珪孔雀石
珪孔雀石
わたしは今、猛烈に落ちこんでます。
なぜならお客様を放り投げるように逃げ帰ってきたからです。
そもそもオーナーだってどうかと思います。わたしのことを理解してくれているからこそ契約し続けてくれてるんだと思ってましたし、そもそも契約違反です。
「ヒトのせいにする自分もキライ。」
結局、落ち込みます。堂々巡りです。
ごろりと工房の冷たい床に寝転んだら、耳元でカチャリと音がしました。胸元から首飾りが石床に零れ落ちた音でした。
青緑色の半透明な石、珪孔雀石もしくはクリソコラと呼ばれる鉱石がぶら下がった首飾りです。漠然とした不安に必死にもがくわたしのために、シュフォラスオーナーがくれたものです。
先の見えない不安、ヒトのいうことにいちいち反抗する自我、周囲の目に怯える日常。あまりに不安定な十四歳にオーナーがくれました。
「シュフォラスさん、ごめんなさい。
あれから三年も経ったのにわたしはなんにも変ってません。」
いつもとおんなじ独り言。
わたしとオーナーであるシュフォラスさんとは実家のある街で出会いました。あのヒトが『ルガード武器商会』と契約しに来たのがきっかけでした。
そのころはまだ中学の二年生。学校には家庭の事情として自宅学習が認められてたので、ほとんど通学してません。だから、毎日のように工房にこもって武器作りの修行をしてました。
わたしの何を認めてくれたのやら。
今でも首を傾げてしまうのですが、わたしが中学卒業と同時に実家を出て、他の街で自分の工房を持つと言ったら、オーナーが
「だったらボクの店に看板を出してほしい。」
なんて言いだしたのです。
複合商業施設なんて、単語すら知らなかったわたしは拒否るというより、ただただ戸惑いました。
なによりマスクレス市の高校に進学する気なんてさらさらなかったんです。なのに店を立ち上げろと提案されてもどうしていいかわからないじゃないですか。
「わたし、マスクレス市には行けません。サモル市で武器屋をしたいんです。」
なにもないわたしが唯一もてた夢でした。なぜ、他の街じゃダメなのかは自分自身の夢と現実ってやつがありました。
それを問いただされるかと身構えたのですが、シュフォラスさんは素振りすら見せませんでした。
「いいよ、それでも。
ル・ガードの名前だけで武器は売れるから。」
必要なのは名前?
必要なのは家柄。それだけだったみたいです。
さすがにムッとしました。
それから月に数度商会を訪れてくれました。その間いちおう、わたしの造る武器も見てってくれました。満足してもらえるようなできばえのものを見せられたかは、いまでもわかりません。
そして、卒業の日。
再びシュフォラスさんが
「工房はボクが用意しよう。だから、しばらくはこっちの指定する形で造ってもらうよ。もちろん問題なく納品してくれれば、代金は支払うから。」
「ル・ガードの名前は便利ですね。」
わたしの自虐的な皮肉に、シュフォラスさんは苦笑いを浮かべました。
とはいえ、こっちは出奔同然に家をとび出した身。お金がありません。コネもありません。
入学に関するお金は、実家の職人さんの仲よかったヒトが出してくれました。学費はタダ。学術都市サモル市の冠はダテじゃないです。
でも、少なくとも生活費は自分で稼がなければなりませんでした。
「わかりました。よろしくお願いします。」
わたしにできること。それは武器を創ることです。まだまだ未熟ではあります。それでも中堅騎士くらいまでなら満足させられるモノを作れる技術はあります。さんざん鍛えられましたから。
もっともわたしは販売というものを知りません。実家でも営業どころか売り子すらやったことがないので、武器においても作製以外に能力がありません。つまり、賃金を得る術はなかったのです。
シュフォラスオーナーの人柄は知ってましたし、定期的に納品することでコネができる。そうすれば当面高校生という身分は保つことができる。
だったら名前を利用されるくらい目を瞑ろう。
