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無茶振りと過去

 「くそう……あの時チョキを出していれば……」

 帰宅してもなお悔やまれる運命の分かれ道。俺の百円は悪友のジュース代に消えた。

 言いだしっぺが負ける法則があるのは知ってたが本当の意味で損した気分だ。

 「チョキがなんだって?」

 「うわおうっ!?」

 靴を履くのが面倒なのか、屋根伝いに猫のように我が家へと侵入してきた人物。

 実質そんなことをやる奴なんて限られている。

 「ハルカか……ビックリさせるなよ」

 コソ泥よりも慣れた手つきで俺の部屋に侵入してくるその様子をハルカの両親が見たらどんな顔をするのだろう。毎度のことながらそれを考えてしまう。

 「……前から言ってるけど、危ないから窓からの侵入はやめろ」

 「なにそれ。心配してくれてるの?」

 「忠告してやってるんだ。足を踏み外して死なれると目覚めが悪いからな」

 「慣れてるし大丈夫よ。屋根と屋根の隙間なんてほとんどないから落ちることなんてまずないし」

 そうゆう問題だけじゃねえ。モラル的な問題もあるわけだが、ダメだなこの女……。

 外では常識的な分別ができるのになぜ内ではそれができないのか。

 ――まったくもって理解不能だ。

 「で、今日はなんの用だ?」

 「彼氏が欲しい」

 「勝手に作ればいいだろ」

 「それができれば、わざわざアンタにそんなこと言いに来ないわよ」

 なんという逆ギレ。思わず目が点になった。

 ここ最近は発情期のネコのように異性の話題ばかりだが、俺とハルカではそういった意味での価値観が根本的に違い過ぎて話がまるで噛み合わない。

 問題なのは当の本人であるハルカがそれを自覚していないということだ。

 「ところで十月二十六日と言えば何の日でしょう?」

 「なにかの祝日か?」

 冗談交じりにそう答えると、グッと拳を握り締めるハルカさん。

 俺の第六感は瞬時に死の臭いを嗅ぎ取り、脳内に警戒音を響かせる。

 「うそうそ冗談だ! ハルカの誕生日だろ! 忘れるわけないじゃん!」

 「正解。もし忘れてたらどうなってたと思う?」

 「ははは……」

 なんだかとても不機嫌そうな顔。気のせいか爆発寸前の爆弾に見える。

 そのせいか場の空気は修羅場を感じさせるぐらい殺伐としたものになっていた。

 「で、肝心の要件の方は……?」

 「十七歳の誕生日を迎えるまでに、なんとしても彼氏が欲しいわけよ」

 「なんで?」

 「なんでもッ!」

 理由の説明を求めたことに対して、怒りを露わにそう返すハルカさん。

 すでに会話が噛み合っていない。俺は早くもこの場から逃げ出したくなった。

 「協力してやろうにもそれじゃできないだろ……」

 「じゃあ、事情を話したら協力してくれる?」

 「まあ、可能な範囲でなら……」

 正確には協力するというよりもさせられると言った方が正しいわけだが……。

 もちろんこんな事は口が裂けても言えない。命は惜しいからな。

 「ミユキにとうとう彼氏ができた……」

 「えっ……!? ミユキってあのおっとり天然系の?」

 「うん」

 くそう、なんてことだ。それが事実なら俺の計画は完全に白紙になった。

 見た目が俺好みだったから可能ならハルカから紹介してもらおうと思っていた矢先にこれだよ。ちくしょう。

 「そうか……」

 直接会ったのはハルカ経由で一回だけだったが、それでも何故かショックはデカかった。おかげで俺の気分は最高にブルーだ。なんだかとてもやる瀬無い。

 「私のグループで彼氏いないのって実質私だけなんだよね」

 「気にするなよ。俺のグループなんて彼女がいたためしがないぞ」

 「アンタの三馬鹿グループと私のグループを一緒にしないでくれる?」

 「はい……」

 察するにハルカは内心かなり焦っているのだろう。

 恥と外聞をかなぐり捨てて俺に相談しにきていることから他にそういった相談をできる相手がいないと考えるのが自然だろう。ゆえに面倒臭いことになった。

