黒曜石
黒曜石
オーナーの装備は軽装でした。
レザーのブレストアーマーと同素材の腰巻。その下に金属を編みこんだ長袖のアウターを着こんでます。中は吸汗速乾のインナーかな。
肘丈の手甲、膝下ブーツ。鹿革で靴底はクッション性と吸音に長けたゴムスパイクです。
武器はわたしの作製したばかりのショートソードをメインに、弓張部と持ち手を折り畳み収納ができる弩弓、それと片刃の短剣一本。
それらもわたしが以前納品したヤツでした。
軽装なのはけっして楽な相手だからではないです。体力、筋力から鑑みた結果でしょう。
鎧についた無数の細かな傷がこれまでの歴戦を物語ってます。
反対にわたしは肩つきの金属製ハーフプレートアーマー。
剣はうまく扱えないだろうから、とりあえず殴るだけのメイスを用意しました。つまりは鉄の頭がついた両手でも片手でも取り扱える棍棒みたいなもの。ホントは使い慣れた製鉄用の大槌でも持ってこようかとも考えました。
どれも新品。
自分用に創ったからってのもあるけど、実際にヒトを傷つけたことのない証拠です。
「実戦は当然初めてだと思うけど、それ使ったことあるの?」
「イライラしたときに振り回してました。」
あからさまに心配げな視線を、サラリと流します。
苦笑されるのは想定済みですよ。
「けっしてわたしを守りながらなんて考えないでください。」
「そこまで甘くはないから安心して。」
安心って言葉はそういう使い方はしないです。自分で気にするな、言っておいてなんですが。
「地図は持ってるよね?」
「はい。もちろん。行先は予習してます。」
訊かれて取り出したるは魔道具『地図』です。
〈自動地図作製〉魔法と『ソマルリア図書館』の検索機能を使ったアレ。
オーナーからはマスクレス市から北に丸一日歩いた山腹ってことは聞いていましたので、地点を登録したうえで幾つかルート作成しておきました。
「ほぉ。便利なもんもってんね。」
シュフォラスさんはそう言って、持っていた紙地図と見比べてます。
「あ、いつぞやわたしの店で見てたのはここの地図だったんですか?」
「まぁね。ここだけじゃないけど、ようやく行動に移せるくらいに情報の裏付けとモノの手配ができたからね。
なんだかんだ言って、ここまで数か月かかったなぁ。」
そうです。戦うったって勢いまかせの殴り込みじゃないんですよね。
もちろん防衛戦や突発的な依頼だってあるでしょうけど、それでも想定準備してるからこそ対応できるんですよね。
「戦うって…すごいことなんですよね…」
今さらです。こんな陳腐な表現しかできない自分は、やっぱり戦うってことを理解していなかったんです。
ホント、思い知らされることばかりです。
「うん。だいじょうぶ。いいもん持ってきてもらったよ。
こっちの情報も存分に使わせてもらうから。」
ちょっとだけ嬉しくなりました。
だけど、しょせんは机上の空論。現実を意識するたびに不安も膨らみます。
ズシっとしたメイスの重さも、凍るように冷たい鉄鎧の感触も初めて。
スパイクつきのレザーブーツの靴紐を下からちょっとずつひっぱって、いちばん上でギュッと…。
「結べないのね。」
震える手を一生懸命抑え込もうとしましたが、ムリでした。情けないったりゃ、ありはしないです。
「ごめんなさい…」
「いや。
これが当たり前。想定済みだよ。」
シュフォラスさんがかがんで、靴紐を結んでくれました。
目的地までシュフォラスさんに今回の予習結果を報告しながら歩きました。
「ドワーフさんたちは悪いヒトたちじゃないと思います。」
なんて訴えながら。
王国の北部は剣呑たる山々が連なってます。山脈は炎天連山もしくは王国視点ではノース山脈と称されている土地です。
そのてっぺんが北部の隣国との国境であり、麓から山頂までは様々な種族民族が住まう地となっています。幻獣の類、冒険者ギルドではレアモンスターって呼ばれる生物たちも住んでいたし、竜族や巨人族も徘徊する危険極まりない地とのこと。
その一部にドワーフ族が集落を形成しています。
炎天連山のドワーフ族は巨人族との共存生活していて、それがまれに王国へ反旗を翻すのだそうです。向こうの立場からすれば、勝手に王国を形成して国境線を引いたのはヒューマン族であり、周辺でどんな生活をしようが文句言われる筋合はないんでしょうけど。
