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輝石と双眸  作者: kim
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黄玉

  黄玉


 

 ハバムート先生が手招く先には禁忌の地がありました。もちろん一般生徒にとってです。きっと先生や図書委員、それから文芸部辺りは足を踏み入れたことがあると思われます。

 そこは閉架図書の入口でした。


 開架図書は、当校に籍をもつ一般の生徒なら誰でも入れます。一週間とか決められた期間、貸し出しもしています。

 しかし、閉架図書は許可制です。持ち出し不可。しかも場所は地下。


 わたしをそんなトコに連れ込んでなにをしでかすつもりなのでしょう。

 わたしを本の虫に食べさせるのでしょうか。

 都市伝説では学問の都サモルの市立図書館と首都の王立図書館には膨大な書物が貯蔵されてて、年に何人か行方不明になると言われています。

 怖いですね。


 いやいや、思考回路をマトモにしなければなりません。

「先生?」

「せっかくだから自分で探すといい。」

 先生は至極マトモなことを提案してくれました。

 ですよね…

「でも、なんでわたしを?」

 生徒はめったなことでは入れません。許可も下りません。

「真面目に調べものをする生徒を応援するのも、先生の役割だろ?

 なんなら市立図書館の閉架にも入れてあげようか?」

 遠慮します。そんな魔窟に入る勇気はありません。

 なぜならそんなに本が好きなわけではないんで。

 口にはしてないつもりなんですが、先生の表情が若干曇りました。


「うーん…そんなもんですか?

 なんだかしっくりこないのですが…」

 喜んで閉架に連れ込む先生なんて初めて会いました。

 なによりハバムート先生はわたしの担任ではありません。歴史学も専攻してませんのであまり接点はなかったはずです。

 先生なんだから生徒の名前を知っててもおかしくはないのですが、いくら探しものをしてるのがバレバレの行動していても、わざわざ声をかけてくる理由があるのでしょうか。


「キミはル・ガード家なんだろ?

 こないだ『英雄伝説』という本を読んだんだ。そしたらがぜん興味が湧いてね。きっかけを探してた。」

 やっぱり言動が先生って職業には思えません。

「変な先生ですね。

 ついでにとっても失礼です。」

 所詮、わたしへの興味なんてそんなもんです。

 知るヒトぞ知る名家の出自であるってことだけが、わたしのアイデンティティなんです。

 べつに先生相手にアピールしたいわけでもないんだけど、それでもやっぱりむなしくなる。

 わたしだってわたし個人で評価されたいんです。個人の存在意義か曖昧なのは、やはり不安です。

 家という後ろ盾で威張りちらすことができるヒトをときどき羨みます。


「まぁ、それだけじゃないけどね。

 とにかく閉架に降りてみよう。」

 わたしの腕をとり、さっさと歩き始めます。

 ふりほどけないのは戸惑ってるからです。もちろん先生の奇怪な言動にもですが、それよりも先生の手のひらがじっとりと汗ばんでたからです。

 暑いからではありません。

 気温は高めですが、書物の管理のため空調がしっかり働いています。

 つまりこれは緊張の汗です。

 軽い口調は緊張を隠すためなのでは、と自意識過剰な疑念をもってしまいました。そう考えたら、このまま流されてもいいかな、と思いました。

「いやいやいや…

 情報収集のためです。けっして…」

 独り言を呟くわたしを先生が不思議そうに見つめます。

 わたしは慌てて口をつぐんでそっぽを向きます。


「一つ警告。

 閉架の中ではけっして目的と自分自身を見失わないこと。」

 先生が言いました。


 自分自身を見失わないこと?

 なぜでしょ?


 理由はさておき一気に不安に襲われました。だってアイデンティティが確立していないことを、つい先ほども嘆いたばかりなんですから。

「わかりやすい顔するなぁ。」

「ほっといてください。

 やっぱ先生は失礼です。無神経です。」

 怖いんです。不安なんです。

 悪いですか。


 今にも泣きわめきたくなる感情を必死に抑えていたら、先生は背広の合わせから何かとりだしました。

「…タイピンですか?」

 手のひらには、ネクタイがずれないようにシャツに止めておくピンがのってました。

 だから、なに?

