三回目
三人は兄弟の中で子供の世界が出来る。
そんな風に吹き込まれて、三人目を産む決意が出来たか、というと、いまいち、よく分かりませんでした。
私自身は二人姉妹で育ちましたし、
男の子の育児も想像出来ないのに、三人だなんて、育てられるのだろうか、と思いました。
でも、もう一人いたら、楽しいかな、
と思ったのです。
長男次男が自分で一通りの事が出来てきて、幼い子がいない寂しさもありました。
自分の腕ですっぽりと抱えられる小さな子供って、赤ちゃんだけなのです。
私の腕の中に抱えられる人。
ほんとうにかわいい。
横を見れば、喧嘩ばかりしている足の生えたギャング二人。
うん、産も。
思えば気軽にそう思いました。
三人目の妊娠中は、精神的に穏やかな日々でした。
長男次男は幼稚園に行っていて、比較的自分の時間も持てましたし、経験を積む、というのは本当に得難くて、それぞれの時期を落ち着いて過ごせます。
そういえば、よく、三人目はどちらを産んでみたい? と聞かれました。
私はエコー画像も見慣れてきて、性別はもう先生に言われるまでもなくエコーで見て分かるようになっていました。
男腹なのできっと男。でも、五体満足で無事に産まれてくれたらどちらでもいい、と答えていました。
実は二人目の時は女の子が欲しいな、と思っていました。単純に別の性別を育ててみたかったからです。
でも三人目はどちらがいい、というのはありませんでした。男の子なら三人で同じ遊びで遊べるだろうな、と思いましたし、女の子なら初めてだから楽しそうだし。
無事に産まれてくれたらそれでいい。
ただ、それだけでした。
しかし三人目の妊娠は、初めて母体に危機が訪れました。動きすぎていた訳ではなく、普通に生活していただけなのですが、妊娠5ヶ月ぐらいで子宮が降りてきてしまいました。
今思うと、男の子二人の育児はやはり通常の妊婦さんよりも動いていたようです。
当時4歳と2歳半だったので、たぶん、知らずに走っていたりもしたと思います。
それから抱っこもしてあげなければならなかったかな。長男の方は流石に膝立ちして抱っこしたり、抱えずに気をつけていたのですが、次男はなかなか難しくて。よく抱っこをしていました。
ちょうど大きくなってきたお腹の上に乗せていたと思います。
仕方ないですね。泣いている子をなだめるには、やはり抱っこが一番なので。
とにかく先生にお願いして、なんとか家で過ごせるように嘆願しました。
入院を避けたかったからです。
そのかわり、薬を飲んで強制的に動けなくしました。
毎食飲むのですが、飲んで30分すると、動悸がしてどんどんと動こうとしても身体が動かなくなり、もう横にならないとダメになります。
つまり、寝て、とにかく動かない。
それでも家にいて顔はすぐ見れるので、子供達にとっては入院よりも安心感があったようです。
それを1ヶ月続けて、なんとか元に戻りました。重い方は即、何ヶ月も入院されるので、私はまだ軽い方だったと思います。
大丈夫になってからは、またなるべくゆっくりと過ごし、臨月までじっとしていました。
三人目は、初めて夜中に出産しました。
相変わらずの痛みは仕方ないとして、落ち着いて出産は出来たのですが、初めて出産してから通常とは違う事が起きました。
生まれてからすぐに赤ちゃんを抱っこさせてくれましたが、上の二人と違ってすぐに離されました。
そしていつもとは違い、小さな赤ちゃん用のベッドの中に寝かされたのです。助産師さんが何度も優しく赤ちゃんの背中をトントンと叩いています。
小さいので人差し指と中指でそっと。
短くも長くもない間そうしていたかと思うと、今度は小さな酸素ボンベが運ばれてきました。
三人目は、全ての肺胞がうまく開かなくて、上手に呼吸が出来なかったのです。
長男、次男の出産の時は、私が後処置をされている間に赤ちゃんは看護婦さんに身体を綺麗にしてもらったりして、一旦別室に行くのですが、彼は少し身体をふいて貰ったものの、ほぼ生まれたままの状態でそこに居ました。
小さく、あまり泣きもせず、横になっている赤ちゃん。
私は自分の処置が終わるまで、ずっと赤ちゃんの方を見ていました。
死ぬ事はない
死ぬ事はない
大丈夫
静かでした。
先生も、助産師さんも、私も、旦那さんも
言葉なく、ただ、赤ちゃんの肺が開くのをじっと待っていました。
時間が経てば自然に開く場合もあるので、お母さんはお部屋に戻りましょうか、と声をかけられて病室に戻りました。
旦那さんは、まぁ、大丈夫だよ、と声をかけてくれました。私も、そうだね、大丈夫だよね、と応えて黙りました。
旦那さんは私のその様子を見て、しばらくずっと手を握っていてくれました。
そして、窓の外が白々と明るくなって来たのを見て、子供達のお世話の為に家へ戻って行きました。
私は一人、ベッドで寝ました。
長男が生まれてから隣に子供がなく寝るのは初めてでした。
助産師さんや先生の様子から重篤ではない事は察していましたが、やはり不安で、あまり眠れませんでした。
