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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第五章 女難
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二章 1

 朝一番に、メイベルが宿舎までサリナを迎えに来た。

「デズモンドが、迷惑をかけてごめんなさいね」

 サリナはフルフルと首を横に振る。メイベルの美貌と迫力に、すっかり緊張してしまったようだ。顔色がいいとは言えない。

 しかも、美形ぞろいと評判のリナリア騎士が三人、メイベルに同行している。彼らは非常に恭しく、サリナを高貴な令嬢の扱いでそっと連れ出していく。

 たったそれだけだったが、非常に壮観な光景だった。

 何度も振り返りながら、怖ず怖ずと出ていくサリナを見送った後、ウルスラは無表情で出かけていった。戻りの予定は聞いていないが、夕方、令嬢たちが引き上げた後には戻ってくるのだろう。

 今日は何をしようかと、あれこれ考えたりはしていない。

 どのみち、令嬢たちがどう出てくるかが、さっぱりわからないのだ。考えるだけ無駄だと、ベアトリスは早々に思考を投げ捨てている。

「団長、どうします?」

 とりあえず、今日はオリオンと別行動することになっている。何かあったら、エリカ騎士の宿舎か、モデスティー伯の執務室へ逃げるよう、打ち合わせ済みだ。

 最近は人見知りも努力でどうにか堪えているオリオンだから、何もないことを祈るしかない。

「昨日までと同じ行動をしましょうか。向こうから突っかかってきてくれたら、楽なんですけどね」

 売られたケンカを買うだけなら、たいしたことはない。何しろ、言いがかりをバッサリ切り捨てていけばいいだけの話だ。

 けれど、こちらから言いがかりをつけることはできない。

 今のところ、反撃以外の手段が取れない状態だ。

「……さすがに、団長にケンカは売らないんじゃない?」

 ウルスラの話では、グレアムにくっついていた令嬢には、ベアトリスがどういう立場なのかが理解できたようだった。それでもまだ同じ行動を繰り返すなら、絶対に容赦はしないと決めている。

 様子を見る意味も兼ねているため、エリカ騎士たちには、昨日までと同じ行動をしてもらいたいのだ。

「今日一日、みなさんが無事で元気よく過ごせますように」

 本音の願いをたっぷりと込めて、エリカ騎士たちに宣言する。それを合図に、全員がバラバラと散っていく。

 特に問題が起こらなければ、今日は城の敷地内をひたすら歩き回ることになる。

 その間に、何か決定的なことが起きてくれれば。いや、できれば何事もなく終わって欲しいのだ。矛盾を自覚しながらも、そう思わずにはいられない。

 外へ出ると、ベアトリスは軽く深呼吸をしてから歩き出した。

 全員の居場所は把握してある。そこをグルグルと、順番に回っていくのだ。

 歩いていると、ふと気づいた。奇妙なことに、ウロウロしている令嬢が減っている気がする。ついでに、令嬢を囲んでちやほやしていた騎士も、その数を減らしているようだった。

 昨日は微妙に肩身が狭くなるほど、令嬢たちがいた気がするのだ。しかし今日は、ずいぶんと歩きやすい。

(あたしや父様のことが、そんなに知れ渡ったのかな? でも、一部だけって、おかしいよね? しかも、騎士たちまでいなくなるなんて……)

 他団の騎士は、顔と名前が一致しない者ばかりだ。誰がいなくなったのか、ベアトリスではさっぱりわからない。

 そもそも、騎士たちには、ベアトリスの父親や祖父母のことは広く知られている。今日になっていきなり行動を変える理由が、騎士には何も見つからないのだ。

(変なの……)

 いくらかスッキリした敷地内を歩きながら、何気なくベアトリスは周囲を見回す。つい辺りを警戒するのは、四番街(よんばんがい)で見回っていた頃からの癖だ。

(……あれ?)

 人が減った以上の違和感があり、ベアトリスはそこで足を止めた。

 城を囲む高い塀のそばに、薄い茶色の何かが置かれている。

(……ここに、こんなものがあったかな?)