 わたしは首を傾げます。

「女の子用の飾り物は持ってないからね。」

 そりゃまぁ、そうでしょう。

「いや、ですからこれをどうしろと?」

「あれ?

 鉱石にも詳しくなかった?」

 そう言われて、あらためてタイピンを凝視しました。たしかに、鈍い黄色もしくは金色に輝く石がついていました。

「…黄玉ですね。」

「正解。

 トパーズの効能は?」

「自他の妬みとか抑圧とか恐怖とか負の感情の除去。もしくは自己防衛。リュウマチや関節炎の軽減。」

 こんなときだけは、すらすらと言葉が出てきます。小さな拍手に胸を張っていいのか、かしこまっていいのか戸惑います。

「気休めていどにしかならないかな。」

 わたしの制服の胸ポケットにパチン。あまりに自然なしぐさだったので、悲鳴すらあげるヒマがありませんでした。

「さあ、これで準備万端。」

 って、乙女の胸元はスルーですか。


 わたしと先生は一歩ずつ階段を降りました。

 階段を降りきったところには「無断立ち入りを禁じる」と書かれた両開きの扉がありました。わたしの背丈の二倍はあるような黒檀でできた扉です。

 先生は扉に手をかざし、ゆっくりと押しました。

 なにか呪文みたいなのを呟いていたので、おそらく魔法的な何かが必要な扉だと思われます。

 扉をくぐると石壁に囲まれた廊下に出ます。地下に降りる階段をきたのだから当然なのですが、明り取りの天窓や外気と換気するための空気坑も見当たりません。

 まるで牢獄。

 つきあたりの壁が見通せないのはそれだけ長いのか、それとも薄暗いからなのか。


 視界が歪み、偏頭痛がします。

 両側に等間隔に並んでるランプと扉もなんだかいわれのない不安を誘います。等間隔のランプでできた影が伸びて縮んでを繰り返してます。

 それがなかなかもって不気味で思わず先生の腕にしがみついてしまってました。

 扉の向こう側からは僅かにヒトの気配がします。


「なにせ、あなたのように危険な仕事を持ってくるヒトが多いものでね。ここだったら音も洩れないし、秘密厳守にはもってこいさ。」

「熱帯魚の呪いってヤツ。毒々しいくらいにカラフルだろ?

 ほら、こっちなんてあんたの言う貴族様みたいにきらびやかじゃないか。発動条件は誰にも知られないこと。そして、充分に愛玩することだ。」

「あたし、先生のことが大好きなんです。本気なんです。みんなにバレっていいんです。

 立場が?

 だいじょうぶです。ぜったいヒトには話しません。」


 いやいやいや…音洩れてますって。


 おそらく外部に持ち出せない閉架図書のための読書室なんでしょうけど、個室ってこともあり、よからぬ会談が催されているようです。

 悲喜こもごもと言いますか、なにやら不穏な空気が満ち満ちてます。

 でも、先生は平然と前だけを見て歩き続けてます。しかたないのでわたしも足を進めました。

 正直、一般人が入るべき場所ではない気がします。

 何が、といわれると表現しづらいのですが、とっても不快というか危険というか、得体の知れないモノが存在しているように感じるのです。


「ここに並んでるのは本当に本なんですか?」

 わたしの脳裏に浮かぶ光景は、本に喰われるわたしの姿です。

 本っていうか、記憶とか記録とか、そこにまとわりつく感情の渦というか。そんなのが圧倒的な力となって襲ってくる感じです。

 でなければ、古書の毒に犯されてのた打ち回るわたしの姿です。

 ちなみに古書の毒と言うのはある昔のミステリに出てきた表現をパクリました。

 そんなことを想像させるくらい不気味な場所でした。


 ためしにメガネをとってみました。

 これの持ってるいろんな察知能力がわたしを混乱させてるのではないかと疑ったからです。

 胸ポッケにメガネをひっかけるついでに、黄玉つきのタイピンも握ってみました。

 でも、ぜんぜんダメ。

 むしろ余計に不安は募るばかりです。黄玉はホントに気休めだったみたい。

「なるほどね。そういう瞳をもっているヒトなんだね。」

 怯えて俯いたまま裾をちんまりとつまんで後ろをついてくわたしに、先生はそう言いました。


 そういう瞳?


