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茉莉花の少女  作者: 沢村茜
第二章
14/34

誕生日(下)

 彼女の家に着くと、彼女は家の中に入らずに庭に入っていく。


 僕は首を傾げつつ、彼女の後を追っていくことにした。彼女の足が家の裏側でとまる。そこには緑が生い茂り、いくつもの植物が花を咲かせていた。彼女は腰ほどの高さの植物の前で足を止める。


「これだよ」

「これは何の植物?」

「わたしの花」


 彼女は冗談めかした感じで言った。


「茉莉花か」

 彼女はその言葉に笑顔を浮かべていた。


「もうすぐ綺麗な花が咲くの」

「どんな花?」

「白くてかわいい花」

「先輩とは大違いな花ですね」


 わざとそんな言葉を掛けてみた。

 彼女は思ったとおりに頬を膨らませ、僕を睨む。


「そういうときは嘘でもいいから先輩みたいな綺麗でかわいい花なんでしょうねとでも言えばいいのよ」


 彼女はそう言うと、顔を背けてしまった。怒らせてしまったんだろうか。


「他の人から綺麗とかかわいいとか言われているでしょう? 別に僕が言わなくても」


「でも、あなたに言ってほしいんだもん」


 彼女は目を細めると、そう優しく告げた。


 心にダイレクトに届きそうなほど、アクも棘も飾りもない言葉で、彼女を見ていると、胸の奥が熱を持つのが分かった。僕は彼女に目を奪われ、僕が次に告げるべき言葉を失っていた。


 優しく微笑んでいた彼女が突然お腹を抱えて笑い出す。


「冗談だよ。さっきの仕返しなんだから」


 そんな目で見られたら本気にしてしまったじゃないか。そう愚痴をこぼしたくなる。けれど、それは彼女に見とれていたことを認めることでもあった。そんなことができるわけもない。


「分かっていますよ。冗談だって」

「本当かな」


 僕の顔を覗き込むと、いたずらっぽく微笑む。

 僕は本心を覗かれている気になり、彼女の視線から逃れるために目をそらした。


「家に入ろうか」


 茉莉は笑顔を浮かべると僕の手を引っ張って行く。そして、鍵を開けると家の中まで導いた。


 昨日は玄関先にあった靴が一つもなかった。家に誰もいないのか、ただ片付けてきたのかもしれない。


 僕の手をつないでいた彼女の手が離れる。そして、僕を上目使いで見つめた。


「本当はどきどきしたでしょう?」

「そんなことありませんから」

「残念。でも、私の言葉はね、本当なんだよ」


「言葉って」


「久司君にかわいいって言われたら、他の誰かに言われるよりもうれしいんだもん」


 そう言うと肩をすくめて微笑む。


 僕の戸惑いも気にならないのか、彼女は言葉を続ける。


「少しはいってくれる気になった?」

「強引に言わせてどうするんですか?」


 僕の返答に彼女は舌を出し、大げさに肩をすくめてそうだねと口にする。


「でも、本気でそう思っているよ」


 彼女はそれだけ言うとスキップをするような軽い足取りで家の中に入った。

 彼女は僕を手招きする。

 僕は靴を脱ぐと、彼女の傍らまで行くことにした。


「もうすぐあの花が咲くから、そのときにまた見に来てね」

「もうすぐってまだ夏前ですよ? 秋じゃないんですか?」


 彼女の誕生日が十月だったからだ。誕生花というくらいだからその時期に咲くのではないかと思ったのだ。


「でも六月や七月辺りから咲き出すの。で、十月か十一月までは咲いているんだって」

「十一月」


 その言葉にドキッとした。


「もしかしたら久司君の誕生日まで咲いているかな」

「無理ですよ。だってほぼ十二月じゃないですか」

「でも、室内でうまくいけば冬場も花を咲かせることができるんだって」

「結構柔軟な花なんですね」

「そうなの。だからがんばる」


 彼女は無垢な笑みを浮かべている。


 そんな彼女の笑顔に対して今まで感じた苛立ちなども感じていなかった。それはさっきの彼女の言葉の影響が大きいだろう。そして、それが僕のために発された言葉だからだ。


「がんばるのは花なんじゃないですか? 別に先輩ががんばっても無意味です」

「それなら花を応援する」


 やっぱり彼女はどこかずれている気がした。

 けれど、深く追求する気にはならなかった。


 君が幸せそうに微笑んでいたから。僕は無意識のうちに気づいたのかもしれない。君といると、あきれることはあっても不快感を味わうことはなかった。他の人に興味を感じることはなかったが、彼女に対してはいろいろ言ってみたくなるということ。そんな気持ちは今までなかった気がする。


 彼女の手がすっと伸ばされ、僕の頬に触れた。彼女のあたたかい手が僕の頬を包み込んでいた。


「わたしはあなたのことが好き。多分、それは一生変わらないと思う。あなたを絶対に裏切らない。だから、あなたが苦しんでいるなら話してほしい」


 人の心を無視した、自分の気持ちを押し付けていると思えなくもない言葉だった。否定的な気持ちを抱きつつも、目から溢れてくるものに気づく。それは頬に触れた彼女の手があまりにあたたかかったせいだと心の中で言い訳をした。


 その涙は父親が見知らぬ女性といるときに流れ落ちたものと同一のような気がした。全て仕方ないと諦めようとしていた。届かないものを願ってもむだだと。


「久司君?」


 でも、そんな軽々しく口にできない。口にしてしまうことで、自分がいかにだめな人間なのか分かってしまうからだ。


「今はできない。悪い」


 彼女は僕の体を抱き寄せていた。

 彼女の体がいつもよりも熱を帯びているような気がした。


「ゆっくりでいいんだよ。話したくないなら話さなくていい。でも、私はあなたの傍にいる限りいつでも話を聞いてあげるから。だから一人で抱え込まないでね」


 彼女の腕のぬくもりを感じながら、僕は頷いていた。

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