紫水晶
紫水晶
「欲しいモノがある!」
男のヒトは入り口の戸を開けるなり、店の隅々にまで響き渡るような音量で怒鳴りました。
そんなに広い店ではありませんから、まぁ、通常よりはうるさい程度とも言えます。だとしても、展示してある金属製の剣やら槍やらが、ビリビリと微細動を起こしているのだから、やっぱり大音声と言っていいでしょう。
はたして周囲はざわめきました。
なにごとかと声の出所をふりむくお客さまを一瞥して、男のヒトはズカズカと一直線にレジカウンターへと向かってきました。
「店主はどこだ!」
とくに怒っているような口調ではないと思われます。どっちかというと大きな音をだすことで周囲に威厳を示したい感じです。
まぁ、気合注入しないと行動に移せない。そんなタイプです。
バンとカウンターテーブルが大きな音を響かせました。
周りを威圧するような仕草は、成金貴族か脳味噌筋肉マンの特徴。建築土木をしてるヒトもそんなタイプが多いですが、それは武骨で乱暴だけど無神経じゃありません。不器用なだけです。
なので、この手の空気の読まなさは戦士系、しかも調子こいてる王国騎士ですかね。
こっちに歩いてくるときの足音も重かったし。
ちなみに、王国騎士ご用達のブランドが出した街歩き用ブーツが、そんな足音になります。スパイク等金属音なし。全体的に丈夫な皮製で、ベタ足な感じだからヒールが低めで、前半分くらいが硬め。もしかしたらつま先に鉄真入り。
流行りものに手を出してることを鑑みても、ある程度の金持ち階級なのでしょう。
「アンタに用があるんだ。」
あれれ?
予想通り、言葉遣いは荒くれ者のそれではないです。
かと言って、王国騎士並に偉ぶってるかと問われれば、違和感を覚えます。
素ではないんじゃないでしょうか。
普段は穏やかなんだけど、わざとやってるような。騎士たるもの商人相手に上から目線でいなければ、って思いこんでる。
いや、それはさすがに主観入りすぎかな。
いずれにせよ、周囲の視線はまったく気にならないらしいです。
「急ぎの注文だ。」
あ、なるほど。なにかに焦ってるんですかね。なんだかは知りませんが。
ちらりと一瞥。
カウンター越しに見える上半身から察するに、身長一八〇前後のヒューマン族で性別は男。騎士ではないとの判断から、次は無骨な傭兵の類を想像していたのですが、そこも予想を外しました。
細面な輪郭に適材適所に並んだ目鼻口は、歴戦の勇士というよりは二世騎士のボンボンの感じに見えます。
若者って印象が強いです。若者ってか、若輩者です。
今にものり越えそうな勢いで鼻息荒くカウンターに手をつく男のヒトに、ようやく店主が目線を上げました。
店主といっても臨時の雇われ店主です。
「あぁ、いらっしゃい。」
返答は淡々。冷淡ではないですが、とっても興味なさげです。
無愛想っていうか無感情な店主。
焦りだの、苛立ちだの、驚きだのと感情豊かに表情を変えてく男のお客さん。
その対比に少しふきだしちゃいました。
店主がこっちをにらんでたので、自分の仕事に集中するフリします。
しばし、二人が熱く見つめあってます。
ちなみに店主はちっちゃいです。カウンターから頭半分も出てないです。まるで子どもと見まごう小男。もちろんヒューマン族換算で。
だから、この位置からでも青年騎士(仮)を観察できます。
男のお客さんの年齢は二〇代で決定。
だから、青年。
パリッとシワ一つない白シャツは決してイヤミではなく、オシャレを気にしてと言うわけでもなく、そういう育ちなんだと想像させます。
「で、誰かの紹介かい?