眠れないまま、じっと横になって身体を休めていると、朝食の時間になりました。
病院の方が持ってきてくれましたが、とても食べる気にはなれません。
しばらくすると、看護師さんが朝の検診をしに病室に来てくれました。その際に、赤ちゃんの肺胞が開き自然に呼吸が出来るようになった事と、念のため一日病院の方で預かって、大丈夫なら同室にしますね、と言って下さいました。
ほっとして、全身の力がクラゲみたいに抜けたのを覚えています。
そして、とにかくすぐに旦那さんに電話をしました。
ワンコールで繋がって、赤ちゃんが無事だった事を伝えると、旦那さんは、良かったっ、と一言明るく言うと、大きく息を吐きました。
そしてすぐに気を取り直したのか、だから大丈夫だって言ったでしょ、みたいな事を言ったので、またドヤ顔をしているんだろうな、と思いつつ、はいはい、言ってましたね、と応えておきました。
お互い、喉元過ぎればなんとやら、です。
その後、子供達が私に会いたがっていると聞いたので、幼稚園が終わったら病室に連れて来て、と約束をして電話を切りました。
二人にとっても、朝起きて母親が居ない事は初めてで、私が居そうな所をぱたぱたと探して歩いて回ったみたいです。
携帯を枕元に置くと、ようやく私も、大きく大きくしあわせなため息をつきました。
そしてやっと、お腹が空いた感覚になりました。時間がたち、冷たくなってしまった朝ご飯を、美味しいと思って食べたのは、後にも先にもこの一度だけです。
その日は一日、食事以外はベッドで寝て、ゆっくりと過ごしました。
安心したら現金なもので、動けるようになると子供がまだそばに居ない事をいい事に、新生児ルームに預けている赤ちゃんをじっくり見に行ったりしました。
いつも生まれてから母子同室だったので、赤ちゃんが並んでいる所を窓越しに見るのは感慨深いかったです。
同じように並んでいても、自分の子は分かるのですね。小さいのに、赤ちゃんでもそれぞれ個性があって。
どの子も、それぞれかわいい。
見ていて飽きません。
ふえぇ、と泣いているなき声が、新生児独特なのです。
まだ小さくて、頼りなくて、愛おしい。
ゆっくりと人様の子も含めて新生児を眺める事が出来た、幸せな時間でした。
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出産直後の育児は、三人目ともなると、もう気持ちは孫を見ているようでした。
泣いても可愛い。
寝ていても可愛い。
ただそこに居るだけで可愛い。
よく、三人も産んですごいね、とか、大変でしょう? とか言われるのですが、私の場合はそんなに大変ではありません。
長男と年齢が離れているので、長男が助けてくれました。例えば、オムツを取ってきてくれたり、次男と一緒に遊んでくれたり。
また、上の二人とも幼稚園に行っていたので日中は三男一人に向き合う事が出来たのと、同じ男の子の赤ちゃんと言っても、その子それぞれで一つとして同じ事はない、と経験も積んでいたので、落ち着いて育児が出来ました。
本当に、喋るまでは孫を見ている気持ちに近かったと思います。
喋り出したらもう親の気持ちに戻ってしまいましたが。
言葉のシャワーをたくさん浴びている三男は、小さいのにおしゃべり。
兄二人から悪い言葉もたくさん浴びているので、そんな事は言ってはいけないんだよ、と諭してばかりです。今も。
さて、わたしの妊娠、育児話はこれでおしまいです。
私が妊娠中の時、一人目は不安で体験話を読みまくりましたし、二人目は家に子供がいながらの出産育児はどうなるのだろう。と、また体験話を探して読んだりしたものです。
三人目でやっと自分の経験をもとに穏やかに過ごせたので、このお話が現在妊娠中の方や、三人目を考えている方、また、未来のお父さんお母さんになる若い方の一助になれたらいいな、と思います。
最後に、三人は兄弟の中で子供の世界が出来る。と言われて産んでみたのですが。
出来ています。
反発しあい、喧嘩をしても、三人の中で誰かがフォローに入っています。
三人一緒に遊ぶ事もあれば、二、一に別れたり。一人一人で遊んでいたり。
でも何かの時には気にかけていますね。
三人がそれぞれ三人を見ていて何かの時にはしゅっと集まっています。
私は側からそれを見守っているだけです。
子供三人って、存外と、楽ですよ?
fin
お読み下さりありがとうございました。
この企画を考えて下さった長岡更紗さまに、たくさんの感謝を贈ります。
自分にとっては過去を思い返して今を思い、子供は愛おしいものだ、と再確認する事が出来ました。
(たまにね、きーとなってしまう事がね、あるのですね、母になるとね)
また、他の方々の経験談を聞く、貴重な良い機会となりました。
命ってすごいな、と思ったり、
不妊治療をなさっている方への声かけを学ばせて頂いたり、
親戚の方もやきもきされるのだな、と思ったり。
これから語られるであろうパパさん目線のお話もとても楽しみです。
皆さまもぜひ、「パパママ誕生企画」で検索してみて下さい。
ありがとうごさいました。