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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第五章 女難
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一章 3

 まずは、今現在何が起きているのかを、できるだけ正確に把握しておきたい。すなわち、多方向からの情報収集をするに限る。

 そう考えたウルスラは、真っ先にランソム候の屋敷を訪れた。

 思いつきで唐突に押しかけた屋敷には、令嬢のシルヴィアだけが在宅しているようだ。約束を取りつけていないにも関わらず、シルヴィアは快く迎え入れてくれる。

「ウルスラ、お久しぶりですね。お姉様はお元気かしら?」

 真っ先に問われる辺り、突然現れた腹違いの姉であるミランダを、このシルヴィアが相当気に入っている証拠だ。むしろ、父であるランソム候よりも、激しく溺愛していると聞いていた。

 ミランダの何が、そんなにもお気に召したのか。貴族令嬢は本当に理解しがたい、とウルスラに強く思わせた一件だ。

 この状況でまずミランダを心配する。そんなシルヴィアは、何か知っているのだろうか。

 ほんの一瞬だけ、淡い期待を抱いてしまった。

「申し訳ありません。先ほど遠征から戻ってきたところで、まだミランダたちには会っていないんです」

 留守にしていることは知っていたのだろう。特に気にしたふうはなく、シルヴィアは侍女が持ってきた茶を口に含む。

 相変わらず、絵になる優美さだ。

「今、城は大変なことになっているのでしょう? わたくしは、使用人の噂話を聞きかじった程度ですけれど……詳しいことは、もしかしてあなたにもわかっていないのかしら?」

「はい、残念ですが」

 ここで、シルヴィアに嘘をつくのは下策だろう。

 彼女はたくさんの嘘と虚飾の中で生きる、生粋の貴族令嬢なのだ。貴族同士のつながりはもちろん、使用人たちのつながりも見逃せない。人脈は、ウルスラよりよほどあちこちに広がっている。

 隠し立てをしたことで、一切の協力を得られなくなっては、あまりにも大きな痛手だ。

「正直なところ、今は何もわかっていません」

 城内にはびこる貴族令嬢が、いったいどこからやって来たのか。彼女たちの目的は、どこにあるのか。一種無差別なこの襲撃は、それこそ何を狙ったものなのか。

 わからないことだらけで、すでに嫌気が差している。

「あら……では、ホートン候のご子息が、見たことのない令嬢と懇意にされていることも?」

「つきまとわれている、といった趣旨の話でしたら、伯から聞いています」

「それから、ガザニア騎士の一人にご執心の、やはり見覚えのない方が、あろうことか四番街(よんばんがい)にまでご一緒していることも?」

「……初耳ですね。というか、四番街に行くなんて、本当に貴族令嬢なんですか?」

 少なくとも、王都の常識にはない。

 見ただけで、そこが貴族の住まう場所ではないと、はっきりわかるはずだ。もしくは、庶民の家に囲まれた邸宅で、普段から暮らしているのか。

「よほどの田舎者ではないか、と、使用人たちも噂しておりますの」

 コロコロと笑うシルヴィアの声音には、明らかに蔑む色が混ざっている。

 それも仕方がないだろう。何しろ、四番街へ平気で足を踏み入れるのは、そこで暮らす者か騎士だけだ。貴族には、四番街へ近づく理由など、基本的には何ひとつない。

(……それにしても、ガザニア騎士ですか……)

 ガザニア騎士で、エリカ騎士の恋人を持つ者はごく限られる。知名度をかんがみても、そこに逃げているのはグレアムだろう。

 となれば、一緒にいるのはレオラだ。

(経験不足というか、レオラは傭兵をしていたせいで、男の取り合いは苦手らしいんですよね)

 そもそも、傭兵をする女性は圧倒的に少ない。取り合われることはあっても、取り合った経験などないはずだ。

 気の強さを見事に発揮するだろうミランダや、令嬢に絡まれる心配がまったくないヴェラ。すでに令嬢に絡まれ、放置されているだろうテレンスに淡い思いを寄せているテレシアは、特に問題はない。

 レオラ以外では、リナリアきっての問題児デズモンドを選んでしまったサリナが、まさしく窮地に陥っているといったところか。

(そちらは団長にお任せするとして……問題は、黒幕がまったく見えないことなんですよね)

 もういっそのこと、最近の騎士団のたるみ具合を心配した国王の策だった。結果、浮かれていた者は減給などの処分があり、真面目に頑張っていた者は臨時の収入がある。そう言われたら、喜ぶ騎士は多いだろう。

 そんなあり得ない空想を、思わず夢見たくなってしまった。

「ねえ、ウルスラ。わたくしも、お姉様のためにもう少し、いろいろな方からお話をうかがってみますわ。あなたも持てる手段をすべて投じて、探ってきてもらえるわね?」

 どうやら、シルヴィアの基準はミランダにあるようだ。

 すでに言うことを聞く前提で話を進められる。だが、多少不愉快であろうと、それを表に出すことはできない。シルヴィアの協力なくては、ますます後手に回らされてしまうだろう。

