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輝石と双眸  作者: kim
9/11

雲母

 雲母



 この三か月間、わたしは幸せでした。


 疑似の家族で、

 偽りの母娘であって、

 産みの苦しみも知らない小娘が母親の真似事をしてただけかもしれません。


 ときどき、わがまま言ってごねる娘に辟易しました。

 感情まかせに怒鳴り散らして後悔したし、手を上げようとして怯えた瞳で見つめられたこともあります。

 独り台所で悩み、ベソかいたり、おとなげなく大ゲンカしたこともあります。


 それ以上に一緒に笑って、存分にフレアちゃんとの生活を楽しみました。

 お買い物行ってファッションショーしてみたり、公園で追いかけっこして、ボールを蹴ったりして、花冠を作ってくれました。

 お手伝いもいっぱいしてくれたし、勉強も頑張ってたし、自慢の娘です。

 わたしなりに育児に一生懸命だったつもりです。


 でも、結局のところニセモノ親子。

 幸せな時間は、ほんの刹那であることを知りました。


「フレアちゃん。今日は旅行に行くよ。」

 わたしの曖昧な微笑みを、フレアちゃんは敏感に感じとります。

 無言で、ちょっと下唇を噛みしめて上目づかいでわたしを見つめます。


 そう。

 わたしとフレアライの二人暮らしは終焉を迎えようとしてました。


 薄くうすーく剥がれ落ちる雲母のような日々。

 最期に残された六角柱が今にも折れそうです。

 心が必死に支えてます。


「ここ?」

 馬車から降りて、ぎゅっと握り返す小さな手のひらが震えてます。

 それが、季節的に冷たくなってきた空気のせいだけではないことはお互いわかってます。

 わたしたちは秋風の季節に、エスさんに呼ばれてマスクレス市を訪れました。


 ゆっくりと街の商店街を歩きます。

「ママはここではちゃらいてんの?」

「そうですよ。

 まぁ、ときどきです。」

 ちょっと寂しそうな表情になります。

「あ、でも、すぐに来ます。

 わたしは働き者なので、すぐにここに来ちゃうんです。」


 半分ウソ。

 半分ホント。

 でも、ホントにしたいです。


「あれ?

 なんだろ、あのヒトだかり…」

 街の中心部にある広場を通ったときです。

 あんまり見たことない風景に目が留まりました。

 なんだか殺気立ってるように思えました。


「向う通ろうか。」

 いつもなら遠巻きに見物しに行くのですが、今日はフレアちゃんがいます。

 不穏な空気を感じたし、触らぬ神に祟りなしです。


 そのまま通りの端っこを早足で抜けました。

 ふいに振り向いた先には大きな十字架が二つ並んでました。


「どうちたの?」

「ん。なんでもないですよ。」

 今日のところは、とりあえずシュフォラスオーナーの家にお邪魔することになってます。

 お土産はサモルの自分ちの近くで買っときました。


 なのに

「フリャもかう!」

 とダダこねられたので、こっちのケーキ屋さんにも寄りました。

 途中、ショーウィンドウに並んだ鉄鎧に足を止めてしまいそうになりましたが、そこは我慢。


 通りからさほど歩かずに、目的の場所にたどり着きました。

「ここ?」

 つないだ手が震えてます。

 わたしは余った手で彼女の頭を撫でました。

「そうだよ。今日はここのおうちに泊まらせてもらうからね。

 いい子にするんですよ。」


 つい数か月前だったら独り身だし、どうせ工房に籠りっきりだし、休憩室で雑魚寝なんてこともしてましたが、フレアちゃんがいるからそれは無理です。


 コツコツ。

 扉をノックするとすぐに返事が聞こえてきました。

「あ、こんちは。はじめみゃして、フリャアイでしゅ。」

 扉が開くと、フレアちゃんが舌っ足らずな声でぺこりと頭を下げました。


 シュフォラスの実家です。奥様(?)が出てきて、一瞬首を傾げます。

 たしかにわたしもはじめてお目にかかります。

「こ、こんにちは。

 わたし、スパイア・ル・ガードともうします。

 シュフォラスオーナー、じゃなくシュフォラスさんいらっしゃいますか?」

「あぁ、スパイアさん!

