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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第四章 異国
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五章 3

 その時、ウルスラがつうっとイジドールの後方へ目を向けた。視線の先には、ツカツカと足早に近づいてくるジャンヌの姿がある。

「イジドール! なんて無様な姿をさらしたの? あなた、それでもこの国の近衛隊長なの!?」

「もっ、申し訳ありません!」

 完全にいきり立っているジャンヌに、イジドールは慌ててひれ伏した。すぐさま、謝罪の言葉を口に出す。

 政略に使える王族は、それなりに立場が強いのだろう。そこは、貴族の考え方に少し触れて、ベアトリスにも理解できるようになっている。

 しかし、それとこれとは話は別だ。

「……これで近衛隊長だなんて、フロース王国では、団長どころか副官にすらなれない腕ですよねー」

「そうですね……多分、コーデルさんでも互角以上に戦えると思いますし」

「ちょっ……エリカの団長、マジで容赦ねぇよ……」

 団長の中では最弱と言われているコーデルと、無意識に比較する。そんなベアトリスに、サージからスラング混じりの呟きが飛ばされた。

 けれどベアトリスは、不思議そうに首を傾げただけだ。

「でも、他の団長方には、イジドールさんは勝てないと思いますけど……」

「うん、まあ、俺もそう思うけどさぁ……言っていいことと悪いこと、言うべき時とそうでない時ってもんが……あ」

 当然のことを言って何が悪い。

 ベアトリスの表情が、そう言いたげに見えたのだろう。うっかり本音を言い放ったことに気づき、サージはサッと顔色を変えた。

「……でしたら、あなたが勝負してごらんなさい。あなたも、団長なのでしょう?」

 意地の悪い光を瞳に宿し、ジャンヌが嫣然と微笑む。

「いいですけど……イジドールさん、疲れてませんか?」

「あ、いえ、大丈夫ですけど……」

「だったら、勝負しましょうか」

 ニッコリ微笑んで、ベアトリスはわざわざ奥へと進んでいく。ある程度のところでクルリと振り返ると、やはり呆然としているウルスラたちに大きく手を振った。

 それで我に返ったのか。ウルスラがジャンヌをきつく睨みつける。

「あ、ウルスラさん。ジャンヌ様が危ないので、元の場所に戻るように言ってもらえますか? あたしも人間なので、うっかりが怖いですし……」

「団長の場合、たいてい『うっかり』じゃないか」

 テレシアに大声で突っ込まれ、小さな苦笑いで答えた。メルルとヴェラは、少し硬いながらも、ようやく笑みを見せている。

 ウルスラにしっかり脅されたのか。ジャンヌはやや青ざめた顔で、大人しく元いたところへ戻っていく。

 それを確認してから、ベアトリスは弓を外して矢筒を開けた。

 標的から外れても、こちら向きなら、きっとウルスラたちが片づけてくれる。誰かに当たってしまう心配を、常にしなくてもいい。ただそれだけで、思う存分戦えるのだ。

 本当は、外れた後のことも考えた、誰もいない位置取りをしたい。けれど、建物なども考えると、間違いなくこの向きが最適だった。

(やるなら、先手必勝じゃないけど、素早く片をつけないと……)

 ウルスラと違い、力にはあまり自信がない。先に防御の魔法を使われたら、恐らく勝ち目がなくなるだろう。

 その事実は、嫌と言うほどわかっていた。

 そっと目を閉じて、先だっての戦いをじっくりと思い出してみる。

 捕縛の魔法なら、残らず避ける自信はあった。けれど、風の魔法が厄介だと思う。

(届けたい方向から強い風が来るなんて、さすがにちょっと厳しいよね)

 突風を突き抜けられるほど、力強い矢を放つことはできない。それができるなら、オリオンの防御の魔法も、それほど時間をかけずに砕くことができていたはずだ。

(……となると、あれしかないかな?)

 母との訓練は、当たり前にできるようになるまで、何度も何度も繰り返し行ってきた。さまざまな状況を想定して行ってきたことを、今さらながら痛感している。

 幼い頃のことは、決して忘れてしまわないように、今でも練習は欠かさない。

 イジドールの立つ位置をきちんと確かめ、そこへ行き着く軌道をいくつも思い描く。

(うん、できる。大丈夫)

 一度だけ頷いて、ベアトリスはイジドールへ視線を向ける。

「イジドールさん、いつでもどうぞ」

 魔法使いの国ならば、弓と戦う機会はまずなかっただろう。リュールング共和国でも、弓はずいぶん異質なものらしく、ジロジロ見られていた。

 特に、イジドールは風の魔法の使い手だ。矢など、魔法であっさり吹き飛ばせばいい。そんな甘い考えでいる可能性が高い。

(油断してくれてなかったら、ちょっと面倒だけど……)