王国がそのことを理解していないわけはないのでしょうが、事情が事情だけに小競り合いは起こってしまう。
今回は、鉱物の採掘のために山に入った冒険者がドワーフ族の縄張りに踏み入ったのが原因らしいです。
小競り合いの結果、冒険者のパーティが一つ帰ってこなかったとのこと。
って、ハバムート先生が教えてくれました。
あえてオーナーに確認しなかったのは、情報収集も含めて自分に課した宿題だったから。
いちおう自分でも文献や時事情報をかき集めました。情報収集の結果は想定どおり。
チェンジリングと大差ない量しか探し出せず、けっきょく先生情報が半分以上を占めることになりました。
ですよね。
妖精族ははるか昔に自分の世界に帰ってしまって、現世には存在しない。目撃情報は都市伝説みたいなもの。
竜は未開の地の神話となり、そのくせ神と悪魔は存在してて。ドワーフは隠れ里に逃げ込んだヒューマン族の蛮人扱い。
図書館で見つけた資料はのきなそんなことを語ってました。
「そんなのぜんぶウソだよ。
真実はこれだ。」
渡されたノートにはびっしりと種族や歴史が書き込まれてました。
なんで先生がそんなこと知ってるのか、なんのために調べてたのかは問い詰めませんでした。先生もわたしを問い詰めることはしませんでした。
とりあえずわたしを信じて、情報をくれて送り出してくれたことが嬉しかったです。
「死ぬんじゃないぞ。絶対だぞ。」
先生は最後にそう結びました。
武器を手に取るってことはそういうことだ。
曖昧模糊にぼんやりしていた生と死が、今まさに目の前にあります。まだ実感はできていません。
それでも、先生の言葉を反芻します。
「着いた。」
オーナー…じゃなくシュフォラスが小さく囁いた。
生死をともにする仲間である以上、上下関係のある言い方ではなく個人名で呼ぶこと。歩いてた途中でそう念を押されたのを思いかえします。
「イエッサー!」
勢いとは裏腹な小さな声で号令を返しました。
店での上下関係は持ち込まないけど、やっぱ先輩だし、上官でしょ?
そんな中途半端な感じで。
「ちょっと動かないでね。」
冒険者さんたちが向かった先より数十メートル手前の高台の上。遠くに人影を認め、シュフォラスが制止します。
わたしのいる位置からは、ドワーフ戦士と思われる三人が両手持ちの長柄戦斧を携えて立ってるのが見えました。
シュフォラスが単身、忍び足で、いえ今までと変わらぬ速度で近づいていきます。ちっちゃい背中がさらにちっちゃくなります。
草妖精の特殊能力と静音ブーツの効果です。
「さすが。わたしではムリだわぁ。」
想定以上の能力値の差。いやいや、まだ始まったばかりだ。そんなこと考えてるヒマなんてない。
独りぼっちにされた不安を感じる間もなく彼は引き返してきました。
「やっぱダメだった。
どうする?」
戻ってくるなり訊かれました。
冒険者パーティの安否は、なんとなく想像はできてました。
敵地に乗り込んで帰ってこないパーティの無事を期待するなんて甘い考えは、いくらわたしでも持ち合わせていません。
「どうする…って?」
「いや、けっこうエグいよ。」
軽く言ってますけど、実際そうなんでしょう。わたしが見たら卒倒するような場面なんだと思いました。
「行きます。」
また、足が震えだしました。
今度は足音を忍ばせ、木々に姿を隠しながらゆっくりと近づいていきます。まだほとんど距離を歩いていないというのに、緊張と恐怖で疲労困憊です。
残り十メートル程度。二人立ち止まりました
なんか腐ったような臭いが漂ってます。フィールドが完全に開ける前の、最後の大樹から顔をのぞかせて、周囲を確認しました。
「ヒッ!」
小さく悲鳴をあげてしまい、慌てて口を抑えました。幸いドワーフたちには気づかれずに済みました。
滲み出すように流れ出す涙をぬぐい、再度目を凝らします。
ドワーフの集落の入口に五つ、冒険者の首が晒されていました。
そう。首だけです。
嗚咽と嘔気を必死に押しとどめ、わたしは隣に尋ねました。
「わたしが遅かったから?」
「けっしてスパイアの責任じゃない。私が報告を受けた段階で殺されていた可能性のほうが高かったと思うよ。」