 三日ごとの夜だけとはいえ、敷地内は隅々まで歩いている。その頃にはなかったが、ラエティティア王国連邦にいた間に設置されたのか。しかし、それならば、メイベルかヴァーノンから話があってもいいはずだ。

 何より、昨日歩き回った時には、こんなものはなかった気がする。

 首を傾けながら近づき、それをじっくりと眺めてみた。

 材質は木らしく、木目が見える。だが、単なる切り株や木材などではなく、何かをかたどっているようだ。

「……何、これ?」

 見たことはないが、生き物のようだった。

 害はなさそうに見えるものの、このままここへ置いておくわけにはいかないだろう。とはいえ、これが安全なものとは限らない。独断でどこかに移すことはしたくなかった。

 かといって、今は相談できる者が手近にいない。

 これをこのまま放置して、他の誰かが見つけて問題が起きても困る。

 試しに持ち上げてみようとしたが、見た目の割りにずっしりと重い。ベアトリスの力ではびくともしなかった。当然、ごく普通の貴族令嬢には、数人集まったところで持ち上げることは難しいだろう。男性騎士ならば持ち上がるだろうが、置いた本人か、これを邪魔だと思った者以外は、触ることはないかもしれない。

 考えられることをある程度考えた上で、ベアトリスはこれをこのままにしておくことにした。ただし、これがここにあったものだとわかるように、台座らしき場所の隅に矢尻で目印を刻んでおく。

(これでよし、っと)

 誰かが移動させればすぐにわかる。

 満足げに微笑んで、ベアトリスはその場を離れた。その足で、エリカ騎士たちの様子を見に行く。

(……そういえば、オリオンさんはどうしてるのかな?)

 どこで何をするのかは聞いていない。何か考えがあるようで、今日の別行動を提案されたからだ。いくつか逃げ場も確保しているとは聞いている。

 心配や不安はあるものの、非常事態にはならないだろう。

 ベアトリスはまったく根拠なく、そう楽観していた。

 訓練場で汗を流さず暴れるテレシアたち。隅や建物の陰でこっそりと、息を潜めて隠れている者。順番に確認していると、エリカ騎士の中ではミランダとウルスラだけが発見できなかった。

 ミランダは、昨日ウルスラに何か言われていたから、それが理由だろう。恐らく、シルヴィアに会いに、あまり帰らない自宅へ赴いているといったところか。

 ウルスラはウルスラで、黒幕を引っ張り出すと明言していた。今頃、そのために奔走しているはずだ。簡単には見つからない場所にいても、何らおかしくはない。

(オリオンさんも、見つからないし……)

 もちろん、簡単に発見できるとは思っていなかった。けれど、ここまで出会えないとも、考えていなかったのだ。

 思わずため息をこぼしてから、ベアトリスは一度目を閉じる。大きく息を吸って、残らず吐き出して、それからパッと目を開けた。

(まあ、悩んでもしょうがないよね。とりあえず、見回りでもしてみようかな)

 先ほど見つけた置物らしき物体の謎も、まだ残っている。

 異変が起きていないか。あちこちにしっかりと気を配りながら、ベアトリスは再び歩き始めた。



         ‡



 オリオンはまず、コーデルの部屋を訪ねていた。彼は謹慎を言いつけられているため、わざわざ探さなくてもいい点が非常にありがたい。

「ふぅん……オリオンが一人? 珍しいなぁ」

 怪訝さを隠さないコーデルに、部屋に入るよう促された。それに、オリオンは素直に従う。

 女性であれば心底警戒するべきだが、同性に興味のかけらもないコーデルは心配ない。特に、メイベルで痛い目を見てから、相手が本当に女性かどうかを確認する癖がついているようだ。

「で、どうした? こんな時に俺のところに来たら、いろいろ言われるんじゃないか?」

 ただでさえ、サマナ王妃の件でゴタゴタした後だ。痛くもない腹を探られることは、確かにできれば避けたい。

 だが、そんな些末なことよりも、重要なことがある。

「いつから、今回のことが始まったんですか?」

 オリオンからすれば、帰国した時にはすでにこの状況だったのだ。モデスティー伯やオーソン、メイベルたちに多少聞いたとはいえ、それがすべてとは思えない。

 別の視点からの話も、できるだけ聞いておきたかった。

「俺が部屋にこもるように言われた日だから……終秋(しゅうしゅう)の二日だな。前日までは、こんなことになる前兆すらなかった。それは間違いない」

 ちょうど、フィエリテ王国で国王の謝罪を受けた日だ。

 これは偶然なのか。それとも、何らかの作為が働いているのか。

(考えることは、プラシダさんが得意ですけれど……)

