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輝石と双眸  作者: kim
10/11

透閃石

  透閃石  



 塔の中はさらに混沌としてました。

 光明神の十字架やら、隣の国教神の神像。魔祓いのお札や、新興宗教と思われる経典。ゴテゴテしい壺や真っ黄色の置物。唐辛子がぶら下がってたり、銀のスプーンが飾ってあったり。

 そして、それらは塔の内壁に沿って作られた、最上階へ向かう螺旋階段を登るに従い、混迷を極めていきます。


 外壁の小窓の数を数えて、五階建てと予想しました。

 内部は壁に沿って螺旋階段が続いていて、真ん中が部屋となっています。

 正直あまり部屋と表現したくないです。部屋と思われる箇所は、入り口が鉄格子となってたからです。

 一階の部屋は真っ暗で石とセメントの打ち壁でした。生き物の気配は感じられません。ただただ殺伐とした灰色の石で囲まれた空間です。


 わたしたちは黙って階段を登りはじめます。


 二階は全方向白壁で真ん中にイス一つだけって部屋でした。やっぱり生き物の気配はありません。鉄格子のとこには引き戸がありました。

 そこも白壁で、発光性の石が使われているのでしょう。薄らぼんやりと白い空間でした。


 三階は鉄製の何かがごちゃごちゃ置かれた部屋でした。それがいくつかの鉄格子で区切られていて、床は黒茶と鼠色のマーブル模様になってました。

 それぞれの部屋の調度品も意味があんのか、わかんないものだらけです。

 神も悪魔ですらきっと首を傾げることでしょう。

 ちょっと太めな女性のフォルムをした鉄製の等身大人形とか。壁のいたるところに埋め込まれてる鎖とか。それに、ここにも鍛冶屋があるのでしょうか、鉄打ちに使う使うようなペンチが大小ぶら下がってます。


 心なしか寒気を覚えます。


「最悪だなぁ。」

 一人、シュフォラスだけが顔をしかめてます。理由を尋ねても説明してはくれませんでした。

 少なくとも聞いて楽しくなるようなものではないことは確かです。いつぞや見てしまったものも、チラリと視界に入ってきました。なので、わたしもそれ以上は問い詰めませんでした。


 代わりと言っちゃあなんですが、エスさんを問い詰めます。

「エスさん。この状況って見て見ぬふりしていい状況なんですか?」

「しかしだな…」

 言葉を詰まらせました。

「よくないのをわかってるから、答えられないんですよね?

 だったら…」 

 と話を続けようとしてたら、上のほうからドスドスと足音が聞こえてきました。石の塔が崩れるんじゃないかと慌てふためいてしまいます。


「て、敵ですかね?」

「だとしたら、この位置取りは不利だな。

 いったん下がるか。」

 シュフォラスが小剣を構えながら、そう提案してきました。

 しかし、それをエスさんが制します。

「俺がやる。

 君らはさがっててくれ。」

 さすが騎士さんですね。頼もしいです。今日は周囲の状況を考えてか、片手持ちの刺剣レイピアです。


 階段を降りてきたのは爬虫類の頭をした二足歩行の生物でした。

 ヒューマン族の頭なんて一飲みにしてしまいそうな大きな口から、シャーシャーと舌を出し入れしてます。鋼の鎧を身にまとっているのは、ヒューマン族の胴体だからなのか、それとも四足歩行の動物にありがちな柔らかいおなかをさらしているからなのでしょうか。

 むき出しの四肢にはうっすらとうろこが見えました。進化(退化?)途中みたいな感じです。もしくは幼体から成体になる過程みたいな。


 あ、トカゲってそんな成長過程を有する動物じゃなかったっけ。


 いずれにせよ、俗にリザードマンと総称されてるやからでしょう。

「凶悪な顔。

 強いの?」

「まぁ、たいていのヒューマン族は怖がるでしょうし、まともにぶつかったらかなわないんじゃないですか?」

 騎士対蜥蜴男の試合を観戦しつつ、作戦を練ります。

 階段は急角度なうえに、曲線で細いから尻尾が絶対にジャマになる。二足歩行が可能とはいえ、あれらは尻尾でバランスとらないと安定しないから、この場での戦闘力は半減するはず。


 …なるほど。横壁に尻尾を当てながらバランスとってんのか。


「シュフォラス。あいつの尻尾をクロスボウで撃ちぬいてください。」

「ずいぶんとピンポイントだね。」

「できません?」

「いや。」

 不敵な笑みを浮かべてクロスボウを構えました。


 ズバン!

