二章 2
フェリックスと腕を組みながら、ミランダはぼんやりと周囲を見回していた。
昨日までよりも、外を出歩いている人間の数が少ない。そのことには、宿舎を出てすぐに気づいていた。けれど、その理由はさっぱりわからない。
「……どうなってるのかな?」
もちろん、フェリックスに答えがわかると思って、あえて声に出したわけではなかった。
ずっと城にいたミランダ自身にも、何が起きているのかまったくわからないのだ。騎士の中に、はっきりと明確に説明できる者がいるとは思えない。
啖呵を切ってから、令嬢たちは近寄ってこなかった。それなのに、今日はまた、遠巻きにこちらを眺めている。
「……そういえば、ウルスラから、シルヴィアが寂しがってるから会いに行ってあげてって言われたけど……フェリックスも一緒に行く?」
元々、フェリックスを含めた彼の家族と、ミランダの家族は、家族ぐるみで懇意にしていた。フェリックスがミランダと一緒に訪れるなら、歓迎してくれるだろう。
「そうだね。行ってみようか」
やわらかく微笑んで同意するフェリックスに、ミランダは少しはにかんだ笑みを向ける。
いつも穏やかで、怒ったところなど見たことがない。どちらかと言えば短気な自分とは真逆の彼に、気がつけば恋い焦がれていた。
勇気を出して告白したが、一度は玉砕している。後で聞けば、その頃はちょうど、彼の家がゴタゴタに巻き込まれて混乱していた時期だったらしい。承諾して巻き込むよりは、と拒否したのだと、婚約した後で教えてもらっている。
そのゴタゴタに関しても、何も聞いていない。すでに終わったことだから、と、フェリックスは頑なに教えてはくれなかった。
(そういえば、婚約したちょっと後くらいから、パトリック様を見なくなったけど……)
アマリリス騎士で、フェリックスの近しい血縁者だと、パトリック本人から聞いている。血縁があるということは、どこか似た顔立ちで理解できた。だが、フェリックスからパトリックの話を聞いたことは一度もない。
貴族というのは、当主一家は一族だけでなく、他からも多大な注目を集める。しかし、それ以外の一族となると、下手をすれば誰も気にも留めないことがあるらしい。そんなふうに、ミランダは父親から教えられた。
ランソム候の跡継ぎとして公表されたミランダも、目立つ容姿ゆえに、見知らぬ貴族から声をかけられたことがある。そのため、宿舎にいる自由な時間は、貴族のことをわかりやすくまとめた本を読んで過ごすことも多い。
だからといって、それがしっかり頭に入るかと言うと、まったくの別問題だ。
(私の父さん……じゃなくて、父様は侯爵で、爵位としては上の方なんだけど、お城の中では団長のお父さんに負けるんだよね? で、同じ伯爵でも、団長のお父さんはすっごく上で、フェリックスの家は真ん中くらいで、扱いが全然違うみたいだし……その辺が、いまいちよくわからないんだけど……)
何ごとにも例外があることは理解できるものの、いまだに序列に関してはさっぱりわかっていない。
その辺りも含めて、一度シルヴィアや父親にしっかりと教わっておきたい。そう考えてはいた。
ある意味、今回の出来事は、そうしてみっちり勉強するにはいい機会なのかもしれない。
ミランダはフェリックスと並んで、一番街へと足を進める。足音などで、後ろを複数の人間がついてきていることはわかっていた。
彼らを振り切るべきか。はたまた、このまま放置してもいいのか。
割りと真剣に悩んだ結果、ミランダは放置することにした。どのみち、父の屋敷に許可のない者は入れないだろう。屋敷の中に招くかどうかは、シルヴィアか、在宅ならば父親が判断してくれるはずだ。
この手の貴族的なことはどうしても慣れなくて、結局ついつい他人任せになってしまう。
(貴族って、いろいろ複雑でややこしいよね……)
それでも、母親から父親の話を聞いて以来、ずっと会いたいと願っていたのだ。跡を継ぐことも、ずいぶん悩んで迷った末に、自ら選んだ結果に過ぎない。
一番街でも、城に近い場所にある屋敷から順に、遠ざかるに従って家の格が下がっていく。中でも、二番街との境界にあり、城に近い屋敷は最上だ。そして、そこにあるのが、ホートン侯爵の屋敷だった。
この場所も複雑で、二番街で城に近く、一番街との境界にある家が二番目だ。三番目は、ホートン侯爵宅の隣で、三番街との境にある屋敷だという。
それ以上はミランダではいまいち理解できず、ゆっくり覚えていくことになっていた。そうはいうものの、実際には、シルヴィアたちに匙を投げられた状態だ。
