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三話 邂逅編(二度あることは三度も四度もあるみたいです)

 さて、あれから俺は風呂を上がり、洗面台の鏡を見つめていた。写り込む平凡よりは多少整っているだろう顔と、所々に傷の残った絞られた上半身。そして、濡れた黒髪の間から見つめ返してくる黒い瞳。確かに自分の顔だった。


 言っておくが、別にナルシスト的な意味合いで見つめているわけじゃない。ただ、ルビーやリリアーヌが前世の俺と現世の俺を重ねてくるようだから、気になっただけだ。結果として得られたものは何もないが。


「……別に全部信じたわけじゃないけどな」


 嫁云々の話はともかく、少なくとも前世と言うのはすんなり受け入れられた。この世界はそう言う世界だからだ。詳しくは今は省くが、この世界には転生やトリップと言った類いの現象が確かに存在する。それも転生に関してはかなりの確率で。


 何より、俺もまたそのうちの一人だ。残念ながら前世の記憶は持ち合わせていないが、特殊な検査でそれは既に判明している。そこに関しては否定のしようもない。


「嫁云々の話は断固否定するけどな。こんな年齢で青春終わらせてたまるかっ。俺は必ず平凡な女子を彼女にするんだっ」


 決意も新たに俺は締め括り、まずはドライヤーで髪を乾かすことから始めるのだった。


 それから数分後。


 俺は新しい部屋着を着てリビングに向かった。だが、そこで待っていたのは想像だにしなかった光景だった。俺はその光景を目撃した瞬間、決意もくそもなく崩れ落ちる事となった。


 どんな光景なんだと言えば、民族衣装的な物を着込んだ少女達がクリスと話している光景だ。こんな夜に、この家に居る時点で大方の察しが付いた。どう見繕っても、俺関連の人達ですね。分かります……。


 ああ、本当にどうして今日と言う日は俺をここまで苦しめ、追い詰めるのか。神よ、俺が一体何をしたって言うんだ。


 そんな心境を抱きながら、俺が四つん這いになって打ちひしがれていると、誰かの足が視界に入ってきた。


 視線を上げれば、そこには我が妹であるクリスがいた。何とも言い難い、複雑な表情をしている。そして、俺が顔を上げたのを見て取ったクリスは腕を組んで一言、俺に告げた。


「兄貴、取り敢えずバイトな」


「……ですよねー」


 遠回しに居候が増えた事を告げられた俺は、そう言うしかなかった。俺とクリスの間に数秒ほど微妙な空気が流れたが、素知らぬ顔でやり過ごす。クリスもそうしているのだから、正解の筈だ。


 それから俺は、徐に立ち上がってリビングの中に入る。クリスも溜め息混じりに付いて来た。次いで、俺は少女達が座っているソファーの向かいにある同様の物に座った。


 ちなみに、ルビーとリリアーヌはカーペットの敷かれた床で何故か正座中だった。ルビーはともかく、リリアーヌに関しては何となく察しは付くので触れない。


「さてと、ここに居るなら俺のことは知ってるだろうけど、改めて自己紹介でもしようか。俺はマガミ クロ。来月には高等部生だ」


 うん、かなり色々省いた自己紹介だな。でも、何言えばいいのか分からないし、こんなもんだろ。


 俺は内心そんな事を思いながらも平常心を心掛け、出来るだけ前の二人のような事態にならないよう気を付けていた。そのためか、自分達との対応の差にルビーやリリアーヌから不満げな視線を当てられる。


 だが、それを敢えて俺は無視した。何故なら、目の前に居る少女達はどちらとも、二人とは違うと伝わってきたのだ。そう、変態や痴女とは違うのだ。理由なんて無い。ただ、俺には何となく分かる。二人はそこに関してはまともだ、と。


「それじゃ、私もー。私はアリア。アリア・ドラゴ・――――って分からないよね。前もクロ、覚えられなかったし。一応、竜族の姫なんだ。クロとはつがいの関係かな?」


 そう言って笑ったのは、アリアと言う華奢な体格の少女だった。


 アリアの第一印象だけを言うなら、笑顔のよく似合う美少女だ。


 夕暮れのような鮮やかな色彩をしたふわふわな髪。小ぶりな顔立ちは、一つ一つの整ったパーツも相俟って可愛らしく、特に金色の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗なもので、惹かれるものがあった。また、それに合わせて、笑った時に見える八重歯がアリアの可愛らしい笑顔を引き立てていた。