そう目論見ました。
少女の描く浅はかな計略なんて、なにかしらの釘を刺しとく必要もなかったらしく、けっこう自由にできました。
それから三年の月日を経て、今に至ります。
実際のところ工房も建てられましたし、勉強と両立しながら武器を創るという目的も果たされてます。徐々に道具も増やせましたので、黙って持ち出した実家の工具をこっそりと戻してます。
あと、最近ようやく魔法効果を付与するための触媒を買い集める余裕もできてきました。薬草や木の実なら、よほどレアでない限り自分でも採ってこれます。でも、鉱物や宝石の類はわたしの戦闘力では不可能です。あれらはとってもお金がかかります。
そんな生活の中でいまだ見いだせないもの。
それは…
まぁ、そんな事情をご存知なんだから、あの丸投げは明らかにオーナーの人選ミスです。ましてやわたしの性格まである程度把握しているのに。
そもそも、とつぜん来訪してきてなんですか。
「春休みなんだから手伝いに来い。」
と強引に拉致されたようなもんです。
王国主要都市を結ぶ駅馬車に連れ込んで、久しぶりに訪れた街を観光するいとまも与えてもらえないまま、工房にぶちこむような仕打ちです。
その挙句にあのお客様。
「いったいわたしに何を求めてんのさぁ。」
わたしは薄暗い工房でもう一回クリソコラを見つめ、独り呟きました。
そんな風に、わたしの高校新二年生としての春休みは陰鬱とした気分で始まりました。
去年のちょうど今頃は、受験を無事にクリアしたことで浮かれてました。
『サモル市立第二高等学校』それがわたしの通ってる学校の名前です。学問の都サモル市でも有数の進学校です。お隣の街にある『カラトン神大学』や首都の『ロムール国立大学』への進学率を自慢できるような高校です。
それから一年。時期によっては仕事がたまってしまい、ときおり休みがちでした。出席日数ギリギリ。成績も中位よりやや下あたりを行ったりきたりです。それでもなんとか無事進級できました。
入学できたときもでしたが、工房をやりくりしながらきちんと進級できたことは実家の職人さんたちにとても驚かれました。
それはめいっぱい自慢していいことなんでしょう。
「あぁー!
ちっくしょぉ!」
しかし、今のわたしにとってそんなの正直どうでもいいことです。
長い長い受験戦争を勝ち抜いて学都サモルの居住権を手に入れたことも、女子高生って身分になったことも、小さいながらも自分の店と工房を手にしたことも、その生活を続けられるって現状も、わたしの陰鬱した気もちを晴らしてはくれません。
マスクレスから逃げるように帰ってきたわたしの部屋。ワンルームの掘立小屋と無駄に立派な工房が恨めしいくらいです。
おまえの決意はそんなものだったのか。なんて責めたててくるような気がして落ち着かないのです。
決意なんてない。敗者の逃亡生活。
じっさいのところ誰もそんなふうには責めてきませんが、誰かがそんなふうに責めてる気がしてならないんです。
エスさんと名乗ったあのヒト、どうしただろう。気を抜くと、そればっかりが頭をよぎります。
「あぁっ!」
陰鬱な気分をふきとばそう。玉箸で挟んだ赤熱した卸鉄に大槌を何度も振り下ろしました。
カーン…カーン…
鉄を打つ音だけが石造りの作業小屋に鳴り響きます。
ユラユラと陽炎のたつ窯の中に鋼をつっこんで、真っ赤になったそれを何度も打ち続けます。
「あ、また失敗した…」
独り呟きました。
均等にたたいていかないと、すぐに鋼はでこぼこです。もちろんダイアモンド粉末をまぶした鉄やすりで仕上げをするので、多少のでこぼこは許容範囲ですが、これではまったくもって失敗作。おそらく体裁は整うでしょうけど、実際に剣として使したらすぐに刃こぼれするか、ぶつけた角度によってはポッキリと折れます。
困ったもんだ。
すでに身体が覚えた単純作業のはずなのに、迷いながらうった鋼は作成者の心うちを見透かしたかのように波打つのです。
カーン!
