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エリンスト皇国の首都は国土のほぼ中央に位置する。
そこは巨大な岸壁が聳え、そこから大量の水が流れ落ちて大地に穿たれた渓谷に留まることなく吸い込まれてゆく場所。その幅は端から端まで視認できるような大きさではなく、水が落ちることによって発生する霧によって幻想的な光景を生み出している。
それを背に国の象徴たる皇城が聳え立ち、城を中心として半円状に街が展開されている。
城壁の外側から首都を囲う分厚い外壁まで放射線状に区画が整備され、城から南に真っ直ぐ街の正門まで大通りが貫いている。また城に向かって傾斜が上っていく緩やかな丘のような地形のため、街のどこからでも城を見ることができる。
分厚い外壁の造りは東西で対称。城近くのおおよそ三分の一ほどが兵の官舎として使用されており、中央三分の一が武器庫や備蓄庫として、残り正門に近い場所が本来の砦としての役目を残している。
城の正門前に大広場が設けられ、正門との中間にそれより一回り小さな広場がある。前者の周囲には高位貴族の屋敷が立ち並び、後者のそれには大店が店を構える。街は同心円のドーナツ状に区切られ、城に近い位置から貴族街、職人街、商店街、住宅街となる。ドーナツの幅は後者に行くほど広くなり、住宅街の一角には畑や果樹園などの農場や牧場が存在する。区画ごとに同じ色で統一された町並みは、それぞれの特徴が出ていて趣深い。
人口およそ一万。
人間が建国した国の中では中規模に留まるこ首都は、けれど世界屈指の絶対不落の要塞でもある。
* * *
がしゃん
「――…………!」
身体が小さい故に取り難いバランスを魔力で補助しながらバルコニーの手すりに腰掛け、前世の最期から昨日までの出来事を遠い目で反芻していたマリエは、背後から聞こえた穏やかでない音と慌てたような声に現実に引き戻された。
気づけば太陽は地平線から大分離れ、自身の本来の起床時間になっていることにようやく気づいた彼女は、しまったと自分の失態を知る。
3歳児が手すりに乗っかっていたらそれは驚くだろうな、とか。
絶対落ちると思って慌てるよな、とか。
もっと言えば、昨日まで扱えなかった魔力を自在に操っているとか怪しすぎるだろう、とか。
一瞬の間にそれだけのことを考えた彼女はどう誤魔化すべきかと思い、すぐに諦める。
見つかったのは自分の迂闊さが原因だし、たった3年しか生きていないがこの国の人間たちはこれくらいのことは受け容れる度量を持っていると知っている。
それでも恐る恐る振り返れば、そこにはきっちり閉まった窓とカーテン。
「あ」
もちろん、部屋の中が見えるわけもない。つまり部屋の中からバルコニーが見えるわけもなく。
結論。
部屋の中で起こった騒ぎは、そこにいるはずの部屋の主がいなかったことに起因する。
「――?」
どうやら騒ぎを聞きつけたらしい他の人間も部屋に来たようだ。言葉は聞き取れなかったが、声は聞きなれた幼さの残るもの。
「……」
マリエはおもむろに立ち上がり、静かに音を立てぬようバルコニーの床に降り立つ。そして気づかれぬよう窓に隙間を作ると、カーテンの隙間から中を覗く。
そこにいたのは見慣れた自分の侍女と、兄とその侍従の姿。
妹の姿が見えないと知ったのだろう兄が侍女に詰め寄り、それを侍従が落ち着かせようとしているようだ。他にも外の廊下を走り去る足音も聞こえる。呼ばれるのは侍従長か侍女長か、あるいは父と母なのか。
この城の人間は確かに度量がある。だがしかし、少し落ち着きが足りないと思うのは自分だけだろうかと、再び遠い目になったマリエは思う。
ぶっちゃけ、すごく出て行きにくい。というか出て行きたくない。
このままフェードアウトできないものかと馬鹿なことを考えるが、現実逃避している間に、騒ぎが大きくなるのは目に見えていて。
保護者たちを呼びに行かれた時点で既に手遅れなのだが、兄が涙目になり始めたのに気づき、精神的に大人となった彼女は小さい子を泣かせる趣味など持ち合わせていなかったため、覚悟を決めた。
キィ
かすかな音を立て開く窓。分厚いカーテンに阻まれてさらに耳に届くかどうかというくらいに抑えられた音は、けれど兄が泣きそうになったことで静かになった部屋に響く。
外からの風に揺れたカーテンは、低い位置で不自然に膨らんでいる。
三人の視線を集中されたその位置は、小さな手がしっかり握りこんでいた。
「おはよ、う?」
何で疑問系なんだ! と自分に突っ込みながら恐る恐る部屋に顔を出したマリエに、彼らが呆気に取られたのは言うまでもない。
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