 うん、本当に可愛らしいね。どこの原始人だって言うような衣装を着込んでなければ……。正直さ、目のやり場に困るんだよ。毛皮の胸当てと腰巻きだけって。それに、何か若干獣臭いし。隣の子も距離取ってる辺り、臭うんだろうなぁ。あ、鼻隠した。


 などなど、そうした俺の心情を加味した結果として得たアリアの第二印象。それは、笑顔がよく似合う美少女にだって残念な人はいる。だった。


 だが、まだ一つの可能性も残っていた。その返答によっては、アリアの最終的な印象も変わってくるだろう。


 だからこそ、俺はアリアに合わせて笑顔を作り、内心祈りながら尋ねた。


「あのさ、アリアさん」



「アリアでいいよ。ううん、アリアって呼んで」


「あ、うん。あのさ、アリア。その格好とかは、えっと、竜族? 特有の格好なのか?」


「格好? ……ああっ、この格好のこと? 違う、違う。みんなは人化の時は普通にちゃんとした服着てるし、私もそうだよ?」


「……うん?」


「あはは、ごめんね。ちょっと八つ当たりで、強者狩りに夢中になっちゃったんだ。それでいつの間にか服も無くなってて、仕方なくそこら辺にあったのを、ね?」


 そう言って可愛らしく小首を傾げながら笑うアリアだったが、俺は引きつった笑みしか浮かべられなかった。よくよく見れば、アリアの至る所に血の跡らしき汚れがあるのだから余計に引きつる。


 ただ、この引きつった笑み、浮かべているのが俺だけなのはどうなんだろうか。他の、このリビングに居る連中はアリアに共感を示す仕草をしているのだ。


 断じて、俺が間違っているわけじゃないはずだ。なのに、この温度差。おかしい。


 普通なら、ツッコミだって入るはずだ。何だよ、強者狩りって! とか。服無くなったって気付けよ! とか。あるはずなんだ。なのに、何も無いどころか、共感、と。


 えっ? 俺がおかしいの?


 なんて、有り得ない勘違いすら起こしそうだった。いや、しないけど。


「そ、そうなのか。いや、そりゃタイミング悪かったねー」


 俺はそう言うしかなかった。正直怖いです、はい。


 最終的なアリアの印象? そんなもん決まってる。美が付く女に碌な奴はいない、だ。少なくとも、俺の周りにはっ。


 そうして俺はアリアから視線を移し、もう一人の少女を見やる。どうせ何かしら突き抜けてるんだろ、と内心思いながら。


 果たして、それは正しかったとも間違っていたとも言えるわけだが、一つ確かなこともあった。それは、


「……質悪いな、おい」


 だった。


 いや、本当に質が悪い少女だよ。長い布を身体に巻き付けただけの格好は、まだいい。隣にはもっと酷いのがいるのだ。それと比べたらマシな方だろう。


 この少女の質が悪いのはそんな格好をしておきながら、俺にとって危うい姿勢や仕草をしてくるところだ。それも、意識してやっていないように見せてくるのだ。それがあくまで天然か、それとも計算高いのか、俺には判断のしようもないのだから困る。


 そして何より、この少女の無口さ。表情は多少の変化を窺い知ることが出来るが、基本的に単語でしか話してこない。それも仕方なさそうに。人見知りではなさそうな事から、単に話す事が億劫なんだろう。


 あまりにも単語でしか話さないため、少女の話は俺が勝手に要約することにする。


 少女の名前はシス。邪神様だとか。命名したのは前世の俺。ちなみに、前世の俺とは伴侶であり、半身の関係らしい。掘り下げるつもりはないが、半身の関係って何なんだろうか……。


 ……本当に何だろうなぁ、このシスって少女。今までの自称嫁の連中もそうだけど、この子は別格だ。外見の印象とか雰囲気だけでも畏怖ってか、畏敬の念すら覚えるぞ。流石に紛いなりにも、神様ってことか。


 俺はシスをもう一度見やる。今度はシスをしっかり見据えて。


 外見だけを言うなら、シスは実に美しい人形のような姿をしている。


 まっさらな穢れを知らない白髪は、後ろ髪と左側の一房だけが赤い紐で結われ、その髪よりも更に惹きつけられる金色の瞳。そこに在るだけで、どこか魅了されてしまいそうになる。


 そして、その髪や瞳に相応しいほどに顔立ちもまた整っていた。まだ成長途中であるはずの幼さが残る顔立ちだと言うのに、不思議と既に完成しているようにも見えてしまうほどだ。


 何より、シスのどこまでも白い透明感のある肌が、それを引き立てているようだ。そう、本当に透けているかのよう……。


 ……うん? 透けているような? えっ?