それとも勢いまかせの飛び込み?」
一瞬、店主の口をふさぎたい衝動に駆られました。
やめときなよ、イヤミくさい接客。
どことなく上から目線だし。
お客さんに対して失礼だって。
斜め三〇度に一礼して、とまでは要求しませんので。
せめて本、地図帳かなんかかな、とにかく紙でできたそれは一回置いてくれませんかねぇ。
と心の中だけでツッコミ入れました。
本人悪意はないんでしょうけど、自分が客だったらあの店主の態度は減点対象です。リピーターになることはぜったいないですね、きっと。
案の定、青年は気色ばみます。
しかし、すぐに深呼吸して姿勢を正すあたり、とても冷静な方でした。
「失礼。この店の噂を耳にした。その話をもとにこの店を選んだ。」
声色がちょっと変わりました。口調自体はあまり場慣れしてないようですが、いちおう敬意を払ったつもりなんでしょう。
この街はいまだ職業ヒエラルキーが存在します。
ざっくり言ってしまえば、士農工商ってやつです。この街は士工商農の順番ですかね。
店主はもちろん商人だから、話し手は街の支配階級か、王国関係者に絞られます。
工業関係者は商人にモノを売り込むときしか来ませんから。
思考があっちこっちに飛びまわるなか、向こうでの会話は続きます。
「けっこう探しただろうに。ごくろうさま。」
愛想は皆無。悪意も皆無。
何度も言いますが、あのヒトの接客はヒヤヒヤします。
とはいえ、そこを問いただすのは詮無きこと。
ヒューマン族の階級やら職業やら王国やら権力やらその他もろもろのルールなんて、店主様にはなんら関係がないですし。もちろん職業で態度をころころ変えるヒューマン族の慣習もどうかとは思います。
同じヒューマン族として、そんな因襲は捨てるべきとはわかってんですけどね。
「気に入ったのあったら、あとこっちに持ってきて。値札ついてるでしょ。」
いやいやいや。にしても、どんだけ上からですか。
仕方ないかなぁ…そもそも接客すんのがメインのお仕事じゃないし。今日はたまたまバイトの娘が休みだったから、あのヒトがレジに立ってるだけ。
「お前がル・ガードなんだろ?」
「違うよ。」
ですよ。
店主様の名前はシュフォラスと言います。
ここ『マスクレス・デパートメント・ストア』の総元締めです。なので、けっしてこの店の主ってのが肩書きではありません。
むしろこうして語る方が失礼に当たるようなおヒトです。ましてや臨時バイトでレジに立ってて、座ってますが、もらうなんて、他の店舗ではありえません。
『マスクレス・デパートメント・ストア』通称『マスクレストア』はいくつかの小店舗がひとつ屋根の下にあつまった形態をとってます。
アーケード商店街ではなく、貴族のお屋敷レベルに巨大なワンフロアを幾つかに区切って店舗を成す商業形態は稀有な存在です。
ここは『ルガード武器店』という、巨大商業施設の中の一店舗でしかないわけで、けっして好きこのんでオーナーが店番しているのではありません。
だから、大きな声で苦情を言えないのです。
ちなみにオーナーであるシュフォラスさんはヒューマン族ではありません。小人種草原妖精系ホビット族。
そんな彼が排他主義バリバリなヒューマン族の街でオーナーなんて名を冠してられるのは、本人の商才と、各店舗が長い年月をかけて収集した珍品の数々のおかげです。客はそのもの珍しい売り物を求めて足を運んでくれるのです。
だからこそ、接客には気を使います。
ショバ代がどうとか、商業組合がどうとか、ただでさえ王国の商業ギルドに睨まれてるってのに。さらに街のお偉いさんと思われる青年にその態度はちょっとやめてほしい。
「まぁ、落ち着きなよ。」
とシュフォラスオーナーがアメジスト製のカップを差し出しました。青年騎士さんはそれを一気に飲み干しました。
紫水晶でつくられたコップの水は邪気払いの効能があります。精神世界出自の妖精族らしいおもてなしです。
とりあえずどんな相手にも悪魔祓い。もちろん皮肉ですから声は発しません。
「そうか。
ル・ガードが留守なら仕方がない。日を改めるか。」
あら。荒かった鼻息が心なし穏やかになった気がします。
「また来るのかい?」
「ここの評判は聞いているからな。」
幸いにも、青年は接客態度自体をあまり気にしてないみたい。
イイヒトかもしれないです。
でなければよほどここを信頼しているか。もしくは他に頼りどころがなく、最後の砦的な状態なのか。
「ふーん。
じゃあ、待ってればいいじゃないか。」
「留守じゃないのか?」
「留守といえば留守。」
かつかつとテーブルを小さくたたく人差し指は、イライラを我慢している証拠です。
せっかく落ち着いたのに。
でも、それは店主の人柄に対してではなく、話が一向に進まないことへのものだと思われました。
「お客様はお急ぎですよぉ。」
けっして届くはずない声の大きさで訴えてみました。
「わかったよ。」
あれれ、通じました?
