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輝石と双眸  作者: kim
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紅玉髄

  紅玉髄


 次の週、祝日休日の連休だったので、マスクレス市まで足をのばしてエスさんを訪ねました。

「連絡くれればこっちから出向いたんだが。

 わざわざ足労かけて悪かったね。」

「いえ。

 あ、えっと、納品と発注もあったので、ついでにやっとこうと考えてましたので。

 まったくもって足労じゃありません。」


 それはホントです。外の馬車に乗っけてきた木箱の中には、ぎっしりとお守りが詰まってます。

 現在の自分では武器が造れないんで、小金稼ぎに準備した紅玉髄の首飾りをマスクレス市の店で売ろうと準備したものです。


「エスさんも使いますか?

 カーネリアンの首飾りです。邪眼の呪いをはねかえしてくれます。

 赤ってたいていテンション上げる色なんですけど、この赤色の宝石は気持ちを落ち着かせてくれるんですよ。

 あ、でも、エスさんはもうネックレスしてましたね。忘れてました。」

 ムダにテンション高くまくしたてました。


 いろいろと気分が落ちそうだったのです。

 ってか、赤色の宝石が気持ち落ち着けるなんて眉唾モンじゃないですか。証拠に、わたしの心臓は高鳴るばかりです。

 リアクションが怖い。


「そうか。

 じゃあ、せっかくだ。一つ…いや二つもらおうか。」

 二つ…お母さんにじゃないですよね、きっと。

「ありがとうございます。」

 目の前にある期待と不安の入り混じった顔がとても悲しく思えました。

 その顔を笑顔にすることがわたしにできるのか、よけいに落胆してしまわぬかが心配になります。

 エスさんは渡された紅玉石を手のひらで弄びつつ、わたしの次の言葉を待っています。

 ここまで来ていながら、いまだに話す覚悟ができていないわたしを気遣ってくれているようです。


 彼の手のひらにある宝石はまるで小さな心臓のようでした。半透明な紅色は血を思わせます。幾筋か表面を走る黒い線は血管を想像させます。

 血の絆ってなんなんでしょう。ホントに一生切ることのできない縁なんでしょうか。

 血がつながっていないはずの妹を想うエスさん。

 実の息子の言葉を信じることのできない母親。

 しょせん血脈なんて絶対のつながりじゃないんです。


 覚悟を決めます。


「チェンジリングって知ってますか?」

 わたしは単刀直入に尋ねました。

 彼は首を傾げてます。先生が言っていたとおり、一般のヒトビトには伏せられた事件のようです。

「すいません。

 ぎ、偽名を名のられているので、あまりプライベートに踏み込まないつもりだったんですけど。

 おそらくそこを確かめないと今後の対応に差し支えると判断して伺いました。」

 極力営業口調でいっきに話します。

 そうしないと感情が乱されて、余計なことまで口走りそうでした。


 うん。

 営業に徹すれば流暢に話せます。


 しっかりと見据えたエスさんは、偽名等プライベート云々についてわたしを責めることもしませんでしたが、説明もしてくれませんでした。

 ただ、黙ってうなずいてくれました。

「まだ想像の域をでませんが、妹さんは妖精族の手によってヒューマン族以外の種族の子供と取り換えられた可能性があります。なので、それを証明することがまず必要となってきます。あくまで取り替えられたのであって、殺害されたわけではないことは九割がた確かです。」

「なんで…」

 エスさんは怒りに言葉を詰まらせました。


 そりゃあそうですよね。

 なんでエスさんの妹さんが対象として選ばれなければならなかったのか。なんで妖精族がそんなことをするのか。

 いろんな疑問が浮上します。


「わかりません。」

 力なく首を横にふりました。

「わたしが今、説明できるのはここまでです。

 だからこそエスさんのとこを訪問させていただきました。

 過去の文献も少なくて、あまりに情報がなさすぎんので、藁にもすがる思いってやつです。」

 正直に伝えました。

「教えてください。

 なぜ、母親殺害って手段を選ぶのですか?」


 力が及ばぬことを恥じる気持ちはありました。

 でも、そんなチャチなプライドよりも大事なのは、お客さまのために最大限力を尽くすこと。

 そう考えなおしたんです。


「わかったよ。」

 真摯な思いは通じたようです。

「私は中流貴族の出自だ。

 本名はエメルド・ソードムス。王国騎士団の師団長を拝命している。」

 躊躇いながらも、エスさんは話し始めました。前回の話と重複する部分はあるけど、とのことでした。


 