「って、本当に透けてる!?」


 俺は思わず腰を浮かせ、そう声に出していた。


 そんな俺に驚いたのか、はたまたシスの状態に驚いたのか、他の奴も少なからず反応を示していた。特にシスの隣に座っていたアリアはそれが顕著だ。


「えっ、ちょっ!」


 アリアから驚きの声が上がるとともに、シスが徐に立ち上がった。


 俺は警戒心を強めたが、シスはそんなことは知らないとばかりに、一言。


「……空腹……甘味……供物……所望……」


 と、要求してきた。


 どうやら、ただ単に腹が空いて透けてしまっていたらしい。多分だが。


「いやいや、空腹で身体が透けるってなんだよ。おかし……くはないのか。邪神様だもんな。何でも有りなんだよな、分かります」


 自分で言っといてあれだけど、邪神様すげー。意味が分からないけど、すげー。


 と、俺も半分混乱したような状態だったんだろう。自分でもよく分からないが、シスに拍手を送っていた。よく分からないと言うことから、理由は特にない。


 ちなみにだが、拍手したらシスも照れながら胸を張ったりしていた。


「馬鹿やってないで、どうにかするのが先だろ。ほら、シスだっけか? 今あるのはこの激甘チョコだけだが、食べるか?」


 そう言って俺の頭を叩き、シスにハート型のチョコを手渡したのはクリスだった。


 クリスからチョコを手渡されたシスは、コクリと頷いて躊躇もなくチョコを口に運ぶ。


「ばっ、クリス! そんな頭腐るような劇物与えたら!」


「……っ! …………美味……」


「死ぬ……ぞ? って、お前もそっちの人種か!?」


「兄貴には分からないだけだろ。このチョコの味が」


 鼻を鳴らして見下してくるクリス。その傍らには、恍惚とした表情のシス。透けた状態も治ったようだ。


 チョコ一つで元通りって邪神としてどうなんだとか問いただしたいが、今はどうでもいい。そんなことよりも、今の俺が言いたいのは、これだ。


「カカオ〇・〇一パーセント未満、濃縮砂糖九十パーセント以上、その他数パーセントのチョコなんて既にチョコじゃない! それはただの砂糖の塊だ!!」


 俺のその叫びに他の、チョコに手を伸ばそうとしていたルビー、リリアーヌ、アリアの動きが止まる。


「甘いな、兄貴。カカオがほんの僅かでも含まれていれば、それはチョコだ。それにだ、このチョコの製造会社には濃縮砂糖九十九・九……パーセントの『至福の時 続・激甘チョコの襲来』ってチョコすら存在するんだぞ。知らなかったのか?」


 知らんわ。てか、それもう食べ物じゃねーよ。ただの調味料固めただけのやつだよ。断じてチョコなんて代物じゃないからな?


 心労で疲れ果てた俺は、最早何か言い返す気にもならず、そんな妹への悪態を心の内に押し込むことにした。願わくば、妹が糖尿病にならないことを祈りながら。


 妹を止められない駄目なお兄ちゃんには、もうそれしか出来そうにないです。


 ……ただそれでも、二つだけ。これだけは言いたい。


 一つは、妹の一部味覚バカに被害者が出なかったこと。ルビーやリリアーヌ、アリアがゲロるところは見たくないからな、流石に。


 そして、もう一つ。どちらかと言えば、こっちの方がメインだが。それは……、


「夕飯の前にお菓子は食べちゃいけません!」


 うん、我ながら実に正論でどうでもいいことですね、はい。でも、せめてもの反論だったんです。悪気はなかったんです。


 だから、そんな激物チョコを無理矢理俺の口に入れようとしないで! 何? みんなも共犯にすれば問題にならない? いや、言ってる意味が分からんぞ、妹よ!? 駄目、入れちゃらめ、らめー!!



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