シュフォラスさんは膝の上に広げていた地図、やっぱ紙質の何かは地図帳だったわけですが、そこからようやっと顔を上げると、上目遣いに客を見ました。
口調はあいかわらず興味なさげ。
カリカリと赤ペンで頭をかいて、思い出したように地図帳のどっかに印をつけながらです。
作業ついでに、片手間感を隠しもせず。
「名前は?」
とつぜんシュフォラスさんが尋ねます。
とうぜん男性は呆気にとられます。
「注文をしたければ、まず名を名乗るのが当然だろ?」
「あ、あぁ、そうだな。
エス。エスと呼んでくれればいい。」
お客様もおんなじくらい説明責任を果たさないけど。
明らかに偽名を名のってますって言ってるようなもんじゃないですか。
「エス…何?
いや、いいか。で、ご所望の品は?
この店を選んだってことは武器かい?」
青年は黙って肯きました。
うーん…やっぱ、そうだよねぇ…ってことは、あのヒトは自分の客ってことかぁ…
いまさらながら眉をひそめてしまいました。
右利き。
髪型から察するにあまりヘルメット型のヘッドガードは好まなそうだ。ってことは利き手に片手持ち武器と、逆手には大きめの盾ってパターンが普段使い。
鎧は筋肉のつき方がスマートだからフルアーマーじゃないだろう。ガチムチかは触ってみないと判断できないけど、普通にチェインとプレートの重ねだとしたら、幅広の両刃剣で叩きつけるタイプかな。
そんなことを想像します。
さて、お客様の答えは?
「相手を確実に絶命させることができるなら、種類は問わない。」
切羽詰ったような、あまりに鋭い眼光が店主を見下ろしてました。
はぁ?
お客様の必死さは伝わらないでもない。でも、それではエモノは作れませんので。
断れ!
思わず神様に祈りを捧げてしまいました。
「そんな都合のいいものあるわけないだろ。」
よし!
思わずガッツポーズをしてしまいました。
「ある女を殺したい。」
めげないですねぇ…
無下に言い捨てられ、かつ再び地図へ視線を戻しての完全拒絶なのにまったくもってめげてないです。
ところでシュフォラスさんは赤丸をもう一つ。一体何をしてんのやら。
「敵わない相手なら、初めから手を出さない。」
再び頭をおこし、客の目をしっかり見据えてビシリと正論を突きつけました。
さすがクレーム処理係。
面倒極まりない客はリピーターにするつもりはない。風評被害なんて知ったこっちゃない。
そんな殿様商売がオーナーの方針です。
いや、言いすぎ。半分オーナーの悪口になってしまいました。
でも、相手だってこれだけ言われれば…
「うーむ…」
刃の砥ぎ具合を確かめるふりして横目に見た青年は、それでもカウンター前から動かないです。
「敵う敵わないではないんだ。」
「誰か雇ったら?
傭兵派遣を専門にしている業者も『マスクレストア』には入ってるけど。」
「自らの手でやらなければならないんだ。」
「ドラックストアには毒薬もあるし、民族雑貨の店には暗器を扱ってるとこもあるよ。」
「正々堂々と彼女に向き合わなければならないんだ。」
たぶん誰かの敵討ちの類であろうことは予想できました。依頼自体はべつに珍しいことではないし、ネタもセリフもありがちなものです。
で、その追い詰められた感丸出しな表情もよく見かけるもの。
まぁ、ここは武器屋ですし。
大きな溜息が洩れました。わたしもオーナーさんもです。
「どこの、誰さ?
