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茉莉花の少女  作者: 沢村茜
第一章
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弁当契約(下)

 彼女は僕の戸惑いを受け流すように軽い言葉を続ける。


「でも、私とつきあうことで女の子から試しにつきあってとか言われなくなるのよ。藤木君がどれくらいもてるのか知っているし、正直そういう子しつこかったでしょう?」


 心が惹かれそうになる言葉だ。


 僕が言おうと思った言葉をかきけすように言葉を続ける。


「あと毎日お弁当を作ってきてあげる。これであなたの昼ごはん代はタダ。節約するにはいい案でしょう?」


 僕がどう言えば反論できなくなるのか、分かったような言葉の連続だった。


「ね? 悪くないでしょう?」

「弁当のためにつきあうって言っても嫌じゃないのか?」

「全然」

「そんなに男とつきあいたいなら、別の男とつきあえばいいじゃないか。 黙っていれば相手には不自由しないだろう?」


 三田が他に狙っている女がいるのに、彼女に接近しようとした気持ちは第三者的に見れば分からなくもない。第三者的にといったのは主観的には同意しかねたからだ。


「まあ、そうなんだけど、あなたがいいと思ったの」


 絶対に怪しい。何かをたくらんでいるとしか思えない。


 彼女は突然、何かに気づいたような顔をする。


「ていうか、黙っていたらってどういうこと? それってわたしの性格に著しく問題があるみたいじゃない」


「どう考えても問題あるよ」


 自覚がないのか。それもそれで問題だ。


「そんなことないから。大体、先輩に失礼だと思わないの?」

「先輩?」

「そう。笹岡茉莉。三年二組」


「見えない」


 それは本心だった。


 彼女の何かあるたびに輝く大きな瞳や、自分勝手さを考えると、高一か高二だとばかり考えていた。

 彼女のペースにのまれそうになっていることに気づく。


 これではいけないと言い聞かせた。


 いかに彼女を諦めさせようか考える。


 結局、軽く脅すのが一番なのかもしれない。


 好きでもないなら効果的だろうと思ったからだ。


「僕がここで恋人らしいことをしても拒まないんだよな」


 軽い脅しをかけるつもりで彼女に言い、肩をつかんだ。その肩の細さに心臓を鷲掴みにされた気がした。


 怯えた表情や軽蔑の眼差しを向けるのではないかと思い、彼女を見た。


 だが、僕の予想に反し、彼女は満面の笑みを浮かべている。


「そんなことをしてきたらいろいろ方法はあるよね」


 さっきと何ら変わらない口調で、含みの取れる言い方をしてきた。


 彼女は息を吐くと、僕の顔をじっと見つめる。


 全てを見透かしたような瞳だった。


「でも、そこまでしなくても、あなたはそんなことができないってわかるから」


 そんな心の内部を探られるような瞳をされると、彼女の肩をつかんでいることさえできなくなる。


 僕は彼女から手を離す。


「僕とつきあってあんたに何のメリットがあるんだよ。金もないし」


 彼女は目を細めて笑う。


 思わず目を奪われそうになるほど綺麗な笑い方だった。


 そのとき、窓から一枚の桜の花の残りが飛び込んできて、彼女の足元に舞い降りた。


 彼女はかがむと、その花びらを両手で包む。


 薄いピンク色の花びらが日の光を浴びてより薄く白く見える。


「どうしても見たいものがあるの。でも、それはあなたと一緒じゃないと見れないものだと思うから」


 抽象的過ぎて分からない。


 だが、単純に興味があった。


 彼女が何を見たくて僕とつきあうか、だ。


「恋人って何をしたらいい?」


 彼女は目を輝かせ、僕の顔を覗き込んできた。


「今から約一年、一緒にごはんを食べて、登下校をするだけ。土日も拘束しない。これでどう? わたしは三年だから、実質十二月までになるとは思うけど」


 結局、彼女というのは肩書きだけで、友達と何も変わらないのだろう。


 昼飯と、言い訳のためと割り切れば悪い条件ではなかった。


「いいよ」


 彼女の言葉に同意した。彼女の顔が明るくなる。まるで欲しいものを買ってもらった子供みたいだと思った。


 教室に戻ると三田の問いかけが待っていた。


 想像していたが、面倒だ。


「話って何だ?」


「つきあってくれって」


 窓の外を見た。


 厳密には違うような気がするが、それで十分だろう。


「マジで?」


「そんな嘘を吐く意味がないと思うけど」


 三田は肩を落とす。


「大体お前って何でそんなに女にもてるんだよ。その顔か?」


「知らねーよ」


 顔、か。


 自分の顔を見ると、あの女との血のつながりを示された気がして、これ以上ない不快感を味わう。


 だから普段の生活だけはあの女とかけ離れた生活を送りたかった。


 あの女とは違うとあがきたかったのかもしれない。


「仕方ないけど、今日の昼飯だけはおごるよ。約束だったからな」


「今日はいいや。あいつが一緒に食べようってさ」


 さっき別れるときに、さっそく昼飯の約束をすることになったのだ。


 三田は少し考えた表情をすると、口を開く。


「茉莉先輩は綺麗だから、彼女を好きだったやつらに僻まれるかもな」


「ないない。あの女ってかなりの変人だから」


「あの人が変人なんてあるわけないだろう。おとなしい人だと思うけど。さっきだってお前の影に隠れて」


 三田はうっとりとした様子で饒舌に語る。


 人の思い込みとは本当に便利なものだと思う。


 よほど都合のいいシーンしか見えていないのだろう。



 そのとき、教室の扉が開き、クラスメイトが入ってきたため、その話は自然と打ち止めになった。



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