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茉莉花の少女  作者: 沢村茜
第一章
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弁当契約(上)

 廊下の窓から澄んだ空を垣間見ることができた。だが、僕は晴れやかな気候も、風も、ざわめく緑も、鮮やかな花々も全てが嫌いだった。


 教室に入ると、既に先客がいた。三田だ。彼は僕の席に座り、僕が来たのに気付いたのか、軽く声をあげる。そういえば昨日はお金を払わずに店を出てきた事を思い出す。


 僕は自分の席に行くと、彼を見た。


「コーヒー代はいくらだっけ?」


「いや、コーヒーは俺がおごるよ。そうじゃなくて話があるんだ」


 昨日のことで説教をされるのだろうか。知らなかったとはいえ、彼は他の女と約束をしていたのだ。正直どうでも良かったが、そんなことをわざわざ口に出すと、人間関係が成り立たないことくらい分かっていた。適当に謝ろうと心を決めた時、思いがけない言葉が耳に届く。


「お前、茉莉先輩とつきあっているのか?」


 その名前をどこかで聞いたことある気がしたが、すぐには思い出せない。少しして、腕をつかんだ女の顔が脳裏に思い浮かんだ。


「昨日の女? 知らないよ。だいたい初対面だから」


 三田は僕の席を立つ。だが、席の近くを離れるつもりはないようで、今度は前方に回り、机に手を置いた。


「そうだよな。でも、昨日の会話を聞いていたらまさかと思って」

「だから、その茉莉って誰なんだよ」

「わたしでーす」


 軽い口調の女の声。

 三田と話をしていて、侵入してきた人影に気づかなかった。

 顔をあげると、昨日と同じ茶色の髪が揺れていた。そして、昨日の女が、この学校の制服に身を包み、目の前に立っていたのだ。


 彼女は僕と目が合うと、ピースをしてきた。


「また会ったね」

「なんだよ。お前。人の教室に入ってくるなよ」

「まだ誰も来ていないからいいじゃない」


 彼女は教室の中を見渡す。閑散とした景色が広がっている。


 まだ、朝の補習がはじまる十分以上も前だった。登校する生徒の数が増えるのはその十をきった頃。そのため、教室内にいるのは僕と三田、そして昨日の変な女だった。


「大丈夫。あなた達が黙っていれば誰にもばれない」


 そういう問題なのか?


「茉莉先輩。どうしたんですか?」


 昨日、女に近寄っていったような目で彼女に歩み寄る三田。


 だが、彼女は僕の影に隠れる。


 同時に腕をつかまれるのが分かった。


「わたしは彼に用事があっただけだから」


 目の前の三田はおびえるくせに、何で僕の洋服をつかむだけではなく、影に隠れるまでするのだろうか。


 本当に意味が分からない。


 僕に用事があってここにきたなら、彼女の話を聞くしかないのだろう。


「話って何?」


 僕は肩越しに彼女を見る。 


 彼女が顔を上げると、その目が輝いていた。


「ここじゃちょっと」

「外で話を聞くよ」


 彼女が何を言おうとしているかは分からないが、話によっては三田に聞かれたくもない。人に弱みを見せることに繋がりかねないからだ。


「来いよ」


 僕はそう言うと、振り向きもせずに教室を出て行く。


 背後から聞こえてくる静かな足音を聞き、彼女が後をついてきていることは分かった。


 僕が選んだのは図書館へと続く通路だった。


 この先は図書館しかなく、閑散としていた。


 図書館の先生が来るまでは本も借りれないので人はまず来ない。


 その上、補習まで時間のあるこの時間は人が来ることはまずないだろう。


 僕は壁にもたれかかると、窓から外を覗く。


 彼女は僕の隣に来ると、じっとこちらを見つめている。


「で、話って?」


 早めに話を切り上げるために、発言を促した。


 彼女は胸に手をあてて、息を吐く。


 その彼女の瞳が細められた。


「わたしの彼氏になってくれない?」


 そのとき、辺りから音が消えた気がした。


 彼女は相変わらず、僕をじっと見ている。


 今まで人から告白されたことがないわけではない。


 だが、その彼女の仕草は他の女のそれとはどこか違っていた。


 何が違うのかと言われても分からない。


 だが、何かが違うのだ。


「なんか騙そうとしている?」

「疑り深いな。ただ、なんとなくあなたとならつきあってもいいかなって思ったからそう言ったんだけど」


 満面の笑みを浮かべている。かなり上から目線の言葉で、なおかつ自分に自信があるように見えた。


「だから理由は?」

「だからつきあってもいいって思ったの」


 はっきり意味が分からない。


 つきあうか、つきあわないかは別としてもつきあってもいいからと男につきあいを持ちかけるのだろうか。


 よく考えると、初対面の僕を連れ出すような女だ。


 まともな考えをしているわけもない。


「断る」


 どう考えても関わるべきではない女だ。


「どうして?」


 不思議そうに首をかしげる。


 そのとき分かった。彼女は自分に自信があり、男から断れらたこともないのだろう。


 変なくせに自意識過剰。


 三田なら喜んでつきあったかもしれないが、僕はそんなことはない。


「つきあうくらいいいじゃない」


「女ってヒステリックで面倒だから関わりたくないんだよ」


 それは彼女の申し出を断るための虚言ではない。実際、今まで僕が見てきた女のうち八割はそうだった。


 それに普通そういえば大概の女は引くし、中には自分がそうだとアピールするかのようにわめき散らすやつもいた。


 彼女は多分泣き出すか、それに近い反応を示し、去っていくものだと思っていた。だが、彼女は僕の期待を裏切るかのように自信に満ちた笑みを浮かべる。


「大丈夫。その辺りはきっちりクリアしている」


 だが、そんな嘘に騙される性格ではない。


「そんなの口だけだと思うよ」


「気が長いし、別にヒステリックにならないと思うのね。それにあなたのこと好きじゃないから、面倒になることもないと思うよ」


 好きじゃない?


 一瞬、彼女の言葉の意味が理解できなかった。


 理解した後は彼女の言葉に唖然としていた。


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