王侯貴族様かい?」
皮肉まじりの苦笑いに青年は言葉を詰まらせました。
刹那、間が空きます。
問いただす前にゆっくりと首を縦にふりました。
「マジか。」
つい声が洩れてしまいました。そしたらまた横目ににらまれました。
店主の顔には不審、呆れ、驚きその他たくさんの思いをごちゃまぜにしたような表情が浮かんでます。
わたしも同感です。
カウンターテーブルと平行に座っていた店主様が、ふいとこっちに背を向けて、初めてきちんと青年を正眼に見ました。
そうそう。
依頼を断るときは、きちんと目を見て真摯な態度で誠意を伝えるべきです。
「私よりも適任がいるよ。今、呼んでくる。」
あぁー!
結局、断んなかったな!
真摯な態度、違う。こっちに丸投げするための予備動作だ。
「マジかぁ…」
予測はできてました。はい。負け惜しみでもなくホントです。
わたしはがっくりと肩を落として道具をしまいはじめます。厚手の耐火性グローブを外して、遮光ゴーグルをいつものメガネにかけ換えて、手鏡で自分の顔を確かめていたところで声がかけられました
「ル・ガード。お客さん。」
「えぇ、そのようですね。」
腰痛対策のために準備した正座椅子、ちょうど正座したときに太ももとふくらはぎがくっつく高さに座面がある椅子に座ったままで、嘆きのため息をもらします。
そして、もう一回手鏡を覗き込みました。
うわ。顔中炭だらけ。
一生懸命手でこすってみたけど、たいして代わり映えはしません。
断ってくれればなぁ。
ちらりとオーナーを見ました。それで目線がちょうど一緒くらい。ちびオヤジめ。
「対男客のオシャレかい?」
「そんなへらず口いらないです。
ってか、けっきょく断んなかったですね。オーナーはイジワルです。」
開口一番余計な挨拶を加える店主を思いっきりにらみつけました。
「断りきれなかったんだよ。
あのゴリ押し、ずっと聞いてたろ?」
「ですけど…ぜったいメンドくさいお客様じゃないですか。」
「だね。でも、まぁ、ボクでは手に負えそうにないんでね。」
目線を右上あたりに向けてポリポリと頬をかいているシュフォラスに、あからさまなため息をついてやります。
めげてませんがね。
このちびオヤジは。
彼のポリポリは、何かをごまかしたり、ぼやかしたり、なし崩しに物事を進めようというときに、頻繁に見せる仕草です。
あんたの浅知恵なんてお見通しじゃ、なんて思います。そわそわと目線が泳いでるから、早くにわたしに押しつけて立ち去りたいんだろう、ってのも予想できてます。
「上手くいけば顧客ゲットだろ?」
「ヒト殺すなんて、平気でのたまうリピーターは遠慮したいんですけど。」
ちらりとお客様へと横目に見ました。ウチらのやりとりが聞こえているのかはわかんないですが、辛抱強く待ってくれてます。
あそこまでねばられたらこっちも出ざる得ないですよね。せめて話だけでも聞いてみようか。
重い腰を上げて、カウンターで待つ男のヒトのところへ歩いていきました。
「あ、えぇと、スパイアです。ここで武器作製の請け負いやってます。」
深々と頭を頭を下げました。
とたん、カタカタ音を立ててた人差し指の音が止まりました。
でも、さっきまではすごく期待に目を輝かせていたのに、わたしを見た瞬間笑顔が引きつりました。見てからに不審者扱いしてますね。
不審者はアンタだ!
なんて人差し指を突きつけたくなる気もちを抑えます。
「は、はじめてお目にかかる。
私の名はエメ…エスだ。今回は武器の製作を依頼しに来た。」
とかしこまって名乗られました。
で、不躾にジロジロと眺め回されました。
まぁ、接客業専門じゃありませんから、と自嘲してしまいます。
失明予防の真ん丸のビン底メガネ。何千度の炎でチリチリボロボロになった髪と肌。手と指は火傷と切り傷たくさんだし、耐熱耐火しかも薬品までもシャットアウトするオシャレ服なんてあるわけないし、チビコロだし、ヒト付きあい苦手だし。
”自称オンナのコ”なんてクラスの男子どもにからかわれる私が、店の裏からぴょいっと出てきたところでお客さんに信用されるわけがないでしょう。
いや、べつにお客さんには関係ない話です。
わたしはうつむき加減でお客の前に立ち尽くしました。
「あ、あの…」
「こんなちっちゃい娘が武器職人だって?