優しさ、気遣いが痛い。
彼らはわたしの納品した武器を使ってたのでしょう。でなければ、シュフォラスがこんなところに出張ることはないはずです。
使用者の死そのものが、売ったヒトの責任というわけではない。
しかし、結果それらの武器防具がどこでどのように活用されているのかを確認する必要がある。
それがマスクレス市で商売する際の、特に武具を扱う際の条件だ。
ここにたどり着く道すがら、初めてシュフォラスが教えてくれたことです。
武器職人なのに、武器が生み出す結末に対し目をそらし続けたわたしの罪。
死という結末を見たくないがために実家を飛び出したのに、結局それ以外に何も自分自身の未来を選べずに、漫然と武器を創り続けた所以の罪。
「悔しい…」
思わず口にしてしまいます。
「悔しいと思えるだけ、スパイアは偉いよ。」
「わたしが偉くても意味がないです。」
わたしがどんなに悔もうと、悔むことが他の武器職人と比べ偉かろうと、死んだヒトは還ってきません。当たり前のことです。
「それは同族の死を嘆いているからかい?」
「あいかわらず痛いとこ突きますね。」
どちらが悪いとか、おんなじ種族だとか、考えないようにしてました。
でも、それぞれに正義がある。一方の手前勝手な正義に力を与えてしまうのが武器なんです。
じゃあ、わたしがしてることってなんなんでしょう?
堂々巡りの悩みに苛まれます。
「いいさ。
一生かけて悩みな。それが武器を与えるものの使命だと思ってさ。
殺すべき道具を使って殺すことと殺すべきでない道具を使って殺すこと。それらが同義かどうかも含めて悩み続けてもらおう。
覚悟はできてるか?」
ビシリと人差し指を突きつけられました。
わたしは半ば気圧されコクコクと頭を縦に振りました。
「それがル・ガードの名をもったニンゲンの天命だ!」
とシュフォラスが叫びました。
まことにその通りです。
覚悟できてるかは微妙です。
でも、声高に言われて当然です。
それがわたしの…ん?
声高に…今、叫びましたよね…
「マジか!」
見張りのドワーフがいっせいにこっちを見ました。
と同時にシュフォラスが駆けだしました。
速い。剣を抜いたことすら見損ねました。
ハーフメイルで固めたドワーフの首を小剣の切っ先が捕らえます。さらに深く押しこんで、そして斬撃できる刃の中央付近で横にはらいます。ドワーフの首が激しく血を吹き上げながら、右にぶらりとぶら下がりました。
二人目、三人目の鎧の隙間を順繰りに刺し、絶命させます。
わたしの出番はあるのでしょうか。
というより、わたしなんかが出張ったとこで足手まといにしかならない気がします。なのでとりあえず叫びました。
「仲間来たです!」
集落の向こうから異変を察知した戦士たちが駆けてきました。
「あいかわらず鈍足だね。」
笑顔で挑発するシュフォラス。
ショートソードを一旦腰に収めて、折り畳みのクロスボウにクウォーレと呼ばれる短矢をつがえたかと思ったら、速射。
反動が強いからピンポイントで撃ちぬくのは難しいはずなのに、八割かた鎧の継ぎ目に刺さっていきます。
見とれちゃいます。
「山の方からもうひと団体来てます!」
さすがに木々の陰から飛び出しかけたわたしを、シュフォラスが手を挙げて制しました。
「そのままそこで指示してもらえる?
この位置って遠く見通せないから。」
ん?
耳元に囁き?
慌てて周囲を見渡すも誰もいません。
「大丈夫。集中して。」
シュフォラス?
風の精霊魔法?
知識不足の頭が状況を理解する間もなく、山から駆け下りてきたドワーフたちは木々の枝葉に奇襲を妨げられてました。
「あ、ドライアドかぁ。」
ドライアドは樹の妖精族で…
いや、集中しよう。
わたしが今できること。なんだ?
急に場に静けさが訪れました。
クウォーレに貫かれたのはシュフォラスと正面で対峙してます。なんとかドライアドから逃れたドワーフ戦士がいつのまにやら姿をくらましてました。
ザックをその場にぶちまけました。
地面に『地図』を広げ、縮尺をシュフォラスを中心に拡大して、その上に黒曜石のかけらを転がしました。鈍く黒光りする鉱石が勝手に動き出しました。
そういうことか。
「山の岩場に精霊魔法の反応ありです!