 ごめんなさい。夫から話聞いてるわ。

 どうぞ、入って。」

 にこやかな、ホント、花のような微笑みでわたしたちを迎えてくれました。


 最初は不安げな顔をしていたフレアちゃんも安堵のため息をついてます。わたしといっしょに。

 思わず二人顔を見合わせて笑っちゃいました。

「かわいーおうちだね。」


 こじんまりしたリビングには手作りのイスとテーブルが並んでます。

 壁にはドライフラワーが飾られてて、お日さまのにおいが気持ちをホカホカさせてくれました。


「おう。よく来たね。」

 奥様の連絡を受けて、息を切らせながらシュフォラスが帰ってきました。

「すまんね。迎えに行けなくて。」

「あ、だいじょうぶです。

 この街だってわたしのお庭ですよ。」

 なんて言ってみたものの、ホントは『マスクレストア』のお店に籠ってることがほとんどですから、まともに街を歩いたのは初めてのことでした。


「そっか。まぁいいや。

 エスからの伝言。早いうちに会いに来てくれって。」

「ずいぶんと忙しいですね。」

 そう急かすのですから、早速明日にでもうかがうとしましょうか。


 ここまで来ておいてなんですが、正直気が重いです。

 フレアちゃんが心配そうにわたしのことを見上げてます。

 こんないい子が大人の事情とか、民族の何ぞやとか、そんなのに巻き込まれていいわけがありません。


「ママ…」

 そして、おんなじくらいわたしの不安なんぞに巻き込まれてはならないのです。

「うん。だいじょうぶですよ。すぐ帰ってきますね。」

 満足げな笑顔がわたしを見送ってくれました。



 で、当日、第一声。

「母が逃げた。だからフレアライは帰ってこられる。」

 エスさんが言いました。


 お母さんが逃げた?

 殺したとか、刑に処されたとか、そんなんじゃなく逃げた?


「え、でも、じゃあ…」

「殺してない。」

 愕然とするわたしに彼が弁解します。


 ちょっとだけ胸をなで下ろしました。

 エスさんにアサシンダガーと呼ばれる刺突武器を納めたのが、ちょうど一週間前のことだったからです。


「すまんな。さんざん君のことを振り回しておいて、結局俺はなにもできなかった。」

「謝らないでください。きっとそれでよかったんです。

 むしろ謝らなきゃならないのはわたしのほうです。

 納期を散々延ばしてもらって、けっきょく役に立たずを高値で売りつけたんですから。」

 エスさんのために造ったダガーには小細工がしてありました。


 刺突部分から数センチのところに返しをつけてたのです。ちょうど脳天を尖らせた牝牛の頭を想像してもらえればいいでしょう。

 その返しのせいで一度に深くは刺さりません。

 でも、本気で殺したいならその返しを無視して深く突き刺せます。

 刺突に抵抗を感じたところで冷静に考え直し、剣を引いてもらえれば相手は深手を負ったとしても、死に至ることはありません。


 つまりそんなおせっかいが込められた短剣を、エスさんに造ったんです。

「そうだったのか。全然気づかなかったよ。」

 今さらそのことを説明したら素直に感謝されました。

 感謝される筋合いはないので、とっても慌ててしまいました。


「ところで、お母様はいったいなんで出て行かれたんですか?」

 恐る恐る尋ねてみます。

 そしたらエスさんは天を指さして、

「神。」

 と一言答えました。

「神…神様ですか?」

「あぁ、神が追い出した。」

 一瞬はぐらかされたかと思いました。でも、言いにくいことならしかたがないな、とも考えました。


 追い出したって言い直しませんでした?