 かいつまんで要点だけまとめると、こういうことでした。


 ソードムス家はマスクレス市を代表する家柄です。とはいえ、市内では中の上レベルの家柄だったそうです。

 父親も騎士だったけど、一個師団をさらに小さなチームに分けたときのリーダークラス。そんな発言権も権威もない家柄でした。

 彼の父親の死を境に周囲を取り巻く状況が一変します。夫を亡くした彼の母親が、マスクレス市王国騎士団に見初められたんだそうです。

 母親は愛妾として王宮に迎えられ、騎士団の中堅だったエスも一気に師団長クラスまで昇進しました。

 周囲のやっかみはひどいものだったでしょう。

 でも、それはたいした問題ではなかったとのこと。問題は王とエスの母親との間に産まれた子供のことでした。

 名はフレアライ。

 瞳が青白く燃える炎に見えたからです。

 正妻ではないし、子供は女児だったから、大々的には国をあげての祭りが催されることはありませんでした。それでも彼女の誕生は皆に祝福されました。

 それから三年。

 フレアライさんは何の病気もなく元気に育ちました。聡明で、感情のムラがなく、とても優しい子だったそうです。

 そんなある日、お付の乳母があることに気がつきました。

「あら、変な歯ね。」

 容姿も将来を期待させるものをもっていました。周囲の子供たちとなんら変わりがないように思えました。でもそれは、長く伸びた犬歯を除けばの話。



「だが、私がいちばん初めに気づいていたんだ。」

 エスは苦しげに言いました。

「あれはあの子が一歳になったばかりの夏だった。」


 フレアさん、そう呼ばれていたらしいのでわたしもそう呼ばせていただきますが、はエスさんにだけは気を許していたそうです。

 仕事上がりや休日のお守りは主として彼の役目だったから当然でしょう。



 そんなある日。

 よく晴れた日曜日。いつもみたいに二人仲良く散歩に出かけました。

 突然、兄妹を賊が襲います。二人が王族の関係者と知ってのことなのは明白です。綿密に計画を立てた上での犯行だったのでしょう。あまりに手際がよく、フレアさんはもちろん、騎士団長であるエスさんですら抵抗の余地はなかったのだそうです。



「なのにだぞ!」

 語るエスさんの口調が荒くなります。

「必死にもがいていたら、押さえていた力が急に軽くなって。うつぶせに組み伏せられてたから、はっきりとは視れずに。

 横向いた目の前にボタボタと生暖かな液体が垂れてきた…」

 わたしは悲鳴を飲み込みました。それだけ彼の表情が苦しげで、わたしもその場にいる気がして。

「全体重をかけて倒れこんできた体を押しのけて妹を探した。

 その瞳に映った風景は、怯えた幼子の顔でも下卑た賊らの顔でもなかった。

 ニヤニヤと口元を歪ませた少女と、苦悶の表情すら見分けることができないくらいに黒焦げになった賊の姿、それから賊であったと思われる白灰の塊だった。黒焦げの賊は青白い炎に包まれていた。」


