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二話 邂逅編(変態と痴女。違いが分かりません)

 あの悲惨な出来事から数十分後。俺とルビーはリビングの床に正座させられていた。もちろん服を着てだ。そして、そこであの状況についての理由を伝えたのだが。


「――状況は理解した。正直言うと、頭沸いたのかとか思うけど、百歩譲って真実だって信じる。……ただな、兄貴」


「言うな、クリス。お前が言いたいことは分かる。分かるけど、触れちゃ駄目だ。現実から目を逸らすのも時には必要なんだよ」


 そう、一つ問題があった。だが、クリスがそれを口走る前に俺は遮る。触れちゃいけない問題もある。それがどれだけ視界に入ってこようとも、「気にしたら負け」と言う格言もあるくらいだ。絶対に触れちゃいけない。


「いや、駄目だろ。この家に居る時点でアウトだろ。明らかに兄貴関連だし」


「大丈夫だ。あれは訳あり物件とかでよくあるパターンの奴だ。触れても見ても気にしてもいけない」


「でも兄貴関連だ」


「……証拠も無いのに人を、それこそ家族を疑うなんて駄目だと思うぞ。兄として悲しい」


 触れちゃいけないと言うのに、クリスは退く気がないらしく、視線の鋭さも増していく。今ならその視線だけで死ねそうだ。


 そうして、お互いが一向に退く気がない状態に陥っている俺達の傍らで、一人の変態が行動を起こしていた。


 そう、一緒に正座させられていたルビーが、遠慮がちに俺の肩を揺さぶってきたのだ。


 そして、俺が何か答える前に言いやがりました。


「……なぁ、クロ。先程から何をそんなに揉めている? あそこの女が原因なのか?」


 ……はい、地雷踏みました! てか、踏むのお前かよ!! さっきまで一言も喋らなかったじゃん!! 何で今なんだよ。もう少し空気読もう!?


 俺はそんな恨み辛みを込めた視線をルビーに送った。当の本人は気付きもしなかったが……。それはまだいい。ただ、それと同時に場の雰囲気もまた、緊張感が漂うものになってしまったのは戴けない。


 そう、今までクリスと話していた問題とは、別にルビーの今後についてとかじゃない。いや、それもある種の問題には違いないが、今回の焦点はそこじゃない。


 問題は、リビングと隣接しているダイニングキッチンに居る。そこの椅子の一つに腰掛け、優雅にもティーカップを口元に傾けている法衣を着込んだ女性だ。それも、ある種の神聖さすら感じる飛び切りの美人だ。


 サラサラの金糸のような髪は腰の辺りまであるストレートのロング。細く長い眉の下には、おっとりとした垂れ目。鼻筋は綺麗に整い、純白の肌に潤んだピンク色の唇も小振りで可愛らしい。


 何より、ルビーよりも一回りは大きそうだ。身長ではなく、胸の部分が。法衣の下からでも主張が凄まじい。だが、スタイルに関して分かるのはそこまでだった。法衣が手足を隠すほどに長いため、判断出来なかったのだ。ただ、見た目からしてスタイルも整っているんだろう。


 さて、閑話休題それはそうとしてだ。


「あんた、誰ですか?」


 ルビーが地雷を踏んでしまった時点で、もう関わらないなんて選択肢はない。仕方なく、俺は覚悟を決めてその法衣の女性に尋ねた。


 そして、返ってきた言葉にもう泣いて笑うしかなかった。


「私ですか? 私はセラル教の聖女、リリアーヌ。前世であなたの妻だった者です、クロ」


 はっはっは、クリスの視線が凄まじく痛いな。いや、言いたいことは分かるよ? ほら、見たことか。とかだろ? でもさ、俺だって今初めて聞かされたんだ。関与も何もしていないのに俺を責めるのはおかしいだろ。俺は何も悪くない。ただの被害者だ。


 ……そもそもだ。文句を言いたいのは俺の方だ。何が悲しくて、まだ高等部にも入学してない未成年の俺に嫁が出来なきゃならないのか。それも二人。理不尽だ。全くもって理不尽過ぎる。


