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遅くなって申し訳ありません。

今回分の投稿前に前話を加筆しました。よろしければそちらもご覧ください。




 身体の奥に、暖かい柔らかな光を感じる。

 生まれたときから知っていたような、初めて感じるはずのそれに触れたくて、手を伸ばす。

 否、それは比喩だ。

 肉体を伴わない感覚だけの中で、意識を伸ばして両手で包み込むようにそれに触れる。

 瞬間。

 光は意識を飲み込み、すべては真白になる。






「ん……」


 鼻にかかった声ともいえぬ小さな音は、小さな子ども特有の高い音。大きなやわらかい寝台に埋もれるように寝ていた子どもは、大きく伸びをしてから上掛けから抜け出すように起き上がった。

 まだはっきり開かない目を擦り、ぼんやりとしたまま寝台の端まで進んで飛び降りる。


「よっ、と」


 ふらつきながらも何度もやった着地を失敗することなく、毛足の長い絨毯に足をとられないよう気をつけながらカーテンが閉まったままのバルコニーに通じる窓に近づく。そしてカーテンはそのままに窓の鍵だけを魔力で外し、外に出る。

 きちんと窓を閉めて自分の背より遥かに高い手すりに近寄り、再び魔力を操ってその上に立った。

 今は春が近い。陽が昇ったばかりの今の時刻は肌寒いが、それが心地よい。かすかに吹く風が、裸足のままで立つ幼子の寝間着の裾を揺らしていく。


「きもちいい~」


 舌足らずな言葉を発した幼子は、もう一度伸びをして新鮮な朝の空気を取り入れようと深呼吸する。おかしなことに、その一連の仕草はとても幼子のするものとは思えなかった。

 背筋をピンと伸ばし、眼下に広がる光景を見渡す。


「……これが、いま、わたしがいきてる、せかい」


 目に映るのはきれいに整備された石造りの町並み。沢山の煙突から煙が昇り、一日の活動が既に始まっていることを知らせている。微かに聞こえてくるのは獣の鳴き声と人の声。

 幼子は目を閉じ、反芻する。


「わたしは、マリエ・ラ・エリンスト。エリンストこうこくだいいちおうじょ。3さい」


 自分に言い聞かせるように、“今”の己の名と身分を紡ぐ。


「そして、ねこのかみさまにとそのおにいさんのかみさまに、このせかいにてんせいさせられた、もと・にほんじん」


 そして今、自分がここに在る理由を。

 昨日までは知りもしなかった、知るはずのなかった記憶を受け入れた幼子は、それまでのしっかりとした意思を感じさせる表情から一転、途方に暮れたようなそれを浮かべる。


「ぜんせのきおくありだなんてきてないよ、かみさま」


 前世の記憶を3歳にして思い出すことになった、世界を超えて転生した子どもが幼子ゆえに泣きそうに聞こえる声で呟いた言葉は、誰にも届くこともなく朝の爽やかな空気に溶けていった。




* * *




 セリエス。

 創造神が闇の中に小さな光を灯し、一滴の生命力溢れる滴を落とし、そこに幾つかの様々な生命の種を埋め込んだ小さな砂粒を浮かべた。

 やがて滴の中から生物が、砂粒から植物が生まれ、進化し、あるいは滅びながら世界はゆるやかに形作られていった。

 世界は生命の呼吸に必要な空気と、活動するのに必要な魔力に溢れている。

 ふたつの大陸とそれを繋ぐように連なる大小の島々。大陸のひとつには主に人間が、もうひとつの大陸には魔族が住み、島々にはそれ以外の進化を遂げた人間とは似て非なる存在が暮らしている。総ての生命体は魔力を持ち、知恵ある存在は魔力を自在に操る術を得て行使できた。故に世界の文明は魔力を行使する術、所謂魔法によって発展することになる。

 そうして生命の誕生から気の遠くなるような時を経て、世界に人間をはじめとする知的生命体が君臨して幾星霜。人間の暮らす大陸にはいくつもの国が存在し、時に争いその数を増減させてきた。そして現在、国家数は十前後。未だ争う国はあるが、歴史上もっとも平穏な時代を迎えていると言っていいであろう。

 そんな人間国家の中で最古の歴史を持つ国こそ、エリンスト皇国。建国暦おおよそ2700年を誇る、大陸の東の端に位置するそれほど広くはない国である。東は海に面し、北東から南西に広大な森、さらに北西から南東にかけて大河に挟まれた、陸の孤島のような立地のために皇国建国以降、他国からの侵略を受けずに済んだこともその歴史の長さの由来であろう。

 豊かな土地に恵まれた皇国は、食料をほとんど他に依存することなく賄え、それ故に穏やかな気質の者が多い。それ故に皇族を初めとする施政者が腐敗することは稀で、それも程なく排除されるために民に累が及ぶことも少ない。確固とした国政が敷かれているために飢えることが少ない人々は、己の興味の赴くままに様々な技術を磨き、それを発展させてきた。その技術力の高さは他国の賞賛を浴びる。

 そんな国を手に入れたいと願う他国の存在が皆無であったはずはないが、歴史上その目論見が成功することはなかった。地理的な問題然り、他国との関係然りである。むしろ侵略して皇国の力を削ぐよりも、より強力な繋がりを持って恩恵に預かる方が自国の利になると考えられている。

 何より、エリンスト皇国の民とひとたび触れ合えば、余程自身の欲望に駆られた者でない限り、彼らと争うことなど考えられなくなるのだから。

 温厚で争いを好まず、けれど自国内での結びつきは強い。彼らの自国を愛する姿勢に、他国民は感服し、己を省み、国を省みる。

 皇国を2700年の長きに渡って存続させてきたのは、そこに住む民の存在そのものなのだ。





お読みいただきありがとうございます。

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