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「」シリーズ

「赤ちゃんってどうしたら出来るの?」

作者: 沖田 了

アナタは一度くらい聞いたことがあるのでは無いだろうか?


「赤ちゃんってどうしたら出来るの?」


と。


アナタが訊ねた相手は母親だろうか?父親だろうか?もしくは保育園の先生だろうか?


はたして、その相手はアナタになんと教えたのだろうか?


コウノトリが連れてきた?

サンタさんの贈り物?


間違っても本当のことを教える事は無かっただろう。


苦し紛れの嘘。いつかはバレてしまう嘘。

それでも、大人たちは頑なに本当のことを話さない。


実はここにも、そんな答えに困る質問をされた父親が一人居た。


母親が同窓会に出掛けたため、久しぶりに一人息子を寝かしつけていたのだが、突然そのような質問をされたのだ。


これは、その父親が苦し紛れに吐いた小さな嘘の物語。


♦♦♦♦♦


まさか、こんな事になるなんて思ってもみなかった。

今日は、ママが同窓会に出席するため、高校がある地元に戻っている。

初めは僕と四歳になる息子を置いて家を空けるのを心配していたが、僕の説得によりママは同窓会に出席することになった。

僕だって、一日くらい子供の面倒を見れるんだぞ、と言うことを証明したかったのだ。


そんなわけで、今日我が家に居るのは僕と息子の二人だけだった。


僕と息子は、夕食にママが作り置いていたカレーを温めて食べ、一緒にお風呂に入り、風呂上がりには牛乳を飲み、歯磨きをすませて布団に入った。


そこまでは、完璧にこなした。あとは寝かしつけるだけだった。

だが、問題はそこで起きた。

息子が突然、こう聞いてきたのだ。


「ねぇパパ、赤ちゃんってどうしたら出来るの?」


固まった。

比喩ではなく、僕は確実に一瞬固まった。

まさか、息子の口からその質問が飛び出すとは、予想だにしていなかったのだ。

いや、この質問自体はいつか答えなければならない日がやってくると、漠然と考えていた。

だが、よりにもよって今日だなんて……。


「ど、どうしてそんなことが気になるんだい?」


「あのね、きょうほいくえんでね、しょうたくんがね、せんせーにね、きいてたんだ。

 おとーとは、どうしたらできるの?って。」


翔太君、息子の同級生で、体の大きな子供だ。

保育園のことはよく分からないが、多分ガキ大将的な存在の子供だったと思う。

つまり、そうとう"ませている"。


「そうなのか。それで先生はなんて教えてくれたんだ?」


「おうちにね、かえってね、パパとママにね、おしえてもらいなさいって。」


なるほど、突然のこの質問はそういう経緯があったのか。

先生も余計なパスを回してくれたものだ。

しかし、その手はなかなか有効だ。僕も遠慮なくスルーパスさせてもらおう。


「そういうことは、ママに聞いた方がいいんじゃないか?」


「ママはね、パパに聞きなさいって。」


先を越された。

これで逃げ場がなくなってしまった。

仕方がない、こうなってしまったら覚悟を決めて話そうではないか。


何を?