 「で、俺は何をすれば?」

 「アンタなら私の好みを熟知してるよね? いい相手紹介して?」

 「んな、無茶な……」

 「無茶でもなんでもいいから紹介しなさいよ。私の誕生日まであと一カ月もないのよ!?」

 「うわっ、何をする!? やめッ……」

 おかしい。いろいろとおかしい。

 悪いことなんて何一つしてないのに何で俺がスリーパーホールドを食らうハメに……。

 服の上からでも分かる豊満な胸が背中に当たって気持ちいい。

 ……じゃなくて。これは明らかな虐殺行為。本当にやめて下さい。

 「わかった。どうにかする! どうにかします!」

 「ホント?」

 「はい……」

 ここでノーと言えば、俺の首は曲がっちゃいけない方向に曲がっただろう。

 事実上、選択肢なんてものはなかった。

 「もし見つからなかったら、アンタが責任とって私の彼氏ね。それで我慢してあげる」

 「へ……!?」

 「なによそのマヌケ面? 文句でもあんの?」

 「まさか、とんでもない」

 「その時はありがたく思いなさいよ? 普通はアンタなんて無理なんだから」

 「あはは……そーっすよね」

 死ぬ。そうなれば俺は確実に死ぬ。それも無残かつ残酷に……。

 誕生日までに“理想”という名の要求が多いこの女の相手を見つけるなんて雪山で雪男を見つけるのと同等か、それ以上に困難だ。

 我に秘策なし。もはや万事休す……。

 「じゃ、そうゆうわけだからよろしく」

 悪魔的微笑みを残して屋根伝いに消えていくハルカさん。

 そんな俺の心に残されたのは深い絶望だけだった。

 「こんにちは。今日の勉強は……ってお兄さん?」

 「やあ、カエデちゃん。昨日ぶり……」

 「絞首刑執行前の死刑囚みたいな顔してるけど、何かあったの?」

 俺を心配してくれるカエデの顔を見てると自然と涙が溢れた。

 理性というものは涙が零れ落ちると同時に崩壊し、俺は嘔吐するように己の身に降りかかった厄災を洗いざらい白状するようにカエデに話した。

 「そうだったんだ。姉さんってホントお兄さんに対しての扱いがひどいよね」

 「うんうん」

 「主人と奴隷の関係というか……なんか前から歪な感じはしてたんだけど、まさか二人でいる時にそこまでひどいものだとは思ってもなかった」

 正義感が強いカエデは珍しく憤った顔を見せる。

 カエデは俺とは違ってハルカを恐れない。それゆえなのかもしれない。

 「私が言ってやめさせようか?」

 「それはまずい。誰かに話したのがバレたらハルカに殺される」

 「でも、このままじゃお兄さんが……」

 「いいんだ。こうやって誰かに話すことができただけでも気が楽になったよ。ありがとう」

 勝手な話だが、別に助けが欲しくて話したわけじゃない。

 ただただ、わが身に降りかかった理不尽を愚痴りたかっただけだ。

 「わかった。でも、無理だと思ったらすぐに言って。いつでも協力するから」

 俺の心中を察したのかベストな返事をして引き下がってくれるカエデさん。

 ハルカはカエデの爪の垢でも煎じて飲めばいい。心の底からそう思う。

 「そういえばさ……」

 「ん?」

 「お兄さんって義姉ちゃんのこと小さい頃から知ってるんだよね?」

 「そうだが……それがどうした?」

 「いつからなの?」

 「幼稚園のさくら組の時からかな」

 「え……? でも、義姉ちゃんってその頃は義母さんと一緒に関西に住んでたと思うんだけど……」

 カエデが唐突に切り出してきたのは遠い昔話。

 言われて考えてみれば、当然の疑問なのかもしれない。

 ハルカとカエデは親が再婚する前までの間、それぞれが別の土地に住んでいた。

 当然ながら出会う前のことはほとんど知らないわけだ。

 「ああ、じつは俺も元は関西でハルカの家の近所に住んでたんだ。まさか引っ越し先で家が隣り同士ってのは流石にビビったけどな」

 「そうだったんだ。でも、どうして?」