思いっきり鉄槌をふりおろしました。
予想通りです。波打つ鋼の板が簡単に真っ二つ。
「くっそぉ…」
気分がのらないときに聴く鋼の音って、なんでこんなにも侘しいんだろう。諸行無常だの寂寥だのって単語が音となって広がっていくみたいです。そして、それらは冷たい石壁にぶつかって反響し、わたしへと戻って雨みたいに降り注ぐのです。
雨は一方向からなので防ぎようもありますが、これは弾雨です。四方八方から無作為に襲いくる跳弾です。
のわりに
「悔しい。」
って呟いたわたしの声は、だれかに届く前に飲み込んでしまいます。
なんとも孤独ってのは怜悧に残酷です。
自画自賛するのはなんですが、わたしには才能があると思ってます。少なくとも技術だけなら。
ル・ガード家は代々武器屋を営んでます。
創り、提供し、アフターケアまでしてます。小さいころからそれらに携わってきたし、努力もしました。してきたつもりです。最強の矛と盾なんてものは目指しませんが、自分なりに理想だって持ってます。モチベーションが限りなく下がることはあっても、よりよいものを生み出そうという意欲もあります。
でも、それだけじゃあダメなんだってことを、今まさに自覚してます。
わたしには「ヒトを殺す手段を創ってるんだ」という覚悟が欠落していたみたいです。
そしてなにより問題なのは、それを相談できるヒトがいないことなのです。
「割り切ることが大事だよ。」
ある職人さんが教えてくれました。
大人すなわち人生の先輩たちに尋ねるのが正解だってことは理解できます。そして、たいていの先輩たちはそうわたしに教えてくれました。
それが正解なのだろうことも理解できます。
頭では。
では、ついてこない感情をどうすればいいのでしょうか。頭では真偽正誤を冷静に判断してます。だけども、それが辛いということへの対処法はだれも教えてくれません。
「自分でのり越えるしかないからね。」
武器職人の先輩方は、どこか寂しげに微笑むばかりです。
どこか寂しげなのは、のり越えてない証拠なんじゃないかな。
そう思うのですが、皆さん否定されます。
わたしは答えが出せません。答えが出せないから覚悟をもてないんです。
「悔しい。」
しばらく工房は出入り禁止にします。
工房の扉の上に飾った釜神様に手を合わせて、しっかり鍵をかけました。
そんなある日、一人の少女が尋ねてきました。
「工房のほうにだれもいないみたいだったから、こっち来てみたんだけどル・ガードさんって貴女?」
「あ、はい。こんにちは。
えっと、ル・ガード…スパイア・ル・ガードならわたしですが。」
高校のクラスメイトかと挨拶しつつも、頭の中で必死に自己紹介時の顔と名前を検索したのですが、一致する人物は浮かびませんでした。
まぁ、出席率が悪いうえに、コミュ障なんで友達も少ないし、クラスでの存在感も皆無なんでほとんど検索できないのですけどね。
なんて考えつつ、女のヒトをちら見します。
どっかで見たことがあるような気がして、名前を尋ねると
「ミアロート。」
と一言だけ答えてくれました。
とても冷静で、声色こそ子どもなのですが、異様なくらいに大人びた話し方です。冷静というより無感情です。しかも、シュフォラスオーナーみたいな無関心ゆえの無感情ではなく、もとから感情が存在していなかったって類の無感情さでした。
「怖い」が第一印象です。
一つ判別できたのは、クラスメイトにミアロートという名前のヒトはいないということでした。
「あ、あの…ど、どっかでお会い、しましたか?」
おずおずと質問しました。
挨拶の雰囲気からすると向うとしては初対面のようでしたが、何度チラ見してみて、どうにもわたしには見覚えがある気がしたのです。
いちおうそんなことも伝えてみました。
「どっか道端ですれちがったんじゃない?」
いかにもおざなりな返答でした。シュフォラスオーナーも似たような応対をするので、おざなり会話には慣れ親しんでいるつもりでした。
やっぱりどこか違います。オーナーの話すことに感情がこもらないのは、単純に感情をこめるほど会話のないように関心がない場面に限られます。
でも、このヒトは違います。
冷静を装って、感情を表に出さないってヒトもいます。それとも違うような気がしました。
無関心じゃない無感情ってのは、周囲にいなかったタイプなので、どう処理していいかわかりません。
困りに困って、また目が泳ぎます。
「あれ?
