1
改稿前のものを大幅に加筆修正したものです。大まかな流れは変わっておりません。
私は異世界転生、というものをした。
いや、頭おかしいんじゃないのか、という突っ込みは受け付けない。何故ならこれは厳然たる事実なのだから。
そもそも“私”は、どこかの世界にある地球という惑星にある日本という国の、都会というには活気が足りず、田舎というには利便性が良過ぎる一地方都市に生まれた。
金持ちでも貧乏でもない平凡を絵に描いたような一般家庭。そろそろ役職がひとつ上がりそうなサラリーマンの父と、子供の手が離れて趣味に生きがいを見出し始めた母。堅実に安定感のある企業に就職した兄と、恋愛に興味はあるがまだまだ部活のほうが大事な妹。
時に喧嘩をすることもあるけれど、大切で大好きなそんな家族と共に、極平凡な人生を歩んでいた。それはもう特筆すべきことのない、ほとんどの日本人はこんな人生を歩んでいるのだという、見本になりそうな人生だったと思う。
ただそんな“私”の人生の中でたったひとつだけ、平凡でもありきたりでもなかったことがある。
それはその死に方だ、と思う。
それこそ突飛過ぎて、死体を見た人間以外には絶対に信じてもらえないような、そして見た人間はおそらく夢に見て魘されるような死に方だったのだから。
“私”の死因は要するに、首と胴が離れたせいだ。
あ、引いてくれるな。明治時代初期頃までならともかく、現代日本でそんなこと実際にありえるはずがないことは承知している。そもそも、そんなことがどこででも起こるとしたら私も引く。日本式の死刑でさえそんなふうにはならない。というか、数多ある地球上の国のどこに行っても、そんな死に方をする場所など多くないに違いない。
なのに、斬首。
詳細を語ることは、当事者である私にもできない。だって死んじゃったんだから。
ありきたりな話ではあるが、第一志望の大学への進学をもぎ取り高校卒業を間近に控えていた“私”は、それを期に親元を離れ一人暮らしをしなければならなかった。合格した大学が都会といわれる場所にあり、とても通学できるような距離ではなかったためだ。通学できる範囲の大学に、勉強したい学科のあるところがなかったのだから仕方がない。それこそまさに、どこにでもある話だ。
住む場所を探して不動産屋と連絡を取り合い、予算と条件を満たす場所を妥協せずしつこく何件も下見を重ねる中、ある新築マンションの工事現場に行ったのだ。
家賃他諸経費が予算内に軽く収まること、通学・生活面での利便性のよさ。その他の条件は妥協せずにすみそうなものだったし、大学入学までには入居できることと、初めての一人暮らし。せっかくなら綺麗なほうがいいよねという若い女性にありがちな思考の下、他の物件を見たついでに……といった不動産屋の提案に乗った形で。
ほぼ完成間近で後は内装の工事を少し残すのみといったその場所で、中を見せてくれるというのでヘルメットを借り、これはお得な物件かもしれない、ここに決めてしまおうか、と思えるくらいには理想的なマンション内の見学を終え、玄関ホールに下りたときだ。
案内役の不動産屋のお兄さんがふと思い出したように(今となっては少々わざとらしかった気がするが)、マンションのエントランスホール脇に珍しいものができるのだと私に教えてくれた。中に入るときには業者さんたちが作業していたので、少し気になりつつもスルーしていたものだ。見学中に設置があらかた終わったらしいそれが、作業していた人間が減ったために見えるようになったようだ。
ホールから出てお兄さんが説明してくれたのだが、人影でちょうど私からは見えない位置を示したので、ひょいと首を伸ばして覗き込んだ。
瞬間。
私の記憶は途絶えていた。
何の前触れもなく、一瞬で暗闇に落とされたようだった。
つまり、その瞬間に死んだということなのだろう。
で、そんなふうに死んだことすら一瞬のことで、自分に何が起こったのか理解すらできなかった私が何故こんな死因を知っているのかというと、神様とやらに聞かされたためである。いや、マジで。
* * *
一瞬で意識を刈り取られた私は、ほけっとしているうちに身体――実際には魂とか呼ぶべきものなのであろう――が何処かに引き寄せられる感覚を覚え、抵抗するということを思いつくこともなく、暗がりから唐突に光溢れる場所へ引きずり出された。
いきなりのことで目が眩んだ(魂の状態であろうとそう表現する他ない)私の耳に、声が飛び込んできた。
「いやー、ごめんね。まさかあんなところで死んじゃうなんて、予定外もいいところだよ」
それは言葉の内容を裏切るような明るい声だった。
周囲が把握できないながらも声のした方へ顔を向けた私は、そこにこんなところで見るはずのないものを見つけたのだ。
光に眩んだ目が“それ”を目に入れた途端、一気に元の視界を取り戻したようだった。
背景が真っ白だから目の錯覚かもと思ったが、思わず擦った目を再び開いても、それは変わらない。
「まさか君が選ばれるなんてさ、こっちもいい迷惑だよ」
ちょっとはこっちの都合も考えてくれたっていいのにさ。せっかくの計画がパーだよ、パーっ!
と憤慨したように話すのは、猫。
どう見たって、真っ白な毛をした、猫。
すっきりとした短い、手入れの行き届いた毛並み。スマートでしなやかな体躯をした。
猫。
それが私の目線と同じ高さに、人間がするように足を組み、腕を組んだ格好で、浮かんでいるのだ。
「な」
「こうなったからにはしょうがないから、君には違う世界に行ってもらうね」
にっこり笑った猫、というのを初めて見た。というか、猫って笑顔作れたのか。いや、それよりも。
「いや、というかその前に、状況を説明して貰いたいんだけど?」
「あれ?」
私が口を開けば、猫は不思議そうに首を傾げた。いやに人間くさい動きをする奴だ。
「あんまり驚いてないね」
いや、十分に驚いている。
ただ、あまりに非現実的なこの状況に思考がついていけていないだけなのかもしれないが。いやに頭の中は冷静で、不可思議きわまりない状況を受け入れているようだった。
「今まで自分がどこにいたのだとかいうのは覚えているから、今の状況が普通じゃないってことは理解できるわよ。というかさっきも聞こえたけど、もしかしなくても……」
「うん。君、さっき死んじゃった」
いっそ清々しいような笑みを満面に浮かべてあっさり言い切った猫に、首をきゅっと絞めたくなったのは仕方のないことだと思う。
そんな私の物騒な気配を感じたのか、即座に組んでいた手足を解きさっきより離れた場所に普通の猫らしい立ち姿で浮かんだ相手は、拗ねたような顔になる。
猫の癖に表現豊かな奴だ。無表情が標準装備と言われていた私よりも、感情表現に富んでいると思う。
「なんで?」
まさかテンプレのように神様のミスとか言い出すんじゃないか、と疑いの眼で見る私に、猫は器用にも肩を竦めて見せた。
「やだなぁ、君が死んだのは僕のせいじゃなくて兄様のせいだからね?」
お読みいただきありがとうございます。