そんなの決まっている。


「どうしたら赤ちゃんができるか。」だ。


♦♦♦♦♦


「赤ちゃんはみんな、お空の上の雲の国で暮らしているんだよ。」


僕は、息子の布団の横に胡座をかいて座ると、昔話をするようにそう言った。

もう三十年以上も前に母親が私に話してくれた物語を。


「そのお空の国には、赤ちゃん以外に三人の大人も暮らしていました。

一人は、子宝大明神。

この人は頭がつるつるのお爺さんで長くて白い髭を生やしていました。

二人目は、妊婦女神。

この人は、ナースさんみたいな格好をしていました。

そして、最後の一人が泣き虫先生。

この人は、とっても小さな体の男の先生でした。

雲の上に住む大人達にはそれぞれに、大切なお仕事がありました。


泣き虫先生のお仕事は、赤ちゃんに泣き方を教える事でした。

実は、雲の国に住んでいる赤ちゃんは、みんな笑うことしか知らないのです。

何時もニコニコしていて、楽しそうにしているのです。

泣き虫先生は、毎日赤ちゃんの生徒を相手に授業を始めます。


『みなさんは、下の世界に降りた時、泣き声でお母さんやお父さんに気持ちを伝えなくてはなりません。

そのための練習をしておきましょう。』


泣き虫先生はそう言うといきなり泣き出しました。


『うわぁーーん、うわぁーーん』


泣き虫先生が泣くのを、赤ちゃんはじっと見つめています。


『いいですか?これが"お腹が空いた"の合図です。

基本中の基本なのでみんなも頑張って覚えましょう。

それでは、みなさんも先生の真似をして泣いてみましょう。

せーの。』


泣き虫先生がそう言うと、雲の上の赤ちゃん達は一斉に泣き始めました。


「「うわぁーん、うわぁーん、うえーん、うえーん」」


赤ちゃんの鳴き声の大合唱は、時々下の世界にも聞こえてきます。

それが、雷なのです。

そして、この時赤ちゃんが流した涙が雨になって降ってくるのです。


泣き虫先生は、こうして毎日赤ちゃんに泣き方を教えています。

赤ちゃんはこうして泣き虫学を学ぶと、次に子宝大明神の元にいきます。」


♦♦♦♦♦


「なきむしのおべんきょうって、へんなのー」


布団に入った息子がそう言って笑った。


「そうだね。だけど、泣くって言うのはとても大事なことなんだよ。

だって、赤ちゃんは話せないでしょ?

赤ちゃんが話が出来るようになるまで、泣くことはたった一つの意思疎通の手段なんだ。」


息子は「ふ~ん」と頷いた。

多分、理解はしていないと思う。

だけど、今はこれで良いと僕は思った。


♦♦♦♦♦


「子宝大明神はさっきも言ったようにつるつる頭のお爺さんです。

子宝大明神のお仕事は、赤ちゃんの生まれ先を決めることです。

子宝大明神は、雲の国の一角にある大きな池を管理していました。

その池はとっても澄んでいて、池の底にある下の世界が丸見えでした。

赤ちゃん達はその池を覗き込んで、様々な家族を観察します。


『あのおうちにはおにいちゃんがいるよ』『あのおうちにはワンちゃんが』『あ、このおうちおかねもち』『ママがやさしそうなおうちがいいな』


赤ちゃんは体を乗り出して池を覗き込んで、下の世界を観察します。

そして、その中で一番気に入った家族の元に生まれるのです。」


♦♦♦♦♦


「ぼくも、パパとママをえらんでうまれてきたの?」


少し眠たげな瞼をした息子が訊ねてきた。


「そうだよ。いっぱいいる家族の中から、パパとママの子供に成りたいって、産まれてきてくれたんだ。

どうだ?パパとママを選んで良かったか?」


僕がそう訊ねると、息子は閉じそうになる瞼を必死に持ち上げながら、元気な声で「うん」と言った。


♦♦♦♦♦


「子宝大明神の池で生まれ先を決めた赤ちゃん達は、最後に妊婦女神の所へ行きます。

妊婦女神は、雲タクシーの運転手です。

雲タクシーとは、車のような形をした小さな雲のことです。

妊婦女神は、赤ちゃんを雲タクシーに乗せると、雲の国から下の世界へとドライブをします。

妊婦女神は、赤ちゃんに生まれ先を聞くと、その家族の元へと雲タクシーを走らせます。

雲タクシーはとっても早いので、家族の元へはあっという間に到着します。

妊婦女神は、家族の元へ着くと赤ちゃんを抱っこして、その家族のお母さんのお腹の中へそっと送り込むのです。

雲の国の人は、人の目には見えないので、その家族は赤ちゃんがやってきたことに気付きません。

だから、赤ちゃんはママのお腹の中で暴れて自分が居ることをアピールします。

妊婦女神はそれを見届けると、また雲タクシーに乗り込んで空の上の雲の国に帰って行くのでした。

こうして、赤ちゃんは産まれてくるのです。」


♦♦♦♦♦


「めでたしめでたし。」


僕が話を終えて息子の方を見ると、既にスースーと小さな寝起きをたてて眠っていた。

僕は寝相で乱れた布団を直してやると、息子を起こさないようにそっと立ち上がり子供部屋を後にした。


全く、子育てというのは大変だ。

たった一日面倒を見ただけで、どっと疲れてしまった。

僕はベランダに出ると大きく伸びをした。


そして、同窓会に行っている妻のことを思った。

彼女のお腹には、僕等を選んで雲の国からやってきた新しい命がやどっている。

その子はどんな泣き方をするのかな、と星空の上の雲の国に訊ねた。











赤ちゃんってどうやって産まれてくるんでしょうか。

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[良い点] 全部です [気になる点] 無い [一言] いいお話ですねぇ。 私は21で恋人すらいませんし、ないしマイノリティーなので子供は望めませんが、子供が好きなのですごくお話に惹かれました。 愛情の…
[一言] すてきだと思います。
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