「わかりました。城の使用人や、間者仲間にも聞いてみましょう」

 もちろん、彼らが知っていることは、とっくにモデスティー伯に知られているはずだ。今さら、何か新しい情報が出てくるとは思えない。

「それから、ミランダにも、時々こちらへ帰るように言っておきますね。さすがに、ここへ平然とついてくるような厚顔無恥の貴族令嬢は、呆れた田舎者だと、堂々と誹ってやれば済む話ですし」

「あらまあ……ウルスラったら」

 クスクスと、シルヴィアが楽しげな笑い声をこぼす。

 ミランダが戻ってくることは、どうやら純粋に嬉しいらしい。ついでに、くっついてきて入ってこようとする不届き者に、遠慮なく嫌味を言い放てるおまけもつく。

 決して、彼女にとっても悪い話ではない。

「もっとも、ミランダの場合、すでに追い払い済みの可能性はありますけれどね」

 貴族令嬢とすれば可愛らしいが、陰口やあからさまな反抗など、かつてベアトリスにしていたミランダだ。どこぞの貴族令嬢だろうが、とっくの昔に容赦なく言い放っている可能性が高かった。

 しかも、王都に居を構えられない程度の貴族の令嬢だ。ミランダの持つ家名には、到底太刀打ちできないだろう。

(まさかと思いますけれど、うちの団長にケンカを売るお馬鹿さんは、さすがにいないですよね?)

 ラエティティア王国連邦へ行ってから、売られたケンカは倍の値段で買うようになったらしい。それどころか、自らケンカを売ることも覚えたようだ。

 そのベアトリスを怒らせる可能性があるのは、今のところ、リナリア騎士のデズモンドか。もしくは、グレアムにつきまとっているという貴族令嬢。あるいは、その両方か。

「それにね? どうして彼女たちは、自由に歩き回れるのかしら?」

「え……?」

 言われてみれば、まったくもってその通りだ。

 なぜ、夜会などの招かれた催し物があるわけでもないのに、あの令嬢たちは連日、しかも長時間に渡って居座れるのか。

 根本的な話だが、モデスティー伯はそこに一切触れなかった。

 いくら何でも、彼がこんな馬鹿げた話に許可を出すはずがない。しかし、城内で何か行う時には、モデスティー伯か国王の許可を得る必要がある。

 伯が触っていないのなら、国王から許可を得たことにならないか。

(ちょっと待ってくださいよ? 直接陛下に計画を持ちかけて、しかも許可を得られる人間なんて、相当限られますよね?)

 あのモデスティー伯が、この事実にまったく気づかなかったのだろうか。

 一度疑問が首をもたげたら、そればかりが気になってしまう。

「……ねえ、ウルスラ」

「……正直言って、嫌な予感しかしませんねー」

 どうやら、シルヴィアも察したようだ。

「あちこち回ってから、伯に確認を取ってみます。結果は明日、来られない時には手紙でお知らせしますね」

「あなたも大変ですものね」

 言葉の意味どおりに受け取れば、たいしたことはない。けれど、声音には、多大な含みが感じられた。実際に、シルヴィアの顔には裏のある笑みが浮かんでいる。

 かといって、気軽にその真意を問うことはできない。

 シルヴィアは、敵ではない。しかし、完全な味方でもないのだ。



         ‡



 ランソム候の屋敷を辞して、ウルスラはホートン候の屋敷へ向かった。こちらには、運がよければ間者仲間が数人いるはずだ。そして、やはり顔の広い使用人も数人、心当たりがある。

「まあ、ウルスラじゃない。どうしたの?」

 敷地へ一歩入ったとたん、早速発見されたようだ。しかも、運のいいことに、情報通と言われる侍女頭だった。

 四十に手が届くとか、実はすでに越えているとか、まことしやかに囁かれている。見たところ、三十半ばから四十の間、といった年齢だろう。フロース王国に多い、栗色の髪と瞳の、頼りがいのある雰囲気の女性だ。

