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輝石と双眸  作者: kim
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藍晶石

  藍晶石



「なんでフレアちゃんだったんだろ?

 とりあえずヒューマン族なら誰でもよかったのかな。」

 シュフォラスが抱き合う二人を見つめながら、小声で訊いてきました。

「そうですねぇ…」



 取り替え子妖精はあの時、キアナイトが真名だと言っていました。


 藍晶石。


 別名キアナイトと呼ばれる鉱石のことです。

 現世に既存するモノを真名にすることはヒューマン族においては稀です。

 ヒューマン族にとって真名は神名とも言われてて、神様から頂いた名前を神官が告げるからです。神界の言葉である〈アンブロシアグラマリ〉で表現されるらしく、神官たちがわけわかんない名前をつけてくれるのです。


 逆に現世の存在物質を真名とするのは、異界出自の種族の特徴ではあります。

「異界の言葉をこっちの言葉に変換した」って説と「現世の単語を使うことでこっちの世界とのつながりを明確にするため」って説があります。

 妖精族や魔族らの中には、向こうでの名前を真名と主張するヒトたちもいるけど、わたしは後者だと考えています。


 わたしたちの住む世界がすばらしいとは胸はって言えません。

 でも、それでも、異界の方々も好ましく思ってくれてるからこそ、こっちにいると信じたいから。



「フレアちゃんは選ばれたんだと思います。」

「選ばれた?」

 思い当たることがあるとしたら一つ。

「瞳の色です。」


 はらっぱでエスと戯れる少女、妖精の輪から開放された本当の彼の妹であるフレアライちゃんの瞳の色は、とてもきれいな白青色でした。


 つまりは藍晶石の色。


 なんで取り替え子がエスの妹でなければならなかったのか。

 それは、この泪石が答えだったのだと思われます。


「そうか…瞳の色か。」

 納得してるような、してないような表情でもう一度二人を見つめました。

「で、どうするんだ?」

「何がです?」

「妹さんのこと。」

 シュフォラスの瞳は父親のそれでした。わたしが渇望し続けても一生向けられることは無いであろう、優しい瞳でした。

 わたしも二人を見つめました。



「キアナイトが藍晶石のことだとして、それが真名だとしたら、次はファミリーネームもしくは種族名さえわかればチェンジリングが解消される。」



 先生が教えてくれました。

「このままってわけにはいかないんですよね、やっぱ…」

 エスさんとキアナイトさんの別れ。それは同時に、わたしとフレアちゃんの別れでもあります。


 呟きはキアナイトさんには聞こえてしまったようです。

 エスさんの膝からちょこんと降りてきて、わたしを見上げました。

 青白い瞳で。


「このままってわけにはいきません。

 終わりにしましょう。」

 彼女の覚悟はあまりに健気で、強くて残酷で、涙が止まらなくなります。


 でも、だからこそ、わたしも覚悟を決めました。

「エスさん。今晩、妹さん、キアナイトさんを連れてきてください。そこでホントの名前教えます。

 真名で呼べば、彼女は解放されます。そうすれば、お母さんに苛められることはなくなります。殺される心配もなくなります。」

 淡々と告げました。

 無感情にしゃべらないと、わたしもヘンになっちゃいそうです。


 エスさんは終始うつむいたままでした。しばらく返答を待っていたら、黙って小さく肯きました。




「おかえり。」

 塔からお母さんと妹さんを連れて降りてきたわたしたちは、山積みに折り重なった魔物のてっぺんから見下ろすシータスさんに出迎えられました。


「よう、お疲れ。」

 シュフォラスがピラピラと手を振り返します。

「えぇ、けっこう疲れたわ。

 それはさておき出迎えは豪華よ。」

「どうゆーこと?」

 聞き返すや否や、完全武装した兵士たちに囲まれました。エスさんの義理の父親であるマスクレス市師団長様も、とうぜんその中にいます。


「あーこういうこと。」

「そういうこと。」

 シュフォラスとわたし、そして、シータスさんが自然とエスさんファミリーの前に並びました。

 お父様以外がやや及び腰。

 ですが、お互い友好的とは思えません。にらみ合いが続きます。


 そこに、エスさんがついっと前に出てきました。

「父君。

 私ら家族はここから去ろうと思います。」


 お?

 きちんと家族って言ったですね。


「ご安心を。母と二人の妹はわたしが責任もって看ますので。

 マスクレス郊外にある閑静な地に家を借りました。」

 彼は毅然として告げました。

 お父さんの眉間に僅かなシワがよって、その後ちょっとだけ微笑みました。

 ほんの一瞬のことだったから、笑みに隠された感情がなんだったかはわかりませんでした。


「この騒ぎでは、お前の騎士の身分は保証できないぞ。」

 厳粛たる口調は騎士団の長としてのそれ。

 エスさんはビビることも、怒ることもなく答えます。

「結構です。

 私はこれから、市の自警団として父君に教わった剣を振るうつもりです。」

「それで周囲が納得すると思ってるのか?」

「どうでしょう。

 ただ、ルガード武器商会とのツテもできましたから。

 いざとなったら、商会直属の護衛団としてやっていきます。」

 お父さんを相手に毅然と胸を張るエスさんはちょっと頼もしく見えます。


 でも、また、わたしの家名を利用しましたね。牽制するにはちょうどいいんでしょうけど。わたしはべつに商会にコネないですよ。


「武器を手にする苦悩。

 誰かを護ること。

 ここにいる武器屋、スパイア・ル・ガードが教えてくれました。」


 ほぅ。なかなかいいこと言いますね…って、わたし?


