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パーティーは事実上はお開きになっていた。
途中から何人か消え、両手に華の状態の鏑木や羽目を外しすぎている同業者が消えた後。
正美は一歩先にエントランスに行っていた。
「絢香ちゃんとは、結構長い付き合いなの?」
絢香の事は聞くまでもなくよく知っている。この女の語彙力を試そうと思っただけだ。
「最近できた、友達です。楽しいパーティーがあるよって言われて紹介してきました。このドレスも彼女に貸して貰って。…本当は、絢香も来て欲しかったけど。同伴者いないと寂しいですから。」
正美の方にだけリキュールを垂らしたドリンクをウエイターが運んでくる。未だに食欲の無い俺はブラックコーヒーのみだった。
「それで、今日、どうだった。」
彼女が飲み物を飲むときにすぼめた口が、今若い子達の間で流行っている唇の形だという事に改めて気づいた。厚すぎず薄すぎない。
楽しかったという旨の話しを彼女は言った様に思う。それから自然と色々な話しをした。
彼女のバイトの話にもなって、自給950円で働いている、と聞いた時に俺は、思わず口を開いた。
「芸能界に、憧れはないか?」と。
彼女は最初、かなり驚いたようだった。当たり前だ。世間ではこの手の詐欺なんて沢山ある。
俺は鞄から雑誌を取り出した。最新のファッション誌だ。あるページに折り目をつける。
「そこに俺の名前が載っている。名刺代わりだ。鏑木、というさっき話したイケメンに決心ついたら連絡をしてくれ。」
***
信じられない。という感覚が近いのか、それとも…
ものすごくオシャレな場所でパーティーをしてきた。今まで見たことないような可愛い子が沢山いた。そして、優しく声をかけてくれた高そうなスーツを着込んだイケメンがいた。(後半他の女の子を熱心に口説いて放っとかれたけど)
そして… 私は手元のファッション誌を見た。
織り込まれたページには、よく知ってる子役とモデルが写っている。
なんとなく、彼…武藤さんのことは信じられそうな気がした。
鏑木さん、という人に連絡をしよう。そう思えたのは、勿論またあの2人のイケメンに会えるといった淡い期待も無かったわけでは無かったが。
その晩は、サクッと叶に報告をした。彼女はあっさりと無感動に応じるといつものようにシャワーを勧めた。気抜けはしたがこれが俗に言うお嬢様というものなのかもしれない。
それよりも私の“実”になるアドバイスをくれたのは絢香の方だった。
「いい?絶対、この事クラスメイトにも話しちゃダメだしブログにも書いちゃダメだからね!」
絢香が言うに、私は目立つと。そして嫉妬や悋気は恐ろしいと。
ただでさえも目立つ私が芸能界デビューなんかすることになったら一応業界人の加藤彩名がどう突っ掛かるかわからないと。
翌日、私は早速、鏑木に会った。
白いチノパンにダンガリーのシャツ。手首にはシルクコードのブレスレットを何本も巻き素足にローファーを履いた鏑木はファッション誌から抜け出たように、見ているこちらが恥ずかしくなるくらいの完璧な装いぶりだった。
改めて、私の中で精一杯オシャレしてきたつもりだが後悔した。
なけなしの金で買った今人気のあるハズの青いチュニックに女子大生に人気の某ブランドのバッグ。
きっと、彼と並んだら場違い感が否めない。
鏑木は笑って言った。まぁ、そう、硬くなんないで。と。
彼と一緒に行ったのは自分1人なら素通りするであろう百貨店の中に軒を連ねる海外インポートブランドの一つだ。
ストール一つでも桁が一つ多い。
鏑木は慣れた手付きでコバルトブルーのレースのカットワークが施されたワンピースを選んだ。
「まさか…私、お金ないですよ」
恐る恐る口を開くと鏑木は言った。
「そうだな…頼まれてるし、正確には俺の金でもなければ、誰かの金でもない。経費として落ちるんだ。だから好きなのを見立てて着せるようにと、頼まれてるんだ。武藤さんからね。だから、あんまり安いものを着られちゃ俺の顔が立たないなぁ。
いいと思ったの、遠慮なく選びなさい。」