おそらく点在する岩を転移してきてると思います!」
声が届きました。
シュフォラスは周囲を見渡し、一番近くの岩場から飛びのきました。同時に出現した大斧が空を切ります。
「くそ!」
ばれたことに驚き、頭を出したドワーフをシュフォラスの剣先がとらえます。右目から斜め上方へ。後頭部まで貫いた刃が鉄兜を宙高くはじきました。
「一度ひいてください!
団体さんが来てます!」
シュフォラスが脱兎のごとく逃げてきました。団体さんの姿が視界に確認できたときにはすでに彼はわたしの隣の大木の陰に隠れていました。
彼は樹の幹に体を預け、大きく息をつきました。
「シュフォラスってすごいですね。」
素直に感想を述べると、片頬で笑みを浮かべました。
「そうかい?」
「だって一気に十人近く倒しちゃいましたよ。」
「まぁ、スパイアが創ってくれた剣の性能だよ。
あと、的確な指示。なんでそんな性格に位置情報とれたの?」
息を整えながら、刃を真っ赤に染める血をぬぐいます。
少しだけイヤな気分。それだけドワーフが死んだってことだから。でも、それだからシュフォラスはここに戻ってこれたことも事実。
心境は複雑です。
「メガネです。」
わたしは今にも嘔吐しそうなくらいのたうちまわる内臓を左手で抑えこみながら小さく答えました。
「メガネ?
って、今かけてるそれ?
いつもとおんなじだよね。」
「はい。でも、これって魔法鑑定だったり、ヒューマン族が感知できない熱量とかを測れますんで。
わたしも想定外でした。こんな使い方できるんですね。メガネ職人に感謝です。」
シュフォラスに直視されて、こっちは視線が泳いでしまいます。
「そっちのは?」
指先が地面を指してました。
「あ、これはわたしのオリジナル商品です。『地図』上に〈攻撃欲求の探知〉を表示させることができます。黒曜石は敵意なんかに反応してくれるんで。」
「ほぉ。なかなかよくできてんね。」
「イジメられっ子の自己防衛策です。」
わたしは自嘲ぎみに、シュフォラスは苦笑ぎみに、二人笑みました。
「さて、これからだね。」
なるほど、いつのまにやら数え切れないドワーフがたむろってました。
わたしたちが身をひそめてる場所は把握できているのでしょう。ただ、さっきまでのうちらの策がまさっていたから、うかつにとびこんでこないだけと思われました。
さっきは奇襲で倒せたけど、もう通じないだろうな。
物量負けするのは目に見えてます。
「うん。次は目的を果たそう。
スパイアには見える?」
「なにがですか?」
シュフォラスが指さす先に目を向けました。
「自分が作った武器。
防具はなんとなく彼らの作ったミスリル鎧だと思うんだけど。」
あぁ、そういうことか。
目的はドワーフ族の殲滅ではけっしてない。犠牲者は出したけど、それは人海戦術で向かってくるだろう事を見越してだと理解しました。
わたしはメガネを〈遠目〉に調整し、彼らの手にする武器をひとつひとつを見澄ませました。
「さっきのも含め、そのままってのはないようです。ただ、いつぞやマスクレスの自警団に収めたって言ってたのと似てんのが何本かあります。
あぁ、ムカつくぅ…
数人、鍛鉄し直されてんのを持ってます。」
ヒトの作った作品を勝手に改造しやがって。
そして何より、刀身が強化されてることに腹が立つ。腹が立つっていうよりむしろ僻んでしまう。技術力の差ってことかい。
現状を忘れて思わず職人目線になってしまいました。
「すみません。」
「謝んなくていいよ。職人としてくやしいってのはスパイアの当然の権利だからね。
ってか、そうか。やっぱ自警団が裏口だったか。」
裏口?