 一斉に視線がわたしに向けられました。

 予想だにしなかった展開に戸惑いを隠せません。

「エスさん。わたしを巻き込まないでください。」

 隣で小さく訴えますが、完全に無視されました。


「私は母や妹を護ります。

 そして、この剣を弱きヒトビトのために振るうことを誓います。」

 周囲の騎士さんらが気色ばみます。カチャリと剣鞘が鳴りました。

「けっして、道を違えません。」

 エスさんはそう言って、母親を背負い、妹さんの手をひいて歩きだしました。


 騎士さんらが一斉に剣を抜きました。

 でも、遅い。シータスさんとシュフォラスはすでに四人の背中を護るように仁王立ちしてます。


 文句タラタラなくせにヒトがいいこと。


 と、

 お父さんが一歩前に出て、騎士さんらを制し、エスさんの背中に言いました。

「好きにしろ。

 …息子よ。」

 うつむいたままだったエスさんがはじかれたように顔を上げました。父親の視線を振り返ることなく、背中で受け止めます。

 その横顔はちょっとかっこいいなって思いました。




 夕陽の下で男女の子どもが三人じゃれあってます。

 一人は大人だけど。

 まぁ、シュフォラスなんだけど。


 で、女の子の一人は助け出された本当の妹さんのほうで、フレアライちゃんです。

 もう一人はほぼ軟禁状態にいたキアナイトちゃん。

 エスさんが眩しそうに目を細めました。


 数分前まで五人で思う存分遊びまわりました。

 わたしとシュフォラスはおまけ。

 エスさんと二人の妹さんらは、この三年間を必死にとり戻すかのようでした。


 子どもってすごいなって思います。

 ちょっとだけ戸惑いの表情を見せたことはたしか。

 それからは、なんの偏見もなく、相手が誰だっていうことを問うこともなく仲良く遊んでました。


 一緒におにぎりを食べて、木陰でぐったりするエスさんの両太ももを枕に仲良くうたた寝して、また二人で駆け回って。

 家族ってこうだ!

 兄弟ってこういうのをいうんだ!

 幸福とはここにあるんだ!

 って、絶叫したい衝動に駆られました。


 だからこそ、

 安息の地を奪う権利がわたしにあるのかと怖くなりました。


 ホントはここに両親の姿が欲しいです。

 しかし、とっても残念なことに、王宮には待ち受ける現実があります。

 母親は未だ子どもたちを愛せません。


 それぞれが望む世界が同時に成り立つことはないんですよね…


 切なくなります。




 マスクレス市のお屋敷から、郊外の森の近くの小さな一軒家にお引越し。

 わたしとシュフォラスとマスクレストアに入ってる引っ越し業者さんに手伝ってもらって、荷物を運びました。


 それを窓越しに見ていたお父さんが小さく、気のせいかと思うくらいに小さく頭を下げてました。


 誰も悪くないのに。


 そんなエスさんの言葉を反芻します。

「寂しいけど、いつかはそうなる運命だから。」

 ちょこちょこと隣を歩くキアちゃんが、兄とお話してます。


 道すがらわたしは彼女の真名を伝えました。それからキアちゃんにも、これからどこに行くか、そして何をするかを伝えました。

「うん。いろいろありがと。」

 彼女は健気に微笑みました。




 その晩、フレアライちゃんが寝付いた頃合を見計らって、四人で新たな住まいを抜け出した。


 フレアちゃんは「行かないで」と泣いて、兄とニセモノの、違う違う、そんな言い方じゃなく、エスのもう一人の妹さんをさんざん困らせてましたが、今は泣き疲れて寝ています。