 「俺の方は親の仕事の都合でハルカの方は家庭の事情。こっちに引っ越してきたタイミングがまったく同じってのは今でもすごい偶然だと思うよ」

 関西弁が珍しがられたのは今や懐かしい思い出――。

 その頃は俺もハルカも標準語が普通のこの地が異国の地のように思えたものだ。

 「聞いていいかな?」

 「ん?」

 「亡くなった義姉ちゃんのお父さんってどんな人だったの?」

 おそらくはカエデにとってそれがこの話題の核心。

 察するに一条家においてタブー視されているであろう禁断の話題。

 そう悟ると同時に俺は安易に自分の過去をカエデに話したことに後悔した。

 「お願い。教えて」

 「駄目だ。聞きたいのなら俺でなくハルカやハルカの母さんに……」

 「二人は話してくれない。でも、どうしても知りたいの」

 「無理なものは無――……」

 「お兄さん以外に聞ける人がいないの! 本当にお願い!」

 「…………ッ」

 喉元に食らいついてくるんじゃないかってぐらいの勢い――。

 俺は今までにそんな必死なカエデを見たことがなかった。

 圧倒された俺の隙を突くようにカエデはさらなる一言を加えた。


 「無理は承知の上でお願いします!」


 しばしの葛藤。自分の甘さが嫌になる。

 「……わかったよ」

 「本当!?」

 「ただし誰にも言わないこと。それが最低限の条件だ」

 「わかった。約束する」

 「それと、実際のところは俺も詳しく知らない。それでもいいのか?」

 「うん」

 そこまで言っといてなお俺の心には迷いがあった。

 本来は部外者ある俺がそれを口にしていいものなのか。

 烏滸がましいと思わなかったわけじゃない。それでも俺は……。

 「で、何を知りたいんだ?」

 「知ってること全部」

 即答でそう返されると、いよいよ退路を断たれた気がした。

 誤魔化しが通用するような相手じゃない。

 俺は軽く息を吸って諦めるように覚悟を決めた。 

 「俺は昔、亡くなったハルカの父さんによく公園で遊んでもらったんだ。サッカーしたり野球したり砂場で山つくったりその日その日で遊ぶ内容は違ったが、他人の子供だというのに嫌な顔一つ見せることなく自分の子供のように可愛がってくれる優しい人だった」

 後で知ったことだが、それはハルカの習い事が終わるまでの暇潰しだったらしい。それでも当時、俺と同じくハルカの父さんに遊んでもらった奴なら誰もが遊んでもらったことを好意的に思っているはずだ。少なくても俺はそうだった。

 「でも、ある日を境にハルカの父さんは急に姿を見せなくなった」

 「……どうして?」

 「なんでも居眠り運転のトラックに轢かれそうなった子供を助けようとしてその代わりに……って話だ」

 詳しくは覚えていないものの、ハルカがいる前で父親の話題がタブーになった事は覚えてる。誰かが言い出したことじゃない。気付けばいつの間にかそれがクラスの暗黙の了解になっていた。

 「そんなことが……」

 「おそらくハルカはカエデとカエデのお父さんに気を使ってるから話さないんだと思う」

 「うん。それは私も思う」

 「俺が知ってることはそれだけだ。すまんな」

 「私の方こそ無理を言ってごめんなさい。今日はもう帰るね」

 「ああ……」

 「今日は勉強しない分、代わりに明日の予習はやっといてね」

 「了解です。カエデ先生」

 どんより重い空気を紛らせようと茶化すようにそう言ってみたものの手ごたえとしては完全に空回り。カエデは俺を無視するように帰っていった。

 「ふぅ……」

 そして訪れたのは後悔の念。言うべきではなかったという後悔がどっと溢れてくる。

 カエデが信用に足る人間であることはよく分かっている。

 しかし、実際はそうゆう問題ではなかった。

 ――それなら断固として口を閉ざすのが正解だったのか。

 いくら考えても、俺はその答えを見つけることができなかった。

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