 風や防御の魔法を打ち砕く術が、まったくないわけではない。だから、ベアトリスは非常に落ち着いて向き合うことができている。

「いえ、そちらからどうぞ」

 ニッコリ笑うイジドールからは、底意地の悪さが感じられた。先ほどにはあった、人畜無害そうな部分はもうなくなっている。

 どうやら、本性を隠すことはやめたらしい。

「じゃあ、遠慮なく」

 イジドールの式を描く速度は、それほど速くない。距離と、矢を番えているかどうかと、いくらか隙があるか。それがそろっていれば、防御の魔法を繰り出される前に動きを止められるだろう。

 その自信は、ある。

 まずはお試しとばかりに、ベアトリスはサッと番えた矢を引きしぼり、スッと放す。ジッと見ていたイジドールは、慌てることなく式を描く。

気流(ラド)!」

 真っ向から勝負する形になった矢は、呆気なく流される。勢いの消えない風は、そのままベアトリスへ向かってきた。

 無言で危なげなく避けたベアトリスは、さりげなく足を一歩前に出す。

(警戒は、されてないかな?)

 ほんの一歩だが、近づいたこと。

 それに気づかれて警戒されたら、急いで作戦を変えなければならなくなる。残念なことに、戦いながらそれができるほど、ベアトリスは器用ではなかった。

 気づかれる前に、もっと近づいて終わらせたい。

 矢を番え、わずかに位置を変えながら、ヒュッと放つ。これもまた、風の魔法であえなく飛ばされてしまう。

 風の魔法を避けて、矢を放つ。それをさらに数回繰り返したところで、距離は十分近づいた。

 運がいいのか。はたまた、イジドールが相当鈍いのか。まったく気づかれていないようだ。

(狙いも、速度も、ちゃんと意識して……)

 グッと引いた弦を、しっかり狙いすまして一本。すぐさまもう一本、矢筒から引き抜いて番える。

 風を避けていくらか崩れた姿勢から、準備していた矢を放った。

「うっ……」

 右肩を狙った矢は、ほぼ狙いどおりの位置に突き刺さっている。それを確かめ、即座にもう一本引き抜き、今度は左肩を射抜く。

 痛みが堪えきれなかったのか。イジドールは地面に膝をつき、懸命に矢を引き抜こうとしている。

 ゆっくりと弓をしまい、ベアトリスは剣をスッと抜く。迷うことなく、切っ先をイジドールの首筋へ持っていった。

「まだ、抵抗しますか?」

 剣を視界に入れて、彼はあっさり諦めたようだ。矢を抜き、両手をできるだけ持ち上げ、抵抗の意思がないことを示す。

 確かに、彼の式を描く速度では、先に切りつけられておしまいだ。

 だが。

(何だか、まだ油断しちゃいけない気がするんだけど……)

 体の奥底から、警鐘が鳴っている。

 何かがキラリと光り、とっさにそれから身をよじった。

 目の前にある、キラキラきらめくものを、ベアトリスはしげしげと見つめる。見たところ、護身用の短剣のようだ。それでも、首を切りつけられれば無事では済まないだろう。

「僕の勝ちですよ」

 言われた瞬間、反射的に剣を振り上げて短剣を弾き飛ばす。

「まさかと思いますけど、この剣は飾りだとでも思ったんですか?」

 わざわざ、勝ちを宣言するためだけに剣を持っている。そう考えるとは、さすがに予想していなかった。

「あたしは、剣も使うんですよ」

 そうでなければ、この身を守れない。

 言葉を続ける前に、何となく体が動いていた。

捕縛(ソーン)!」

 紙一重というべきギリギリのところで、銀色に輝く茨がユラユラと揺れている。

 やがて、茨はふわりと溶けるように消えた。

「……な、んで……」

 これまで、この状況で避けられたことがなかったのだろう。呆然自失で見上げてくるイジドールに、ベアトリスはニッコリ微笑む。

「オリオンさんは、絶対に悪あがきはしませんけど、捕縛の魔法は立て続けに飛んできます。それに、真っ先に防御の魔法を使って、安全を確保するんです。あなたより、ずっと手強いんですよ」

 考え方の違いなのか。オリオンのやり方は、イジドールにとって、常識を大きく飛び越えたものらしい。驚きに目を見開き、ますます呆然としている。

「それに、イジドールさんは、あたしが少しずつ近寄ってたことに気づいてなかったですよね?」

「え……?」

「次の魔法の詠唱が間に合わない距離まで、ちゃんと踏み込んでから動きました。式を描けなくするためです」

 もしかして、闇雲に矢を放っていると考えていたのだろうか。

 イジドールの考えは、はっきりわからない。ただ、いろいろと手を用意した割りに、詰めが甘いようだ。

「正直なところ、イジドールさんより、オリオンさんの方がずっと厄介です」

 身体的に、だけでなく、精神的にもきっちり止めを差した。そのことにベアトリスは気づかないまま、イジドールの横を抜けて戻っていく。

「団長!」

 笑顔のウルスラたちに出迎えられて、ベアトリスはホッと息をつく。それからやっと、嬉しそうにニコッと笑った。


         ‡


 帰路の船の中で、タデウスはとにかくご機嫌だった。見ているだけのベアトリスにも、それがよくわかるほどに。

 話し合いは数日に及んだ。ウルスラから聞いた話では、フィエリテ王国は全面降伏だったらしい。タデウスの出した条件をすべて飲み込み、一日でも早い解決に努めると、書面での約束もされたようだ。

