バードウォッチング
快晴という言葉が相応しい昼休み――。
窓から見える雲の動きは流れるように滑らかで、普段は気にも留めない地平線が何とも言えないノスタルジックな気分に浸らせてくれる。
「おい、あれって何年の女子だ? みんなレベル高いな」
「一年だな。真ん中にいるのが一条の妹のカエデだ」
「ああ、どっかで見たと思ったら……オレは右端のポニテの子が好みかな」
ふわふわと宙を舞うバレーボール。運動場の端でトスを繰り返すのは三人の女子生徒。
その見た目は文句なし。見てるだけで心が癒されるってレベルだ。
そんな彼女らが“バードウォッチング”に勤しむ我々の獲物となった。
「やっぱカエデだな。あの中だとカエデが一番かわいい」
「右が高林で真ん中が桐原か。じゃあ、俺は残った左の子か? 地味なのはあまり好みじゃないんだが……」
「うるさい遠藤。仮に告られたら即OKだすだろ。つべこべ言わずに我慢しろ」
我々の目が節穴でなければ、一年生女子のレベルは総じて高い。
おそらくは二年生女子を凌駕するであろうハイクオリティだ。
……こんなことならあと一年遅くに生まれたかった。
以心伝心、我々一同はそんな事を思いながらをウォッチングを続けた。
「そういえば……」
「ん?」
「お前、一条の妹とはどうなんだよ?」
「どうって何が?」
「家が隣同士ならいくらでもチャンスがあるだろ? なにかないのか?」
個人的に家庭教師をしてもらってるなどとは口が裂けても言わない。
もしそれを言うぐらいなら俺は舌を噛み切って死を選ぶ。
それか悪友二人をバールのような物で撲殺するかの二者択一だ。
「夢見過ぎなんだよ。何かあるならこんなところでお前らとツルむわけがない」
「まあ、普通に考えてそうだよな。すまん」
俺達に見られるとは夢にも思っていないであろう女子達の笑い声。
俺はこの平和が長く続くものだと思っていた。
ただならぬ気配を醸し出す何者かが俺の背後に立つその瞬間までは――……。
「……バッカじゃないの?」
奈落の底を彷彿とさせる声色。一瞬にして全身の血の気がサッと引いた。
「ひっ……」
情けない悲鳴のような声が意図せず俺の口から漏れる。
咄嗟に振り返ろうとした矢先、風を切る音と共に俺の脇腹を抉るようにめり込んだのは鉄バットを彷彿とさせる何か――。
「イデエエエエエエエエエエエ!? 辻斬ッ!! 辻斬ナンデ!?」
予期せぬ不意打ち。思わず叫び声を上げた俺は地べたに転がった。
「ジーザス! 兄弟ッ……!?」
「なぜこんなむごい仕打ちを……」
朦朧とする意識の中で聞こえてきたのは二人の同志の声――。
辛うじて分かるのは死に瀕した俺を労わってくれているという事だけだ。
「俺はもうダメだ……ぐふっ」
「何言ってんだ桐原! 俺達はまだまだこれからじゃねぇーか!」
「遠藤の言う通りだ。大学生になったら合コン三昧するんだろう!?」
――かつての盟友との約束。
あの日のことが走馬灯のように俺の脳裏を過っては消えてゆく。
「ねえ、いつまでこんなつまらない茶番を続けるつもり?」
そういって俺の顔面を情け容赦なく踏みつける女王様気質の声の主。
まさか初のSMプレイが昼休みの教室だとは夢にも思わなかった。
――そして気付いた。
鉄バットじゃなくて足だ。奴の脚技が俺の脇腹に致命傷を与えたのだ。
「もうやめて下さい一条さんッ! これ以上やると桐原君が死んじゃう!」
「そうゆう事は桐原じゃなくてこのオレに――……ぶひいいいいいいいッ」
豚みたいな断末魔を上げて俺の隣に転がる高林。
どうやら無駄死にのようだ。俺の顔面は依然として踏まれ続けたまま変化がない。
「もうやめッ……ひゃおおおおおおおおおおおっ」
高林に続き、遠藤までが鎧袖一触に散った。
我が軍は全滅だ。たった一人の暴君の手によって……。
「フッ、クズ共が……」
そう言ってゴミを見るような目をして髪を靡かせる我らが怨敵――。
なんという強大な力。一個人が持つには凶悪過ぎる。
「そうゆう覗きみたいな真似は不快だからやめろって前にも言ったよね?」
「我々は純粋にバードウォッチングに勤しんでるだけじゃないですか……」
「肝心のバードがいないようだけど?」
「ハルカさんがきたので逃げました」
「……他に何か言い残すことは?」
「えぇーと……紫色のパンツがよく似合ってますね」
火に油を注ぎたかったわけではない。理不尽な暴力に一矢報いたかっただけだ。
おそらく俺の名は後世に語り継がれるだろう。
理不尽な暴力に異を唱えた平和の徒として――……。
「そっか……なら死ねッ! このド変態が!」
もしも地獄があるとするならば今まさにこの場がそうに違いない。
すぐに悟ったよ。俺は取り返しのつかないことを口走ってしまったのだ……と。