 見事命中。


「エスさん。そいつらは段を降りかけたところで足元狙いでお願いします。」

 さらにエスさんにも指示しました。こないだ覚えてしまった戦い方を思い出してしまったんです。シュフォラス相手じゃないのに。

 とうぜんのことながら、エスさんは一瞬躊躇いました。

「あ、すいません!」


 そうですよね。わたしの指示なんて騎士さんに必要なわけありません。だって戦いのプロですから。


 と思ったら、リザードマンがゴロリとわたしのほうへ転がってきました。

「うひゃっ!」

 変な悲鳴をあげてしまいます。なんとか突撃を避けて、そっちを見たら太ももあたりが斬り裂かれてました。それでも起き上がろうともがいてたので、金づちで思いっきり殴りつけました。

 さらにシュフォラスがとどめ。のど元から血が噴き出しました。

「かわいそうとかぬかすなよ。俺ははさみうちにあうのはごめんだからな。」

「わかってます。

 慣れてないだけです。」


 わかってます。

 わたしは武器屋。武器屋が生き物を殺すのを躊躇ったり、嫌がったり、涙したりしたところで偽善でしかない。

 んなことは重々承知ですから。


「で、次のは?」

 とシュフォラス。

 見上げた先には犬か狼の頭をのっけた戦士風のヤツ。戦士系のヒューマン族が被り物してるわけではないようです。


 獲物は槍?

 革鎧は動きやすさ重視だから、この環境には適合してると思います。なのに、なんでこんな狭いところで長柄武器を使うんでしょう?

 どうもバックについているヒトは、あまり戦場慣れしてないみたいです。とすれば、想定上はつけ入る隙がありそう。


「あれって、狼男ですか?」

「だね。」

「銀の矢はあります?」

「今日は持ち歩いてない。

 ってか、闇の眷属が銀の矢に弱いっての俗説じゃなかったっけ?」

 エスさんがまた一人で戦ってくれてます。申し訳ないなと思いながらも、その間に作戦会議をします。

「銀の矢に弱いんじゃありません。光系の魔力を吸収しずらい鉄とか銅だと傷つけるのが難しいんです。

 冥界出自のヒトたちって、先天的に闇系の防御膜をまとってることが多いんで。光系の力で相殺してからじゃないと傷つけらんないんです。」

 エスさんのレイピアもまったくもって相手にダメージを与えられてません。リザードマンはこっちの世界寄りの生物だから、一般的な武器で傷つけられました。

 でも、狼男は闇の眷属って言われるモノに近いのでアウトです。もしあれが犬男だったら、たぶんだいじょうぶだったでしょう。


「う~ん…これでいけるかなぁ…」

 独りごちながら、わたしは無色半透明な石を二つ取り出しました。

「なにそれ?」

「透閃石です。

 繊維状結晶の見た目はありふれた鉱石ですけど、おもしろい特徴を持ってんですよ。」

 得意げに説明しながら、塊同士をこすり合わせました。

「光った。」

 シュフォラスの言う通り。二つの石はぼんやりとしたオレンジ色に発光してました。

「疑似太陽光です。」

 と鉄の矢に突き刺して、彼に突き出しました。

「また、俺が撃つの?」

「とうぜん。

 数ないんで、的確に急所をお願いします。」


 ただ、矢じりというには絶命させる能力が低下します。というわけで、


「エスさん。交代してください。

 で、シュフォラスの攻撃に合わせて刺突をお願いします。」

 また、戸惑った表情をされました。

「え、えっと、理由はあとで説明したいです。犬系人獣の類は耳がいいし、知能も発達してるのが多いので、こっちの作戦がバレる可能性が高いんです。」

「わかった。」

 しぶしぶながら選手交代してくれました。とはいえ、わたしの戦闘力が微々たるものってのは先日のドワーフ戦士との件で立証済み。

 狼男の爪をすんでで躱して、すれ違いざま金づちで脛を殴るのがやっとです。

「二回目はムリだぞー」

 なんて心の中で訴えてたら、怒り吠える狼男の動きがピタリと静止しました。こめかみのあたりから血をたらして直立不動です。鉄の矢が三分の一ほど。そのすぐ横を細い刀身が貫いていました。透閃石は砕けて地面に転がってます。