 追い出した、は、逃げた、ではないです。


 それにもう一つ。

「い、妹さんは…?」

「母親が連れて行ったよ。」


 そうですか。

 お母さんが、あんなふうになっちゃったお母さんが妹さんを、ですか。

 なんかすべてにおいてしっくりきません。


「シュフォラスに訊いてもいいですか?」

「なんだい?」

 奥の部屋から返答がありました。

「さいきん槍の注文がありましたか?」

 ガタン。

 小さく動揺が走ります。

「フレアちゃんの件もあって仕事はお断りしていたので、わたしのとこには話がきていませんが、オーナーのとこにはきてたんじゃないですか?」

「…あったよ。でも、そんなのいつものことだろ?」


 そうですね。

 騎士団だって使うし、傭兵団だって使うし、衛兵だって、街の自警団だって、一般人だって使うことありますよね。


 わたしの理性は必死に納得しようとがんばりました。

 でも、感情はけっして納得しようとはしませんでした。


 エスさんが続けた言葉に確信してしまいます。残念ながら。

「天罰が下ったんだ。」

 エスさんが言い捨てました。


 殺気立った街のヒトビト。

 十字架二本。

 槍の注文。

 神の天罰。


 これは何かしらの暗喩なんだ。

 神に追い出されたとはこの街から追放されたってことで、けっして…暗喩じゃない…ですね。


「異教徒狩りです…か?」

 さらに小声で問いただします。

 エスさんは驚いたように目を見開きました。しばし時が凍りつきます。


 それでも観念したようです。

 しっかりとうなずきました。

「神判はいつですか?

 だれとだれが受刑者ですか?」

 だれが、と単数形で言わなかったからでしょう。いっそうエスさんの表情が歪みます。

 だから、わたしは確信を得ます。


「お母さんと妹さんなのですね…」

 しっかりとエスさんを見据えました。ふいっと目線がそれました。

 パキンと何かが剥がれ落ちてく気がします。


 パキン…パキン…


 疑念は確信へと変わり、納得しようと頑張ってた理性は、あふれ出る感情に遠く遠く吹き飛ばされます。

 体が勝手に動いてしまいました。


 パシン!


 派手な音とともに、エスさんがもんどりうって倒れました。

 思わずとはいえ、強すぎました。

 いつもなら謝るところ。今日は謝りません。かわりに絶叫しました。

 これまでだれも、シュフォラスも、家族はあたりまえですが、幼馴染の彼も聞いたことがないでしょう。


 絶叫しました。

「ふざけんな!

 わたしンこと呼ぶくらいなら、さっさと連れ戻してこい!」

 すべてを悟りきって、納得して、でも、それは単なるポーズでしかなくて、ただただ諦めて。

 そんな男に、ホントの妹さんの保護者面させるなんて。


 娘は渡せません。

 わたしの、とは宣言できませんけど、フレアちゃんは渡せないです。

 渡せるわけがないじゃないですか。


「わ、わたしは許しません。ぜったいに。

 フレアの幸せはもちろん、ヒューマン族としては、たしかに、偽物、言いかた悪いですけど、そうだったかもしんないですが、それでも、いままで兄と、お兄ちゃんって慕ってくれてた妹さんの幸せを、幸せを守るのが…」

「家庭の事情にまで口挟む権利があるのか?」

 なんて暗い瞳なんでしょう。なんて荒んだ顔してんでしょう。

 悔しくて涙がこぼれます。


「これからの幸せを守れない兄なんて!

 権利?

 あります!

 そんなヒトのために武器を造ったなんて、わたしの汚点にしかなりません。

 正直、お母さんを救うことは困難です。でも、時間をかければまだわかりません。ましてやこれから幸せになるべき妹さんまで見捨てるなんて、マジでふざけんな、です。」

 ってセリフをちゃんと言えたのかってくらい泣きじゃくりました。


 バキバキにエスさんを殴りつけてたら、シュフォラスが飛び込んできてわたしを止めようとしました。

「シュフォラス、ジャマです!」

「気持ちはわかるけど、一回落ちつけって!

 そんなママを見たら、フレアが泣くぞ!」


 うわ、マジか!

 子供を人質にしたような脅し、ありですか!


 とはいえ見事。フレアちゃんのぐずり泣きが聞こえた気がして、一気に冷めました。

「この素人ママはホント、ヒステリーだよ。」

 余計な一言です。少なくともフレアのことはここまで感情まかせに怒鳴りつけてませんから。


 鼻息荒く、エスさんを見下ろしました。

「で?」

「…で?」

 もう一回足蹴にしました。まさかの豹変ぶりに戸惑うエスさんは怯えるばっかり。


「どこへ向かえば妹さんを救出できますか?」

「い、いや、俺じゃなく、義父がすべてを決定したから…」


「そうですか。もういいです。」

 エスさんはうつむいたままです。

 シュフォラスの制止もきかずわたしはその場を飛び出しました。



 エスさんのお義父さん、つまりは王国騎士団マスクレス市師団長様のお屋敷の正門をにらみつけます。

「だれだ!」

 なにやら衛兵が怒鳴ってますが、そこはムシします。


 あなたたちが使ってるハルバード、槍斧と呼ばれる長柄武器、だってわたしが造ったものです。

 弱点を知ってるわけでも、適当に壊れやすく造ったつもりもありません。


「斬るぞ!」

 ブン!