 だからこそ、俺は敢えて言おう。


「ふっ、ここが人生の墓場か」


 うん、格好付けて言ってみたけど何言ってんだろ。自分でも理解不能だわ。


「ぬっ、何だ。クロはここを墓場にしたいのか? ダンジョンを作ってそれ系統の眷属を召喚すれば出来なくもないが……」


「しなくていい! お前は仮にも住宅街に何てもん作ろうとしてんだ!!」


 俺は思わずルビーの頭を叩いていた。そうしないと、ルビーは本当にやりかねない気がしたのだ。いや、魔王云々の話を鵜呑みにしたからじゃないですよ? 何となく、そんな気がしただけです。いや、本当に。


「それで? 兄貴はこの状況をどうすんだ」


「え……? 俺がどうにかするのか?」


「いや、何驚いてんだよ。兄貴関連なんだから兄貴が処理しないで誰がする」


 ごもっともです。


 呆れたと言わんばかりに冷たい眼差しを向けてくるクリスに、俺は視線をそらすしかなかった。そのそらした視線の先に、また二つの眼差しが在ったのには参ったが。


 さて、クリスの問い掛けに対する答えは三つある。一つ目は情け無用で二人を追い出す。二つ目はそれ関係の人に引き渡す。そして、三つ目はここに居させる。


 一つ目はかなり魅力的な案だ。でも、何だろう。他人様に多大な迷惑を掛ける光景しか浮かんでこない。……ボツだな。


 なら、二つ目。……ああ、駄目だな。一つ目と同じ光景しか思い浮かばない。俺と関係ない奴が誰かに迷惑掛けるならまだしも、今回は大いに関わっちゃってるし。こいつらが何かやらかしたら、俺の寝覚めが悪過ぎる。これもボツか……。


 となると、三つ目……か。この家に居候させる。とんでもなく嫌な選択肢だな。主に俺が被害に遭う光景しか思い浮かばない。


 そこまで考えて、俺はクリスの方をそっと窺った。


「決まったみたいだな、兄貴」


「……居候させるしかないだろ。こいつら追い出したら、他人様に迷惑掛ける光景しか浮かばないんだから」


 クリスには見抜かれていたようだ。俺は渋々、結論を告げた。


「お人好し。そんなだから毎回面倒に巻き込まれんだよ」


「返す言葉もありません」


 ええ、本当に。


「たくっ、拾ってきたんならしっかり面倒見ろよ。他人様に迷惑掛けるような真似だけはさせるな。いいな、兄貴」


 溜め息一つ、それで許しちゃうクリスもお人好しだと思う。言わないけどね。あと、その捨て猫でも拾ってきたみたいな発言はどうかと思うよ。いや、反論はないけどさ。


 と、そんな時だ。クリスとの話が纏まったところに、ルビーがとてもどうでもいい横槍を入れてきた。


「ちょっと待った。黙って話を聞いていたが、私は人に迷惑など掛けん。私が人に与えるのは恐怖と絶望だけだ。そこを間違えてもらっては困るぞ」


 ……うん、知らんわ。お前は何を訂正してんだ。どや顔されても、こっちが困るわ。てか、恐怖と絶望って余計に質が悪いんだけど。本当にお前は何がしたいの。


「あら、それを言うのなら私もです。私が人に与えるのは、私に対する信仰と崇拝です。迷惑など掛けるわけがないです」


 えっ、そちらのあなたもですか? もう君達、ただのツッコミ待ちだよね? 何だよ、私に対する信仰と崇拝って。何だっけ、セラル教だっけ? 何「あなたが神ですか」とか、言ってほしいわけ? 言わないよ? 俺、言わないよ?