 涙が出そうになります。

 かわいがっていた妹さんが凶悪な化け物と化した瞬間。

 これがヒロイックファンタジーかなにかだったら、「少女の中の勇者の血が目覚めた」瞬間とも言えるのかもしれません。

 でも、残念ながらこの世の中、勇者と化け物なんて紙一重。異能の力はとうぜんのこと、ちょっと一般人から外れた能力を有してるだけで、たいてい叩かれます。

 エスさんの脳裏を廻ったのはどんな感情、思考だったのでしょう。


「彼女の瞳のようだった。」

 エスさんはそう締めくくりました。

 青白い炎のことを指してるんだと思われます。瞳の色と、賊を殺害した炎の色がおんなじ色だったんだと。

 青い瞳でなく、青白い瞳はわたしも見たことありません。


「本当にフレアさんがやったんですか?」

 ここまで聞いといてなんですけど、信じられないです。もちろんやたら長い犬歯だの、青白い瞳ってとこは違和感を覚えますけど。

 いえ。信じたくないんです。

「それが魔的存在で現世のヒトビトに害を与えるんでしたら、そのタイミングである必要はないですよね。

 だったら、自分自身にふりかかる、もしくはお兄さんの身を案じて最後の手段に出たという可能性は捨てきれないですよね。」

 エスさんの語りを聞きながら、ふと考えを改めます。

「うーん…どっちかと言えば、お兄さんを守るために仕方なくってのが妥当な線だとおもいます。

 うん。

 ぜったいそうです。

 仮にわたしが強い魔力を持っていて、かつ兄がいたならば、同じことをしたと思いますし…

 いえ、あまりに想像と現実がかけ離れていて実感できませんが…」


 なんとか言葉を尽くしますけど、伝わりますでしょうか。


「だいじょうぶ。わかってる。きっとそうなんだろう。」

 穏やかな声。

 ぽん。

 頭に大きな手のひらがのせられました。

「スパイアは優しいな。」

 そう言ってくれましたが、表情は悲しげでした。




「殺したいのは母親だ。」

 いつぞやのエスさんのセリフを繰り返しました。

 口にしてしまって、慌てて周囲を確認してしまいます。


 ここはサモル市の市立図書館です。

 たしかにセリフは不穏なものですが、だれが聞いているわけでもありません。

 それでも壁に耳あり、です。


 ましてやエスさんにとって、マスクレス市の街中ではけっして口には出せない言葉だったのでしょう。

 少なくとも王国騎士なら誰もが許されない言葉。たとえ彼の母親であったとしても、今は市を代表する騎士団長の愛妾なんだから国家反逆罪に当たります。

 ある意味、治外法権なシュフォラスオーナーの店だったから、彼もようやく声にできたんだと思いました。

 遅まきながら、ようやくエメルド・ソードムス王国騎士師団長の覚悟ってものを理解しました。


「まずいなぁ…」

 わたしが篭る図書館。

 ハバムート先生は来るなりそう呟きました。

「お父さんのとこですか?」

 そんなとこに情報源があるはずもないわたしは不安で先生を見上げました。先生はわたしの調べたノートを読みながら静かにうなずきました。


 個人情報保護だの秘匿権だの気になることは多分にありましたけど、背に腹は変えられません。


「軍団長さんは放置を決め込んだみたい。だけど…」

 人脈がないから外での調査は先生がしてくれています。

 もちろん学校をないがしろにできるわけもないので、だから信頼できる外部の誰かに調査をお願いしたらしいです。


 あぁ、また個人情報保護が…と罪悪感を覚えますが、詮無きこと。


「エスさんとやらの言うとおりだね。

 彼のお母さんが夜な夜な四辻でお祈りしてる姿が目撃されてるって。

 夜中の二時に釘と藁人形をもって歩いてたとか、王国の主神だけでなく古今東西あらゆるお札をかき集めてるとか、真っ赤な石を細かく砕いて薬にしてるとか。噂だけが独り歩きしてんじゃないかってのも聞こえてきてる。

 今んとこ妹さんは塔に幽閉されてるだけらしいけど、実の母親に殺されちゃうのも時間の問題かも。」

 溜息しか出てこないです。


 ひどすぎます。

 閉じ込められてる妹さんも心配ですが、お母さんに対する悪い噂だって集団暴行とおんなじじゃないですか。


 しかも、先生がさらに追い討ちをかけてきます。

「しかもさ、王宮の目を警戒して、軍団長さんは妹さんのことを全部お母さんのせいにして、もう何ヶ月も口を聞いてないんだと。

 ほぼ離縁ってか、絶縁状態。」

「最悪ですね。」

 ヒトが狂う要素はたいてい一つに留まらない。

 複数が積もり積もって、結果その中でいちばん弱いトコ、自分がイヤなモノ、自分以外のナニかに押しつけてだんだんと狂っていく。


 自分なりにスケープゴートを見つけて心が落ち着くかと思えばそうはいかないのが常。

 生贄になったモノゴトを責めるだけ責めて、結局それにとり憑かれていく。

 ナニかのせいにしても絶対に救われないんだ。

 自分も他人も。

 さらに標的となったモノゴトダレカレは自責と他責に苛まれ、確実に壊れていく。


「エスさんも狂っていきますよね?」

「だね。そうなる前に手をうたなきゃね。」

 わたしの頭を撫でる大きな手。

 オトナです。


「そうだ。一つだけ有意義な情報があるよ。

 ホビット族にコネができた。」

「へ?

 それってなんか意味あんですか?」


 ホビット族って妖精界のヒトビトですよね?

 一昔前なら、現世と妖精との関係はかなり親密なものでした。

 でも、今となっては、小さな村ならまだしも、王国に妖精が関わることはほとんどなくなってりるはずです。

 とつぜん話が切り替えられたとしか思えません。有意義なんていうから期待しただけに、不満が募ります。


「おおありさ。

 なにせ名付け親が草妖精らしい。」

 先生が続けた。


 いまいちピンとこないのですが。


「取り替え子って話をしたのは君だろ?