(団長の家は、実際にはかなり下の場所っていう扱いらしいんだけど……)
そうなった理由も、シルヴィアから聞かされていた。
聞いた直後、ミランダは、もう死んだ人間の不始末がまだ影響するのか、と素直な感想をこぼしている。ほぼ同時に、シルヴィアからきつい目で見られたことは忘れられない。
当事者の子供が生きているうちは、何があってもまっさらにはできないのだそうだ。下手をすれば、孫の代まで苦しめられる。それでも、祖先のやったことだからと、一族は甘んじて受け入れるらしい。
わかっていながら諌められなかった者は、たとえ幼くとも同罪になってしまう。
ミランダからすれば、それはひどく理不尽なことだ。善悪もまだわからない幼子すら、同じ罪に問うのはあまりにも横暴だとも思う。だからといって、この年齢だから免除する、とすれば、たった一日過ぎただけで罪に問われる子供が出てくる。それはそれで不公平ではないか。
そんな議論をシルヴィアと熱く交わした結果、生まれていた一族に平等に課せられる方がいい。その結論で、落ち着くことになった。
「ここは近いから、楽だよね」
滅多に帰らない、いきなり自宅となってしまった屋敷の前に立ち、ミランダはぼんやりと呟く。
ランソム候の屋敷は、ホートン候の屋敷と道を一本挟んだ場所にある。ただし、同じ一番街の中だ。それだけに、敷地も屋敷も広くて大きい。
ちなみに、二番街や三番街とは路地の位置が違う。基本的に、隣の区画へ移動するために、一度大通りへ出なければいけないのだ。このため、一番街から順に、構える屋敷の敷地が小さくなっていく。外に近づくと、屋敷ではなく商店が並んでいる。買い物はここで済ませるのが基本だ。
貴族として唯一の例外は、四番街にあるモデスティー伯の屋敷くらいだろう。
ミランダは遠慮なく、門扉を開け放って中へいくらか入る。いったいいつから、どこから見ていたのか、シルヴィアが玄関から満面の笑みで飛び出してきた。
「お姉様!」
「シルヴィア、ただい……っ!」
言い切る前に、ドレスとは思えない速度で駆け寄ってきたシルヴィアが、ギューッと抱きついてきた。衝撃でよろめいたミランダを、とっさにフェリックスが力強く支える。
「もう! 今回はウルスラに頼みましたけれど、本当は、お姉様が時々自発的に帰ってきてくださるのが一番なのですよ?」
「あー、そうなんだ……ゴメンね。これからは気をつけるから」
いつもの調子で話しかけたとたんに、シルヴィアがキッと睨みつけてきた。
「お姉様?」
「……え? あ……ご、ごめんなさい……気をつけます」
そもそも、王都の四番街よりスラングが飛び交い、訛りのきついところで暮らしていたのだ。いきなり生粋の貴族のようには話せない。しかも、宿舎にいる限りは、誰も言葉遣いなど指摘してはくれないのだ。
「忙しいウルスラに、お姉様の言葉遣いも見張っていてもらおうかしら?」
「……じゃあ、せめて、団長にしてもらって、いいかしら? ウルスラは、大変そうだし……」
途中まではやわらかな笑みの浮かんでいたシルヴィアだったが、後半でスッと真顔になる。
どれほど謝り倒したところで、これからはしっかりと言葉遣いを監視されることは間違いないだろう。
「そうね。エリカの団長でしたら、時々スラングが出ていますけれど、お姉様よりはずっとまともな言葉遣いですものね」
「えっ! 団長でもダメなの?」
「お姉様?」
「……ごめんなさい」
しゅんとうなだれるミランダを慰めるように、フェリックスがそっと頭をなでる。
慰めてはくれるが、決して甘やかしはしない。そういうところも、フェリックスを尊敬できる点だ。
「それより、我が家に勝手に入り込むそこの不審者たちはいったい誰なのかしら?」
冷ややかなシルヴィアの声と言葉を聞き、ミランダはゆっくりと振り返る。
そこには、城からついてきていた令嬢たちとその侍女たちがいる。全員が、完全に敷地内に入った状態だった。
「招かれざる客は出てお行きなさい」
きっぱりとシルヴィアが言い切ったが、令嬢たちはまったく動こうとしない。それどころか、嫌味ったらしい笑みを浮かべている。
「あら。まさかと思うけれど、言葉が理解できないのかしら? いやぁね。城から騎士を派遣してもらわなければいけないのかしら?」
ギョッとしたミランダと違い、フェリックスはどこか達観していた。
「……さすが、シルヴィアだね」
ポツリと落ちてきた呟きが、これが初めてのことではないと語っている。
(シルヴィアって、ひょっとして、すっごくすごい子なの?)