「な、なんとか成功ですね。」

「すごいな。」

 エスさんが感嘆してくれました。

「正確無比な戦術。いったいどこで覚えたんだ?」

「そ、そんなたいそうなものじゃないですよぉ。」


 畏れ多い。でも、ちょっと照れます。

 自分が扱う武器というものを、もっとよく知りたくてムダに情報を頭に詰め込んだ結果です。


「にしても、先に進めませんね。」

 ガチャンとまた上のほうで扉の開く音がしました。どうも敵を倒すと次の敵を出してくるようです。意図も理由もわかりかねますが。

「死亡遊戯パターンだね。」

「いや、意味わかんないですし。」

「各階の中ボスを倒しながら塔を登ってくやつ。」

「微妙です。」

 少しだけ気持ちに余裕ができました。だからってわけじゃないでしょうが、

「マジか。」

 めずらしくエスさんのしゃべり方が崩れました。


 螺旋階段を降りてきたのは、牛頭人身と馬頭人身の巨大な化け物たちでした。あれらは冥界ではなく、神界の血脈を受けているはずです。

 だから、通常武器でも通じることは通じるのですが、レイピアなんて細い刀身は肉を貫けるでしょうか。

「侵入者は殺す。」

 牛頭が問答無用に手斧を振り回してきました。半身に避けたエスさんがレイピアを突き出しました。


 ガツン!

 やっぱそうですよね。固い肉に弾かれます。折れなかったのがせめてもの救いでしょう。


「どうする?」

「なんでわたしに訊くんですか?」

「だって、軍師を拝命したんだろ?」

 シュフォラスの問いかけに、わたしは不満げに答えました。

 その間にもエスさんは懸命にわたしたちを守ってくれてます。

「あのまま頑張ってもらうのかい?」

「オーナーって、ホント意地悪いです。」

 わたしは二人を残して階下へと駆け下りました。エスさんが驚いた表情で振り向きましたが、説明してるヒマはないのでムシします。


 まぁ、シュフォラスが取り繕ってくれるでしょう。


「さて…」

 ここは三階に当たる部分。

 幸い入り口の鉄格子は開いていました。やたらと奇怪な道具が置かれている部屋です。

 もう目をそらすことはできません。

 エスのお母さんはここで拷問されてたか、もしくは妹さんのことを拷問していたのでしょう。もしかしたら、この屋敷に歴代住んできたヒトビトも使ってたのかもしれません。

 よけいな妄想してると吐き気をもよおすので、できるかぎり客観的に部屋を見渡しました。

「よし。」

 とりあえず壁の鎖を外して、床の鎖につないで、鉄の等身大乙女人形を入り口に配置して、と。おっきな鏡を階段にやや斜めに設置。


 姿見なんて何に使ってたんでしょう?


「はい。準備できました!」

 螺旋の向こうまで大声で叫びます。

 と同時にバタバタと二人が駆け降りてきました。その後を追うドタドタって足音も確認しつつ、

「こっちです。」

 二人を拷問部屋に引き入れて、わたしだけ鉄乙女の隣に立ちました。

 二体の人獣がバランス悪く降りてきました。で、階段の下で鉄乙女の隣に立ってるわたしを見て吠えます。はたと気づいたふりして鉄乙女と逆方向に逃げ込みました。

 人獣たちの駆け下りるスピードが上がります。わたしたちが隠れた部屋の前を通り過ぎたと同時に

「今です。」

 わたしの号令でシュフォラスとエスさんが床の鎖を引っ張りました。これまた部屋に備え付けられていた万力で絞る感じにしてたから、力負けはしないはず。


 ガシャーン!