 取り替え子といえば妖精族が関わっていることが多いんだよ。

 そこまでは君も本で読んだでしょ?」

「まぁ、たしかに書いてました。

 あぁ!」

 わたし、反応鈍いです。


 取り替えっ子が妖精族の仕業だ、ってエスさんに説明してたのはわたしじゃないですか。

 妖精族とのコネってのがどんなに重要なことか、ようやく理解できました。 


「でも、どうすればいいんですか?」

 むしろ問題はそっちですね。

 しかも、もう一つ思い出したことがあります。とりあえず先生の話が続いたので、後で提案しましょうか。

「まずあの娘の本当の名前を確かめに行こう。

 名づけた妖精を見つけて、名前を訊けばチェンジリングされた妹さんの居場所がわかるかもしれない。

 もしかしたらそこにいるかもしれないさ。」

 びしりと人差し指を立ててドヤ顔してます。

「ただ、ちょっと立て込んでるみたいで、調査が進んでないみたいなんだ。」

 しゅんとした先生に、今度はわたしが人差し指を突きつけました。

「ホビットさんの知り合いなら、わたしにもいます。」




「シュフォラスオーナー、いますか?」

総支配人室をノックして、アポイントがどうの言ってる秘書のヒトを押しのけて問答無用にでっかいテーブルのほうへと歩み寄りました。

 背もたれがやたらと高い革椅子の向こうから、でっかいため息が聞こえてきました。

「あ、いました。どうもごぶさたです。」


 ここを直接訪れるのは春休み以来。

 マスクレスのルガード武器店の店名にある「ルガード」はあくまで客寄せのための冠で、実際のところ店主はオーナーが現地で雇ったヒトが店を運営しています。

 わたしは武器を発注納品のときだけ連絡をとるのみです。


「こっちの店は畳むのかと思ったよ。」

 皮肉を言われても当然だと思ってました。

 店のバイトさんとはコミュニケーションはとってましたけど、オーナーは全拒否してましたから。

「でも、発注対応はきちんとしてましたよ。

 なにかお客さんからクレームありました?」

 思ってはいたけど、不遜に言い返しました。

「なかった。ってか、なんで上から目線?」

「オーナーがちっちゃいうえに、座ってるからじゃないですか?」

「ほぉ…まぁ、いいさ。

 むしろ不思議がられたよ。質は変わらないけど、なにか作られる武器の雰囲気が変わったって。」


 武器の雰囲気?


 くるりと椅子が回ってわたしの方を向きました。頭半分しか見えないけど。

「あの…なんでヒューマン族サイズのデスクなんですか?」

「この場合の質問はそれじゃないだろ!」

 怒られちゃいました。

「あ、ですね。で、なにが変わったんですか?」

「知らん。」

 まだムツけてんのか。

「まぁ、いいさ。スパイア製の武器は軒並み好評なんだから、今後ともお引き立てのほどをってこと。

 で、たまには声を聞かせろってこと。」

 苦笑まじりに、たぶん心配してくれてたんだろうって感じでオーナーは言ってくれました。

 ヒューマン族の文法的になんか変だけど、ここはツッコまずに。なんか気恥ずかしいけど裏読みせずに。素直に喜んでおきましょう。


「それで?