呆然と、ミランダはシルヴィアと令嬢たちを交互に見るしかできない。
矢面に立ったシルヴィアは、完全に小馬鹿にした笑みで令嬢たちを眺めている。視線としては真っ直ぐ見つめているだけなのだが、その色はまさしく見下しているのだ。
「それとも、ここが誰の屋敷か、ご存じないのかしら。まさか、そんなはずはないでしょう?」
この屋敷がランソム候のものであることは、王都では常識だ。庶民でも、長く王都に住んでいる者なら、有名な貴族をおおよそは把握している。
貴族であれば、知っていて当然のことなのだ。
わかっていない貴族など、貴族と認められたばかりのミランダくらいだろう。
「ここは侯爵家の敷地ですの。名乗ることすらできない下賤の者が立ち入ってよい場所でないことくらい、こうして言葉にしてあげたのですから、さすがに理解できるのではなくて?」
それがシルヴィアの出した最後の警告だと、令嬢たちはまったく気づかなかったようだ。ふふん、と鼻で笑って、ミランダを指差す。
「庶民の立ち入りを許しているくせに、何を偉そうに」
「…………」
言われた本人であるミランダより先に、シルヴィアがあっという間に憤った。
フェリックスは、最初から口を挟むつもりが一切ないらしい。ひたすら黙って、ミランダを引っ張りながら少しずつ距離を取っていく。
「……わたくしの大切な実の姉を、堂々と庶民呼ばわりとは……あなた方、ずいぶんといい度胸でいらっしゃるのね」
正確には、腹違いの姉妹になる。
そう訂正することは、ミランダにはできなかった。迂闊に口を出すことが、あまりにも怖かったのだ。
「ああなったら、シルヴィアは止められないよ」
幼い頃から知っているらしいフェリックスが、すっかり諦めた声で呟く。
怒らせたら怖いことは、ミランダもよく知っている。言葉遣いや所作などで、すでに何度か怒られているからだ。
(……シルヴィアにはいっぱい怒られたけど、全部本気じゃなかったんだ……)
今、目の前で怒っているシルヴィアに比べたら、これまでは全然たいしたことではない。むしろ、怒っている振りをしていただけなのではないだろうか。
ベアトリスといい、ウルスラといい、テレシアといい、シルヴィアといい。どんどん、本気で怒らせたらいけない人が増えていく。
そんなことを、ミランダはぼんやりと考えている。いわゆる、現実逃避だ。
「お姉様は、我が家の大切な跡継ぎですの。その跡継ぎを庶民呼ばわりされて許せるほど寛大な者は、あいにく我が家には一人もおりませんわ」
言葉どおりに受けとるのならば、ランソム候夫人までがそう考えていることになる。だが、果たして、突然現れた夫の隠し子を認めるような、懐の広い女性がいるのだろうか。
ほとんど顔を合わせたことのない夫人を思い出し、ミランダはそっと吐息をこぼす。
夫人の顔立ちはシルヴィアによく似ているが、そのシルヴィアの性格は父親似だ。夫人がどんな激情を内に秘めているか、ミランダには想像もつかない。
「うん、そうだよね。僕も、僕の家も、大切な婚約者を貶されたことは絶対に許さないよ」
声はひどく穏やかなのに、フェリックスの言葉は強かった。
思わず見上げたミランダへ、彼はとろんととろけそうな笑みを向ける。
「僕の大切なミランダを侮辱するなら、相応の覚悟があるということだね? 容赦はしないよ」
シルヴィアやフェリックスが、ここまできっぱりと言い切る。そこには、何か理由があるはずだ。
特にフェリックスの家は、貴族の中では真ん中辺りらしい。そのフェリックスが、勝てると確信しているからこそ、こうして宣戦布告をしているのだろう。
「……ひょっとして、あの人たちって、フェリックスよりも下の家なの?」
言葉遣いに眉をしかめたシルヴィアに、ミランダはギュッと肩をすくめる。しかし、予想していたような叱責はこなかった。
「フェリックスどころか、この王都に住まう貴族であれば、誰でも上ですわ」
「え? そうなの? っていうか、そういうのって、見ただけでわかるの?」
「……お姉様は、まだまだ勉強不足ですものね。よろしいですか? この王都と近郊で暮らす貴族に関して、わたくしは残らず把握しておりますの。さすがに、昨日今日出てきた庶子までは、難しいですけれど……あの不届き者たちは、少なくともれっきとした令嬢とその侍女でしょう。ならば、王都付近に屋敷を構えることを許されなかった、いわゆる無能者でしかありません。ちなみに、エリカの団長に関しても、モデスティー伯の屋敷で暮らしていることについては把握しておりましたわ。年齢的に末の妹と考えていただけで、実子とは思いませんでしたけれど」