 床に這わせた鎖に足を引っかけた人獣がもんどりうって階下へと転がりました。そのまま鉄乙女へ、いえいえ、鉄乙女が映った姿見へと突っ込んでいきました。

 そう。

 階下にいた鉄乙女と横に並んでたわたしは、拷問部屋の入り口に並んで立っていたわたしです。しかも、螺旋階段だから姿が見えなくなったら階下に逃げたと錯覚してくれます。

 なかなかもって、鏡の角度には苦心しました。正直、まともに遠近感がとれない草食動物の眼が相手だからできたことです。


「とどめ。」

 入り口の鉄乙女を三人がかりで、階下に転がしました。中には鉄製の拷問具を名いっぱい詰め込んでおきましたので力自慢の人獣二人でもそうそう避けることはできないでしょう。

 階段に腰かけて下をうかがうと、二体とも頭を打って気絶したのか、ピクリともしません。


「よくできました。」

 ほぉって大きくため息つくわたしの頭をシュフォラスが撫でてくれました。

「にしても、武器を使わない武器屋ってどうよ。」

「いらぬお世話です。

 わたしは武器を造れても扱うことはできないんだって自覚しました。」

 自分の能力を把握することが何より大事なことですからね。

「ただ、逃げ道はなくなったんで、次はまともに相手しなければなりません。」

 あまり道草を食ってるわけにもいかず、わたしはやおら立ち上がりパンパンと埃を払って再度階段を登りはじめました。


「あ、ネタが尽きてきたみたいです。」

 次は猫頭でした。

 スピードは速いですけど、この狭い空間ではその能力は生かしきれません。むしろ体が小さい分、普通の猫のほうが厄介だったでしょう。

 そのあとは鼠。

 戦闘能力値ほぼゼロ。

 さらに鳥。

 こんなとこで飛べるわけないので怖くないです。

「いくらなんでもこれはかわいそう。」

 さんざん待たされたんですよね。魚の頭をした人獣が床にぶっ倒れてました。

「このヒトって肺呼吸できんですか?」

「知らんよ。そんなこと。」

 それをまたいで部屋を覗くと、そこはキメラの生産工場みたいになってました。

「人体実験のなれの果てってとこかな。」


 シュフォラスさん、ちょっと無神経ですよ。

 とがめてやりたいですが、ホビット族にヒューマニズムを説いたところで詮無きこと。そういえば、ヒューマニズムってどの種族民族まで有効なんでしょう。

 いやいやそんなことより眼前に広がる光景を問うべきです。


「なんでこんなところで?」

 あからさまに嫌悪感を示しつつ、だれにともなしに尋ねます。

「知るか、そんなもん。」

 とか、

「どっかの悪魔がやったこと。」

 なんて答えを期待してました。

 そしたら、

「妹を分離しようと研究が為されてた。」

 エスさんが答えてくれました。


 ふ~ん、そうですか…

 だから、獣頭人身の化け物ばかりが出てきたんですねぇ。

 納得できました。


「ってことは、今のぜんぶヒューマン族だったってことですか?」

 半ば悲鳴になってしまいました。


 角、牙、ヒューマン族にはあり得ない能力。

 それが妹さん。

 たしかに出てきた獣人もそういったものは持ってますが、根本的に違います。キメラを元の姿に戻す技術だって存在していないのに、ましてや…

 っていうか、ヒューマン族ではないかもしれませんが、妹さんはきちんと現存が確認されている、いち種族なんです。

 それを分離しようってことは、ヒトからヒトを分離するようなもんです。


「ホントの妹さん助けたときに説明したじゃないですか。」

 エスさんは苦しげにうなずきました。

「だから、人体実験だっていったじゃん。」

「もう。シュフォラスは黙っててください。」