 この時期は、冬に向けた準備の書類もひと段落し、彼の仕事がほぼ落ち着く頃だ。狙ったとしか思えないほど、わざとらしい。

「気になると言えば、初日から俺やテレンスまで名指しで呼ばれたことくらいか? メイベルはともかく、ヴァーノンだったらわかるんだけどな。俺やテレンスのことを知らないのかと、メイベルたちまで呆れていたぞ」

「……恐ろしいですね」

 令嬢たちが城に入り込んだことで、すぐさま謹慎命令が出る。老若幼女どころか、人妻すら口説く。それがコーデルという男だ。そして、自分と馬にしか興味がないことが周知の事実になっているテレンス。

 どちらにしても、ごく真っ当に考えれば、結婚相手には絶対に歓迎しない。それでも、かろうじて可能性があるのは、テレンスの方だろうか。

「まあ、ここに屋敷を構えられない程度の貴族らしいですからね」

 団長というくらいだから、すごいのだろう。そんな浅い考えで呼びかけたのかもしれない。

「そう思うだろ? メイベルまで呼んでたから、俺は心底怖かったぞ」

「……それは、何とも……」

 近年まれに見る強心臓だ。

 事前に性格などの情報を得ていれば、呼ばれるのはヴァーノンだろう。留守にしていたが、いればオリオンも呼ばれただろうか。

 しかし、残る三人を呼ぶことは、あり得なかったはず。

「ということは、あちらは、こちらの名前や地位などは知っていても、性格などは知らない可能性が高いですね」

「そういえば、お前も呼ばれてたぞ。留守だってことすら、知らなかったみたいだな」

「……私も、ですか?」

 困ったことに、婚約者がいるかどうかすら、聞かされていないらしい。

 これでは、フェリックスもずいぶん苦労していただろう。ふと、意外と焼きもちを焼いてすねるという婚約者を持つ、アマリリス騎士を思い出す。

「テレンスにも聞いてみたらどうだ? ヴァーノンは気前よく相手をしたから、毎日絡まれっぱなしみたいだし、近づかない方がいいぞ」

 顔をしかめるコーデルに、オリオンは目を大きく見開いて首を傾げる。

 生物的に女であれば、人間でなくてもいい可能性がある。そんなことを言われているコーデルからの、あまりに正当な警告を受けたからだ。

「……あのなぁ、俺だって、冗談で済むかどうかくらいは判断してるぞ? あの令嬢たちは無理だ。手を出したら全力で、一族そろってしがみついてくるだろうな。俺には、そこまで面倒を見る余力はない」

 女好きということから色眼鏡で見られがちだが、そもそも団長に指名される実力はある。当然、人を見る目も相応に磨かれているのだろう。

 ベアトリスやモデスティー伯に警告を受けて、仕方なく引き下がった。だが、それがなければ、目をつけたエリカ騎士を全力で口説いていた可能性はある。

 コーデルの中で、エリカ騎士は、真面目につき合うだけの価値はあるはずだ。

「……あの令嬢たちは、エリカ騎士以下、ということですか?」

「以下どころか、足元にも及ばないな」

 ニッと口角を持ち上げて笑う。実に皮肉っぽい笑みだ。

 こんな笑い方をするコーデルは、久しぶりに見た。最後に見たのは確か、団長のお披露目の朝だったか。

「俺の個人的な見解で言えば、あの令嬢たちの誰かを選ぶくらいなら、オーソンと争ってでもウルスラを狙う!」

「……下手をしたら死にますよ?」

 オーソンの長年の片想いは、今年入った見習い騎士以外はほぼ知っているだろう。周知の事実となるほど、彼は毎日自宅に戻っていた。それもこれも、ホートン候の屋敷が城からすぐという、立地のよさが手伝っていた結果だ。

