思い出の文化祭
翌日、文化祭2日目は自由行動である。一応出席は取られるので登校しなければならないが、開放感が素晴らしい。
寝不足の目をこすり、伸びをしていると沢下君がこちらに向かってきた。
「野崎さん、おはよ。」
「お、おはよう!」
「今日、見たいところとか、ある?」
「うーん…。まだ分からないな。」
「そっか。じゃあ、とりあえず見て回ろうぜ。」
「そうだね。」
こうやって沢下君の横を歩くなんて、慣れていなさすぎて緊張する。体がガチガチだ。
自分達の教室から出ると、廊下は模擬店やら宣伝の人達やらでごった返している。
「よってらっしゃい、見てらっしゃい!」
「メイド喫茶やってま~す♡お帰りなさいませ、ご主人様♡」
なんと、隣を歩く沢下君が、可愛いモコモコの白い猫耳を付けたメイドに捕まってしまった…。
「お兄さん、寄っていきませんか?♡」
困惑している沢下君。腕をギッチリ胸で挟んで掴まれている。
(ど、どーしよう…。)
するとその時だった。
「僕、メイド喫茶興味あります。連れて行っていただけませんか?」
聞き慣れた声がしたので、そちらの方を見てみると、速水君が立っていた。
「!」
「あっ、お兄さんも、イケメンですね♡こちらですぅ♡」
メイドは、サッと沢下君から手を離し、速水君を連れて行った。速水君は振り向くと、こちらを見てそっとウインクした。
(助かった…!)
彼は、どうやら1人で文化祭をまわっているらしい。孤高の不思議くんだ。(黒田さんはどうしたのだろう?)
「そういえば、2年生が探偵映画作ったらしいね。」
「どんなのか気になるな…。じゃ、観に行こうか!」
探偵映画製作というのは、定番でありながら至難の業な気がする。
それから私達は2年生の映画を2本見て、体育館で迷路に挑戦し、屋台でたこ焼きとアイスを買った。
「んっ、このたこ焼きんめぇ!」
沢下君はたこ焼きを2パック食べている。さすが運動部、見ていて爽快な食べっぷりだ。
すると、外から大きな音が聞こえてきた。
「デンデンデーン」「あーいうえお…」
「何だ?」
疑問に思った私達は、急いで近くにある小さなドアノブを引き、校舎の外へ。
「みんな、盛り上がっていこうゼェ!」
キャーー!!ウォォォ!!とすっごい歓声が響いている。
そこには、野外ステージの上で叫び、観客を盛り上げている軽音部のバンドの姿。しかも、ボーカルはあの"いそべやき先輩"だ。
いそべやき先輩は、相変わらずファンキーな似合わない赤眼鏡をかけている。しかし、舞台に立つと、普段とは別人のようにカッコよく見える。
それは、黒い革ジャン、赤いピタッとしたロックパンツといった彼の衣装のせいではない。今、"ステージ"という自分の好きなことに、全力を注いでいるからだ。
やっぱり、自分を持っている人は、素敵だ。応援したくなる。…恋情とは違った、真っ直ぐな憧れ。
「では、1曲目いくゼェ!
準備はいいか?"Grass of glasses"で、『Sparkling future』!」
バンバンバン、バンバババン…
ベースの低い音が響き渡り、心臓を震わせる。
…、ダン、ダン、ダン、ダン…
それに合わせ、ドラムも入ってきた。
「明け方の交差点で 俺は見た 昇る朝日を…――」
曲が終了した時、いつかの新入生歓迎ライブを越えた感動に、鳥肌が立った。シャウトしながらサビを歌う様子は、普段のひょろっとした姿からは考えられない肉食獣の魂の叫びそのものであった。
横を見ると、沢下君も息を飲んで彼らのステージを見守っていた。
(いつか、あんなカッコいいステージができたらいいなぁ…。)
ちなみに、そのステージの観客には海乃ちゃんもいて、熱を帯びた目でボーカルに見とれていた。
◇◆◇◆
そんなこんなで、野外ライブを見ているともう夕方、文化祭も終了だ。
「野崎さん、今日はありがとう。俺、部活で文化祭の片付けしなきゃいけないから、行くわ。」
少し名残惜しそうな顔をしている沢下君。
「こちらこそ、ありがとう。…じゃあ、ね。」
「またな!」
だんだん小さくなっていく背中を、その姿が見えなくなるまでずっと、見ていた。
そういえば、まだ沢下君の連絡先を知らない。
ハッと我に返ると、今日の私は私でなかったように思えてくる。だって、今まで遠かったあの人と文化祭をまわっただなんて、信じられないから。
やっぱり、私は沢下君のことが好きなんだろう。今日の言動1つ1つをなぞるたびに、心に得体の知れぬ温かい感情が溢れてくるのだ。




