男は興味津々といった様子で目を輝かせている。
「未来だけは誰にもわからん。それより、全員死んだ時の予防線は張ってあるんだろうな」
「もう、ノリわるいなぁ。僕の仕事ぶりを見てないの?今まで忘れたことないじゃないか」
冷静に返す彼に、子供っぽく答える男。
「だからこそだ。お前のその慢心が命取りにならなければいいがな。カールさんたちの事件を忘れたのか?」
「あれは想定外の事故だ。二度は起こらない。今の僕らに立ち向かえる奴なんていないね。だから、慢心じゃなくて余裕と見るべきだよ」
「本当に、何故エミールさんはお前にハーメルンの席を与えたのか不思議でならないな」
「だよね、やっぱりさ、自分の名前が街の名前ってのは趣味悪くない?改名を要求したいね。ま、エミールさんの所在がわからないとどうにもならないかな。
でもさ、もう今の僕らには伝統なんて必要なくない?勝手に名前変えても良いんじゃないかな」
「やっぱりお前は創造者のなかでは異端だよ。俺たちにできることは、いつ«紡ぎ手»が帰ってきても問題ないようにするだけだ。勝手に色々と変えようとするな。創造者はお前みたいな異常者ばかりじゃないんだぞ。
……いや、やっぱり、俺たち創造者全員が異常だな」
「エミールさんはまだまだ帰ってくる気配はないし、残りの2人はもう二度とここには来ないと思うよ。エミールさんは«作り手たち»にいちかばちか会いに行ってくる、って言ってたでしょ?君は彼らについて何か知っているのかい?
カールさんとルートヴィヒさんは言わずもがなだけどね。もし来るとしたら、僕たちを殺しに来るんじゃない?」
「……«紡ぎ手»は必ず帰ってくる。いつか、きっとな」
そう言って、彼は部屋から出ていった。
1人きりになった室内で、男は、
「君もなかなか変わってると思うよ。あの2人の意思を今でも受け継いでいる創造者は、君だけだ」
そう独り言ちて、紅茶を淹れるために席を立った。