エピローグ
あいもかわらず、昼間はヒマな店だった。
「だからさ、ジョーカーはそうそう出せばいいってもんじゃなくて」
「関係ないです。どうせあたしは、あと一枚で上がりなんですから」
「え、なにこれ。どうなったの?」
あまりにヒマなので、三人はトランプを持ち出していた。今日の種目は大富豪。地方によってあれこれとローカルルールを持つ、それでも定番の競技だ。
アルバイト二人が白熱した駆け引きに興じている。店主はそもそものルールがよくわからず、尋ねても教えてもらえず、ひとりで右往左往していた。
「……ほら店長、早く!なんでもいいから出して」
「え……っと、これでいいの、かな」
頭をかきながら出したカードは、きれいにそろった『2』のカードが四枚。
『あ!』
実弥と鈴の声が綺麗にハモった。
革命だ。力関係の崩壊、逆転現象だ。
「あーもー、なんで!」
「ひどい……!」
猛る実弥。打ちひしがれる鈴。その反応の意味がよくわからず二人をきょろきょろと見比べる晃。よく分からないが、とんでもない暴挙だったらしい。
結局、大富豪の座を手にしたのはド素人の晃だった。以下、順位としては強いカードも弱いカードもそれなりに残っていた実弥が二位、平民。残りカードがエース一枚だった鈴がビリ。つまり大貧民だ。
鈴の戦績はこれで通算五敗め。事前に決めたルールでは、真の敗者となってしまった。
すなわち、コンビニへ財布を持って走る係。パシリともいう。
「じゃあ、プリンね」
「私はアイスをよろしくー。バニラで!」
晃と実弥からそれぞれ注文が飛ぶ。大貧民からさらに搾取するとは、貧富の差もひどくなったものだ。とはいえ、買ってこなければならないのは事実だ。
鈴はこの店のスタッフなのだから。
「分かりましたよー」
諦めたとはいえ、ふてくされている。重い足取りがのたくたと入り口に向かった。
外は炎天下、平日だろうが休日だろうが、太陽の仕事に手抜きはない。ドアを押し開けると、むあっとした熱気が店内に押し寄せてくる。
「閉めて、はやく!」
「そうだ!出て行け!」
気持ちは分からないでもないが、ひどい言われようだ。
「はいはい、行ってきます!」
背後の冷え冷えとした空気に別れを告げ、鈴は後ろ手にドアを閉めた。
ここ最近、行ったり来たりした町並みが目の前にある。
この町で、生きていく。そう決めたばかりの鈴には、なんだか新鮮に感じられた。
「……行こう」
「どこいくの?」
「!」
いきなり横手からの声。びっくりして振り向く。
「あ、え、いらっしゃ……あ」
「暑いねー。なんか、冷たいもの飲みたいなあ」
さあ、と風が駆け抜ける。暑さを洗い流してくれるような、蒼い風。
くりくりした目、鈴と同じくらいの身長の。
いたずらっぽい笑顔を浮かべた友達が、そこにいた。
「……いらっしゃい」
「うん、来たよ。みんな連れて」
マヤの後ろには、この間更級を訪れた級友たちが連れ立ってこちらに歩いていた。うちの一人が手を振る。鈴も笑って手を振り返した。
「映画は、どうだった?」
「面白かったよ!今度また、一緒に行こ?」
「うん」
覗きこんでくれる相貌が、くすぐったい。心地いい。
マヤの後ろに、連れの三人が到着した。
「さ、店員さん。はやくはやく!」
「うん!」
にっこりと笑って、今しがた閉めたドアに手をかける。
満面の笑みだった。
小さな勇気を出した。そうしたら、とても大きな、いいものが返ってきた。
嬉しい。
すごく、嬉しい。
「お客様、四名さまご来店です!」
カフェ・更級のベルが鳴る。
『いらっしゃいませ!』
元気よく、二人分の声が響く。
早すぎる鈴の帰還に、実弥の目がぱちくりと動いた。
「あれ、コンビニは?」
「いや、お客さんですから」
そんな先輩を捨て置いて、鈴は友達を席に案内しようとする。
後ろで肩を震わせていた実弥が叫んだ。
「客なんかいいから、さっさと買って来い!」
ひどく間が空いてしまいました。
問題だらけの、とある新人賞一次審査落選作品です。
そんなものですが、今後の参考のためなんらかの感想や評価をいただければ、と思い投稿させていただきました。
厳しい評価をお待ちしています。