カリンバですか、それ?」
泳いだ瞳が訪問者の装飾品のところで止まりました。
真っ黒なワンピース、あまり服飾に詳しくはないのですが、ゴシックドレスと称される服、を彼女は着ていました。それとやたらつばの広い丸高帽子。首から下げたチョーカーには青緑色の小石。
私の目がとらえたのは、ちょうどその腰の辺りです。こぶしを二つ並べたよりもちょっと大きな木の箱がぶら下がっていました。
木箱に並んだ鉄ベラは間違いなくカリンバと呼ばれる民族楽器です。
そこではたと思い出しました。
あの春休みにおこしてしまった大きな失敗。エスさんの依頼を無下にしたその次の日にあった小さな出来事を、です。
マスクレスからの帰り道。
半ば放心状態で馬車に揺られ家路についたわたしは、駅馬車の停車街として降りた王国首都ロムールで一人の少女に出会いました。
少女はストリートミュージシャンでした。商店街の大通りから少し外れたところで思うままにギターをかき鳴らしていたのが、とても印象的でした。そういえば、そのときも真っ黒なフリルつきのドレスだったような気がします。
格好もさておき、なにより惹かれたのは歌でした。
歌っていたのは、コワれた未成年の葛藤と妥協と苦悩と喜悦。
同い年くらいなんだと思います。わたしもしょっちゅう心に抱いた感情で、テーマ自体はそれほど珍しくありません。メロディラインはムリなサビ押しでもなかったですし、やたらめったたシャウトするでもなく、ウィスパーボイスでもなく、とりたてて特徴ある歌い方でもないものでした。
でも、上手かったんです。
最近の音楽シーンは詳しくないし、自分に音楽の才能が皆無だということは認識してるけど、それを差し置いても上手いと思ったんです。
うかつにも涙がこぼれました。
うかつってのは失礼ですね。
あくまで、それはわたしの音楽的才能のなさ所以です。芸術的センスは皆無なのでお許しを。
とにかくその歌を耳にしたときから、わたしは魅せられました。
歌が感動的で、とっても上手だったから。
だけではありません。
少女は無表情でした。長い黒髪が街風でゆれるたびに覗く横顔。その陶器のような顔と漆黒のゴシックドレスに身を包んだ肢体は、博物館のアンティークドールを髣髴とさせます。
でも?
だから?
無表情でした。
それは一曲一曲が終わるたびに、ペコリと笑顔で会釈するときもおんなじでした。
笑ってるけど笑ってない。作り笑いでも愛想笑いでもない。きっと笑いたいんだと思うんだけど笑えない。
自分自身に拍手を送ってくれるみんなにすごく感謝しているんだ。
そんな気持ちはひしひしと伝わってきます。理解できるゆえに、見てるこっちがもどかしくなります。
ホントは全開の笑顔で感謝の言葉を伝えたいんだ、きっと。
残念なことに、彼女の笑顔は言うならば笑い方を忘れた笑顔でした。
それがわたしの愛想笑いとシンクロしてしまいました。琴線に触れたのはそこが原因だと思います。
さらに路上ライブは続きました。他の聴衆にしてみれば、プロミュージシャン未満のコドモの歌だったのでしょう。路上ライブは誇張表現に聞こえるかもしれません。でもこの時のわたしにとって少女は英雄でした。
「最後の曲です。」
淡々と少女が告げました。そして、ギターを置きました。
聴衆がざわめいてます。最後の曲ですってセリフにではないようです。
なるほど、少女が手にしていたのは鉄ベラつきの木箱でした。単純に見たことのない、楽器かすら知れないものを持ち出したからだと想像できました。
「カリンバ…だっけかな。」
一人呟いたら意外と声が通ってしまい、聴衆の八割方がわたしをふりむきました。なんだか詰問される予感がします。
ティィィィィン…
反射的にその場から駆け出しそうになったけど、その音で足を止めました。完全に止められました。
他のヒトたちもです。一斉に音のほうに関心が向いてくれました。こっそりと安堵のため息をつきました。
ストリートミュージシャンの少女は、か細く切ない声が素朴な金属音にのせてメロディを奏ではじめました。さっきまでの反社会体制的な歌と違い、穏やかな、でも物悲しい旋律でした。