「スパイアは周りの力がいろんなモノを見せてると思ってるんだろうけど、それは違うよ。

 視てるのはキミ自身だ。

 ヒトより感度がいい。その程度かもしれないけど、本人には負担だろうね。」

 心配して言ってくれてる。そんな口調ではありません。

 珍妙な女の子を不躾に眺めています。女としての価値を値踏みするような野卑なものではなく、ヒトを数値として値踏みするような瞳です。

 どっかで見たことあると思ったら、鏡の中の自分だと気づきました。


「変な顔してどうしたの?」

 先生はわたしの気持ちに気づいてはくれません。さもすばらしいモノに出会えたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべてました。

 諦めてメガネをかけ直しました。

 景色が変わっても、感情はまったくもって変化なし。わたしはとっても悲しくて、こんなにも不安です。


「ここだよ。」

 眼の前にはどこにでもあるような両開きの扉がありました。鉄枠で補強された木製のものでした。もっとゴテゴテと装飾されたものを想像してたので一瞬呆けてしまいました。

「変な顔してどうしたの?」

 さっきと同じ質問でした。

「もしかしてガーゴイルの石像が両脇にあるような、で、無理やり開こうとすると石化が解けて襲い掛かってくるような、そんな入口を想像してた?」

 先生はニコニコしてます。

「バカにしてんですか。」

 ちょっとムッとしました。

 でも、どうしてでしょう。押しつぶさんばかりの負の感情は霧散してました。黄玉のおかげではありません。


 わたしは一つ学びます。魔法学の授業では教えてもらえなかったはずです。

 笑顔と軽口の魔法。

 皮肉八割の独り言を先生に投げつけました。


「だからと言って油断はしないでね。

 ここに入ったら、自分自身と目的を絶対見失わないこと。見失ったら最後、永遠の迷子だからね。ボクでも捜せないからね。」

 何度も念を押してきました。

「なんで…ですか?」

「ここにあるのは膨大な記憶の迷宮だから。

 現世、異界、別次元、別空間、過去、現在、未来全ての記憶に比べれば瑣末なものだけど、それでも自分を見失うには充分巨大な情報量なんだ。

 キミは自分の記憶がホントに自分のものだと自信を持って言える?

 自分の存在を疑ってない?

 目的を見失ったら、進むべき先も今までの道程すら見失うよ。」

 危険予知と警告なのは理解しました。冷静な自分は、ですが。


 あれです。

 頭上で天使と悪魔が言い合いして、どっちに傾くか。そんなマンガのシーンを思いだします。戦っているのは、強気と弱気。自己責任と責任転嫁。闘うことと逃げ出すこと。

 勝者は後者。


「だったらなんでこんなとこに連れてきたんですか?

 もし先生自身がわたしの知りたい事柄を知っているなら、ただ教えてくれればいいじゃないですか?」

 ヤツアタリとわかっていながら、わたしは先生を睨みつけました。

「何かを知る覚悟。それが深ければ深いほど覚悟を持って望まなければならない。

 ボクはそう思うけどね。」


 どうしよう。わたしはわたしが確立していない。


 自覚してます。こんなにもフラフラしている小さな存在が、ヒトの命運を決定する権利や義務を有していると言えるのでしょうか。

「キミはそういう存在だろ?」

 試されているみたいです。

「先生…」

「なんだい?」

やっぱり微笑んでます。ヤツアタリされても崩れない笑顔。

 最終手段を目論みました。


 笑顔を信じたいですが、その表情を保つのは先生でもムリでしょう。いえいえ、先生と言う立場だからこそムリでしょうね。


 ダメもと。躊躇いがちに言ってみました。

「手をつないでください。」

 今度の笑みは嘲りでしょうか。それとも優越感でしょうか。いずれにせよ優しいものではないのでしょう。

 こんなに弱いニンゲンがこんなところに入るべきではないのです。強いニンゲンしか入れない場所でしか入手できない知識に手を伸ばしたわたしが愚かだったんです。

 エスさん、ごめんなさい。

 なんとか他の方法を探します。お気に召すような仕上がりはけっして望めませんが、それが武器職人スパイア・ル・ガードの実力だと諦めてください。


 グルグルグルグル。


 自虐的な感情が巡ります。


「いいよ。おいで。」

 あれ?