 と鈍銀色の刃が鼻先を行き過ぎます。

「両手持ちの有効渡りは百八十二センチ。遠心力と空気抵抗値、重力値から換算される攻撃力八アッパークラス。でも、扱うヒトの筋力値が低いからマイナス修正。

 それ扱うなら、もう少しサボらず筋トレしてください。」

「なんだと!」

 怒りまかせに振り回したハルバードの斧刃は、一歩後ずさるだけで躱せます。

「感情コントロールできてないから、戦略値もマイナス修正です。」

 懐に入り込んで肋骨に一撃を食らわせます。


 ちなみにわたしの手には金属加工用の鑿と金づちが握られてます。

 鑿の先を鉄鎧の継ぎ目にはめて、金づちを一つたたけば、あっさりとあばらの数本は粉々にできます。


 さて、どうしましょう。

 二人相手にすんのはおっくうですし、不意打ちが可能なのは今、このタイミングでしかないでしょう。


 鑿を腰の工具入れにしまい。金づちをもう一本取り出しました。

 で、体をくの字にして呻く衛兵さんの頭を、ヘルメット越しに二発、殴りつけました。ちょうどこめかみのあたり。垂直に。右左と少しだけタイミングをずらして。

 これでこっちの衛兵さんは行動不能になりました。三半規管がイカれた感じで足元がおぼつかなくなってます。ヘルメットの中で、頭蓋骨と脳みそが揺れ続けている状態です。


 それを確認したのち、

「ル・ガードが来たとお伝えしてもらえませんか?」

 わたしはにこやかに笑みを浮かべつつ、もう一人の衛兵さんにお願いしました。

「わ、わかった!

 そこで待ってろ!」

 衛兵さんは鎧をガチャガチャいわせながら、屋敷の中へと入っていきました。


 しばし、ぼんやりと屋敷を眺めてました。

 陰鬱で淀んだ空気が屋敷全体を覆ってる感じがして、かなりイヤな気分になります。

「本来なら庭もきれいに手入れされてて、エスさんや妹さんが結婚して、お父さんもお母さんもお孫さんと笑いあって…」

 真逆の未来を妄想してみても、気分は晴れません。

 あたりまえですが。


「おそい。」

 どうもそのままシカトされたみたいです。

「そうですか。

 ですよね。」


 背後でようやく直立できるようになった衛兵さんが、再度ハルバードを振るおうとしてました。

「だから、ムダです。」

 ワンステップで距離をとると、衛兵さんは勢い余って地面へと倒れこみました。

「あのぉ、そろそろ脳天かち割ってもいいですか?」

 ダブルハンマーを頭上にかざして微笑みかけます。


 目じりを下げて、口角持ち上げて、ちょっと小首を傾げて。

 けっこう自慢の笑顔のつもりだったんですけど、めいっぱい怯えられました。


「や、やめてくれ!」

 懇願は衛兵さん本人からではありませんでした。

 背後から羽交い絞めにしてきたのは、

「あ、エスさん。ちょうどよかったです。

 この方々、ぜんぜん取り次いでくれないんです。」

「わかった!