 ムッとした顔されましたがシカトです。

 明らかに落ち込んでるエスさんには、少しだけゆっくり穏やかに話しかけます。彼が悪いわけじゃないことくらいわかってます。

 それでも声が荒らいでしまうのはどうしようもありません。

「だって、妹さんはそんなんじゃないですよ!」

「キメラだと信じられてたんだ。

 もしくは悪魔憑き。」


 バカです。無知はそれだけで罪です。

 わたしもさんざん調べて知った事実ですが、それは棚に上げます。

 盲信って、自らの考えが絶対に正しいって思いこむことは、なんて危険なことなんでしょう。


「だって…」

「もちろん、ここまで追いつめてしまった責任はある。」

 エスさんは、わたしのセリフを遮ってまでして、説明し始めます。

「こんな状況にしたのは母だ。想像できてるかもしれんが、ここは牢獄だ。しかも市民権をはく奪された罪人のな。

 それとル・ガードの言う通り、十字架と処刑用の槍を用意したのは義父だ。ただ、街のヒトたちはそれに反発してる。数年前の魔女狩りの再来はごめんだからな。

 そんな義父だって首都からの圧力がなければ、母に関わる気はなかっただろう。

 母だって、妹があんなんじゃなければ…いや、それだって周囲が必要以上に騒ぎ立てなければ、こんなことにはならなかった。

 妹はヒューマン族と少しだけ違ってたかもしれない。だからと言って、迫害される理由なんて、本当は存在しないんだ。

 みんな、恐れながらもせいいっぱいのことを考えたんだ。

 考えたんだよ。」


 んで?

 だから?

 あなたは?


「エスさんは、エスさんだけは家族のこと信じてあげればよかったのに。

 いいかげん、バカにするなって言いたいです。全部ヒトのせいにして、二人の気持ちなんて完全ムシじゃないですか。」

 頭が沸騰しそうです。ピーピーと音を立てて煙を吹きだしてしまいそうです。

「妹さんがどうであれ、お母さんがどうであれ、血をわけた肉親じゃないですか。

 たしかに妹さんは本当の妹さんじゃなかったです。

 それでも愛せたんでしょ?

 妹が血縁じゃなかったら愛せないとでも言うのですか?」

 泣きそうです。

 マジで大泣きしそうです。

 いやいや、怒ってたんだっけ。ムカついて、イラついて、呆れて、嗤いすらこみ上げてきます。感情がアッチいったりコッチいったりです。

 ニンゲンの所業に吐き気がします。

 

「そのへんにしてあげな。」

 シュフォラスがわたしのお尻をペシリと叩きました。

 まぁ、いつものことなんですが、わたしのことを女と思ってるのか疑問です。そんなことは些細なこと。大事なのはそんなことじゃない。

「わたしはしょせん、ウソのお母さんです。

 でも、ホントの家族であるエスさんのとこにフレアちゃんを返すのが、すっごく不安です。」

 毅然と言い切りました。

「母親がどういった存在なのかなんて知りません。わたしの母は、わたしが物心ついたときにはいませんでしたから。

 母は記憶の片隅にも存在しません。わたしを育ててくれたのは工房のヒトたちです。

 だから、みんな父親で母親です。

 ときに厳しく、ときに優しくしてくれたあのヒトたちの愛情は、わたしの中に存在します。」

 懐かしい顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え。わたしは実は愛情に恵まれていたことを初めて知りました。


「わたしはわたしがちっちゃいころにもらった愛情をフレアちゃんに返します。

 感謝こそすれど、育ててくれた方々に愛情を返すことはできませんから。だから、フレアちゃんだったり、工房のヒトたちの、これから生まれてくるだろう子供たちに返していくつもりです。」