 わたしは首をかしげて、先生を見上げました。矛盾した表現ですが、異常なくらい普通でした。

 先生の笑顔はあいかわらず悪意が見られないのです。

「あまり女子学生に触れるなんてことがないから恥ずかしいけど、それでスパイアが自分を保てるっていうなら手を貸すよ。」


「なんで?」

 弱小生物が!

 って罵られる覚悟しかありませんでしたよ。

「スパイアはまだコドモ。ボク、オトナ。だったら、導くのはボク。」

 なんで片言なんですか。

「なんでも独りでできるなら、なんでも独りで解決できるなら、学校なんて来なくていいさ。

 独りじゃまだ不安なコドモだから、ここにいるんだろ?

 だったら、先生であるボクがキミを導くよ。キミがきちんと考えて、悩んで選んだことなんだから。」

 と先生はやっぱり満面の笑みで言いました。


「悩んでもいいんですか?」

「ダメな理由がわからない。ボクだって悩むし。

 ただ、悩んでる時間がないからね、オトナは。」

 初めて笑みが崩れました。

 でも、それは自嘲ってヤツです。

「キミには悩む時間がまだたっぷりある。

 悩め。悩め。存分に悩みな。悩むなんてことができるのは学生の特権だよ。」


 悩め…


 それはわたしがこれから歩む道やヒトを殺すための道具を作ること、エスさんの人生や学校での身の振り方、そんな全部をひっくるめて許してくれる免罪符に思えました。


 わたしはゆっくりと手を伸ばしました。

 先生はその手をふんわりと包み込んでくれました。

 ちょっとカサカサしてます。きっと本ばっかり読んでるから、皮脂や体内水分が紙に吸収されてしまうのでしょう。職業病です。しかも、骨ばってます。こんなナヨナヨしたヒトでも男性なんだと感じます。

 初めてヒトのぬくもりを実感しました。



 両開きの扉を開けるとそこは本の森でした。森以上に乱雑でした。

 書棚はきちんとジャンル別けされているのは頭の中で理解できますが、印象は幾つもの積雲が浮かぶ空みたいです。

 地平線の彼方まで続く大草原の空。

 それが整然と立ち並ぶ本棚ならば、追いかけても追いかけてもたどり着けない雲です。掴んでもすぐに消えてしまうような雲。膨大な情報の欠片がポツリポツリと存在するのでしょう。


「ここはまだオリジナルも少ないから、実を言えば、自分を見失うまではいかないと思うし、目的の情報だって自力で探し出すこともできると思うんだけどね。

 あれだけ脅しをかけてなんだけど。」

 酷いです。だますなんて最低です。

 そうムツけながらも先生の手は離しませんでした。離せませんでした。

「棚くらいは教えるよ。」

「いえ。自分で探します。」

 と言いながらも、手が離せません。

 先生が苦笑してます。わたしは恥ずかしくてまたうつむきました。


 ポンと逆の手のひらでわたしの髪を撫でてくれました。

 なんだか元気でます。ウソでも伝えようかと思いました。

 なのに

「苦労してんだね。

 髪もパサパサだし、肌もボロボロ。

 世の女の子がきれいに着飾って、保水がどうのとか、メイクがどうのってはしゃいでるのにキミは…」

「どうせ可愛いオンナのコなんかなれません!

 どうせオンナでもないんです!」

 さすがにぶち切れた。

「笑顔でバカにするなんていくらなんでも酷いです。酷すぎます。」


「キミは立派な職人だ。」

 わたしの怒りは無視されました。

 無視するどころか、なんで怒ってんのって顔してます。

「先生って無神経です…」

「え?