 わかったから、私が案内する。だから、これ以上暴れないでくれ。」

 暴れるなんて失礼な。

「スパイア、とりあえず道具しまえ。」

「あ、シュフォラスオーナーも来たんですか。」

 だったら二人ともはじめっから一緒に来ればいいのに。

 なんてKYなセリフはもう出てきません。頭のてっぺんまでのぼりきっていた血液が落ちてますから。


「覚悟、決めました?」

「あぁ、おかげさまで。」

「わたしのも覚悟もっての行動だって理解していただけます?」

「も、もちろんだ。」

 なら結構。


「案内してください。

 いつぞやのように取り乱したりしません。現実逃避もしません。

 今度こそ、妹さんを…もう一人のフレアちゃんを助けたいんです。」

「わかった。」

 エスさんが大きくうなずき歩き出しました。



 連れてこられたのは屋敷北側の裏のほう。

 そこにはこじんまりとした裏門があって、出るとちょうど山への勾配がきつくなるあたりでした。


 背の高い笹や蔓植物が生い茂っていて、かろうじてけもの道っぽいものが奥へと続いてます。

 よくよく見れば、苔むした石畳らしきものが敷かれてました。つまり、けもの道ではなく、昔は頻繁に通っていた道だったってことです。


「不気味ですね。」

 思わず声が震えます。

 遠くに虫と鳥の声。ガサガサと歩を進めるたびに静かになって、足を止めるとまた鳴きはじめます。

 その一瞬の静寂がとかく不安をかきたてました。


「シュフォラスはいいですね。

 背がちっちゃいから、トンネルくぐってる感じですもんね。」

 絡みつく蔦にイライラしながら、さっさと先に行く草妖精にグチります。

「イヤミ言ってるヒマあったら歩け。

 お前がけしかけたんだろ。」

「そうなんですけど…

 そうだ。この辺の草にお願いしてよけてもらうことできませんか?」

「そんなんで俺の力使うなよ。」

 あきれ口調で話すシュフォラスに違和感を覚えます。あきれだけでなく、どこか警戒心みたいなものが見て取れるのです。


 力を温存しておかなければならない理由があるってことでしょうか?

 それとも、わたしの現在おかれた困難は助ける価値もないということでしょうか?


 わたしは首を傾げて尋ねました。

「あの、エスさん?

 この先って何があるんですか?」

「二人が籠ってる塔だ。」

「こもってる?

 閉じ込められてるんじゃなくてですか?」

「着けばわかるさ。」

 その言葉の裏の意味を察します。わたしはどうも早とちりをしてしまったみたいです。


 エスさんが言ってた塔に近づくにつれ、木々草々のジャマだてが厳しくなってきました。まるで動物のように絡みついてきます。

 わたしはウェストポーチから鉈を取り出し、行く手を阻むとげだらけの蔓蔦を叩き斬りました。

 ちなみに鉈も鍛冶道具です。柄作成に便利なんです。


 手足のように鉈を操り、ときどき襲ってくる食虫植物のでっかいのを金づちで殴りつけるわたしに、エスさんが感嘆の声をあげてます。


「武器屋のたしなみです。」

 少しばかり照れますね。褒められ慣れていないので。

「ドワーフ戦のときも、それ使えばよかったのに。」

 シュフォラスがもっともなことを口走りました。

「だって…鑿だの金槌だの鉈だのじゃあ、様にならないじゃないですか。」

 男二人で苦笑い。



 そんなこんなでようやく目的地へと到着しました。

 険しい峰々を背に屹立する灰色の石塔。

 その周辺の上空にのみ暗雲がたれこめ、角の生えた二足動物が皮翼をはためかせてます。

 グネグネとねじまがった低木と棘だらけの蔓植物が地面を覆い、醜悪な生き物が錆びだらけの剣を片手に徘徊してました。


「なんですか…あれ…」

 先入観でものを語ったら失礼なのは重々承知で表現するなら、いかにも魔女の住処です。

 これに暗雲と雷鳴がオプションでつけば、さらによし。みたいな。

「あれがなれの果てだよ。」

 つまり救いようのないとこまで達してたってことですか。


 義父さんが母親と妹さんを監禁していたというより、二人が周囲を拒絶するために籠城したようです。

 エスさんが「二人が逃げた」ってのもあながちウソではなかったみたい。

 義父さんの立場からすれば監禁であり、「神の懲罰」なんでしょう。


 さらに歩を進めると軽装鎧を着込んだ男たちが蔦に絡まれもがいてました。

 なるほど。これならしばらくは十字架も槍も使われずに済みそうです。

 しかも、鎧の汚れや傷、そして錆びつき具合から鑑みれば、昨日今日の話ではないようです。

 下手すれば数か月…


 って、それあり得ないでしょ!


「彼ら栄養剤打たれてるわ。」

 とシュフォラス。

 なぜ生きてられんのかと愕然とするわたしに対する解説です。

「どういうことですか?」

「絡んでる植物から栄養を供給されてるんだ。

 おそらく…いや、確実にあれら魔物の餌にするために。」

 そう答えて灰色の空をいまいましげに見上げました。


「お食事のためって!」

「だってこっちの世界の生き物じゃないし。あれらからすれば、牛もヒューマン族もおんなじ餌だよ。」

 妖精族、ムカつく!