 ただし、彼女のおしゃべりは基本的に長い。とはいえ、話のすべてが無駄というわけでもないのが厄介だった。

「あら、オーソン様はご一緒じゃないのね」

「私とあの人が一緒に動く理由は、今日はまだありませんよ」

「そうじゃなくって。しばらく留守にしてたんでしょ? オーソン様とはまだ会ってないの?」

「会ってませんよ。どこぞの令嬢に追いかけ回されていると聞いたので、探すのが面倒だったんです。部屋に戻るだろう時間に、私から出向くことにしました」

 きっぱり言い切ったウルスラに、彼女は気の毒そうな顔でため息をつく。

「オーソン様ったら、あなたの帰りを楽しみにされていたのに……」

「私はむしろ、清々しいほど自由を満喫していましたよ?」

 何しろ、ベアトリスに守ると言い切ってもらって、その上、膝枕までしてもらったのだ。

 あんなに幸福で素晴らしい時間は、もう二度と訪れないだろう。そこだけが、非常に残念でならない。

「……わかってはいるけど、ねぇ……あ、そうそう。見慣れない令嬢がゾロゾロしてるでしょ? オーソン様にしつこく絡んでいる女が、もしかするとウィスクム地方の出じゃないかって、そこ出身の侍女が言ってたのよ。あの地方だけで使う言い回しを言ったそうなの」

「……それは本当ですか!?」

 ウィスクム地方は、フロース王国の南端にある。広大な農地で酪農が行われている、フロース王国きってののどかな田舎だ。そこに暮らす貴族は、王都で仕事を与えられなかった、無能の末席貴族でしかない。

 そういった土地は他にもいくつかあって、それぞれ、無能とされた貴族が数人で相談して治めている。ただし、自由にできることは少ない。税率などは国から指定されているし、年に一回は監査も受ける。

 当然ながら、そんな貴族たちには、国王に直接頼みごとなどできない。

 彼らと国王をつないだ誰かがいるはずだ。

「……他の令嬢たちも、そういった田舎者の可能性が高いですね。何しろ、ランソム候のご令嬢が、見たことがないとおっしゃっていましたから」

「ああ、そうよね。見たことがないけど貴族令嬢っぽい、って評判よ。中身は俗物だけど、仕草は貴族っぽいって」

「そんな雰囲気でしたねー。何というか、外側だけ取り繕った感じで、みっともないことこの上ない印象でしたっけ」

「あらやだ。私はそこまで言ってないわ。城の知人が言うには、田舎者が気取っちゃって笑っちゃうわ、って程度らしいわよ?」

 侍女頭は、ウルスラほど辛辣なことを言っていないだけで、似たようなことは言ったに決まっている。

 今、城に押しかけている令嬢たちは、今後、どんなことがあっても王都で生活はできまい。

 すでに彼女たちの評価は決まってしまった。それも、かなりの低評価だ。真っ当な貴族との縁など、到底望めない。それどころか、王都にいる限り、まともな縁談すらやってこないだろう。

 あれほどちやほやしていた騎士たちですら、いざ彼女たちとの縁談が回ってきたら、容赦なく逃げ出すに違いなかった。

 彼女たちは、所詮遊び相手だ。絶対に、本気にはなってもらえない。

「他の地方出身の人がいないか、聞いてみるわ。どの令嬢がどこ出身か、明日にはだいたいわかるんじゃないかしら?」

「……さすが、仕事が早いですね」

 おしゃべりだけに、たくさんの友人知人がいる。彼女たちが本気になれば、城にいる騎士たちのあれこれが丸裸にされるだろう。

「そう思うなら、たまにはオーソン様の名前くらい呼んであげなさい」

「それだけは断固拒否します。今のところ、名前を呼ぶ価値すらありませんから」

「……昔はあんなに懐いてたのにねぇ」

 ウルスラはハキハキと言い切る。それがわかっていたのか、侍女頭は小さな苦笑いを浮かべた。

 ここへ拾われた時からのことを、彼女はほとんど知っている。勝てる相手ではない。

「昔は昔、今は今、ですよ」

 確かに昔──拾われて一年が経ち、それから一年ほどは、オーソンに懐いていた。とはいうものの、オーソンがホートン候子息であることや、彼の名前自体は、懐いた頃に知ったことだ。

 剣を習うと決めたこと。侍女や間者だけでなく、何でも器用にこなせるようになりたいと思ったこと。その辺りは、オーソンの影響があった。

 そこは、変えられない過去だ。認めざるを得ない。

「あの人が、せめて夫妻くらい我慢強かったら、もう少し違っていたとは思いますけれど」

「……ウルスラの基準がおかしいことはわかってたけど、旦那様や奥様の我慢強さを普通の人に求めてはダメよ?」

 真剣に窘められてしまったが、常々考えていたことだ。

 それが八つ当たりというか、理不尽な文句であることは自覚している。だからといって、改めるつもりはない。

「まあ、またしばらく忙しいのでしょう? 何かわかったら、お城に手紙を届けてあげるから」

「ありがとうございます。お願いしますね」

「……オーソン様以外には、素直で可愛いことも言うのにね」

 最後の呟きは聞こえなかった振りをして、ウルスラはそのまま踵を返す。

 さらに中へ入れば、また違う情報も直接聞けるだろう。だが、そちらは侍女頭に任せてしまうことにした。

 今からモデスティー伯の執務室へ向かい、確認を取る。それが終わる頃には、オーソンも部屋へ戻っているはずだ。


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