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虚飾の檻  作者: ヒヨ子
羨望の果実
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4

「隣、いい」

語尾に微妙に拒む余地もなく空いている席の隣に滑り込んできたのは、全身黒い服で固めたクールな印象のする女の子だった。

他の学生とは一線を画する、モテ要素0のベーシックなTシャツと黒いズボンを見に纏いながらも、当時高級品に見慣れていなかった私でも分かるような高そうな時計を嫌味なく付け、さりげなく出された筆箱はイタリア製の皮のブランドだった。

しかしながら、全てが嫌味がなく自然なのだ。

彼女の私に対する態度は羨望とも微妙な距離感とも違うソレを、私は感じた。

彼女は慣れた手付きで黒板の板書をする傍ら、課題のレポートを仕上げていた。

要領がいいなんてもんじゃない。彼女は私ににっこりとほほ笑んだ。


「絢香って呼んで」私はいつしか彼女に親近感を覚えていた。居場所がありそうでない、叶が不在の時はいつしか私は絢香とつるむのが決まりになってきた。大分流行にも詳しくなってきた時分に、私は絢香のさりげなく付けている時計やら指輪やらの装飾品が、実は結構な老練のブランドである事に気付いた。


しかし、知る限り絢香はバイトもしてなかった。かといってサークルにも属さず合コンにも行かない。講義が終わるとさっさと帰る。

仲良くなった折に、彼女に聞いた。


昼下がりの誰もいない分厚い蔵書がある図書館だ。

昔の偉人の名著も今日日の学生は手を伸ばさず、いかめしい革背表紙に胸を張って並んでいる。

マガボニーの木目が年月を感じさせる古典文学の本棚は秘密の共有にお誂え向きだ。

彼女は驚きもさしてせずに答えた。


「興味ある?やる気さえあるなら紹介するよ」と。

なにそれヤバい仕事?

と聞いたらううん。と否定した。

ただ、あなたが“有名”になりたくないなら来ない方がいいかもしれない。と。


今思えばそれは芸能界や業界人が秘密裏に行うパーティーだった。エロいことなんてない。もしかしたら金持ちな彼氏ができるかもしれない。

絢香の“知り合い”が催すというそのパーティーは、怖いという反面、ひどく魅力的だった。



***


シンデレラが舞踏会に行く前もあんな心持ちだったのかもしれない。

雑誌やドラマの中でしか見た事の無い世界を見たいという好奇心も手伝って、私は絢香に貸して貰った服とアクセを付けて会場に行った。


今思えばユニクロのようなファストファッションしか着ない女子大生が派手な衣装が沢山詰まったクローゼットがある広めのマンションに一人暮らしという所からして明らかにおかしい。

あの頃から私の中で徐々に世間一般の常識が失われていったのかもしれない。


慣れない7センチヒールに着たことも無いようなリトルブラックの光沢感あるワンピース。こんなにめかし込んだのは親戚の結婚式以来だった。

会場はよくあるタワーマンションのパーティールームだった。


そして同じような若い子が集まっていた。あれが人生初の合コンだと言ったら驚くだろうか。

そして≪彼≫に会ったのもあれが最初だった。






***





「神出鬼没だな。鏑木。」

鏑木、と呼びかけた男がゆっくりこちらを振り返る。

黒いスーツに濡れた様な輝きを放つストレートチップの革靴。この男が貼り付けた様なヘラヘラとした顔をもう少し締まらせたらオヤジ受けするファッション誌のモデルの様だ。とも思う。


「おぉ、武藤さん。これは奇遇ですね。」

人の良い笑みを浮かべた鏑木は斜に構えて足を組んでいたのを俺を見るなり解いた。

これがヤツの人間性なのだ。鏑木 直哉 というこの男は常に自分がどう見られているか、に重きを置く。

「全く。ダメだね。今日はどいつもこいつもかわいいにはかわいいがただの遊び相手にしかならん。」

鏑木は乾いた声で笑った。

「遊びの仕事のうちと、仰ったのは昨日ですよ?」

連日の接待で酒にも食べ物にも食指が動かなかった。

片付けられてはいるが、やはり素人のマンションだ。

生活感がないわけではない。

しかしこの生活感がシズル感があって良いかもしれない。



時折、仕事の事を考えてしまうのは悪い癖だ。

その時、ふと隅に居た女と目があった。

黒いワンピースの女。爪先から頭まで見る。

こちらの視線には気づいていない。

こういった場では品定めをするには気づかれない方が好都合だ。



下世話な言い方をすると、いい骨格だ。と思った。そして、肌が綺麗だ。と。

女のその滑るようなぬめるような肌は芸能界で売れる為には必須要素なのだった。

ドーランでも強いライトを浴びてもなお強そうな肌。あの態度ではおそらく金も無さそうだ。おざなりな手入れでもあそこまでの素材ならより手をかければ美しいだろう。

明らかに履き慣れてなさそうなハイヒールは彼女の足の長さを際立たせている。

「正美か…平凡な名前だな。」平凡すぎる。響きがよくない。


「呼びましたか?」

女が顔を上げた。大きな目。ことさらその強い目力。カラーコンタクトでもない、意志的で野心的な目だ。と俺は思った。

態度こそ慎み深く俺に敬語を使っているが、警戒した猫のような、猫が鼠に飛びかかる前のようなそんな目だった。


芸能人は目が大事なのだ。


「君、仕事は?誰の知り合いかな?」

大抵の女の子は俺や鏑木が声をかけたらはにかむか嬉しさを隠さない。

しかし、この女は違った。

彼女の目には明らかに困惑と混乱が浮かんでいた。


普通ならこの時点でモノにできないと踵を返す所だったが、何故かそうはできなかった。

絢香という友人に連れてこられたと。こういった場所が初めてだとも正直に語った。舞い上がる、というより明らかに困惑している風だった。

ただの大学生でカフェで働いているという所に好感を覚えた。


君の話を詳しく聞きたいと言った時に彼女は戸惑っている様だった。そして俺に対するさりげない女の値踏みを見た。

俺の顔を見てから一瞬好意と女特有のはにかみが彼女の顔に浮かんだが彼女はそれを押し殺した。


それはこういった場に慣れてない心細さから来る自信の無さだろう。


彼女の受け答えにはソツがなく、敬語も嫌味がない。

「これが終わったら、また。時間は?」

ある。と、俺は彼女と話すのを切り上げた。

そこから先は鏑木の出番だ。


正美が気障なスーツの男に会釈する。全体的にスラリとした体型だがボーイッシュすぎるという程でもなく均整の取れた体つき。

にこやかでありながらも意志的な媚びない目線は同性にも受けそうだ。


いい逸材を、見つけた。と。

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