つらつらと一気に語られた話を、ミランダは半分も理解できなかった。わかったのは、シルヴィアの記憶にあの令嬢たちがいないことと、ベアトリスを昔から知っていたらしいことだけだ。
ぽかんとしているミランダへニッコリ微笑みかけ、シルヴィアは令嬢たちへと向き直る。
「度重なる無礼は、不問にはできませんわ。覚悟なさい」
シルヴィアが懇意の令嬢たちに話せば、当然彼女たちの家にも伝わる。そこからさらに、また別の家へと話がいくだろう。王都近郊であれば、数日のうちに誰もが知る事実となるかもしれない。
ランソム候の跡継ぎと令嬢に失礼なことをした。その代償は、きっとあまりにも大きくなる。
知らなかった、は言い訳にもならない。貴族であれば知っていて当たり前のことを、シルヴィアは警告したのだから。
(……わ、私は、気をつけなきゃ……)
令嬢たちの末路を想像して、ミランダはゾッとする。
明日は我が身かもしれない。そんな恐怖が背筋を這い上がり、冷たい汗がじっとりと湧き出てきた。
できるだけ早く、ケンカを売ったらいけない相手を、シルヴィアに教えてもらおう。
そう心に決めたミランダは、これでもまだ余裕を失わない令嬢たちに憐れみの視線を投げかける。
何しろ、彼女たちが怒らせたのは、シルヴィアだけではない。ベアトリスも、ウルスラも、真っ当な騎士も、すべてだ。
ごく一部の貴族が取りなしたところで、どうにかできるものではない。
「それにしても、これほど厚顔無恥の令嬢を王都へ招き入れた方のお顔を拝見してみたいものですわ。だいたい、お姉様が庶子と侮られているのでしたら、お姉様を対等に扱う貴族などおりませんでしょう? もちろん、お姉様は我が家の跡継ぎとして、正当に評価されておりますけれど」
きっぱり言い切るシルヴィアに、フェリックスが大きく頷く。ミランダとて、彼女の言い分には納得できるものがある。
「そうだよね。いくら父さんが言ったからって、認められてなかったら、わざわざ挨拶に来る人もいないだろうし」
チラリと向けられたシルヴィアの視線は、心身ともに凍えそうなほど冷え切っていた。断じて、ミランダの勘違いなどではない。
「ええ、そのとおりですわ。お姉様は最初にご挨拶にうかがいましたけれど、跡継ぎとされた後に、陛下やモデスティー伯爵からお声をかけていただきましたでしょう? きちんと認めていただけた証拠ですわ」
「あ……そうなんだ?」
実のところ、あの時は誰に挨拶をしたのか、まったく覚えていない。声をかけてくれた人のことも、ほとんど記憶にないくらいだ。
せいぜい、団長がいろいろやらかしてたっけ、と、ベアトリス関連の記憶がたどれる程度か。
「ご理解いただけたなら、我が家から出ていっていただけるかしら? それとも、本格的に騎士を呼ばれたいのかしら?」
騎士が来れば、令嬢たちは犯罪者になる。
そんな簡単なこともわからないのか、彼女たちは出ていく素振りすら見せない。それどころか、さらに足を進めてくる始末だ。
「…………」
隠しきれない憤りをあふれさせるシルヴィアに、自然とミランダの足は遠ざかる。その辺りはフェリックスも同じようで、二人そろってシルヴィアからジリジリと離れる恰好になった。
その時、どこかからバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。それはかなりの大人数で、しかもだんだん近づいてくる。
「シルヴィア様! ミランダ様も、ご無事ですか!?」
「へっ?」
騎士でいる時は、様づけされたことなどない。そのため、自分が心配されたのだととっさに思えず、ミランダはずいぶんと間抜けな声をあげた。
屋敷の門をふさぐ形で広がっているのは、さまざまな騎士団の制服を着た騎士たちだ。所属がバラバラなところを見ると、統括する者が不在だったのか。もしくは、ミランダが覚えていないだけで、どこかの副官が率いているのかもしれない。
「ああ……どうか、お願いです……そこの不届き者たちを……!」
先ほどまでの威勢はどこへやら、シルヴィアは胸に手を当て、か弱い令嬢を装っている。しかも、フラリと体を傾け、今にも倒れそうな状態を作り出す。
「シルヴィア!」