 ヒトとして尊敬できるね。っていうのは無神経?」


 無神経です。


「オンナであることで評価されたいんなら、たしかに無神経なこと言ったかなぁ…

 性差別と性コンプレックスは表裏一体。なんてね。」


 意味わかんないです。


「性別で評価するなって騒いでるヒトが一番性別にこだわってんだもの。

 まぁ、ボクにはどうでもいいことだけど。

 ボクは単純にそのヒトのがんばってるのを評価したいんだけどな。でなきゃ、こんなとこに連れ込んだりしないよ。」

 連れ込むって表現は誤解されますよ。セクハラだの、性差別だのって騒ぎ立てるつもりはありませんけど、なんでか頬が火照ります。


 ボソボソと支離滅裂な言葉を呟いてしまいます。

 なんとも自己主張できないです。正確に言えば自己主張した後に「言わなきゃ、よかった」ってグルグルと後悔をし続けるんです。


 言えばよかった。

 言わなきゃよかった。

 伝えるべきだ。

 黙っとくべきだ。

 リアクションが必要か。

 スルーしとこうか。


「行きましょう。」

 それを言うのがやっとでした。

 先生を嫌悪しているわけではありません。自己表現が苦手なだけです。

 それだけは伝えておくべきだと思いました。だから、先生が遠慮がちにひいた腕を自分のほうへと引っ張りました。

 先生は一瞬驚いてました。

 でも、すぐに大きく頷くと、情報の森へと歩き出しました。


 右に曲がって立ち止まり、本棚に貼り付けられたジャンル名を確認して、一番手前の本の背表紙のラベルを確認して、さらに進んで左に折れて、また同様の確認動作を続けます。

 どのくらい歩いたでしょうか。

 それなりに目標を定めて帰り道を想像してましたが、すでに自分がどこにいるかわかりません。入口の方向すら見失いました。


「この辺だったら見つかると思う。」

 一つの棚の前で止まりました。

「大分類は民俗学。小分類は妖精界。

 普段は研究対象にもならないから、奥地に追いやられたジャンルなんだよね、ここって。」

 確かに先生がボヤいたとおりでした。

 きちんと管理はされているので、ボロボロで読めないってことはなさそうですが、明らかにヒトの手が触れていない感じがします。

 言うなら、新刊が読まれないまま本棚に飾られていたって感じです。


「ボクはこの辺適当に彷徨ってるから、あと声かけて。いないからってムリに捜さないでね。

 あと、目的の本が見つからなかったときも、必ず自分では探し回らないこと。

 約束だよ。」

 先生はそう念押ししてどっかに行っちゃいました。


 わたしは少しだけ不安を感じながらも棚を眺めました。

「これかなぁ…」

 一冊手にとります。書名は『修羅界と妖精界の事件簿』です。

 計六冊組。ちょっとうんざりしました。


 わたしたちの世界は修羅界と表現されると知ったのはつい最近のことです。異界の知り合いがいなければけっして知らなかったでしょう。


 覚悟を決めて目次を斜め読み。さいわい五十音順でした。だったらちょうど三冊目くらいでしょう。

「あ、あった。」

 まんま、取り替え子について書かれていました。過去に起こった事件が五件ほど新聞記事のように書かれてました。




  XXX年 XXX国XXX市XXX家XXX


  チェンジリングによる事件が発生する。

  XXX家は妖精種XXX族に交渉し、実子XXXをとり戻す。




「これだけ?」

 こんなのが五件分書かれてるだけです。途中途中に空白があるのも気になります。

「伏字なのは閲覧制限がかかってるからです。」

 急に背後に立たないでください。びっくりするじゃないですか。横目で背後を睨みつけて…

「ダレですか!」

 もう一度ガン見してあとづさってしまいました。したたかに書棚に背中をぶつけてしまい、思わず呻き声がもれます。

 一度ギュッと目を瞑って、再確認します。しかし、わたしが知ってる人物に戻ることはありません。

 シルクハットと片眼鏡と黒のタキシード。

 そんなファッションセンスの知り合いはわたしにはいません。


「制限解除の際はログインしてください。」

 わたしの感情は完全無視で、淡々と離し続けてます。

「語句検索が必要な場合は参考文献を表示します。」

「履歴を参照する場合はツールバーからお選びください。」