「あんま気分のいいもんじゃないよね。
つまり武器の横流しってヤツ。首、晒されてんのはマスクレス市の自警団の中でも王国よりのヒトたちなんだ。」
「聞いてないです。」
「うん、言ってない。
ホントは最後まで言わないつもりだったんだけど、気が変わった。」
自分の作製した武器の行き先なんて、正直考えてもみませんでした。
というより、疑いもしなかったです。自警団は自分たちと街のヒトたちを護るために武器作製の依頼をしたんだと信じ込んでいたんです。
真実は違った。
転売して収入を得て、かつ戦争を煽ってさらに収益を得る。
わたしの武器はそのために作られたのだ。
「マジ、ムカつく…」
こぼれる涙はいったいなんなのでしょう。
わたしの武器を転売した自警団へと怒りでしょうか。
犠牲になった彼らの仲間に対する同情でしょうか。
戦わざる得ないドワーフ戦士への憐れみでしょうか。
真実は残酷だ。
そんな歌を誰かが歌ってたのを思い出しました。もしかしたらいつぞや街角で歌っていた少女の歌だったかもしれません。
夢見がちな少女は自分のしでかした現実に打ちひしがれたんですね。
「わたしは傷ついてませんよ。教えてくれてありがとうございます。」
涙目で強がりました。強く噛んだ下唇から血の味がしました。
せいいっぱい背伸びをしたシュフォラスがポスポスと肩をたたいて慰めてくれました。
「この現実をあたりまえのことと割り切れる日がいつか来ますか?」
「そのあたりまえが自分にとって正しいことならば来るんじゃない?」
泣き言も許してくれないみたいです。だからこそ正直に今回の真の目的を伝えてくれたのでしょうけど。
でも、
「イジワルです。」
わたしは呟きました。
武器を生成するヒトは自らも傷つかなければならない。
父は放浪者です。
自らの手で武器を生み出す一方で、王国各地に存在する名のある武器を追い求めていると聞きました。だから、わたしはまったく会ったことがありません。母はこの街から遠く離れた場所で、やっぱり闘争に明け暮れる生活をしているとのこと。
全部、実家にいたときに職人さんらに教えられました。
さらに最近知った真実。ル・ガード家は王国建国時より脈々と受け継がれてきた武器職人の血筋なだけでなく、過去の戦争の英雄なんだそうです。
だからでしょうか。
父の建てた工房は小さいながらも、ル・ガード家という家名に引かれて集まった職人たちでいつもあふれてました。
で、その中の半分くらいはすぐにやめていくんです。見習いにありがちな、職人修業がつらいからじゃありません。なぜなら父がいないから。
あくまで父と家名というステータスに集まってきたヒトたちだから。その中でも、三年
わたしはそこに古くからいる職人たちに武器作りを習いました。父とともに剣をうってきた彼らの実力はおりがみつきです。
少なくとも家名の下に集まった似非プロフェッショナルよりは。
「キミの父親はある意味リッパだね。自分で作った武器に期限を設けたんだから。」
武器の〈使用登録〉システム。
父、オート・ル・ガードは、自分自身で作った武器に使用制限を設けてました。自分の作る武器に使用者の命を登録するのだそうです。
使用される魔法は〈ソマルリア図書館〉〈位置情報〉〈転送〉〈意思鑑定〉〈隠匿〉〈粉砕〉あとなんだっけ?
とにかく、たくさんの魔法を付与することで武器一つにつき使用者一人というルールを確立したんです。
だからこそオート・ル・ガード製の武器は希少価値が高いんです。高いというよりほぼ存在しない。なにせ、使用者登録されたヒトが死ねば、その武器は勝手に〈粉砕〉してしまうのだから。
失くしても、奪われても〈位置情報〉を特定して使用者に〈転送〉されるし、結界や障壁で〈転送〉できない場合は、他者が使用できないように〈隠匿〉されてしまう。使用者を操ったり、もしくは使用者がリビングデッド状態になると〈意思鑑定〉が行われ、自由意思を持たないと判断されれば〈隠匿〉もしくは〈粉砕〉する。
さらに使用者の命という定義がわが父ながらよくできていて、種族が変わるもしくは異界へと移動するといったことも含まれていました。
それを管理していたのが〈ソマルリア図書館〉と呼ばれる情報システムです。時空神ソマルリアはあらゆる時代、あらゆる世界の事物事象について、網羅した図書館を管理しています。
そこには『自伝』と呼ばれるものがあり、自動筆記でそのヒトの人生が書き加えられていくのだそうです。つまり、その『自伝』に死と書かれた段階で武器が〈粉砕〉するって仕組。
「だったらわたしは…」
ぶちまけたザックの中身を確認しました。
訝しげに動向を見守るシュフォラスを完全ムシして、『地図』に並べられたのより二回りも大きな黒曜石を手にしました。
父の造った武器とはまるっきり異なった形ではありますが、わたしの武器にも呪いがかけられています。かけたつもりはなかったのですが、今、この場で、呪いとなりえることに気づきました。
「オーナー、ごめんなさい。
今回わたしが納入した武器のぶん、借しにしてください。」
わたしの造った武器には鉄や炭素といったメイン素材のほかに、黒曜石といった鉱石類を粉砕した欠片が混ぜ込んであります。
とくにオブディシアンマジックは鉱石魔術のジャンルではメジャーなものです。
黒曜石自体が矢じりとといった武器の一部として使われていたり、異世界の古代王国では破壊神への供物とされたりと武器とは相性がいいんです。
それを混ぜ込むことで超自然的な加護を付与したりするのが、わたしの武器製造の特徴ともいえます。
もちろん魔法触媒作用で結合強化してます。だから不純物がまざった鍛鉄とはいえ、通常の武器より摩耗も損壊も少ないはずです。
でも、だからこそ、それこそがわたしの武器にかけられた呪いとなりえるのです。
大きく深呼吸をして、木陰からゆっくりとドワーフ戦士たちのほうへと歩き出しました。
「ちょ、ちょっと!
