奇跡であったとしても
◇
僕がもらったプレゼントは勉強をするソフトや、英会話の教材のセットといった、今から見るとうんざりするようなものばかりだった。だが、子供のときは父親がくれたということもあり、喜んでいた気がする。
誕生日にもらったもので、一番うれしかったのは、あの家で迎えた最後の誕生日の日に祖父が言ってくれた「お誕生日おめでとう」という言葉だった。
今ならどうしてそれが一番うれしかったのか分かる。あの家での唯一の敵でなかったのが彼だけだったからだろう。母親を嫌っていた祖父だったが、僕を祖母に比べるとまだ責めないでいてくれた。
◇
それから一か月ほどたち、僕の誕生日が訪れた。その日は学校が休みだったので、午後前から彼女の家に行くことになった。
彼女の家に着いた僕は泣きそうな顔の彼女に迎えられる。
朝から何があったんだ。本当に。
夜遅くまでかけまわってお茶の木を探し出したり、朝っぱらからなきそうな顔をしていたりと彼女の行動は僕の理解をはるかに超えている。
彼女は僕の手を引っ張ると自分の部屋まで連れて行った。そこには青々と茂る茉莉花と奈良からもらった花があった。だが、茉莉花にはあのときのような白い花はもう咲いていなかった。
「残念。がんばったんだけどな」
彼女は悲しげな目で未だ緑の残る木を見つめている。
「何が?」
「お茶の木の花と白のベゴニアはね、久司君の誕生花なの」
「そうなんだ」
驚けばいいのか、軽く流せばいいのか。他に選択肢はあったかもしれないが、僕は軽く流すことを選んだ。自分の誕生花が何かなど考えたこともなかった。
僕はそこで我に返る。
「もしかして、それをずっと探していた?」
彼女はうなずく。
「わたしと久司君の誕生日にそれぞれね、一緒に並んだら、なんかいいなって思ったの」
「そんな無意味なことを。先輩って歳のわりに幼すぎ」
彼女は頬を膨らませて僕を見る。
「こんな奇跡みたいなことに願掛けをしないと」
そこで彼女は言葉を噤む。
「しないと?」
「何でもないよ」
顔を背け、頬を膨らませている彼女をやけに愛しく感じてしまっていた。年上や先輩というよりは後輩みたいだ。
「でも、久司君の誕生日に暗い顔をしていたらダメだよね。ケーキもあるんだよ。頑張って作ったの」
「先輩が一人で?」
「お兄ちゃんに手伝ってもらった。でもね、飾り付けはわたしがしたの」
彼女は待っていてというと部屋を出ていく。しばらくして、彼女は大きなお盆にホールケーキを載せて戻ってきた。生クリームが盛りだくさんのイチゴケーキで、随所にクリームが妙に多かったり、薄かったり、スポンジが見えているところもあるが、全体的にきれいに飾られてた。彼女らしさを残したケーキを見て、僕は目を細める。
彼女はもともと出してあったサイドテーブルの上に置き、ケーキナイフで丁寧に切り分ける。ケーキをケーキナイフに載せた彼女はその場で固まっていた。
「お皿を忘れていた」
そう言い残すと、今度は二人分のお皿とフォーク、ジュースの載ったお盆を手に部屋に戻ってくる。今度は無事にお皿にケーキを載せ、僕の正面に置く。
「どうぞ」
僕は彼女が作ったケーキを口に運ぶ。
「おいしい」
「ありがとう」
その彼女の笑顔が嬉しくて、僕があっという間にケーキを平らげた。
彼女も自分のケーキを切り分けると、口に運ぶ。満足の行く出来だったのか、彼女の顔が明るくなる。僕たちはそのケーキをあっという間に平らげてしまった。
茉莉は窓辺に飾った白いベゴニアを指差して、優しく微笑んだ。
「この花の花言葉はね、親切っていうんだって。久司君みたいに優しい花なんだね」
その言葉が気恥ずかしくなり、僕はその隣に並ぶ、白い花を実らせているお茶の花を指差した。
「これは?」
「……追憶」
彼女は小さく消え入りそうな声でそう言った。
どうして君がそんな顔をしたのか、そのときはよく分からなかった。ただ、その理由も聞けないほど、君の目が悲しみに帯びていた。
彼女は不意に立ち上がると、机の上に置いてあった紙の包みを取り出した。
「誕生日プレゼント」
「僕は買ってないのに」
良きせぬ出来事に、戸惑いを露わに彼女を見る。
「わたしがあげたかっただけだから気にしないでね」
包みを解くと、紺のシンプルなセーターが入っており、彼女はそれを僕の体に当てると、「似合う」と言って目を細めた。
彼女は窓辺に咲く白い花を見つめ、目を細める。
「本当はあの奈良君からもらった花をあげようと思ったけど、せっかく隣にいるのに引き離したらかわいそうな気がして、セーターにしたの」
花を横に並べることにどんな意味があるのか分からない。