ちっちゃい店主にも驚いたけど…本当かい?」
なんだかものすごい失礼なことを言われた気もしますが、反論する勇気なく必死に何度も肯きました。
「たしかに職人らしくは見えるが…実は童顔で三十歳だとか?」
で、いまさら気づきました。
わたしを信用できない理由。それは外見じゃなく、年齢的な問題でした。
ちょっと意外です。
慌ててめいっぱい頭をふって、お客の言葉を否定します。
でも、わたしにできるのはそこまで。
声にできません。
とっても気まずい沈黙が流れました。
「こう見えても彼女、すごい能力を持っているんだ。」
シュフォラスさんがフォローを入れてくれました。ハードルを上げてくれたとも言います。
どうでもいいでけど、年齢のところはスルーですか。
「ほら、スープ。」
シュフォラスさんに促されて、わたしは無言で右手を差し出しました。
とつぜんの行動に戸惑うお客様。
「握手だよ。」
フォローの追加に、「あぁ」と手が伸びてきました。
わたしは仲良しの証明ってわけでなく、その大きなてのひらを握りました。
案の定握った感じこっちが利き手。左もチラ見。さらに背中にしょった剣も確認。で、予想を外してしまったことに小さく舌打ち。ヤバって思ったけど、全然反応はなかったのでひと安心。
追加情報。
あまり危機管理能力は高くなさそう。利き手は簡単にヒトにゆだねちゃダメだと思うから。
「痛いじゃないか!」
激昂とまではいかないけど、それなりに怒鳴られました。
前触れもなく力いっぱいに握ったからです。
でも、引っ込めようとした手を意地でも離しません。相手も握り返してきました。挑戦もしくは試練と勘違いしてくれたみたい。
あぁぁ、憂鬱ぅぅぅ。
嘆きながらも、習性ってヤツは、さ。
「利き手は右。左手は支軸メイン。力量は六のアッパークラス。
持っている武器は両手持ちの幅広刃の刀剣。柄頭の文様は旧王宮で使われていたものだから王国旧家。
ブーツ使用。手袋は戦闘時のみ。
なので諜報暗殺部隊ではなく騎士団所属。
えっと、素人意見でまことに言いづらいのですが、六アッパーでしたら刀剣の種類を変えた方がいいです。王国騎士団の使用する刀剣は二種類の重さがあるはずですので、二五〇〇のダブルハンドより一五〇〇のブロードかロングへの変更をお勧めします。
なにかしらの理由でそれを使用しなければならないなら、俊敏性を犠牲にして筋力を上げた方が扱いやすくなります。」
ポカーンとおマヌケな顔でこっちを見つめるお客相手に、わたしは一気にまくし立てました。
「あ、余計なお世話だったらごめんなさい。
でも、勝てない相手がいるというなら、使用武器を変えるだけでも対応できると思います。
おそらく日々の鍛錬は真面目に欠かさず行ってるし、現場経験もあるようですので、あとは武器との相性で劇的に変化します。」
身なりはけっして悪くない。
白シャツも強度と動きやすさのバランスのとれた濃茶のストレッチパンツも物はいい。少しくたびれて見えるのは、それだけ愛用してきたのでしょう。もしかしたら代々受け継がれているのかもしれません。
それと首からぶら下がったアメジストのお守りだって本物です。
血族から受け継がれたものと思われます。
傍に置かれた紫色の半透明のグラスとおんなじ色。紫に偏光する鉱物は邪悪を祓うってことをわかって水を飲んだんですね。
察するに、伝統や習慣を大事にするタイプのようです。
このヒトに剣を打ってあげたら、きっと大事にしてくれそう。
とっさにそう考えてしまいました。
「すごいな。」
素直に感心されました。裏表のないヒトです。
わたしとは大違い。
うーん。
なのに依頼内容はあれですか。不思議なヒトです。
「初めはこんなちんちくりんに何ができると思ったよ。」