 とは言いません。言えるもんじゃありません。


 じっさい食べなくても、コッチの世界のヒトだって、魔界の住人たちを使役したり、使い魔にしたり、魔法を使うためにアッチから力をひきだしたり、ってしてます。

 わたしだって触媒にしてますし。

 よくよく考えると我ながら非人道的だと思います。

 生贄が同族じゃないってだけですから。


「あれって魔界の生き物ですか?」

「うーん…妖魔界のほうかな。あまり高次世界の生物ではないと思うんだけど。

 精神体というにはこっちに近すぎるような気がする。」

 わたしはシュフォラスの話が高次すぎて理解不能ですが、完全にあっちの生物でなければわたしでも対抗できそうです。


「エスさん、あの兵士さんたちムシしていいですか?」

「え?

 あ、いや、彼らは…」

 どうせエスさんの義父さんが雇った日払い傭兵でしょうし。助けてあげる義務はないでしょう。

 と、とりあえず自分に言い聞かせました。


 チラリとシュフォラスを横目にしつつ。

「あ、俺に期待すんなよ。

 あの植物も妖魔界から召喚されてるから、妖精界ルートで追い払うのはムリ。」

 ですよね。

 あっさり断られました。想定内ですけど。


 戸惑うエスさんを傍目にわたしは塔へと向かいました。

 ついでに妖魔界の植物をザクザクと刈りとっていきます。


 苛立ちは隠すつもりないです。目いっぱい振り回します。

 ホントは鉈をそんな使い方をしてはいけません。刃の部分が重いので、木製の持ち手から吹き飛んでしまうからです。

 ま、どうでもいいですが。


「待ってくれ!」

「待ちません。」

 どうでもいいことで気をまぎらしながら、ちっちゃいのとおっきいの、男二人を引き連れて、まっすぐ塔へ。


「なんかヒトが変わったような行動力ねぇ。」

 皮肉ですか?

「戦うための武器なら造ります。

 でも、それが一方的な殺戮のためなら、たとえわたしが造ったものでなくても、世の中のぜんぶはムリでも、回収させていただきます。」

「強大な武力が戦争の抑止力になってるとしても?」

「それがだれかを、武力を持てない弱者を泣かせるなら。」


 戦争のない世の中。

 だれもが平和に暮らせる世の中。

 力で圧することのない世の中。

 しょせんは理想論。

 それでも、理想を追わずして、ヒトが成長することはない。

 わたしの決意表明を高らかに宣言しました。


 ってあれ?

 女のヒトの声?

 ふと違和感を覚え、立ち止まりました。


 シュフォラスが話してると思ってたのに、女言葉で小バカにしてんのかってシカトしてたのに、もとより質問者は彼ではなかったようです。

 とうぜんエスさんじゃありませんし、妖魔の植物に囚われてる傭兵さんたちでもありません。

 想定外の質問者に、慌てて周囲を確認しました。

 はたして前方斜め右に小さな黒い塊を発見します。


 腰まで届きそうな黒髪と、同様に漆黒のゴシックドレスを身にまとった少女です。

 小学生と見まがうような小さく細い肢体に、倍はありそうな長さの大鎌を肩に担いでました。

 インパクトある外見なのに、全くもって気づきませんでした。

 そりゃそうです。

 おどろおどろしい風景に、違和感なくとけこんでます。


 …はい。正直言います。

 魔物の仲間だと認識してしまってました。


「あれ?

 私のこと、忘れた?」

 わたしの人生に関わりなさそうなキャラですけど、知り合いみたいです。

 どっかで聞いたことある声ではあります。少女というには、やけに落ち着いた、ってか人生を悟りきったような印象を持つ声。


「まぁ、いいわ。

 で、なにしに来たの?」

 急降下してきた空飛ぶ魔物を、縦に大鎌一閃で地面にたたきつけます。

「ネガティブ武器職人とシスコン騎士ともぐりの異種族商人なんて。

 レアなパーティ組んで、なんのミッション?」


 口が悪いヒトですね。

 背後で気色ばむのがわかります。

 あ、また一匹退治しました。


 とても優雅。

 その踊ってるような滑らかな身のこなしは、たしかに見覚えがあります。

 戦ってるというより、演武を観てるようです。

 無意識につま先がリズムを刻んでました。


 ん?