 こっちとの対話を完全拒否してたスパイアさんが、今日はどんな一念発起したの?」

「オーナーってホント、イジワルですね。イヤミくさいことばっか言ってると奥さんに逃げられますよ。」

「余計なお世話。私にだって予定があるんだ。無理やり押しかけたんだから、それなりの理由があってだろ?」


 そう。

 正しいです。

 春休みに依頼を逃げ出したことへの罪悪感。それから今日訪れた理由への躊躇。のらりくらりと時間だけを費やしていたわたし。


 フンっと下っぱらに気合を込めました。

「フェアリーリングについて教えてください。」

 言った。

 呆気にとられた、で、嫌悪を示された。

 でも、めげるわけにはいきません。

「シュフォラスオーナーがあちら側の世界を嫌ってんのは重々承知です。でも、わたしが頼れるのはオーナーだけです。」

 オーナーは黙って眉をひそめます。嫌悪の色は消えました。

「危険なのも重々承知です。オーナーを巻き込むことも、それによってオーナーがどんだけイヤな思いをするかも、迷惑をかけて申し訳ないなとも思います。

 それでもわたしは行かなければなりません。」

 こんどは憮然とした表情で見つめられました。


 妖精界に還れない妖精族。


 こっちの世界に居ついた妖精族は同族にそう揶揄されているのは知ってます。だから彼が妖精の輪ってのを嫌うのも重々承知です。

 だとしても、わたしにはエスさんの依頼を受けた責任があります。


 ひくことはできないんだ。


 以前のわたしなら、あからさまに挙動不審に目を泳がせたことでしょう。

 だからこそ、その視線をそらさずに受け止めました。逃げたい体を必死に抑えこんで。毎度ながらですが、こっそりと石の力を借りて。

 ちなみに今回はエスさんにもあげた紅玉髄です。邪眼対策がメインではありますが、テンションあげてくれるし、性格改善にも効果ありな鉱石ですから。


「職人としての覚悟?」

 わたしの思惑なんてオーナーにはお見通しでしょう。

 だからこそ、ハッタリで自分を鼓舞しました。

「これが覚悟だというなら。

 …そうですね。他のヒトから見ればちっちゃなことかもしれませんが、わたしの決意表明ではあります。」


 しばしの沈黙のあと、先に相好を崩したのはオーナーでした。

「だから造る武器の雰囲気が変わったって言われたのかな。」

 そんなことを言いながら、トンと椅子から飛び降りました。


 いや、だからなんでヒューマン族サイズの椅子を使ってんのさ。座りにくいじゃん。

 とは口にしません。


「子どもの成長は見てて嬉しいもんだね。」

 トコトコとわたしの真横に歩いてきました。

 見た目だけならそっちのほうが子どものくせに。

 極度の緊張を保ちつつ、わたしはその動向を目だけで追います。

 心中穏やかじゃありません。正直、オーナーの頬に浮かんだ笑みが怖くって。


 実は怒ってんじゃないか。実は嫌われたんじゃないか。

 軽口でも言ってなきゃ、精神が保てないのを察してください。

 思考がグルグルと悪い方へ、悪い方へと巡っていくんです。


「条件がある。」

「ひゃいっ!」

 変な声。オーナーに笑われてしまいました。

「私に武器を作ってほしい。」

「へ?

 私にって…オーナーにですか?」

 初めての依頼内容に、ただただびっくりです。

 ホビット族は狩猟採集を生業にしているから、戦闘自体が苦手ってことはないんでしょうけど、あまりにレアな展開に思考がついてきません。

「輪には案内するよ。ただ、次の円舞はおそらく二週間先だ。それまでに剣を一本。

 できるだろ?」


 どういうこと?

 これまでオーナーから直接の依頼がなかったわけでもないけど、それは知人用ってことでした。

 まぁ、二週間あれば剣の一本くらい打つことは可能ですけど…


「戸惑ってるね。

 こう見えてもね。私もヒトを殺すことがあるんだよ。

 そういう時代で、そういう世界だ。

 報酬だって額からすれば、商売が道楽に感じられるほどだ。」

「つまり請負の暗殺屋さんってことですか?」

 おそるおそる訊き返しました。

「そういうこと。

 条件は軽めのショートソード。斬るより刺すほうを重視してほしいかな。ちなみに相手はフルメイルのドワーフ族がメインとなると思う。」

 ゴクリとつばを飲み込みました。


 眼前にいるのは、ホントにシュフォラスオーナーなのでしょうか。じつはホビット族の皮を剥いで化けたナニカ、もしくは脳をのっとられたシュフォラスさんじゃないでしょうか。

 そんな妄想が浮かんでしまうほどでした。

 まるで別人のような凶悪な光をはなつ瞳から、視線をそらすことができません。


「武器って殺すためのものだろ?」

 いまさらながら自覚させられます。


 武器を作ることを生業にしていながら、ヒトの生死をどっか他人事に見ていた自分自身をハッキリと自覚させられたのは初めてではないでしょうか。

 発注書と納品書でのやりとりの裏では、生死のやりとりが行われている。

 当然なんです。

 きっと周囲の方々は何度もわたしに告げてた事実。こんな単純な事実からわたしは目をそらし続けていたんです。


「わかりました!」

 つい大声になってしまいました。驚いたように目を見開いたオーナーに、今までのわたしだったら絶対に口にしなかったような言葉を伝えました。

「オーナーにお願いします。

 依頼のショートソードを使う際は、わたしも同行させてください。もちろんわたしもきちんと装備を整え、迷惑がかからないようにします。言われても迷惑だと思います。でも、絶対に助けてとは言いません。自分の身は自分で守ります。だから、自分の作製した武器の行く末を見させてください。」