 お母さんがみんなのことをどう思ってるのかは、わからずじまいでした。

 憑きモノが落ちた感じで、静かに窓の外を眺めてました。


  理解してくれたのでしょうか。

 キアちゃんをあらためて紹介したときも、表情は変わりませんでしたし。



 ドラゴン種青竜系蛇竜族ヴィーグル。

 それがキアナイトちゃんの本当の姿です。この世界では当然希少種。

「だいたいはね、一歳くらいで捨てられちゃうの。

 で、代わりにコケシって呼ばれる人形が仮親のおうちに置かれる。コケシって『子を消す』って意味なんだよ。

 仮の親とはいえ、子消しを忘れてはならない。

 っていうか、忘れたくないって思ってくれてたみたい。」

 彼女はそう言って、どこからか木彫りの人形を出しました。


 年齢も性別も不確かな姿をした、ちょうど大人の二の腕くらいの大きさの人形です。

「昔は取り替えっ子が受け入れられてたってことですか?」

「自分の乳を与えたんだから、自分の子には違わない。周囲が騒ぎ立てなければ異形の子だって我が子として育てるって風習はあったみたい。」

「そんな村を王国が支配したもんだから、取り替えっ子が悪しき風習として神判されるようになったってことですね。」

 優しく微笑みました。


 古き風習が因襲として時代の波に飲まれてしまった。

 そんなとこでしょう。


 ちょっとだけ寂しそうです。

 時代を憂いているような、そんな大人びた寂しさでした。


「一年くらい経てば、あたしたちの種族は独りでも生活できるし。

 神隠しに遇いましたってホントの子供を返すんだから、あたしとしては、捨てられたほうが都合がいいはずなんだけどねぇ。」

「むぅ…」

「やぁねぇ、怒んないで。居心地がいいから、つい長居しちゃったのよ。あたしも、あたしたちも独りは淋しいもん。」


 ホントの親もどこかにはいるはずです。

 でも、チェンジリングされたあと、父親はもちろん、母子が再会することはないそうです。種としての掟、というより本能としてあるのだと思います。


 そう考えればチェンジリングだって、希少種が種の存続のために行われている種のルールです。

 わたしたちに理解できるはずがありません。


 親元でぬくぬくと育てられるヒューマン族と、生まれたと同時に母子が別れざる得ない竜族。

 その橋渡しをする妖精族。


「妖精さんは、なんでチェンジリングのお手伝いをしてるのですか?」

 わたしがヒューマン族を代表して尋ねました。

 キアちゃんは小首を傾げて考え込みます。

「存在理由のひとつなんじゃない?」

 シュフォラスがもっともらしい答えを返しました。


 納得できるような、できないような・・・


  とそのとき、

「存在理由…」

 お母さんが囁くように呟きました。

 慌ててキョトキョトとみんなを見回してしまいました。


 でも、他のみんなには届かなかったようです。わたしも聞こえなかったふりをしました。

 何もかもを失ったお母さんの喪失感に、どう声をかけていいかわからなかったから。




「エスさん。彼女の名前を呼んであげてください。」

 わたしの声が草原の夜のしじまにゆっくりと消えていきました。

 絶えることのない静寂に耳が痛くなります。


「本当の名前を呼んであげないと、キアナイトちゃんはいつまでもフレアライちゃんの名前に縛られることになります。

 それが今後どんな悲劇を導くか、星読みしなくてもわかるはずです。」


 星読みとか月読みとかいうのは〈予知〉魔法のこと。


 エスさんはうつむいたまま、ギュッと強く唇を噛みしめています。


 そうそう〈予知〉魔法ってね…

 なんて話でお茶を濁したいのはわたしだっておんなじ。

 ましてや兄として彼女を護ってきたエスさんが躊躇うのは当然でしょう。


「呼んであげてください。」

 再度同じ言葉を告げました。


 それでも動かないエスさんの背中にキアナイトちゃんがそっと触れました。

 ぬくもりをじっと噛みしめるように。

 兄の与えてくれた優しさとか温かさを確かめるように、その背を撫ぜました。

 そして、意を決したように背を向けました。


 背中合わせで寄り添った二人。


「大好きなお兄ちゃん。

 だいじょうぶ。離れ離れになっちゃうけど、お兄ちゃんのこと、ぜったい忘れないから。大事なヒトだから…」

 彼女は宙を見上げました。


 星が瞬いています。

 わたしも視線を追いました。メガネをかけてんのに、今晩の星空は少しちらつきが大きいようです。


「旅にでよう。お互い、旅に。

 まだ三歳のあたしがいうのもなんだけど、新しい何かを捜す旅にでよう。」

 星が揺らめきます。

 数多の星の光が大きく一つに見えてしまいます。


「何か見つけたら・・・この広い世界であたしができること、違うな・・・あたしが生まれてきた理由・・・なんか、えっと・・・うまく説明できないなぁ・・・」

 小さく震える細い肩。笑みを崩さず、まっすぐ前を見つめる瞳。

 エスさんは振り向きたいのを必死に耐えてます。


「うん。キラキラしたの見つけたら、あたし、真っ先にお兄ちゃんに報告する。

 約束する。」

 キラキラした声でした。


 めいっぱい笑ってました。

 でも、

 泣いてました。


「大好きだよ。お兄ちゃん。」

 エスさんの唇が歪みます。

「オレもキアのことが大好きだよ。」

 兄も妹に語りかけます。


 笑顔でサヨナラしたいんだろうな。


 そう思ったから、わたしは精一杯微笑みながら、二人に歩み寄りました。

「わたしもふたりが大好きです。

 ステキな兄妹です。今日までの全部、わたしは絶対忘れませんから。」

 兄妹みずいらずにジャマして申し訳ないと思いながらも、二人まとめて抱きしめました。


 永遠と思えるくらいの刹那の間。


 エスさんは涙を堪えて名を告げました。

「私の愛する妹キアナイト。

 キアナイト・ヴィーグル。」

 次の瞬間、彼が背に感じていたであろうぬくもりが消え、わたしの左の手のひらが感じてた熱が虚空へと吸い込まれていきました。


 兄が妹を振り返ることはありません。

 それがキアナイトの最後のお願いだったから。


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