「オーナー、このヒトとっても失礼なヒトです。」
思いっきり指差してしまい、オーナーに慌てて制されました。
わたしはたまに、いや頻繁に油断してしまうクセがあります。あわあわと挙動不審になります。
「いや、たしかに。
すまない。私の言動は失礼だった。」
笑顔はとっても子どもっぽい。
「あらためてキミに依頼したい。」
だからこそ心苦しくなります。
無言で再びうつむいてしまいました。
せかされるかと思ったら、また待っててくれました。
その誠意に答えなければ、わたしも職人じゃないですね。
「なぜ、わたし…いえ、ここなんですか?」
「『ルガード武器商会』の看板を掲げてるからには、ここは巷で噂の最強武器店なんだろ?」
最強武器店ってなんだよぉ。
たしかにネームバリューを利用させてもらっておいて、毎回後悔する自分が悲しくなります。
たいていのお客さんはルガードの武器ってだけで満足して帰っていかれるから、これでいいんだって言い聞かせてました。
でも、たまにホンキで武器を選ぶヒトがいるんです。
「登録使用者だけしか使えない。しかし、最強の武器を製作してくれる。
それがル・ガードの武器だろ?」
「たぶんですけど…それ、父です。」
さすがに今度は簡単に声が出ました。
半ば予測していたセリフです。
だったら誤解は早めに訂正すべきです。ぜったいにタイミングを逃しますから。
「父?」
「はい。父の名前はオート・ル・ガード。
『ルガード武器商会』は父が経営している武器製作修理販売の組織です。
私はスパイア・ル・ガードで、娘なんです。」
顔をしかめてます。さっきの優しい笑顔がウソみたいに。当然です。探しに探して、ようやく見つけた店がまがい物だったのだから。
「この看板は?」
「父は看板を掲げません。あくまで個人売買です。一箇所工房がありますが、この街ではありません。
ごめんなさい。誤解を生むような看板掲げて。」
穴があったら入りたい。そのまま埋めてもらって結構です。だれか、わたしのために穴掘ってください。
「だから、他当たってください。」
消え入るように私は呟きました。
お客様がじっとわたしを見つめてます。そして、おもむろにカウンターについたままだった両手を離しました。
諦めてくれた?
「でも、キミも武器を作るんだろ?
だったら、やっぱりキミに依頼する。わたしのために武器を用意してほしい。キミの言い値でいいから。」
へ?
思わず騎士様を見上げてしまいました。ずいぶんと長いこと見つめあいました。傍目におかしな光景だと思います。
「わ、わたし…」
伝えるべき?
わたしに武器を依頼するって言ったのよね?
「すまない!」
返答に迷うわたしを見かねたのでしょう。とつぜんオーナーが頭を下げました。
「軽はずみに依頼を受けようとした私のミスだ。騎士殿、申し訳ないんだけど、今回は諦めてくれ。
この娘は確かに武器職人で、この店に卸してくれている。でも、それらは全部一般用なんだ。質と技術は信頼できる。だから、ここにあるものでよければ売ろう。
ただ、個人専用の武器、しかも彼女の父親レベルのものというなら別だ。あまりに時間が足りない。
彼女は春休みを利用してこっちに来てるに過ぎないから。すぐにこの街から去る予定なんだ。」
わたしとおんなじように一気にまくし立てました。
オーナーに習うようにわたしも頭を下げました。オーナーと騎士様が再び交渉ごとをしてるようでしたが、頭を上げませんでした。
ポンっとオーナーがわたしの肩をたたきました。
怒ってますよね。
そっと上目遣いで騎士様を見上げると、そのヒトは困ったように愛想笑いを浮かべてました。
「そうか。わかった。ムリ言ってすまなかったな。」
騎士様は『ルガード武器店』って看板を見上げて、寂しげに笑いながら去っていきました。