「ふーん。

 スパイアもいっちょまえに母性本能みせんだな。」

「うるさいです。」

 軽口をたたくシュフォラスに反して、エスさんの表情が晴れることはありません。こんなんで緊張が解けたって言われたら、そっこうブチ切れますが。


「俺は…」

「さぁ、最上階だ。

 ここに二人がいるはずなんだろ?」

 エスさんは何か言いかけました。でも、シュフォラスはそれを遮りました。理由はわかりません。

「最後に聞かせてください。」

 エスさんをじっと見つめます。

「二人を救いたいですか?」

 二人を、ってとこを強調しました。エスさんは強くうなずいて階段を昇りはじめました。 



 最上階はそれはまたおかしな光景が広がってました。

 床に座った女性が一人。

 その隣に少女が一人。


「お母さん…ですか?」

 わたしはおそるおそるエスさんに尋ねます。

 エスさんは小さくうなずきます。返答とは裏腹に、瞳に映る世界を拒否してるような表情を浮かべてました。


 お母さんの前には、無残に引き裂かれて散乱した人形と、綺麗にくしとかれて並べられた人形が多数。

 その隣の少女は、壊れた人形をせっせと繕ってました。

 妹さんです。

「おかえりなさい。おにぃさま。」

 気が変になりそうな世界で、花のような笑顔で出迎えてくれました。

「待たせたな。助けが遅くなってすまない。」

 エスさんが声をかけます。壊れた人形とおんなじ。感情を取り繕って、なんとか並べましたって感じです。


 見捨てようとしたくせに、なんては責めませんが。感動の再会に水を差すほどわたしは愚かじゃありません。


 お母さんが虚ろな瞳でわたしたちを見上げました。

「あなた、帰ってきたのね。」

 エスさんの姿を認めるや否や、お母さんの瞳に光が点りました。ただし、ギラギラとした、どこか妖しげな光でした。

「あ、わたしはスパイア・ル・ガードと言います。ご、こ、このたびは、ご無事で何よりです。は、早くここから脱出しま、しましょう。」

 どもりながらわたしは訴えました。


 なのに、

「あなた!

 愛人と子供まで連れて、どういうつもり!」

 といきなりキレられたのです。

 もうわけがわかりません。問答無用にぬいぐるみを投げつけられました。

「誤解です!

 わたしはこのヒトの愛人なんかじゃありません。片想いもしてないし、好意のひとかけらも持ってませんので、安心してください。」

 わたしは慌てて訴えますが、お母さんが落ち着くことはありませんでした。隣にいたエスさんが肩を落とし、シュフォラスが複雑そうな顔をして、妹さんがポカンと口を開けてました。

「と、とにかく落ち着いてくれ!」

 エスさんがお母さんを取り押さえようとします。

 しかし、お母さんはぬいぐるみと、なぜか妹さんを抱きかかえてブルブルと震えてました。野生動物が威嚇するような唸り声をあげながら。

 支離滅裂な様子に手を出すどころか、口をはさむこともできなくなりました。


 ふう。

 膠着状態はそんなに長くは続きませんでした。誰かが大きく息を吐きました。


 そして、

「お兄ちゃん。」

 はっきりした声が妹さんから発せられました。

 わたしもシュフォラスもはっと我に返ります。一斉に声の方向に視線が集まりました。

 聞こえてきたのは少女っていうか、むしろ成人女性の声でした。お母さんかと思ったんだけど、わたしたち以上に驚いた顔してるから違うんでしょう。もちろん、わたしではありません。


 そういえば、黒ドレスのシータスさんはどうなったのでしょう。この場には現われなそうです。


「見つかっちゃったんだね。」

 ヒィって変な悲鳴を上げて母親が腰を抜かします。妹さんのことを悪魔扱いしといて、いまさらなにを驚くことがあるのやら。手足をばたつかせ、わたしたちがいる扉の方へと這ってきたから、とりあえず気絶してもらいます。

 やったのはシュフォラス。エスさんはそれすら気づいていないようです。


「終わっちゃった。

 叩かれんのは痛かったけど、お兄ちゃんの傍にいられたから、それでもよかったんだけどな。」

 パンパンと何事もなかったかのように服の埃を叩き落しました。

 呆然と見つめるエスさんが膝から崩れ落ちました。

「お兄ちゃんはあたしのホントの姿を見たら嘆くかしら?

 嫌いになるかしら?」

 妹さんは、ニセモノの妹さんは、白青色の瞳を涙に曇らせていました。

「きっと怖くて失神しちゃうわ。」

 エスさんは小さく首を横にふりました。

 少女の目から零れ落ちた小さな雫。落ちた粒は床に触れる直前に石となって転がり、壁の隅っこで小さく輝いてます。


 泪石。


 噂では聞いたことがあります。

 一部の種族、たしか竜族に宝石の涙を流す種族がいる。そんな噂を鉱物魔法の専門家が話していたことがあります。

 まぁ、今はそんなのどうでもいいです。

 って、感動の再開のシーンに…拾いに行くな妖精族!

 後で殴ってあげます、ぜったい。


 妹さんがゆっくりとこっちに歩み寄ります。

「いつもみたいに抱っこしてくれる?」

 一歩、また一歩。

 身じろぎ一つしない兄の元へと足を進めます。

 二人が触れられる距離に達したとき、エスさんの腕が動きました。そのまま拒否する仕草を見せたら…とわたしはこっそりと金づちに手を添えました。


 永遠のような刹那。


 エスさんは何も言わず妹さんの、ニセモノの妹さんの身体を抱き寄せて、自分のひざの上に乗せました。

 すすり泣きが部屋を満たしたと同時に、コロコロと白青色の小石が私の足元へと転がってきました。


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