 ……あぁ、もうテンションどんどん下がってく。誰か助けて。いや、割りと本気で。何なら土下座も辞さないから、お願いします。


「面倒、見ろよ。兄貴」


「……はい」


 強ばらせた顔のクリスの言葉が妙に重く感じた。もしかしなくても、俺はまた選択肢を間違えたんだろう。俺にもその自覚があるのだから、間違いない。


 そして、クリスの次の言葉に俺の貧弱な心はへし折られそうになった。


「それと兄貴、風呂に入れ。クサい」


 妹に顔を歪めてそんな事を言われるのは、兄として辛過ぎることだった。毎日、しっかりと風呂に入って清潔にしてるのに……。


 ◇


 さて、俺は現在風呂に入っている。理由はもちろん、クリスに言われたからだ。ただし、訂正もある。クリスの俺がクサい発言だ。正確には埃クサいという意味だった。原因は言わずもがな、ルビーのあれだ。


 傍迷惑なことだけど、良かった。クリスに嫌われたら生きてけないし。主に食事面と金銭面で。てか、中学生の妹に財布握られてるってのも情けない話だよな。俺なんかより、よっぽど切り盛り出来てるから文句言えないけどさ。


 俺は風呂に浸かりながら、そんな情けない事情を再認識させられていた。あまりに情けない話に、俺は風呂の湯を顔に掛けて忘れようとする。そして、視線を湯に向けて写り込む自分の顔を見つめた。決して、横を見ないように。


「あの、流石にそこまで無視されると濡れてしまうんですが」


 ……俺が涙に濡れそうだよ、馬鹿野郎。


 そう、俺は一人で風呂に入っているわけではなかった。もう一人、居たのだ。闖入者が。


 ただし、それはルビーではない。ルビーは何故か埃を一切被っていなかったため、クリスとともにリビングで寛いでいる。


 なら誰だということになるが、もう残っているのは一人しかいない。そう、今回の闖入者はリリアーヌだった。


「あの、放置プレイはあまり好まないんですが」


 どうやったのかは知らないが、リリアーヌは俺がシャワーで身体を洗い流し、風呂に浸かったタイミングに闖入してきた。全裸で、妖艶なポーズを決めて。そして、その時に出てしまった俺の甲高い悲鳴すら、何をしたのかこの風呂場に留めてしまったらしい。


「あっ、こんな乱暴な放置プレイでっ」


 何故それが分かるかと言えば、俺が悲鳴を上げてから既に数分。だと言うのに、誰も様子を見に来ないのだ。二人が薄情なだけか、リリアーヌが何かしたと考えるのが妥当だ。流石に二人が薄情とは考えたくない。つまり、リリアーヌの仕業と言うことになる。俺の願望が多分に含まれているのはこの際無視だ。でないと、俺の心が折れる。


「あっ、あっ、いっ……っ!」


「さっきから本当、何してくれちゃってんの!? やめて!? 風呂でまで俺の理性試さないで!? 終いには泣くぞ、俺!!」


 ……ええ、そうです。もう我慢の限界でした。


 何故にリラックスするべき風呂でさえこんな目に遭わないといけないのか。そう考えたら頑張ったよ、俺。うん、凄く頑張った! 自画自賛と言われようと、俺は自分を褒め称えるよ!


 そして、俺は言った。心からの叫びを。


「この、変態がっ!」


 だが、それは間違っていたんだろう。一つの言動で人は興奮が萎える事がある。現にリリアーヌもそうだ。


「っ! ……クロ、私は変態ではありません。ただの痴女です。痴女には痴女の矜持があるんです。変態と同列に扱われるなど、吐き気がします。クロ、例えあなたでも、次は許しませんからね」


 その直後、リリアーヌは風呂場を出て行った。一言、「萎えました」と吐き捨てて。戻ってくる気配はない。どうやら、本当に出て行ったようだ。


「……えっ? 俺が悪いの?」


 俺は急展開のあまり、一時的に硬直していたらしい。思考回路が正常に戻ってきて、言いたい(ツッコミたい)ことは山ほどある。だが、取り敢えず一言に要約すると、こうだ。


「変態と痴女の違いって何?」


 俺には分かりません。



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