一年越しに咲いた花
十一月二十九日、僕の誕生日に優人さんから電話があった。
彼は僕が電話を取ると挨拶をして、すぐに話を切り出してきた。
「今日、お前の誕生日だよな」
「茉莉に聞いたんですか?」
彼の声を聞くのは、茉莉の家に行ったあの日以来だった。
「家に来いよ。見せたいものがある」
僕は彼の誘いにすぐにいいとは言えなかった。
茉莉に会えばやっと忘れようとしていた気持ちの整理がつかなくなるかもしれないと思ったのだ。
優人さんは僕の心を見透かしたように言葉を続ける。
「茉莉はもう引っ越したよ。秋人の家に住んでいるし、もう籍も近いうちに入れると思う」
「分かりました」
今の彼女のことを聞き、もう迷うものはないと思えたのだ。
茉莉の家に行くと、優人さんは僕を茉莉の部屋に通す。その部屋に入った僕の視線は、窓辺に釘付けになる。花がついていなかったあの木に茉莉花の花がやさしくともっていた。まるであのときの茉莉の望みをかなえるかのように。
「あとの花はあいつが持っていったんだけど、これだけは残していって、できれば花が咲くように管理していてほしいって頼まれたんだ」
神様が与えてくれた気まぐれだろうか。
動き出した人生を止めることはできない。それでも僕の目から涙がこぼれるのが分かった。彼女の幸せを強く願っていたはずなにに、ただ子供のように泣いていた。
悲しかったのか、うれしかったのかは分からない。ただ、僕が彼女の前で泣いた時、全てを包み込んでくれた彼女のぬくもりを思い出していた。
「お前はお前の人生を歩めばいい。自分のことは忘れてくれって言っていたよ」
そんなことはできないと分かっていても、彼の言葉にうなずくことしかできなかった。
僕は落ち着くのを待ち、彼女の家を後にした。心配した優人さんが家に送ってくれると言い出したが、僕はこれ以上彼に迷惑をかけないために断っていた。そして、ぼんやりと歩いていると、彼女の誕生日に一緒に過ごした並木道を通りかかり、足を止めた。
まだ燃えるような明るさを残している葉に白いものが触れる。
「雪、か」
その雪は僕の頬にも触れる。けれど、それは痕跡を残しただけで姿を消してしまった。
あのとき茉莉があっという間に姿を消してしまったように。
冷たさだけを残して。
だが、対照的に肩に舞い降りた雪は消えることなくとどまり続けていた。
自然と僕の目から涙が溢れるのが分かった。
人前で泣くことなんてみっともないと分かっていても、それをとめることなんかできなかった。
そして、茉莉と過ごした時間を思い出していた。
最後の日、冷えた細い体を僕に委ね、眠っていた。
あのとき、雪のようだと感じた彼女はまさしくそうだったのだろう。
その彼女はあっという間に姿を消してしまった。
雪が水になり、川や海などに居場所を見つけるように彼女も新しい居場所を見つけることができたのだろうか。そして、今、彼女が笑っているのだろうか。
それだけが気がかりで、僕の胸をかき乱していった。
年が明けても母親は僕に何かを言う事はなかった。それどころか、引っ越しの日の二週間程前から家にもいなかったのだ。そうした行動はある意味彼女らしいのかもしれない。
父親の家に住んでからは無駄に広い部屋を与えられた。
その日は父親は一時的に体調がよくなったのか、家に戻ってきていた。
そして、僕が大学に合格をした後に、母親が男と再婚するということを父親から聞かされた。
相手の男はまた僕の知らない男だった。本当に飽きないなと思いつつ、僕がこの家に着たことと無関係ではないのかもしれないという考えが脳裏を過ぎるが、わざわざそんなことを確かめる気にもならなかった。
合格祝いと言われ、優人さんから茉莉の部屋にあった茉莉花の植木をもらった。実際のところ合格祝いとは名ばかりで世話に困るから僕にどうにかしろと彼は言っていた。
僕はその花を庭に植えておくことにした。
いつか心が昔に戻りそうになったとき、その茉莉が大切にしていた花を見るだけ彼女のあたたかさを思い出せる気がしたからだ。いつか彼女が望んだように誰かを好きになれるかもしれない。そう自分に言い聞かせながら。




