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茉莉花の少女  作者: 沢村茜
第一章
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喫茶店で

 気に入らないことがあればすぐに口が出てくる。そして、時には手が伸びてくる。


 彼女のヒステリックな性格が大嫌いだった。


 あの女の気に入らないことがあれば、無関係の人に八つ当たりをする性格が理解不能だった。


 けれど、僕の成長は人より早かった。小学校を卒業する頃には彼女よりも身体が大きくなっていた。


 それから彼女の攻撃は言葉のみになった。


 はむかいたい気持ちがなかったわけではない。


 今まで生きてきた時間から、そうすることが正しくないことくらい分かっていた。


 そして、彼女はそうやって僕を攻撃してくることで、心の平穏を保っているのだと分かっていたから。


 彼女に表面的に刃向ったことはなかった。


 でも、そんな彼女の弱さに気づいてしまった自分の勘のよさを悔いたことはあった。



 「久司君」


 その言葉とともに、僕の顔を覗き込む。


 彼女は放課後になると、早速僕を迎えに来た。


 そのとき、教室から浴びせられた視線で、彼女が男から人気があるということを実感した。



 三田の言葉はあながち嘘ではなかったのだろう。


 外見的には分からなくもないが、中身は本当に変わっているのに。


 性格を知って、彼女が好きと思うやつは変人でしかないと思う。



「笹岡先輩は彼氏いたんですか?」


「久司君が始めての彼氏」


 要は誰ともつきあったことがないということか。


「今、笹岡先輩って言ったよね」


「言いましたけど」


 何かテンポが一つずれている気がする。


「それってあんたから先輩ってことは少しは進歩したってことだよね」


 また笑う。


 それもこっちが恥ずかしくなるような笑顔で。


 僕は彼女から目をそらした。


「一応先輩ですから」


「あ、敬語は使わなくていいよ。ため口でOK」


「そしたらあんたって呼ぶけど」


 彼女は不服そうな顔をした。


「茉莉でいいよ。わたしだって久司君って呼んでいるんだから」


 ついていけない。


「それは先輩が勝手に呼んでいるだけですから」


 結局敬語が一番いいのだろう。


 頬をふくらませ、つまらなそうな顔をする。


 一体何歳なんだよ。




「茉莉」


 試しに呼んでみた。


 彼女は目を輝かせ、僕を見た。


 なんかめんどそうな顔だ。




「笹岡先輩」


 肩を落とす。いじけたような顔だ。


 少しおもしろくなってきた。




「あんた」


 さっきのように頬を膨らませる。



「茉莉先輩」


 ちょっと照れたようなうれしそうな顔。しかし、笑顔とは少し違う。


 他に何か呼び方はないのか。


「あなた」


 突然彼女は肩を震わせ笑い出した。


 何がどう、彼女の笑いのつぼを刺激したのか分からない。


「君」


 ちょっといまいちなのか首をかしげる。


 しかし、そうでもなかったのかまんざらでもなさそうだった。


 これと対照的な顔をしたのはどんな呼び方だろうか。


 僕がそう考えたときだ。


 彼女は腰に手を当て、僕を睨む。


「わたしで遊ばないでよ」


「気づくの遅すぎ」


「分かった。そんなにわたしで遊ぶなら、今度からひーちゃんって呼ぶから」


 ひーちゃんなんて幼稚園のときでさえ呼ばれたこともない。


 呼んでもそれくらいの歳までの呼び名だろう。


「何歳だと思っているんだよ」


「十六、七でしょう?」


「分かっているならそんなんで呼ぶなよ」


「だから呼ぶのよ。こういうのは呼ぶよりも呼ばれたほうが恥ずかしいのよ。


それにわたしは女。あなたは男だから」



 意味が分からない。ただ、彼女が何を言おうとしたのかは分かった。


 こういうのは女のほうが白い目で見られないということだろう。


 かなり計算高いのか、ただ変なのかよく分からない。


 いや、変なことに間違いはないか。


「分かったって」


 そう言ったのは逆らうと面倒そうだったから。


 彼女は満足そうな笑顔を浮かべている。


 そういう笑顔を浮かべていると普通にかわいいのに、中身はかなりの問題児だ。



 けれど、人はそういうものなのかもしれない。


 僕もそう言われ続けてきた。


 彼女は顔を覗き込んできた。


「アイス食べない?」


「まだ四月だよ」


「スーパーに行けば売っているよ」

 

