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ハディス&ロレンス

告解室の休日

作者: 三塚章

  枢機卿の仕事は、忙しさにムラがある。儀式や行事の関係で、寝るどころかにイスに座るヒマさえない時期があると思えば、本当にやる事がない時もある。そんな、凪ぎのような時間には、ロレンスは書物室で知識を深めたり、お忍びで街へ出たりしていた。そして、時には身分を隠して告解室へ入る事もあった。

 カーテンのかかった透かし彫りの小窓から囁かれる秘密。それは時に思いがけない情報をもたらす事があるし、他人の悩みを聞くのは学ぶ事も多い。そしてなにより面白い。

 その日も、ロレンスは告解室に座っていた。木の壁ごしに、誰かがイスに腰かけた気配がした。

「実は、私恋をしてしまったんです」

 少し恥ずかしそうに、若い女性の声が言う。

 それは悩み事のランキングがあれば、必ず上位に食い込む事間違いなしの内容だった。

 ハルズクロイツの教会では、ある程度の位にならないと修業中とみなされ恋愛は禁止されている。しかし、禁止されればかえって燃え上がるのが恋心という物らしい。

「それで、お相手はどのような方ですか?」

「ええ。その方は琥珀色の瞳をしていました。黒い服を着て。杖を持っていたから、魔術師かしら」

 思わず吹き出しそうになるのを、ロレンスはかろうじてこらえた。間違いない。そいつはハディスだ。

 「そうそう、黒いネコを連れていましたっけ。たぶん、あの方の使役するつかい魔かしら」

(ええ,、そうですよ。使役、というかこの間見た時は、その主、使い魔に説教されていましたけど)

 互いを遮るカーテンに感謝しながら、ロレンスは笑いの込み上げてくる口を押さえた。

「お恥ずかしい話なんですけれど、少し前は何もかも行き詰まっていて。橋の上に立って、河に身を投げて死のうとしてましたの。その時、通りかかったのがその方でした。キリッとした琥珀色の眼が格好よくて、同じ色の髪が闇に映えて」

 見えなくても、彼女の顔が赤くなっているのが分かるような、うっとりとした口調だった。

(ま、まあ、彼の見た目は悪くないですからね)

 肩が細かく震えているのが自分でもわかる。なんだか、体がむずがゆい。どうして自分が誉められているわけでもないのに、こんなに恥ずかしくなるのだろう?

「死のうとした私に、彼は言ってくれましたわ。『キレイなのにもったいない』って」

(キザだ! とってもキザだ!)

 いっそ、地位もプライドも投げ捨てその場で笑い転げようかとロレンスは一瞬本気で考えた。

「あの、神父様?」

 返事がないので、ちゃんと聞いてもらえているか不安になったのだろう。女性が聞いてきた。

「大丈夫、聞いていますよ。続けなさい」 

 なんとかいつも通り冷静な声を出す事ができた。

「それから、小さな薬の包みを取り出しました。『取引しよう』と言って。『楽に死ねる毒をやるから、お前の死体をくれ』と」

 ハディスのニヤリと笑った顔が目に見えるようだ。

「魔学の実験をするために、なるべく新しい人間の細胞が欲しいとかで。『墓を掘り返すのは目立ちすぎるしな』とか、そんな事を言っていました」

 そういえば、この間もう少し簡単に作れる魔法薬はできないものか、と言っていた。薬効を魔術で強化した魔法薬は、即効性はある物の、副作用も大きい。かけられる術式も複雑で、経験の浅い魔術師が作った、やたら高価なだけで通常の薬と大して変わらない粗悪品も平気で

出回っている。だが、ベースとなる術式をもっと単純にできれば、安くて質のいい薬ができ、もっと助かる者も多くなるに違いない、と。

『どうせ要らない命なら、有効活用してやるよ。その方がお前も本望だろ?』

 きっと、ハディスはそう言って不敵に唇を歪めた事だろう。

「それを聞いたとき、なんだか急に死ぬのがバカらしくなってしまって。自殺するのををやめたのです。おかげで、今とっても幸せですの」

 そこで女性はかすかに笑い声をたてた。

「きっと、毒だなんて嘘ですよね。きっと、私の自殺をとめようと、そんな嘘を……」

(さあ、それはどうでしょうか)

 その言葉を口に出さず、胸の中で呟く。

 だぶん、彼女を気づかって声をかけたのは本当だろう。詳しく悩み事を話せば、ちょっとしたアドバイスぐらいもらえるかも知れない。

 しかし、死体を使った実験をしたがっているのも本当。そして包みの中に入っていたのも、おそらくは……

「命拾いしましたね」

 毒薬の研究も、回復のための術の研究も、両方がハディスの趣味だった。まるで人の死ぬ仕組み、生きる仕組みを知る事で、人間の本質を探ろうとしているように。でなければ、見えるはずもない魂のありかを探ろうとしているように。

「ええ。本当に、生きていてよかったわ」

 ロレンスの言葉を、自殺をやめたことに対しての言葉と思ったのだろう。何のこだわりもなく彼女はうなずいた。

 その返事を聞きながら、ロレンスはこの恋する乙女に何と答えればいいか考え始めた。




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