モノクローム・スプリング
その日の晩も、夢を見た。
今度は、小学生の頃の夢だ。
私の家の左側にある空き家には、かつて私の親友が住んでいた。その子の名前は、田中 秋子ちゃん。
秋子ちゃんと遊ぶ夢を見たので、目を覚ましてから暫く彼女のことをぼんやりと考えていた。
秋子ちゃんとの出会い…あれは、小学3年生の時。一連の記憶が、映像のように視覚化して頭を流れる。
◇◆◇◆
バシッ!
「痛っ!」
何かが、私の顔面にぶつかった。…バスケ用のボールだ。
「やーい、おばけ!学校に、くるな!」
「きえろ!きえろ!」
ボールが顔から地面にダンと落ちた時、痛みと共に目の前に広がっている地獄。
クラスメイトだけでなく、名前の分からない大勢の児童達が自分1人に向けている、好奇の目。
「こいつ、ゆうれいだぁー!」
「うわー、今触ったやつ、呪いエキスついたー!」
好奇の目は、嗤う不気味な影のよう。キャハハッ、キャハハハッと声を上げながら周りを取り囲む。
大人しかった私は、顔を隠す長い前髪をいじりながら、泣くこともせず、ただひたすら耐えていた。
家に帰っても、両親は喧嘩をするばかりで、居場所はなかった。どこにいても、悲しく真っ暗な日々。この地球上に、自分の居場所なんてないのだと思った。
親に迷惑をかけない為に、学校を休むこともできず、ただモノクロな日々を繰り返していた。
そんなある日、クラスメイトである秋子ちゃんが、私をかばってくれたのだ。
「おい、あんたら!
いい加減に、やめんかい!」
彼女は、気が強いことで有名だった。
それからずっと秋子ちゃんは私の友達として傍にいて、いじめっ子を追い払ってくれた。いつしか明るくなった私の周りに、いじめっ子はいなくなっていた。
小学校の卒業式の後、夕日の帰り道で、私は思い切って秋子ちゃんに訊ねてみた。
「ねぇ、秋子ちゃん。あの時はなぜ、私を助けてくれたの?」
彼女はまんざらでもない顔をして答えてくれた。
「ふふっ。それはな、かすみちゃんが、あたしを助けてくれたからやで。
あたしが忘れ物した時、いつも貸してくれたやんか。実は、あたしん家は貧乏やから、なかなか買ってもらえんくてさ。
これ、ナイショな。」
そう言って下手なウインクをしてみせると、付け加えた。
「かすみちゃんは、優しすぎるとこがたまにキズやで。」
「そんな、…優しいなんて、生まれて初めて言われたよ。」
涙ぐむ私の背中をポンポンと叩いて、彼女は言った。
「中学に行っても、友達でいよな。」
「もちろん!指切りげんまん。」
そうやって笑い合い、別れ際に元気に手を振った。
「ばいば~い!」
それが、秋子ちゃんと交わす最後の言葉になるなんて思いもしなかった。秋子ちゃんの家は、私が中学生になった日に空き家になっていた。
…何の前触れもなく、そしてひと言もないままに。
近所の人達は、「夜逃げしたらしいわよ。」と噂したが、本当のところは何も分からない。
そしていつしか不法投棄のたまり場となり、カラスが蔓延っている。それは、あんまりな話だ。
「秋子ちゃん、元気かな…。」
おかっぱ頭に素朴な顔立ち。そんな姿が浮かんで、心がモヤモヤとした。春風さえどこか不穏に感じられる。
◇◆◇◆
ピピピピッ
ピピピピッ
規則正しく繰り返す電子音に、私はハッとして目をこする。
「学校の用意、しなきゃ。」
◇◆◇◆
教室のドアを開けた私は、いつものように自分の席に向かおうとした。
しかし、たむろしているヤンキー系男女グループのうちの1人が、私の席に座っているのに気付く。
「キャハハッ!」
「マ?でさ、うちの元カレがぁ~」
「それはヤバい!」
「ウケるー!マジ卍!」
「ハハハッ!」
(もう、今日はツイてないなー…。)
「あの、すみません。そこ、私の席なんですけど…。」
恐る恐るそう言ったが、無視された。
「でさぁ~、マジでさぁ~」
「アハハッ!」
困り果てていると、教室の窓側で仲間と話していた昨日のテニス青年が、すくっと立ち上がった。颯爽とこちらへ向かって歩いてくる。
「あぁ、ちょっとわりぃ。
ここ、野崎さんの席だから、どいてあげてくれない?」
すると、「めんど。」と言いながらギャルとヤンキーのグループは向こうへ去っていった。
安堵する私に、彼は片手を"よっ"とかざして爽やかな笑顔で言った。
「野崎さん、おはよう。」
私は、目を逸らして平然を装いつつ、「おはよう。」と言った。
「あ、俺怪しい奴じゃないからね。同じクラスの、沢下 湊。
よろしく。」
ニコッと笑うと、彼は去っていった。
(沢下、君…!)
風になびく黒髪、スラリと高い背丈、爽やかなスポーツマンの雰囲気。そして、優しい目に、どこかインテリジェンスな雰囲気。
私は、ぼんやりと彼を見つめていた。
「の~ざきさん、ぐっもーにん!」
登校してきた速水君の挨拶を聞き流す。
「あぁ、おは。」
「どうしたの?そんなぼーっとして。」
「な、何でもないわよ!」
チラリと先程の男女グループに目をやると、1人のギャルと一瞬目が合った。その時、睨まれた気がする。
(な、何だろ…?)
あの人は確か、黒田 秋子さん。金髪ロングに、校則破りの派手な化粧をしている。制服のスカートも、膝より随分短い。
少しモヤモヤしたまま授業を受け、時間がゆっくりと過ぎていった。