 その中には、イジドールとジャンヌをフロース王国へ来させないことも、しっかり盛り込まれたと聞いている。

 さらに、その話し合いの最中にベアトリスは呼ばれ、国王から直々に謝罪を受けた。使用人のことだけでなく、ジャンヌの件についても、だ。

 別人のように、傲岸不遜なところが鳴りを潜めた国王は、少しだけやつれて見えた。

「運がよければ、サマラ王妃は私たちと入れ違いで帰されますね」

 清々したと言いたげなウルスラは、嬉しそうにニッコリ笑う。そんなウルスラを、ベアトリスはジッと見下ろす。

 船に乗り込むなり、ウルスラに約束の膝枕をねだられ、実行していた。

 ただ膝枕をするだけでいい。そう言ったウルスラの望みどおり、足を伸ばして壁を背もたれに座っている。

 太ももの上にどっかり頭を乗せて、ウルスラはずっと無邪気に笑っていた。

「じゃあ、そろそろアマリリスの団長と交代しますねー」

 不意に起き上がったかと思うと、そのままオリオンのところへ歩いていく。何やら話した後、ウルスラはタデウスへと向かう。

 ぼんやり見つめていると、困惑した様子のオリオンが歩いてきた。

「……ウルスラさんは、本気だったのですね」

「そうみたいですね」

 オリオンは、本当にする気はなかったのだろう。そもそも、人目がなくとも、そういった類いの行動はできない人だ。

「人払いはしてくださるそうですから、少し話しませんか?」

 願ってもない申し出に、ベアトリスは大きく何度か頷く。

「……あたしも、オリオンさんとゆっくり話したかったんです」

 そう言ってオリオンを見上げると、彼は気恥ずかしそうに微笑んだ。それからそっと、ベアトリスの右隣に腰を下ろす。

 互いに手をずらせば、触れ合うかもしれない。だが、今のままでは、互いの熱すら伝わらない。そんな、ひどくもどかしくて微妙な距離だ。

 もう少し、近づきたい。

 そんなことを言い出すのは、わがままだろうか。

「正直なところ、ここまで疲れるとは思いませんでした」

 結局言い出せないまま、オリオンが話し始めてしまう。小さく頷くことで、次の言葉を待つ。

 イジドールとの勝負が終了しても、ジャンヌはオリオンにつきまとっていた。そのため、ウルスラもオリオンにつくことになる。当然、空気は冷え込む一方だった。

 決着がついたはずなのに、何も変わらない。

 その光景を見るのは、思っていたより、ずっと心に堪えた。

 本当であれば、ジャンヌを追い払い、オリオンを独占してもよかったはずだ。けれど、それはできなかった。気後れしたのか、どうしても、そこへ踏み出せなかったのだ。

「フィエリテ城の庭は、美しく整えられていました。……できることなら、ベアトリスさんと一緒に見たかったですよ」

「……あたし、も……」

 胸が詰まって、言葉が続かない。

 一人で、オリオンが見ただろう庭を眺めてきた。隣にいて欲しい人がいないことが、何よりも寂しかった。

 膝の上に置いた手を、ジッと見る。

 欲しいものを欲しいと、はっきり言えない。我慢すべきだからそれでいいと、今までは思っていた。

 本当は、それではいけないのに。

 きちんと言わなければ、この手には、心には、何も残らないのに。

「……もう」

 最初のひと言がこぼれたら、止めるものは何もない。

「もう、一人は嫌……そこにいて、見えてるのに、遠いのも嫌……だから、次は絶対に譲らないって、今決めたの」

 体の向きを変え、オリオンの左腕に飛びつく。ギュッとしがみついて、もう一度、絶対に離さないと心に決める。

「あ、あの……ベ、ベアトリスさん……!」

 慌てているオリオンの声がした。心なしか、つかんでいる腕が逃げようとしている。

 父とは、いつか道を違える覚悟をしていた。

 メイベルやウルスラたちも、本当にずっと一緒にいられるとは思っていない。騎士を引退すれば、ほとんどは手紙だけの関係になるだろう。

 どちらにしても、関係は希薄になると考えてきた。

 けれど、オリオンだけは、離れた後が想像できない。いや、想像したくないのだ。

「あたしは、わがままです。父様や、他の人とは疎遠になってもいいのに、オリオンさんだけは、ずっと一緒にいて欲しいんです。オリオンさんの隣を、他の人に取られたくないって思ったんです」

 言いたいことをすっきり言い切って、ベアトリスはオリオンを見上げた。とたんに、真っ赤な顔のオリオンと視線が絡む。

 そこでようやく、自分が何を言ったのかを反芻したのだろう。ベアトリスの顔にも、あっという間に赤みが差す。

「……し、心配しなくても、私の隣はベアトリスさんの場所ですよ」

「あっ……ありがとう、ございます……」

 どうにかお礼の言葉を絞りだして、ベアトリスは思わずオリオンから視線を逸らした。


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