せっかく落ち着いた心臓が早鐘を打ちます。呼吸するのもままならないくらいに胸をしめつけられました。
歌われたのは叙事詩。
いまどき時代錯誤もいいとこだ。歴史の教科書を朗読されてんのと変わらないじゃないか。
そう感じて立ち去ったヒトもいたに違いありません。
でも、残された聴衆はみな泣いていました。
そして、歌う少女も全身で哭いていました。
わたしも泣きました。存分に泣きました。大声で泣いたら、か細い音も声も掻き消えそうだったから、必死に嗚咽を抑えました。
永い永い詩でした。
ヒトがどうして戦って、なんのために闘って、なにを護り、なにを捨てて、なにを手に入れたのか。
そんな詩でした。
平和ボケしたわたしには実感のわかないことです。それでも涙を流せたのは少女の喜びや哀しみをそこに感じることができたからでしょう。
ぴたりと音がやみ、静寂に包まれます。
誰かがパチパチと両手を鳴らしました。続けて波紋のように拍手の音は伝播していきました。
少女の驚いた顔、そして戸惑いつつも頭を下げたときの笑顔。あの笑顔は本心からの笑顔に近かったんだと思います。
「今日は私の歌を聴いてくれてありがとうございました。」
少女の言葉を合図に聴衆が一人また一人と去っていきました。
楽器を片付けている少女の脇には蓋の開いたギターケース。小金がいくらか投げ込まれていきます。
あぁ、なるほど。夢と現実ってやつですね。
急に現実に引き戻されて、ちょっぴり寂しくなったことは事実です。でも、その現実すらわたしには必要な欠片だったみたいです。
理想のための現実。わたしが目をそらして続けていたことだったからです。
人垣がほぼなくなったところで歩み寄りました。人ごみは苦手です。行列作ってまでモノを求めるヒトビトの気持ちがわかりません。
なんて独り呟き、ギターケースを覗きこみます。ふと、一人だけ男の子が残っいたんで躊躇いました。
「けっこう聴いてくれてんじゃんか。メジャーデビューする?」
「しない。だって好きに歌えないでしょうが。」
「独りよがりの勘違いアーティストって悪口言われてるけど?」
「うるさいなぁ。言わせておけ、そんなの。
ってか、独りよがりもバカだけど、だからといって自分を歌えないんじゃ、私にとって価値なし。」
そんな会話が聞こえてきて、顔を上げました。
濃紺のジャケットとメガネがやたらと似合う男性でした。格好は大人びていますが、幼さの残るヒトでした。
なんだかアンバランスな男女です。男のかたはとっても真面目に見えます。対して女のかたは、失礼承知で言うなら、不良と呼ばれるヒトたちに分類される容姿でした。
驚きなのはそれだけではありません。
笑ってるんです。表に出てる感情はわずかだけど、さっきよりははるかに楽しそうに女のかたが笑ってました。
「あぁ、そーいえばこの指輪ありがとね。おかげで余計なこと考えないですんだわ。」
そう言いながら右手の小指につけていたピンキーリングを弄ってます。
緑青色の珪孔雀石のかわいい指輪が夕日にキラキラと輝いてました。
「どういたしまして。まぁ、妹セレクトですがね。」
「いちいち正直に言っちゃうあたりがマジメっ子なのよねぇ、あんたは。」
「神様が視ておられますので。」
「ばーか。」
そんなたわいもない会話で誰かと笑いあったことが、わたしにもあったでしょうか。自問自答してみますが、一つ言えるのは男性相手にはなかったなってことくらい。
カレシかなぁ…
許されてんだなぁ。それが感想です。
たぶん二人ともわたしとそんなに歳が違わないと思うんだけど、ぜんぜん違う種族に見えてきました。
背の高いカレシさん(仮)を見つめながら、つい呆けてしまっていたみたいです。
眼が合ってしまい、しかも笑顔で会釈されてしまいました。
慌てふためきました。きびすを返し、ダッシュで立ち去ろうと思ったのですが、それでは歌に対する敬意を示すことができません。わたわたと財布をとり出してお金を探しました。
いくら持ち歩いてたっけ?
待て、明日以降の生活費取っておいた?
駅馬車代いくらだ?
今回、依頼を断っちゃったから、もしかしたら仕事減るかも?