慌ててミランダが駆け寄り、その華奢な体をしっかりと支える。当然のように、フェリックスはミランダの補助へ回った。
その光景は、多数の令嬢が侍女を引き連れ、たった一人の令嬢をいたぶっていたようにしか見えない。しかも、騎士たちはミランダが庶子であることを知っている。彼女を守るため、シルヴィアが一人で頑張っていたと思ったことだろう。
シルヴィアは元々、完璧な立ち居振る舞いの、高位の令嬢として名高かった。その彼女が、フラフラと倒れてしまう事態に、駆けつけた騎士たちは真っ青になる。
「おお……シルヴィア様、何とお労しい……全員、不届き者たちをとらえよ! 一人も逃すな!」
ベロニカの制服をまとう騎士が、全体に命令を下す。とたんに、騎士たちは令嬢たちを丁寧に、けれどしっかりと捕獲する。
「城へ連れていけ!」
「ちょっと! 何をするの! 離しなさい!」
「無礼者!」
大騒ぎしながら、令嬢たちは引き立てられていく。後に残ったのは、シルヴィアを支えるミランダたちと、指示を出していたベロニカ騎士だけだ。
「シルヴィア様、ご気分はいかがですか?」
「……ティーロズ様のお姿に安心して、力が抜けてしまいましたの。お恥ずかしいところを、お見せしてしまいましたわ」
「いいえ。あれだけの数に囲まれれば、誰でも恐怖を感じるものです。シルヴィア様は、大変ご立派であらせられました」
二人のやり取りを聞きながら、ミランダは首を傾げる。けれど、疑問を口にする隙間が、二人の会話にはなかった。
「それでは、私は城へ戻ります。また何かありましたら、遠慮なくご連絡ください」
真面目な騎士らしく、きっちりと礼をして踵を返す。きびきびした動作からも、真っ当な騎士であることは十二分に察せられる。
彼の姿が見えなくなったとたんに、ミランダの腕からシルヴィアの重さがなくなった。
「最初の警告で素直に従っていれば、一時とはいえ罪人扱いされずに済んだのですけれど……自業自得ですわ」
「えっと……ねえ、シルヴィア。何でこんなに早く騎士が来たの?」
真っ先に出てきた疑問は、それだ。誰かが知らせたにしては、あまりにも早すぎる。かといって、前もって知らせていたとすれば、かなり都合のいい到着だ。
「お姉様がいらっしゃる時、お姉様の後をついてくる令嬢たちが見えましたの。そこで、旧知の騎士へ手紙を認め、最終警告後も変化がなければ、ベロニカの副官ティーロズ様に届けるよう、使用人に言い含めておいたのです。もちろん、ティーロズ様にはお詫びにうかがいますけれど。最終警告から手紙が届き、捕獲部隊を編成しての到着とすれば、それほど早い時間でもありませんでしたわ」
「……うん、何となくわかった気はする。じゃあ、ティーロズ様って?」
ベロニカは、団長が団長ゆえに、好き好んで近づくエリカ騎士はいない。もちろん、あの団長が特殊なのであって、ベロニカ騎士にはまともな騎士もいる。それはわかってきていたが、やはり最初の印象はなかなか覆せなかった。
そのベロニカの副官となれば、ベロニカの団長とはそれなりに近しいだろう。どう考えても、お近づきになりたくはない。
「お兄様のご学友ですわ。ベロニカ騎士は、団長がああですから、副官で苦労されているようですけれど……」
「ああ、うん、そうだよね……って、兄さんの友達だったんだ?」
何度か会った兄は、シルヴィアや父によく似ていた。見た目だけでなく、中身まで。
さすがに、顔を合わせていきなり抱き締められた時には、一発殴ってもいいだろうと思ったほどだ。
「お兄様のご学友は、少々変わった方が多くいらっしゃいますから……貴族として一線を引いたつき合いでなければ、お姉様は近づかない方が無難でしょうね」
「うん、そうするね」
「ところで」
頷いたところで、シルヴィアの声の温度が変わった。心なしか、肌に触れる空気も、それまでよりグッと冷え込んでいる気がする。
「お姉様、わたくし、お姉様にお話したいことがございますの」
「ひっ……!」
これはかなり怒っている。絶対に、激しく怒っているに違いない。
お話の内容が徹底的な説教だと察して、ミランダはザッと音を立てて青ざめる。
「よろしければ、フェリックスもご一緒に」
「う、うん、そうだね……そうしようかな……」
シルヴィアの迫力に負けたようで、頼みの綱のフェリックスは承諾してしまった。
これはもう、腹をくくるしかない。
仕方なくこくりと頷き、ミランダは屋敷に入るシルヴィアの後ろを、トボトボとついていった。