 そう言うと足早に歩いていく。振り返ることもしない。


 ついてこいということなのだろうか。


 確かに一緒に帰るとは言ったが、こんなことは勘弁してほしいとは思う。


 しかし、小さくなっていく彼女を見過ごせずに後を追うことにした。


 彼女の足は小さなお店の前で止まる。


 そこにはクレープやソフトクリーム、パフェなどがガラスの向こうに並んでいた。


 その甘いものをじっと見つめている。


 彼女の視線が僕を見て、再びこの店に向かう。


 他に食べたいものを見つけたのだろう。


「寄りたいなら寄ってもいいよ」


 そう言わないと彼女が動かないと思ったからだ。


 彼女の茶色の瞳が光を帯びる。


 すぐに顔に出る彼女を見ていると、少しおもしろくもある。



「でも悪いよね」


 そんなことを言いながら、おもいきり期待した目で僕を見ている。


 彼女は自分がどれほど顔に出やすいのか理解しているのだろうか。


「いいよ。そんなところでじっとされても困るから」


「そうするね」


 彼女は軽い足取りで店の中に入っていく。


 何も食べる気はしなかったが、少しくらいなら帰るのが遅くなっていいのかもしれないと思った。


 店の中に入ると店員が声をかけてきた。


 彼女は水を一つずつ並べると、メニューを手渡していく。


 その彼女の視線が僕を見て、彼女を見る。


 彼女はそんなことに気づかないのだろう。


 必死にメニューと睨めっこをしていた。


 しかし、昼も食べたくせに何でそんなに食べられるんだろう。


「あなたは何を食べたい?」


「コーヒーだけでいいよ」


「そうなんだ」


 またメニューに視線を戻す。


 しかし、やけに人の視線を感じる。


 人の視線を感じることは多かったが、その視線が僕に向いているわけではないことはすぐに分かる。


 目の前の彼女に向けられているのだ。


 彼女はうれしそうにメニューを見ていた。


 絶対に気づいていないと思うほどマイペースな表情を浮かべている。


 彼女は派手なわけではないが、とにかく目立つのだろう。


 辺りを見渡すと、男だけではなく、二十代ほどに見える女性や、他校の女子生徒が彼女をちらちらと見ているのが印象的だった。


 それもかなり好意的な視線を向けている。


 女って自分よりかわいかったり、綺麗なタイプを嫌うのかと思っていたらそうでないらしい。


 彼女といると変な経験ばかりだ。


 一番変なのはこんな視線に気づかず、デザートの写真をうれしそうな目で見ている彼女で間違いないだろうけど。


 彼女は口元を引き締めると、店員を呼んだ。


 さっき彼女を見ていた女性がうれしそうにやってきた。


 彼女は早速注文を始める。


「ヨーグルトパフェとチョコレートケーキ、後コーヒー二つで」


 そのメニューを二人分店員に渡す。


 店員は彼女を見ると、店の奥に消えていく。


 見世物みたい。


 そんなことをボーっと考えていた。


 彼女の視線は窓の外に向けられていた。


 彼女の表情が緩くなる。


 その視線の先にあるものが気になり、窓の外を見た。


 目の前には女子高生が二人歩いている。


 僕の学校の生徒ではない。


 他に彼女が和みそうなものを探す。



 道路の向こう側に手をつないでいる男の子と女の子がいた。


 女の子は涙をぬぐっているのか、手をしきりに動かしている。


 男の子はその手を引っ張っている。


「兄妹かな。それとも幼馴染かな」


 彼女は自分が見ているものを暗示するような言葉を告げた。


 その落ち着いた台詞がいつもの明るい彼女の声とは違って聞こえた。


「さあ、本人じゃないから知らない」


「予想でどちらだと思う?」


「そんな答えの分からないものに興味はないよ」



 そういって顔を背けた。



「そっかな。想像するだけで楽しいと思うけど」


「楽しくない」


「変なの」


 変なのはどっちかと言いたくなる。


 人をあれこれ見て、想像したってくだらないし、無意味だ。


 人は誰でも言えないものを抱えているのだから。


 そんなものに想いを馳せても意味がないことを知っているから。


「明日の朝、この交差点で待ち合わせをしようよ」



 彼女の言葉を聞くのも面倒になって曖昧に答えた。


 そのときコーヒーの香りが届く。


 いらだった心が少しは落ち着くような気がした。


 彼女は窓の外を見ていた視線を、手元に向けた。


 そこには彼女の頼んだチョコレートケーキとパフェが運ばれていた。


 彼女の目がきらきらと輝く。きっと彼女の瞳には綺麗なものや、楽しいものしか映っていないのだろう。


 そんな単純に生きられる彼女がうらやましかった。


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