置かれた状況に関係ないことまでグルグルします。
「ありがとうございます!」
えいっと適当に財布の中身を投げ入れ、ついでにポケットの中のもなんだったか投げ入れ、場違いな捨て台詞を残して背中を向けた瞬間、
「イテっ!」
って声と大爆笑が聞こえてきた。
「え?」
再度振り返ると、笑い転げるカレシさん(仮)とおでこをさする少女、そしてギターケースに入れたはずが地面に転がってる小銭が、一気に視界に飛び込んできました。
どうも勢いよく投げ入れたのが運悪く弾けてしまい、女のかたのおでこに当たってしまったようです。
「いちおう訊くけど、私にうらみないよね?」
わたしは慌てて否定しました。
怒ってますよね。
じっと見つめられてついうつむいてします。
永遠とも感じる長い沈黙。それを破ることができたのは、とうぜん、わたしではありませんでした。
「あぁ、カリンバ知ってるレアなヒトだ。」
少女の言葉にビクリと体が震えました。最後の曲の前、たしかに口にしてしまいました。演奏中によく把握できたもんです。
おかげで完全にロックオンされてしまったようです。なんかいろいろと訊きたげです。わたしは観念してその場にとどまりました。
「あ、あのぉ、感動しました。」
おどおどとそれを口にするのがやっとです。地面がわたしのトモダチです。わたしの視界に他のものが入ってくると、グルグルグルグルいろんな感情や思考がめぐるからイヤなんです。
「ありがと。」
って答えてくれたのを聞くか否かのタイミングでわたしはダッシュしました。
ちらりと見えた表情は笑顔でした。
でも、どんな笑顔か判別できませんでした。
「なんでカリンバのこと知ってんの?」
長い回想から戻ってきたわたしをミアロートと名乗った少女が不思議そうに見てます。
ヤバイ。
チラ見した時計の針はそんなに動いてません。少し胸を撫で下ろしました。
「あ、あの、今日は、ど、どのようなご用件で…すか?」
少女の質問にも答えず、かつ、しどろもどろなわたしをさらに不信げに見つめます。
「あなた、ル・ガードの娘さんよね?」
「は、はい。あ、もしかして父のお知り合いの、方ですか?
だ、だったら、ここにはいません。来る、いえ訪れる、ん、来ることはないです。」
また父か。親の七光りで仕事をする気はない!
と心の中だけで宣言しました。
「あっそ。
ねぇ、質問いい?
あなた幾つ?」
幾つ?
それって…
「何歳?
見たところ私と変わんないと思うんだけど。」
「十七歳です。」
「あぁ、そうなんだ。話し方、変。」
なんとも不躾なことをさらりと言ってくれましたね。いらぬお世話です。
「それで、ご用件は?」
ムッとしました。
「うーん…知ってんのかなぁ。」
なんでか今頃悩み始めました。少なくともお客さんではないようです。
「あなたもル・ガードなら、ミアロートって知らない?
いや、そっちはいいや。
ミアロートって客は来てない?
もしくはモリア。」
わたしは首を傾げます。ミアロートはファミリーネームでしょう。モリアさんですか…覚えがないです。
「そも、そも、この店、ってか、わたしは個人のお客さんを、うんと…顧客管理するような、そんなふうな、そういうお客さんに作ってないです。
…ミアロート?」
はたと思い当たりました。
顧客リストはわたしの手元にはありません。シュフォラスオーナーか実家が管理してます。個人情報の関係上教えてはくれないでしょうけど。
それを伝えるべきか、なんてことはどうでもよくなりました。
「モリア・ミアロートって王国の英雄様じゃないですか!」
「英雄様…ねぇ…
ってか、ちゃんとしゃべれるじゃない。変なの。」
「そんなのどうでもいいです。英雄様と同じファミリーネームを最初に名乗りませんでした?」
驚きです。でも、なんでそんなヒトがわたしのトコに来るんでしょう。
「名乗ったけど、それが何か?
ル・ガード家だってそうでしょが。」
「は?」
驚きです。
しがない武器屋ですが、何か?
「教えられてないの?
たしかに学校では教えてくんないかも知れないけど。」
知りません。そんな重要なことは実家の職人さんたちも教えてくれませんでした。もしかしてオーナーも知ってること?
「知らないなら論外ね。
だったらいいや。とにかくさ、モリア・ミアロートってのが注文にきたら断って。ついでに私に教えてくれると助かるんだけど。」
「え、えっと、事情は知りかねますが、顧客情報を外部にリークすることはできません。」
つい習性で言ってしまいました。
またじっと見つめられました。で、あからさまに嘆息されました。
「まぁ、それもプロか。了解。」
意外とあっさりひいてくれました。
「気が変わったらさ、ってか、なんかトラブルに巻き込まれそうになったら連絡ちょうだい。」
ミアロートさんはそう言って、紙切れを手渡してきました。
そこには彼女の名前とテル番号が書いてありました。テルというのは〈伝達〉魔法の応用で遠距離で会話ができる魔道具のことです。
わたし、持ってません。
伝える前にミアロートさんは去っていきました。
そして、もっと伝えるべきことがあったことを後悔しました。
「もう一度、聴かせてほしいです。」
いや、それよりも…
わたしは膝をうって立ち上がりました。