 直立不動。胸を張って、手指の先まで気合を入れて、窓の外を見据えて、宣言しました。ちらりと横目にしたオーナーはあたりまえだけど戸惑っていました。


 しばらくその状態が続き。冷や汗が頬を伝い、ポタリと地面に落ちた音が聞こえたような気がしました。

「了解。」

 変な笑みを浮かべて承諾してくれました。

「二週間後、仕上がりを期待してるよ。」

 優しく微笑んだオーナーに、土下座するくらいの勢いで頭を下げました。



 マスクレス市のバイトさんに事情を話して受注を止めて、実家にも連絡して請負を断って、学校にはハバムート先生経由で工房に籠ることを伝えて。

 あれから二週間。


「ずいぶんと気合入ってるね。」

 フル装備で現れたわたしの肩を、オーナーはポンと叩いて言いました。

 オーナーが依頼したショートソードは一週間で仕上げました。

「軽めのクロム鋼をベースに刺突性に特化した形態にしました。」

 オーナーに手渡しながら剣の特徴を説明しました。


 細めの三角形。刃はついてるけど、一刀に斬れるのは真ん中だけ。剣鍔に近くなれば刃が厚みを増しているから、相手の攻撃の受け専用になる。そして、剣先に近くなるほど斬るには適さず、刺突に特化していること。つまりはショートソードとレイピアをあわせたようなものであること。

 それに〈軽量化〉〈強化〉〈耐魔法〉といった魔法効果を付与して、かつ妖精種山岳系ドワーフ族ってことだったから、鉱物系魔法への耐性を高めたってこと。


「なるほど。」

 オーナーは納品されたショートソードを隅々まで眺めて、ふと視線を止めました。

「これは?」

 想定どおり。

 オーナーの視線は剣柄の部分で静止してました。


 そこには文様が一つ描かれています。これまで一度もそれを描きいれることはなかったものです。

「ル・ガードの紋章です。」

 弱気な自分を懸命に抑えて胸を張りました。

 視線がわたしをまっすぐ見据えます。わたしはそらすことなくそれを受け止めます。

「ふーん。これもスパイアなりの覚悟ってこと?」

 無言で肯きました。


 独りよがりってバカにされるかもしれないけど、形にして目に見えて逃げられない状態にしないと先に進めない。

 弱い。わたしはとても弱い人間だ。

 悔しいけど。

 こればかりは技術云々じゃないから。どんなに姿かたちが精密であったとしても、こればかりは…


「いいね、これ。おしゃれだよ。」

 あえて視点をずらしてくれるやさしさに感涙します。でも、泣いてるヒマはありません。グッと想いがこみ上げてくるのを抑えつけました。


 正しい、間違ってるってことは曖昧なまま。それは今後自分で見つけていけってことなんだと思いました。

「ありがとうございます。」

「私がお礼を言うかどうかは、結果次第。もちろん作成代金は払うけどね。

 じゃあ、行こうか。学校サボってんでしょ?」

 担任の先生には伝わってるはずです。各教科の補習の約束もしてきましたし。


 学術の都と呼ばれるサモル市は、学生という身分が重要視されてます。

 しかし、それは本人の意志が尊重されます。学び、かつ夢や目的に真摯に向き合っている学生には様々な猶予や救護策がなされています。

 だからこそ実家を出たときにこの街を選んだんです。

 ただ、学校選びは失敗したかなとも感じています。普通高校じゃなく、職人専門学校を選べば、クラスで浮かなかったかもって。

 仕事をしながら学業に勤しむ。

 それを全ての学生が認めているわけではないことも知りました。


「わたしの夢は武器の職人になることです。」

 クラスの自己紹介で声高に言って、周りにひかれたのを思い出してしました。数人だけ「おー」って顔してましたけど。


「オーナー、聞いてください。」

「ん?

 なに?」

 笑顔で振り向きます。


「わたしの夢は武器の職人になることです。」


 あえて今、オーナーの前で宣言したのは、そんな失敗を失敗と思いたくないから。

「学校は気にしないでください。春休みとおんなじ失敗は繰り返したくありません。

 でも、できればわたしのテンションが下がってしまう前に出発していただけると助かります。」

 弱気の虫は、いつなんどきでも、すきあらば貪ろうとするから、ホントいやんなる。


「了解。じゃ、明日の朝行くよ。」

 オーナーが大きく肯きました。


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