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茉莉花の少女  作者: 沢村茜
第三章
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夏の予定


 テレビドラマや小説などで、親が子供と再会して、喜びを語ったり、または離婚などで会えなくなった子供に会わせてくれとせがむシーンを目にしたことがある。だが、それは作り話だからこそ、そうした行動に親がいるのだろう。そんな親がいるなんて僕には信じられなかったのだ。


 父が僕に望むのは成績だ。二ヶ月に一回、学校の成績や模試の成績を聞いてくる。聞いてくるといっても世間話の中で尋ねてくるわけではない。会話などほとんどなく、受けた模試の名称を聞き、学校の成績を送るように指令を課すだけだ。


 成績がよかったときは反応を示さない。逆に気に入らない成績のときは説教を書いた手紙を送りつけてくる。


 それが嫌で僕は必死に勉強をした。


 僕の存在を消したいほど嫌っているくせに、中途半端にかまわないでほしかったのだ。でも、僕を守っているのがその中途半端な見栄のようなものだと思うと、それはそれで一興だった。



 期末テストが終わり、夏休みへのカウントダウンが始まっていた。だが、夏休みはほぼ全員参加の夏補習があるため、夏休みという気はしない。


 昇降口の近くで茉莉を待っていると、携帯には父親からの成績を尋ねるメールが届いていたのに気付いた。


 最近は進歩したのかメールで成績を聞いてくる。あのくぐもった声を聞かないでいい分、気が楽だった。父親も僕と話をしなくて安堵しているだろう。


「久司君」


 茉莉の声が響き、携帯を閉じると、顔をあげた。


 彼女の茶色の瞳の中に僕が映っている。


「帰ろうか」


 僕は携帯を制服の上着の中に入れると歩き出した。


 梅雨明けが近付き、晴れ間がのぞく機会も増えてきた。受験生なら目の色が変わりそうな時期になっても、彼女は相変わらず暢気だった。


「一緒に夏休み旅行に行かない?」

「旅行って二人で?」


 思いがけない誘いに戸惑いながらも問いかける。


「うんん。三人で」

「三人って、まさか兄と一緒?」

「すごい。よく分かったね」


 彼女は目を見張り、顔の前で両手を合わせる。

 彼女とある程度の時間を過ごせば普通分かるだろう。彼女の家での話の大半は、兄がこう言ってきただの、一緒に出掛けただの兄の話題が含まれている。

 いわゆるブラコンなのかもしれない。血がつながっていないので、そう言っていいのかも分からないが。

 それは人それぞれだし、僕が追及すべきことではないと思ったのだ。


「その話はお兄さんにはした?」

「話したよ。いいって」

「その旅行って日帰り?」


 この辺りで日帰りで行けそうなのはどこなのだろうか。そう考えた時、彼女が驚きの声を漏らす。


「じゃなくてできれば泊まり。でも、旅費はただだから、その件は気にしないでね」

「どうして?」

「お兄ちゃんのおごりなの。だから一緒に行こう」


 父親からの仕送りは母親が全て管理している。母親はその中から僕に月に三万食費としてお金を渡す。母親は家を開けることが多いため、必然的に三食分を賄う必要が多かった。だからこそ、あまりお金は手元に残らない。だから、余分にお金が必要があるときは母親に話を切り出さないといけない。


 母親に旅行の話を切り出さなくて言い分、気楽ではあるが、本当にそれでいいのかという戸惑いもある。


「どうして先輩のお兄さんがそこまでしてくれるのか分からないんだけど」

「それは言わない。でも、久司君を別に騙したりとかしないし、大丈夫。どうしても久司君と行きたい場所があるだけなの」


 彼女は知っていると暗に告げていた。ただ、言う気がないのなら本当に言わないのだろう。


「行きたい場所ね」


 別に用事があるわけでもないからいいか。


「いいよ」


 彼女の言葉にうなずいた。

 彼女の表情がぱっと明るくなる。


「ありがとう」


 その表情を見ていると、彼女にとってよほど行きたい場所だったのだと分かった。


 彼女と過ごすようになって三ヶ月近くが過ぎていた。人といるのが苦痛にならないのも意外だった。


 彼女の前で泣いてしまって以来、彼女の家には行ってない。彼女はそのことをからかったり、むし返したりしない。その辺りも心地よかった。彼女がそのときのことをむし返したら、彼女と話をしなくなっていたとは思う。


「旅行って一泊?」

「二泊したいな。できれば。部屋はお兄ちゃんと久司君が同室でいい?」


 恐らく組み合わせとして考えられるのは彼女と兄が同室になるか、僕と彼が同室になるかの二択だろう。十七か十八という年齢を考えると、僕と彼が一緒になるのが無難だろう。


 食事を終えた後などは彼と一緒の部屋になるわけだ。彼とは一度会ったきりでほとんど話をしていない。そのため、彼と何を話していいのか良く分からない。その気持ちを茉莉に伝えると、彼女はあどけない笑顔を浮かべる。


「普通でいいと思うよ。お兄ちゃんは久司君のことを気に入っているの」


 初対面の日、鋭い眼差しで見られたことが頭を過ぎり、到底気に入っているとは思えない。彼女が超解釈をしている可能性も少なくない。


 奇妙な話ではあったが、彼女たちと旅行に行くことになった。




 父親には成績表を送っておいた。


 満足がいくものだったのだろう。それから特に音沙汰はなかった。


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