どうする気だ!」
慌ててシュフォラスも飛び出してきました。
向うもそれに気づき、とたんに騒然とします。でも、おそらくわたしの手にした石が魔法触媒と警戒しているのでしょう。遠巻きに武器を構えるばかりです。
魔法の触媒なことは正解。残念ながら、攻撃魔法ではないですが。
「これがわたしなりのけじめです。」
どんどん仲間が増えていきます。もう何十人いるでしょう。そろってわたしの造った武器を携えてます。一人くらい彼らのオリジナルだったりがあるかとも考えたのですが、それもないようです。
「こりゃ、私でもさばききれないよ。
どうすんの?」
「シュフォラスさんの持ってるクロスボウのほうは、わたしの造ったやつじゃなかったですよね?」
いちおう確認します。首を傾げながらも肯定の返事がもらえました。
こないだ造ったばかりの彼のショートソードを無言で奪いとりました。また、ドワーフさんらがざわめきだしました。
うん。
我ながらいい出来だと思います。今の自分ででき得る最大限の知識と技術で鍛え上げた力作だと自賛できます。
「もしかしたらフルボッコされるかもしれません。
そのときは人生あきらめてください。」
「お、おいっ!」
シュフォラスの悲鳴はムシしました。
結論。
鉄と鉱石を不自然的に結合させた際に使用した黒曜石の、触媒効果と結合魔法を解除する。すると…
「な、なんだ!」
あ、ドワーフさんの声が初めてヒトの声に聞こえました。
ヒトって相手に敵意を持ってると、ヒトの声を理解しなくなるみたいです。すでにドワーフさんを敵とみなしていない、っていうか、みなすことができなくなったわたしとって、彼らはヒューマン族の身勝手さに犠牲となったヒトビトです。
死んでいった方々には申し訳ないのですが、彼らも被害者です。
ヒューマン族およびわたしの武器の。
「壊れてく。」
今度はシュフォラスの呟きでした。すごく遠くに聞こえるのは耳がおかしくなったのでしょうかねぇ。
ドワーフ戦士たちがもっていた武器、斧も剣もボロボロと崩れていきます。刃こぼれした、数百年前の遺跡から発掘されたんじゃないかって疑ってしまうほどのボロボロ具合です。
「なんで?」
「媒介連鎖させました。」
わたしがシュフォラスのために造ったショートソードは粉々に砕けていきます。同時に、わたしの手のひらの黒曜石を媒介として、周囲の武器の魔法結合も解除したんです。
初めて使った鉱物魔法ですので、影響範囲等々こまかなことまではわかりませんけど、とにかくドワーフさんたちの武器も使い物にならなくなりました。
どんなに鍛鉄しなおそうが、純度百パーセントにすることは不可能です。あれらを武器として使用するのは武器の生成知識のない種族だけでしょう。なんだかんだで、形を保ってるだけすごいことです。悔しいですが。
「さよなら。」
わたしの小さな呟き。
わたしの手の中で小剣は柄だけとなりました。
初めて刻んだ剣柄の家紋だけがキラキラしてました。