 もちろん、この宣言がオーソンの耳に入った時点で、相当執念深く狙われるに決まっている。命がまったく惜しくない人間の、自暴自棄な発言としか思えない。

「あの執着を、知らないわけではないでしょうに……」

「そのくらい、あの令嬢たちはないってことだ」

 コーデルにすら、選ぶなら命を落とした方がいい、と思わせるほどの令嬢たちだったとは。

 予想もしていなかった厳しい評価に、オリオンは知らず知らず言葉を失う。

「テレンスにも確認してこい。昨日、お前たちが帰ってくるまでは厩舎にいたくらいだ。歩けば目に入るものだから、相当うんざりしているだろうな」

「そうですね、そうします」

 女性を見る目には定評のあるコーデルが、ここまで酷評するのだ。テレンスもまた、ずいぶんな言葉で答えてくれるだろう。

「……訓練場まで、無事にたどり着けたらの話ですけれどね」

「……ああ、そうか。お前だと、一人じゃ厳しいかもな」

 小さく笑ったコーデルは、ずっと室内にいる生活に疲れてきているようだ。

 少しでも早く終わらせるために、覚悟を決めよう。

 そう考え、オリオンは微笑んでコーデルの部屋を辞した。その足で、訓練場へと向かう。当然、偶然目にしたらしい令嬢数人に追われることとなった。

 服装や足の長さによる速度の違いを生かし、かろうじて令嬢たちを振り切って訓練場へ飛び込む。

 運よく休憩中だったらしいテレンスたちに、そろって凝視された。

「オリオン……君が一人で行動とは、珍しいこともあるものだね」

「今、コーデルさんにも言われてきました」

「そうか。僕に何か聞きたいことでも?」

 おおよそ、何かを察しているようだ。

 早く終わらせるべきだろうと、早速本題に入る。

「今回の件で、何か気づいたことはありますか?」

「……そうだね……騎士の中でも、彼女たちに外見の特徴と名前、地位が渡っている者と、そうでない者がいる。ちなみに、そうでない者の中で、どうしても恋人が欲しいらしいろくでなしが、彼女たちに媚を売っているようだよ」

「情報が知られている中に、エリカ騎士はいないようですね」

 これは、昨日、ベアトリスに令嬢が臆せず堂々と絡んだことから推測していた。

 もし知っていれば、わざわざ彼女に悪態をついたりしないだろう。どうあがいたところで勝てる相手ではないのだ。

「その情報の渡り方が、妙な感じがするのだよ」

「……メイベルさんは女装の麗人ということが、あちらに知られていなかった、ということですか?」

 一部の騎士に関してだが、名前と役職や地位、髪や瞳の色はわかっているのだろう。それを頼りに、誰であるかを特定しているといったところか。

「それもあるね。婚約者がいることも、知らないようだったから……何というか、揉め事が起きることを望んでいるような感触がある気がしないか?」

「……やはり、そうですよね」

 騎士同士、もしくは令嬢との間で、何らかの騒ぎが起きて欲しい。

 そんな、きっかけを求めるような嫌らしい意図を感じるのだ。

「だいたい、僕のこの美貌は褒め称えられるために存在しているものだ。称賛は残らず受けて当たり前だろう? それをおかしいだの何だのと……あれほど失礼な生き物を、僕は今まで見たことがないのだが?」

「……ああ、それは、そうですね」

 他に答えようがなく、オリオンは微妙な肯定をしておく。ここで否定をすれば、二人がかりの訓練という名の報復を受けるだろう。

「とりあえず、モデスティー伯に報告してきます。コーデルさんとテレンスさんの話で、少し見えてきたことがありますから」

 恐らく、企んだ者はコーデルが女性に目がないことを知っている。しかし、彼が団長から下ろされることを望んではいない。それゆえに、自室謹慎を言い渡されると読んで、あえてこのやり方を取ったのだ。

 そして、他の団長たちは、令嬢たちに目を向けることがないと判断していたのだろう。

 単なる予測にすぎないが、彼女たちが情報を握っている騎士は、令嬢に目を向けないと判断された者たちかもしれない。

(まるで、処罰する対象を振り分けているような気がするのですが……)

 他団はともかく、エリカ騎士には手を出すつもりがないため、相手に情報を一切渡していない。そういうことなのか。

 わずかに近づいたようで、まったく近づけていない。下手をしたら遠ざかっている。

 そんな気がして、オリオンはこっそりと息を吐き出した。


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