 リズム?

 思い出した!


「女性シンガーさん!」

 わたしの声に一瞬、その手が止まります。

 黒髪がふわりと広がり、こっちを振り向きました。

「なにそれ?

 いちおうシータスって名のったよね、私。」

 そう。シータスさんです。ミアロートって家名のおヒトです。


 マスクレスの街で歌ってたヒト。

 で、そのあとウチにとつぜん訪問してきて、モリアさんとかいうご家族の所在を訊いてきたヒト。

 あの少女でした。


「まぁ、いいわ。

 で、武器職人ル・ガードさんはなにしに来たの?」

「な、なにしにって…エスさんの、い、妹さんに逢いに来たんですが…」

 草刈り用および製鉄作業用の鉈をふりまわし、ムリにつくったテンションはとつぜん萎れてしまいました。

 理想の自分を必死に保ち続けていたのに、一気に現実が流れ込んできた感じです。

 彼女の持つ武器の凶悪さに圧倒されました。鉈と金づちをもつ両手が震えてます。


 そしたら、

「イジメてくれるなよ、シータ。

 お前だってわかってきてんだろうに。」

 とシュフォラスが前に出てきました。クロスボウで魔物を撃ち落しつつです。


 あれ?

 二人って知り合い?


 なんて、見比べてるわたしの真横にシータスさんがトコトコと歩いてきました。

 後頭部にも目があるんじゃないかと思えるくらい正確に魔物を斬り裂きつつ。

 魔物はどんどん湧き出してきます。

 シュフォラスが撃って、シータスさんが斬って、を繰り返してます。


「シュファって引退したんじゃなかったの?

 私があれだけ誘っても表に出てこなかったってのに、その娘のためなら出てくるんだ。ずいぶんと入れ込んでるわね。」

「よけいなお世話。

 今回は初回特典みたいなもんだよ。」

「ウソだぁ。

 こないだドワーフ相手に大暴れだったじゃない。」

「見てたんなら、そっちこそ手伝えよ!」

「やだよ。関係ないもん。」


 このヒトたちって…

 なんでこの状況で軽口言い合えるんでしょう。


「エス、ちなみにそっちのヒューマン族の兵士たちは助からないから。植物の栄養供給を絶った段階で死んじまうからな。

 申し訳ないけど、そのままにしてて。こいつがなんとかしてくれるはず。」

 シュファがシータスさんに丸投げしました。

 シータスさんは不服そうに唇をとがらせてます。

「え?

 私にどうにかしろって?

 なんの義理あって、そんなことしなきゃならんのさ。」

「うるさい。

 つべこべ言わずにやれって。

 でないと、昔の恥ずかしい画像を拡散するぞ。」

「うわ!

 最低だ!」


 戸惑うエスさんを放置したままですか?

 ついでにわたしも。

 まぁ、わたしはゴシック少女の可愛らしさに見とれてただけですけど。


「とりあえずモリアのアホはからんでなかったんだろ?

 こっちはウチらが引き継ぐから。」

「ちぇっ。わかったわよ。」

 ズリズリと大鎌を引きづりながら、シータスさんが歩き出します。

 はっ、と我にかえります。

 その背中に、小さいけど、すごく大きな背中に、わたしは直立不動で頭を下げました。

「シータスさん、ありがとうございます!

 助かりました!」

 上目づかいに見ると、軽く手を振ってくれました。


 その仕草がこれまたカッコいいんです。

 ロックスター顔負けです。もちろん、わたしのロックスター情報なんてたかが知れてんですが。


 それでも、チャンスです。

 ずっと伝えたかったことですから。

「わたし、シータスさんに助けられました。

 今も!」

 ピタリ。

 足が止まります。

 こっちをふり返ります。

「それと、あの時歌ってくれたシータスさんの歌にも!」

 顔が歪んでます。

 笑ってるような。

 困ってるような。

 もう一度、深々と頭を下げました。

「ありがとうございました!」


 ようやく言えた…


 グッと拳を握りしめました。

「わたしはまだがんばれる。」

 パキン…感情とかしがらみとかがはがれおちて、最後に残った自分という芯。

 とても脆くて、いつか折れるかもしれないけど、今はまだ進んでいける。

 自分を信じよう。


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