だが、悲しそうな君の顔が脳裏に焼きつき、離れそうもなかった。
「十一月まで咲いていることもあるんだよな」
「可能性としてはゼロじゃないよ」
「じゃあ、行こう」
僕は彼女の手を引く。
そんなことを言い出したのはただ、君に笑ってほしかったからだ。
彼女も可能性の低さを唄っているのに、こんなことをしても時間の無駄になるだけじゃないのか。そんな思いが脳裏を過ぎる。だが、たとえ見つからなくても、君が心から笑ってくれる可能性がゼロでないならそれに賭けたかった。
「どこに行くの?」
「だから、探そう。どうせここでじっとしているよりも体を動かしたほうが元気になるから」
彼女はその言葉に目を見開くと、唇をそっと噛み、小さくうなずいていた
家の外に出ると冷たい風が駆け抜けていく。
ついこの前まで暖かかったのに、もう、彼女と出会った頃とは違う季節なのだ、と痛感する。そして、彼女との別れが近づいていることも気づいていた。そんな気持ちを振り払うために、彼女が見せてくれた白い花を探す。だが、その花がありそうな気配さえも見つけられない。
いつの間にか太陽が傾きかけ、僕の体も冷やしていく。その寒さに思わず肩を抱いた。
彼女の視線が宙を舞い、僕に向けられた。
「久司君、もういいよ。でも、ありがとう」
彼女はそう言うと、笑顔を浮かべ、僕に手を差し出す。彼女が無理して笑っているのはすぐに分かった。そして、根拠があったわけではないが、その手をつかむとここで全て終わってしまう気がした。
「先輩は先に家に戻っていて」
「久司君?」
驚いたような彼女の声が耳に届くが、振り返ることはしなかった。きっと彼女を視野に収めれば、彼女に駆けより、家に帰ろうとするだろう。
僕は彼女に笑ってほしくて、記憶の中の白い花を探していた。
角を曲がり、細い道に入った僕の視界に、白いものがひっそりとたたずんでいた。僕は一瞬頭が真っ白になったが、思わず声をあげた。
「茉莉先輩」
こちらに駆け寄ってくる彼女を手招きすると、子供の頃でも出したことのないようなはしゃぐような声を出していた。
「どうかした……の」
彼女の足が止まり、僕の見ていた場所をじっと見ている。
「どうして?」
「先輩の言う奇跡なんだろう?」
そこには大きな空き地があり、売却予定地と書かれた看板が掲げられていた。空き家の持ち主が空き地に植えたのかもしれないし、誰か別の人がそうしたのかもしれない。十一月に入っても暖かい日が続いていた。それがこの花の落下を遅らせのだろう。
「先輩の願い叶うといいね」
僕はそうストレートな思いを彼女に伝えた。
彼女の眼には徐々に涙が貯まっていく。彼女は唇を噛むと、その花のところに行き、手を差し伸べる。その花びらに大粒の涙が触れる。
「ありがとう」
僕は彼女の涙が止まるまで、何も言わずに傍にいつづけた。
泣き止んだ彼女は涙を拭うと、もう一度ありがとうと言葉にする。
「この花、もって帰ったらだめかな」
「いいんじゃない? 空き地に埋めているくらいだから」
売却予定地であれば、土地が売れ次第、全て掘り返されるのだろう。
「でも、泥棒になったら困るよね」
「根こそぎとるわけじゃないよね?」
「一部分だけ」
僕は彼女が指した部分を摘むと、彼女に渡した。
「わたしも共犯だね」
彼女は目を丸めていたが、すぐに肩を寄せて笑っていた。彼女の笑顔を見ていると、探して良かったと心から思っていた。
月曜日、学校につくと、奈良と林が示し合わせたように僕のところまでやってきた。
「二人きりの誕生日はどうだった?」
「お花、もらったんでしょう?」
その言葉を発したのは順に奈良と林。
「花の話を聞いたよ。嫉妬に満ちた藤木君の顔を是非見てみたかった」
顔を引きつらせ、奈良を見ると、彼は涼しい顔をしていた。ものすごく過大に伝えられている気がする。
「でも幸せそうでよかった。心配していたのよ。三田くんとかだって」
「何が?」
「藤木君はいつも寂しそうだから彼女でも作ったら元気になるんじゃないかって。いろいろ女を紹介していたのもそんな経緯があったからなんだって」
「そうなのか?」
「あいつはああいうやつだけど、それなりにお前のことも心配しているんだと思うよ」
全く知らなかった。てっきり、僕を利用しようとしていると思っていたのだ。
「まさか茉莉先輩とつきあうとは思わなかったけどね。海老で鯛を釣った感じだろうな」
奈良は何気に酷いことを言っている気がする。
「そんなことないよ。藤木君と先輩はお似合いだと思うよ」
林が慌てた様子でフォローしてくれる。
今の僕では彼女につりあわないのかもしれない。それでも少しずつ彼女に相応しい人間になりたかった。