「言語はロムール語で表記されています。」

「異界の言語に変換したい場合は〈通訳〉もしくは〈言語変換〉の魔法を一時的に解除してください。」

 意味わかりません。でも、少なくとも敵意がないことは理解できました。

「購読の準備ができましたら全文を表示します。」

「準備できてません。」

 慌てて訴えたら、シルクハット男の話が止まりました。

「では繰り返します。」

「いや、繰り返されてもわかんないし。」

 反射的にツッコミ入れてしまいましたが、とうぜんのことながらリアクションはありません。

 しかたがないので、そのまましゃべらせておくことにしました。


 二回ほどループしたのち、ようやく先生が戻ってきました。

「なんですか、これ?」

 先生に確認します。

 先生はシルクハットの紳士を横目にスルー。わたしの目の前に本を数冊差し出してきました。

「えっと…」

「あぁ、ちょっとジャンル違いなところを探してたんだ。」

 どうやったのかはわかりませんが、とりあえず紳士を黙らせました。

 ここにこれ(彼?)がいる理由や特別な操作方法があるのでしょう。

 いずれにしても、今は関係ないし、わたしの理解力が追いつくとも思えないので、訊くだけムダということです。


「ジャンル違いと言いますと?」

 受け取りつつ書名を確かめました。表紙には『ほんとうにあなたのお子さんですか?』って書かれてます。

 あまり食指が伸びるような題名ではありません。ぜったいにイヤになるようなことがつづってある予感がしました。

「育児のコーナーに置いてる本なんだ。つまりは子育てのハウツー本ってやつ。」


 的中。

 我が子を疑うなんて、どこの親だってしたくないでしょうに。そんなのがまかり通っちゃう世の中なんですね。


「さすがに事例が少ないからね。

 いや、正確にいえばたいていは隠匿されちゃうから、親の告白本が希少なんだ。」

 先生はわたしの気持ちそっちのけで自慢げに話し続けます。

 それを無視して目次に目を通しました。


 父親の判別方法とか、養子縁組がどうとか、ホムンクルスの作成方法とか。ぜったいに育児と認めたくない単語の羅列の、その最後のほうにチェンジリングって単語を見つけました。




 取り替え子 (チェンジリング)

 ヒューマン族の子どもがひそかに連れ去られ、その子のかわりに置き去りにされる妖精族の子どものこと。

 動機は不明。過去に起こった取り替え子の例では、召使にされたとか、実の子のように可愛がられたとか、虐待されたといった話が聞かれる。

 予防策はないものとみなしていいだろう。以前は、ゆりかごの中に刃物を忍ばせるといった方法が取られたのだが、効果は期待できない。

 本当の子どもを取り返す方法もいくつか報告例がある。たとえば取り替え子を冷酷に扱えば取り返せると言われている。しかし、それは現実的ではない。どんな子どもであろうが、親の手で虐待することは罪だ。また、家族の食事を卵の殻の中で調理するといったものがある。しかし、それも眉唾物だ。

 取り替え子に対し効果的な手段は見つけられていないのが現状である。




 なんでそんなことしちゃうんでしょ…

 妖精族にだってきっとやんごとなき事由は存在するのでしょうが、ヒューマン族の社会生活の中で、生まれたときから否定されるコドモが幸せなわけがありません。

 まだ独りぼっちのほうがマシです。

 わたしだって両親の顔を知りませんけど、少なくとも生まれたことを否定はされませんでしたし、工房のヒトたちがとっても優しかったから不幸とは思ってません。


「どぉ?」

「胸糞悪いです。」

 先生の問いかけの意図がそこにはないだろうことは理解してます。でも、感情が追いつきそうにありません。

「妖精族は不幸なコドモをつくって、いったいなにがしたいんですか?」

 抑えがちに怒りをぶちまけるわたしを、先生はびっくりしたように見つめてきました。


「エスさんはあんなに悩んでるのに。

 きっとお母さんだって、妹さんを嫌いたくはなかったはずです。

 なのに…」

 とつぜん泣きだしたわたしに対し、先生はオロオロするばかりでした。



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