プロローグ
眼下に広がるのは整備された石造りの建物たち。その周囲をぐるりと取り囲む高く分厚い塀。その向こうの平原には幾筋かの街道が延び、それらは森に丘に川に遮られ、先を見通すことはできない。
早朝の清かな風を全身に受けながら、平原の遥か彼方から昇る太陽に目を眇める。
この世界の太陽は、あちらの世界の太陽より強く、やさしいと思う。
今、私が生きるこの世界は、すべてが生命力に溢れている。生と死がより身近にあるから、あちらの世界よりずっと、生きているということを実感させてくれる。
この世界が好きだ、と思う。
あの世界を忘れたわけじゃない。残してきたものに未練がないとは言わない。けれど後悔はしていない。
あの時、神様の言葉に肯いてこの世界に来ることを決めたのは、私自身。そうするしか道はなかったとしても、そう強く思えば真実になると、この世界で学んだから。
一日の始まりを告げる鐘が、街中に鳴り響く。
人々の活動が始まり、家々の煙突から今日も生きていると、合図のように煙が立ち上る。 商売人は早くも屋台を広げ、早朝から動き始める冒険者や行商人のために商売を始める。
街が目覚めるこの時間が好きで、毎日のようにここにいる。
「姫様。そちらにおいでですか?」
少し遠くから聞こえる声に身を乗り出せば、見慣れた侍女の姿がある。
「今、行くわ」
街を見渡せる塔の上から、気負いなく飛び降りる。
呆れたような侍女の顔を捉えながら、自分の部屋のバルコニーへと無事着地。
「あちらの国では、そのようなことはなさらないようにお願いいたしますね。姫様」
部屋に入りながらのその言葉に、笑う。
「努力しましょう」
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